おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第386回 イラストレーター 三井 ヤスシさん

Vol.133 イラストレーター 三井 ヤスシさん

《デザート本》である自著を手に。

[本日のフルコース]
カトリック信者のぼくが出会った人生の5冊
「神と向き合い、自分と向き合う」フルコース

[2018.7.30]

書店ナビ 旭川在住のイラストレーター三井ヤスシさんは、出版物の挿絵やポスター・フライヤーなどの広告イラストレーションを描くかたわら、公私ともにパートナーである編集者、中野葉子さんが代表を務める出版社「ミツイパブリッシング」の刊行書籍の挿画や装画、ブックデザインも手がけています。

2013年に刊行第一作、中手聖一著『父の約束 本当のフクシマの話をしよう』を出して以降、『5分でわかる! TPP』『家で生まれて家で死ぬ』『みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略』など、現代社会において"自分なら、どう考えるか"を自問したいテーマの理解を助けてくれる書籍を次々と発刊。
出版コンセプトである「小さな声を、カタチに」し続けています。

こういう地元出版社があることを知らなかった私たち北海道書店ナビはおおいに反省し、"フルコース初のご夫婦同時取材をさせていただきたい!"と申し込んだところ、お二人からうれしいお返事をちょうだいし、旭川を訪ねることになりました。

取材場所はジュンク堂書店旭川店が入っているフィール旭川4階のブックマークカフェ。はじめに三井さんの、次に中野さんの順にお話をうかがった。

書店ナビ 先に簡単なプロフィールをご紹介しますと、中野葉子さんが東京で出版社勤務だったときに、お二人は仕事を介して知り合い、結婚。
2011年の東日本大震災を機に、当時3カ月半だった娘さんを連れて、中野さんの実家がある旭川に移住されました。

カトリック信者である三井さんが選んでくれたフルコースのテーマは、「神と向き合い、自分と向き合う」本。ご自身が信仰をもつまでのお話も交えながら解説をうかがいます(葉子さんのフルコースは次週更新します)。

ブックマークカフェでは現在、三井さんの個展「MITSUI+WORLD - 3rd period -」を開催中。展示作品は、故郷の山梨県甲府市で描き始めた「K市の風景」シリーズ9点。甲府市と、心象風景を意味する心の「K」を重ねている。10月31日まで。

[本日のフルコース]
カトリック信者のぼくが出会った人生の5冊
「神と向き合い、自分と向き合う」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

キリスト教は役に立つか
来住英俊  新潮社

私の所属する教会の神父さんに勧められて読んだ本。わかりやすい語り口で神と自分に向き合う生き方について考えるキッカケを作ってくれる一冊です。神なき時代にキリスト教は役に立つのか? 信者でない人にも読みやすい、キリスト教の一面を示してくれる一冊です。

書店ナビ 著者の来住英俊(きし・ひでとし)さんは、東大卒の日立製作所勤務というバリバリのビジネスキャリアから一転し、30歳のときにカトリックの洗礼を受け、現在は司祭となって「祈りの学校」を主宰しています。
本書のほかに『『ふしぎなキリスト教』と対話する』(春秋社)など著書も多く、非信仰者にも伝わる切り口でイエス・キリストの教えを説いています。
三井 非信仰者の方々にとって「信仰を持つ」ってすごくストイックなイメージがあるかもしれませんが、“敬虔な”という枕詞にはほど遠い信者のひとりです(笑)。
本書で取り扱っているのは、「神様に文句を言っちゃいけないのか」とか「神とは誰のことなのか」など、信者にとっても問い直したくなる疑問ばかり。
たとえば、「神様に文句を…」に対する来住さんの答えは"イエス"。本気で腹を立てるくらい神様に真摯に向き合っている姿勢こそが真の信頼関係につながる、という見解を示してくれます。
書店ナビ 素朴な疑問ですが、三井さんは東日本大震災後、甲府から旭川に移住されるとき、所属する教会も"引っ越し"されたんですか?
三井 ええ、住民届のように転入届を出すと、新しい土地のカトリック教会に転入できます。
この『キリスト教は…』を紹介してくれたのは、旭川カトリック教会の神父さんです。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

塩狩峠
三浦綾子  新潮社

私が初めて読んだクリスチャン作家・三浦綾子さんの作品。鉄道職員の長野政雄さん(小説では永野信夫)が自らの命と引き換えに乗客の命を救った、という実話を元に書かれた小説であることを知って、非常に衝撃を受けたことを今でも鮮明に記憶しています。

三井 高校2年のとき、隣の席の山田くんが確か一学期の終わりだったかな、「読んでみたら」と勧めてくれました。
ぼくは16歳から21歳まで、学校生活や大学受験に行き詰り、心身ともにかなり落ちこんだ時期を過ごしたんですが、山田くんはそんなときでも話が合う、数少ないクラスメイトでした。
自分が、主人公のモデルである長野さんのような選択をできるかどうかはいまだ答えが出ませんが、塩狩駅を実際に訪ねて訪問者の書き込みノートを読むと、こんなにも大勢の読者の心を震わせたのかと新たな感動を覚えます。
書店ナビ 旭川といえば、三浦綾子文学記念館があります。田中綾館長には以前、フルコースにもご協力いただきました。
氷点の舞台をイラストで紹介する、ガイドブック『氷点さんぽ』は、三井さんのお仕事ですね。

www.syoten-navi.com

三井 田中館長にはいまもとてもお世話になっています。キリスト教と全く無縁な成育環境のぼくが受洗し、三浦綾子さんが生涯お住まいになった旭川に住むことになろうとは、『塩狩峠』をはじめて手にした時は想像もしませんでした。人生の不思議を感じさせる一冊でもあります。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

私にとって神とは
遠藤周作  光文社
この本がキッカケで、私は数年後にカトリックの洗礼を受けることになります。キリスト教をあまりご存知ない読者の視点で、キリスト教に対する初歩的な質問に遠藤周作さんが答える形式の、読みやすい一冊です。遠藤周作さんが説く深く優しいイエス・キリストと、大らかなキリスト教のイメージが、私には優しく響きました。

書店ナビ 12歳でカトリックの洗礼を受けた遠藤周作さんは、「一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する」作品を発表。
『イエスの生涯』『キリストの誕生』を発表するほか、江戸初期に日本に潜入したポルトガル人司祭の苦悩を描いた『沈黙』は、平成のいまもロングセラーになっています。
その遠藤さんの著書が三井さんを導いたんですね。
三井 20代半ばで故郷の山梨県から上京し、絵を描くことや生きることに思い悩んでいた時に、当時住んでいた国分寺の古本屋さんにふらりと入ったんです。何気なく顔をあげたら、上の棚にこの本が1冊だけ置いてあった。

本を開いてみるとたくさんの傍線が引かれていて、この本の前の持ち主も生きることに苦しみ、迷いの渦中にいたであろうことを想像しました。
しかもその傍線の部分は、非信仰者だった自分も普通に感じていたことで、それに丁寧に答えている遠藤さんにも親しみが持てました。

あちこちに残る赤線。巻末には英字のサインがあり、"S.Ando"とも読み取れる。

三井 誰かがこの本を手放してくれたおかげで、ぼくの人生が変わった。これって、読んだひとの足跡が残る本ならではの出来事ですよね。
《スープ本》の『塩狩峠』もそうですが、本が起こしてくれた人生のめぐりあわせです。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

書物としての新約聖書
田川建三  勁草書房
最近、半年をかけて読破しました。新約聖書の成り立ちから、新約聖書で使われている言語、写本や正文批判、また現代に至る翻訳の歴史まで、新約聖書にまつわるあらゆることを、聖書学者の著者が深い考察と幅広い知識で語っています。知的好奇心を満たしてくれる密度の濃い、まさに《肉料理》にふさわしい専門書です。

書店ナビ 著者は新約聖書学者の田川健三さん。2017年には、詳細な註と解説を加えた『新約聖書 訳と註 全7巻全8冊』(作品社)の個人全訳を成し遂げた、聖書研究の大家のおひとりです。
本書もボリューム満点で全745ページ!よく、読破されましたね。
三井 出版元の編集者さんから勧められて、思いきって手に取りました。
文字通り「書物としての新約聖書」がどうやって記録に残り、編まれていったのかーー日常的に触れている新約聖書の知らなかった事実を通して、新たな気付きと学びが得られました。
キリスト教の信仰の根幹を成す新約聖書を冷静に見つめ直すことは、神と自分自身の生き方を見つめ直すことにも繋がります。
もちろん一度読んだだけで全部覚えているわけではないので、また読み直したいです。

「読みながら、どこまで読んだか日記につけていきました」

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

福音ソフトボール 山梨ダルクの回復記
三井ヤスシ  ミツイパブリッシング

薬物依存症回復施設の山梨ダルクと山梨県警ソフトボールクラブとの交流試合を軸に、依存症から回復する人々を取材して執筆。精神障がいのひとつである「薬物依存」という病は、自分と向き合い、周囲の人たちとの信頼関係を育み直すことで回復する道が開けます。

書店ナビ 2013年9月に出したミツイパブリッシング2冊目の本作の著者は、三井ヤスシさん。
三井さん、ノンフィクションの原稿もお書きになるんですね?
三井 いえ、それが本なんてそれまで一冊も書いたことがないのに、新聞でこの山梨ダルクと県警の記事を知って「本を出したい!」という衝動がとめられなくなっちゃったんです(笑)。
薬物を使用していた人たちと警察は、逮捕する・される関係ですよね。それが、回復施設に入っている今は、まるでトムとジェリーのように"仲よくケンカ"ならぬ“仲良く試合”をしている。すばらしいことだと思い、すぐに山梨ダルクにおしかけ取材をさせていただきました。
快く協力してくださった山梨ダルクの皆さんには、心から感謝しています。
書店ナビ ダルクとは、ドラッグ(DRUG=薬物)、アディクション(ADDICTION=嗜癖、病的依存)、リハビリテーション(Rihabilitation=回復)、センター(CENTER=施設、建物)の頭文字を組み合わせた造語で、覚醒剤、有機溶剤(シンナー等)、市販薬、その他の薬物から解放されるためのプログラムを持つ民間の薬物依存症リハビリ施設のこと。
北海道にも札幌市の北海道ダルクと帯広のとかちダルクがあります。
三井 薬物からの回復を後押しする《12のステップ》のなかに「自分で理解している神(ハイヤーパワー)の配慮にゆだねる」という表現があり、ここでも神と、そして自分と向き合うことで試練を乗り越える姿があります。

日本は新たな人生を踏み出そうとする薬物依存症患者に対して、まだまだ偏見が多い。その視点を変えるきっかけとして、本書を読んでいただけたらうれしいです。

ごちそうさまトーク 三浦綾子文学記念館で個展をスタート

書店ナビ フルコースを振り返ると、信者としての三井さんの道のりを照らしてくれた5冊ですね。
信仰を持つ・持たないを脇に置いても、読みたくなる本が多かったです。
三井 受洗するまではぼくも教会に対して敷居が高いと感じていたので、非信仰者の方々の気持ちもわかるつもりです。
信仰とは、聖書のことばに触れる、祈る、ミサにあずかるの3つの要素から成り立っています。
もちろん信仰は個人の自由ですので、ぼくがなにかを強要することはありませんが、それでも気になっているのは、最近社会の中から寛容さが失われていますよね。
人間ってもっとやさしくて、耳を傾けあう姿勢を持てるはず。それを思い出すことが大切なような気がしています。

あとスミマセン、最後に宣伝をさせてください(笑)。8月から三浦綾子文学記念館さんで個展をやらせてもらいます。旭川までいらしたら、ぜひお立ち寄りください!

●三井ヤスシ個展『氷点の街「旭川」を描く』
会期 2018年8月1日(水)~10月14日(日)※10月1日(月)のみ休館
会場 三浦綾子文学記念館2階回廊
開館時間 9:00~17:00
書店ナビ 三井さんに『塩狩峠』を勧めてくれた同級生の山田くんの耳に届けたくなるような、おなかの中からあたたまるフルコース、ごちそうさまでした!

次週は、ミツイパブリッシング代表 中野葉子さんのフルコースをお届けします!


mitsui-publishing.com


●三井やすし(みつい・やすし)さん
山梨県生まれ。出版や広告のイラストレーションの仕事と並行して、画家としても活動する。東京、山梨を経て2011年から北海道旭川市に在住。2013年に妻の中野葉子さんとミツイパブリッシングを立ち上げ、出版をスタート。著書に『福音ソフトボール 山梨ダルクの回復記』、絵本『みーつけた!』(いづれもミツイパブリッシング)。現在、東京・山梨・北海道を中心に活動中。
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