おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第403回 市立小樽図書館 鈴木浩一館長

Vol.142 市立小樽図書館 鈴木浩一館長

2016年に開館100周年を迎えた市立小樽図書館で3年目を迎える鈴木館長。

[本日のフルコース]市立小樽図書館の鈴木館長が60代に勧めたい
「人の一生とは?」考え始めたら読むフルコース

[2018.11.26]

書店ナビ この「本のフルコース」企画は書店や出版社のほかに、図書館関係者にもご協力いただいています。
今回も市立小樽図書館の鈴木浩一館長にお願いしたところ、今年66歳というご自分の心境に深く分け入った5冊を勧めてくださいました。
鈴木館長、今日はよろしくお願いいたします。
鈴木 こちらこそ、よろしくお願いします。僕は図書館畑一筋というタイプではなく、もとは税務の仕事から始まり、空知教育局時代には学校管理などの教育関連に携わっていました。
北海道立図書館に配属後は市町村支援のため、各地の図書館事情を知るようになり、そこで定年を迎えたのちに縁あって現職に声をかけてもらい、今年で3年目になります。

読書って、年代によって読む本が変わりますよね。希望にあふれる10代や夢を見つけようとする20代を終えると、30代40代は仕事や子育てに夢中になり、50代になるとそろそろ役職に就いたりして、まだ仕事のことが気にかかる。
でも60代に入ると、子どもたちも独り立ちをして、そろそろ「これからの人生、自分は何をしたらいいんだろう?」とか「自分は何をするために生まれてきたのか?」を考えるようになる。
そんなタイミングで読むと、より心に沁みてくる5冊をご紹介します。
[本日のフルコース]市立小樽図書館の鈴木館長が60代に勧めたい
「人の一生とは?」考え始めたら読むフルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

陽だまりの樹
手塚治虫  小学館

「歴史にも書かれねえで死んでった立派な人間がゴマンといるんだ…そんな人間を土台にした歴史にのこる奴など許せねえ」。手塚治虫の曽祖父手塚良庵が西郷隆盛に向かって言う名セリフが、この作品の真髄を物語っています。

書店ナビ 時代小説もたくさんお読みになっているという鈴木館長、コミックも守備範囲でしたか。
鈴木 手塚治虫は『0マン』からのファンでほとんど読んでいますが、やはり本作の面白さがじっくりと噛み締められるようになったのは、60代になってから。
主人公の良庵は遊び好きでいいかげんな性格だが医者としては光るものがあり、もうひとりの主人公、架空のキャラクターである武士の伊武谷万次郎は良庵とは対照的に正義感が強く不器用な生き方しかできない。

この名もなき人物たちと実在した歴史上の人物、勝海舟や坂本龍馬たちが入り乱れ、幕末という時代の渦に飲み込まれていくさまから目が離せない傑作です。
また脇役もすばらしくて、主人公のために動かされているのではなく、各自が必死に毎日を自分のために生きている。とりわけ女性たちの生き様に胸を打たれます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

風雲児たち
みなもと太郎  リイド社

1980年から連載が始まり、現在もリイド社の『コミック乱』で連載が続いている歴史大河コミック。大型のワイド版は全20巻。現在連載中の幕末編は30巻にもなります。物語は関ヶ原から始まり、蘭学医の前野良沢が長崎から江戸に戻ってくるあたりから話は佳境に入ります。

書店ナビ 熱心な男性読者が多い『風雲児』。2018年の正月には三谷幸喜脚本・片岡愛之助主演のドラマ『風雲児たち~蘭学革命(れぼりゅうし)篇~』で映像化されました。
鈴木 僕はこの『風雲児たち』全20巻を3セット持っています。読書用と保存用と、こういう取材のときに外に持ち出す用(笑)。

ドラマ化された『解体新書(ターヘルアナトミア)』翻訳のくだりもそうですが、人を治す医者であればこそ最新の医学を知りたいと願う杉田玄白、前野良沢、中川淳庵らや、鎖国だからこそ新しい科学を知りたい平賀源内など、教科書に1行以上は出てこないような膨大な人物一人一人が、本作では息づいている。
治世者の上から目線ではなく、市井で懸命に生きようとする描いた近世史は、まさに「みなもと史観」とも言うべきでしょう。うーん、これが《肉料理》だったかなあ。

ドラマ化された「蘭学黎明編」。ご覧のとおりのユルいギャグマンガタッチで、歴史と格闘する風雲児たちを描いていく。

でもやっぱりギャグマンガなので時おりこんなパロディも出てきたりする。

書店ナビ 特にお好きなエピソードは?
鈴木 ペリー来航時に小笠原諸島をアメリカ領土と主張するアメリカに対し、松平定信に幽閉された林子平が作成した地図で、その正当性を主張し国土を守った話が好きでした。その地図は北海道立図書館にも所蔵されています。

『風雲児たち』は長編ですので全巻買うのは難しいという方はどうぞ、こういう、いいコミックこそ図書館で借りるか、ない場合はリクエストを出してください。
図書館は決して敷居が高い場所ではありません。利用者さんのニーズにあわせて、やわらかく変わっていこうとしている今の図書館にもっと気軽に遊びにきていただきたいですね。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

夜明け前  「日本の文学 島崎藤村(二)」収録
島崎藤村  中央公論社

「木曽路はすべて山の中である」で始まる本書は、黒船来航のうわさが遠くに聞こえてくる中山道の馬籠宿(まごめじゅく)の本陣、庄屋を営む青山半蔵が主人公。庄屋の若き当主として宿や農民を守らんとする半蔵は、国学を学び、新しい夜明けを夢見て明治維新に期待するが……。 

鈴木 僕は、もともと文学全集を集めるのが好きでして。60歳になったときにそれらを1冊ずつ読破していこうと自分に誓いました。
世界文学全集はギリシャの長編叙事詩『イーリアス』から読み始め、日本文学全集も坪内逍遥や谷崎潤一郎を順に読み進めていくうちに、ずしりと心に響いたのがこの島崎藤村の「夜明け前」でした。

半蔵は若者らしい希望や家長としての責任感を胸に新しい時代を夢見ますが、しかし現実の維新は半蔵を裏切り、様々な挫折に襲われる半蔵の心は次第に打ち砕かれていく……。
主人公のモデルは藤村の父だと言われており、そう考えると父親への複雑な思いを抱えながらも淡々と文章をつむぎ、文学に昇華させた藤村の手腕は見事の一言。

誠実であればあるほど時代に流され、挫折していく半蔵の姿が痛々しくもあり、愛おしい。この年代になってから実感できる感情です。

中央公論社『日本の文学』全80巻は現在絶版。『夜明け前』と次に紹介する『渋江抽斎』ともに各社から出ている文庫で読むことができる。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

渋江抽斎 「日本の文学」収録
森鴎外  中央公論社

森鴎外が手に取った古書をきっかけに、津軽藩の医師渋江抽斎(しぶえ・ちゅうさい)に興味を持ち、その生涯を調べようとするミステリーじみた導入が面白い。抽斎のみならず家族や上司、同僚なども描き、抽斎の死後も妻の五百(いお)やその家族のことを綴った壮大な家族史とも言うべき史伝です。

鈴木 自分が20代だったら間違いなく途中でほおりなげてしまっていた1冊です。それでも一度頑張って最後まで読んで、全然面白くなかった本なのに今もう一度読むとたまらなく面白い! これが読書の面白さですねえ。

鴎外の筆は、誰がいつどこで生まれて、どういう人物で何をしたという事実のみを積み重ねていくだけ。「そのとき、誰々はこう思った」なんていう心情は一切ありません。
ところがその淡々とした描写の中に、その人となりがくっきりと鮮明になってくる。
渋江抽斎の誠実な人柄やその家族の暮らしが浮かび上がり、江戸、幕末の厳しい時代を生き抜いた人々の力強さを感じます。
書店ナビ 興味はそそられますが、この本の旨味を味わうにはそれなりの時期を待ったほうがよさそうですね。
鈴木 ええ、50代60代になるまで読まなくてもいいと思いますよ。人生の先が見えてくるようになったら手に取ればいい。
口の中に入れたらほろりととろける煮込みのような《肉料理》ですから、寝かせてください、じっくりと。

通勤中にタブレットで本書を読んだという鈴木さん。「拡大できるし旧仮名や見慣れない単語も調べられるので便利です」

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

海鳴り
藤沢周平  文藝春秋

「確かに一応の成功は手にした。だがこのまま仕事だけで終わっていいのか。俺の人生はこんなものか」。苦労して紙問屋として店を持った新兵衛。気がつくと老いがしのびより、妻とは不和、跡取り息子は放蕩。そんなとき人妻おこうと深い仲になる。

書店ナビ 最後は時代小説の名手、藤沢周平作品です。新聞連載の世話物で、読者は新兵衛とおこうがどうなるか、相当やきもきしたでしょうね。
しかも50代60代の男性読者は間違いなく新兵衛の応援団だったはず!
鈴木 著者の藤沢周平は別のエッセイで、この作品について「長い間付き合っているうちに二人に情が移った」と書き、当初思い描いていた結末と変えたことを明かしています。
そうなんです。ラストは読み手にやさしい甘い甘い《デザート》なのです。

ごちそうさまトーク 図書館をもっと地域の身近な存在に

書店ナビ 市立小樽図書館ではさまざまなイベントも企画されています。
鈴木 10月には「おたるBook Art Week2018」の連動企画として表紙や装丁が面白い本の展示を行い、好評を集めました。
今は書店も図書館も学校も手を取り合って読書の魅力を伝えていく時代。図書館が地域のコミュニティスペースとなれるよう、スタッフや協力団体の皆さまと協力して知恵を絞っていきたいです。

10月に展示した日清食品株式会社の社史は、驚きのチキンラーメン装丁! 中味も相当凝っている。

書店ナビ 鈴木館長の豊富な読書量に裏打ちされたお話をうかがっていると、本を手放さない人生の豊かさに気づかされます。その本をじっくりと味わえる"適齢"を待つのも、楽しみになってきました。
人生の意味を問う60代のためのフルコース、ごちそうさまでした!
●市立小樽図書館1916(大正5)年に区立小樽図書館として区役所内に設立。公立図書館としては枝幸町に続いて道内で2番目に古い。平成28年度子どもの読書活動優秀実践図書館文部科学大臣表彰。

●鈴木浩一(すずき・こういち)さん  砂川市出身。図書館員を目指して公務員となり、税務や教育関連の仕事に長年携わり、道立図書館勤務で定年を迎える。北海道議会図書室勤務を経て、2016年から市立小樽図書館館長に就任。
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