おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第369回  三浦綾子記念文学館 館長 田中綾さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.120 三浦綾子記念文学館 館長 田中綾さん

館内ホールに掲げられた三浦綾子さん・光世さんの写真とともに

[本日のフルコース] 三浦綾子記念文学館館長がおすすめ! 「はじめての三浦文学」フルコース

[2018.3.26]

書店ナビ 以前は歌人としてフルコースをお願いした田中綾さんが、2017年に旭川の三浦綾子記念文学館の館長に就任されました。 田中さんは2011年度から4年にわたり、三浦綾子作文賞の選考委員をお務めになり、学術論文『三浦(堀田)綾子の短歌―「アララギ」土屋文明選歌の考察』を発表した経歴もお持ちです。 現在は北海学園大学人文学部に勤務するかたわら、毎週旭川にJRで通う多忙な日々が続いています。
田中 初代館長は元旭川大学学長の高野斗志美さん(在職期間1998年~2002年)で、二代目は三浦綾子さんの夫である三浦光世さん(2002年~2014年)です。光世さんがお亡くなりになってから2年間の館長空席を経て、お話をいただきました。
力不足であることはであることは重々承知のうえですが、尊敬する三浦綾子さんの文学を若い人たちに手渡していくお手伝いができたらと思っています。
書店ナビ 三浦さんは「ひとはどのように生きたらいいのか」をテーマに多数の作品を残されましたが、どれも読み応えがあり、「難しそう」あるいは「どの作品から読めばいいのかわからない」という方もいるかもしれません。
今回は、そんな三浦文学ビギナーに向けて選んでいただきました。
[本日のフルコース] 三浦綾子記念文学館館長がおすすめ! 「はじめての三浦文学」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

道ありき―青春編―
  三浦綾子  新潮社

旭川出身のミリオンセラー作家・三浦綾子(1922~1999年)。まず、この作家がどのような青春時代を送ったのか、自伝的小説で知ることから始めましょう。

書店ナビ 三浦綾子さんのお名前や『氷点』『塩狩峠』などの代表作は聞いたことがあっても、実際に読んだことがあるという人は、特に若い世代ではあまり多くないような印象があります。
田中 旭川の小中学生は毎年、三浦綾子作文賞への応募があるので読んでいますが、札幌の大学生でも「読んだことがない」という声が聞こえてきます。そう思って、まずは「どんな人だったのか」を知ってもらう本を選びました。
もとは教師だった三浦綾子さんですが、敗戦後の失意から教職を辞め、結婚でも、と心が動いたときに結核を発病。その後13年もの長い闘病生活の中、創作と信仰を幼なじみだった前川正さんから教わります。
ようやく前向きになったころ、前川さんが病死し、悲しみに暮れていたある日、三浦光世さんとの運命的な出会いが――まるでNHKの朝ドラのような劇的な半生から三浦文学の原点がうかがえます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ひつじが丘
三浦綾子  講談社

札幌、小樽、函館など、道民なじみの都市を舞台とした人間ドラマ。牧師の子・奈緒実は、プレイボーイの良一から熱烈に求愛され、結婚。ところが生活はうまく行かず、実家に戻る奈緒実に親は「愛するとは、ゆるすことでもあるんだよ」と諭します。

書店ナビ クリスチャンである著者が、こんな男女の愛憎ドラマを描いていたというのが意外でした!
田中 そうなんです。三浦文学は女性読者が多いというのも、案外そのへんに理由があるのかも(笑)。特に本書は、結婚を親が決めるような時代の物語なので若い読者が読んだら驚きの連続かもしれませんね。
綾子さんは闘病生活が長かったので、おそらくご本人の体験以上に人間の心の機微や男女関係のつまずきなんかを病床で"聞いて・観察する"時間が存分にあったんだと思います。
私が大学で指導している学生たち曰く、「三浦文学にはモブキャラ(没個性的な脇役)が一人もいない」。事実、綾子さんが残した創作ノートには、登場人物たちの詳細な個人年表が書かれています。どの登場人物も命が吹き込まれて、いわゆる「キャラ立ち」している。そこも三浦文学の魅力の1つです。
『ひつじが丘』は、劇団「札幌座」(芸術監督:斎藤歩)が現在舞台化に向けて準備中です。そちらもお楽しみに!

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

氷点(上・下)
三浦綾子  角川書店
 

1964年、朝日新聞社「一千万円懸賞小説」に入選し、"氷点ブーム"を巻き起こしたデビュー作。舞台は旭川市の「辻口病院」で、いま三浦綾子記念文学館が立っている場所を想定して描かれています。

田中 簡単に導入をご紹介しますと、辻口病院長の留守中、幼い女児が殺されてしまいます。しかも院長夫人が、ある男性と逢っていた時間帯に――その"逢瀬"を知った辻口は、妻への復讐として殺人犯の娘を養女に迎えます……。
書店ナビ 改めてうかがうと、なかなかエグい設定ですね(笑)。でもこのデビュー作が一大ブームを起こし、7回も映像化されていること自体が、作品の持つ普遍的な力を感じさせます。
田中 三浦文学のもう1つの魅力は、綾子さんが稀代のストーリーテラーだったということ。『氷点』もジェットコースター的な展開で読者を引き込み、長編ながらあっという間に読める快作です。
私ども三浦綾子記念文学館では小説の中に出てくる旭川市内の場所を記した『氷点マップ』『見本林マップ』も作成しています。読後ぜひ、マップを見ながら散策してみてくださいね。

物語の舞台となった場所に立つ三浦綾子記念文学館。徒歩20分くらいのところに美瑛川が流れ、壮大な"赦しの物語"がそこから始まる。

建物は外国樹種見本林に囲まれ、林には鳥や小動物たちが暮らしている。取材中も一瞬リスを目撃した。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

泥流地帯/続・泥流地帯
三浦綾子  新潮社

1926年の十勝岳噴火による「大正泥流」を描いた小説で、火山災害による多くの犠牲者への悼みと、そこからの奇跡的な復興のすがたは、東日本大震災の被災者の方々にも生きる希望を与えました。

田中 ここでご報告させていただきますと、いま『泥流地帯』と『続・泥流地帯』の映画化のプロジェクトが進んでいます。今年3月9日に、物語の舞台となった上富良野町さんと当館が連携協定を結びました。
まだ始まったばかりのプロジェクトですが、私たちもできるかぎりサポートしてまいります。映画のキャスティングを想像しながら原作を読んでみるのも、楽しいですよ。
書店ナビ 三浦文学の中心には敬虔な信仰心が横たわっていますが、登場人物がクリスチャンや聖職である、というようなそのものズバリの設定は、かえって少ないですよね。描かれているのは、普通の人々。
田中 ただ、キリスト教の知識があると、より深く読み取れることもありまして。『天北原野』の主人公、貴乃の父は無学な大工という設定ですが、彼が心身ともに疲れ切った娘にかける言葉は、聖書からの引用です。
大工というのはキリストの養父、ヨセフの職業。こういう符牒を読み解けると、三浦文学の奥深さにもう一歩踏み込んでいただけると思います。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

漫画 塩狩峠
著者・三浦綾子 イラスト・のだますみ  いのちのことば社

三浦綾子の代表作の1つ、『塩狩峠』が2015年に初めて漫画になりました。舞台は和寒町の塩狩峠。列車事故に遭遇した1人の青年が自らを犠牲にして多くの乗客を救う実話を元にした感動作です。

書店ナビ 漫画化もされているんですね!
田中 そうなんです。セリフの漢字には全てルビがふってあるので、小学生にも読めるようになっています。同じ出版社から三浦綾子原作『漫画 海嶺』(イラスト・勝間としを)も出ていて、こちらもとても読みやすいです。 三浦文学はテーマが重くて、なかなか手を伸ばしづらいと思っている方々には、こういう漫画を入口にして、少しでも関心を持っていただけたらうれしいです

三浦綾子記念文学館の2階では、点字でも読める『氷点』やコミック作品、貴重な三浦夫妻の生前の執筆風景などの動画も自由に閲覧できる。

ごちそうさまトーク "口述筆記の書斎"を移設復元したい!

書店ナビ 三浦綾子記念文学館は1998年6月13日、全国の三浦綾子ファンの募金によって建てられた、市民による「民営」の文学館。その文学館では現在、分館を新設する計画が進んでいらっしゃるとか。

文学館オリジナルの冊子や「氷点村文庫」も販売。本型パッケージが面白い「旭川ラーメン3食セット」(しょうゆ・塩・みそ)を思わず買って帰ってきた(おいしい!)。

田中 同じ外国樹種見本林の中に分館を作り、三浦夫妻の"口述筆記の書斎"を移設復元するために、現在クラウドファンディングを立ち上げています。
肺病、脊椎カリエスなどで13年間に及ぶ療養生活を送っていた綾子さんは、作家デビュー後も根をつめると手や腕にしびれが出て、無理のきかない体でした。そこで生まれたのが、綾子さんが話すことを夫の光世さんが書き取る口述筆記。その執筆現場となった夫妻の書斎は、作品そのものに次ぐ最大の遺産です。ご支援・ご協力どうぞよろしくお願いいたします。


●三浦綾子・光世夫妻の"口述筆記の書斎"を移設復元したい! http://actnow.jp/project/ayako-shosai/
書店ナビ 最後にうかがいます。田中さんが感じる三浦文学の魅力とは?
田中 何度読んでも元気をもらえるところ、でしょうか。どんなに心が折れそうなことがあっても最後には救いがあると示してくれるところに、生きる力をいただいている気がします。
書店ナビ 北海道が生んだミリオンセラー作家、三浦綾子の世界を知るフルコース、ごちそうさまでした!

三浦綾子記念文学館 4月14日から7月22日までロングラン開催! 杣田美野里写真短歌展『天北の蕊たち』もぜひご覧ください。

北海学園大学人文学部 田中綾さんの教員プロフィールページ

注目記事
(株)コア・アソシエイツ
〒065-0023
北海道札幌市東区東区北23条東8丁目3−1
011-702-3993
お問い合わせ