おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第320回 株式会社リテラクルーズ 出版プロデューサー 伊藤 哲也さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.86 株式会社リテラクルーズ 出版プロデューサー 伊藤 哲也さん

札幌の医薬品卸会社の百年史など企業や専門分野を題材とする単行本の執筆・編集を得意とする伊藤さん。

[本日のフルコース] 出版プロデューサーが一緒にグラスを傾けたい 「飲みすぎた男たち」フルコース

[2017.4.17]

書店ナビ 今回の選者は北海道の出版プロデューサー、伊藤哲也さんです。 札幌・東京の出版社を経て、現在は札幌を拠点に活動中。キャリア約30年のベテランで、社史や伝記など読み応えのある一冊をまとめ上げる確かな手腕が評判の出版人です。 伊藤さんが単行本づくりに感じる面白さとはどういうところにありますか。
伊藤 幅広いジャンルの最新情報が掲載されている雑誌には雑誌づくりの醍醐味があると思いますが、背表紙がある単行本には"背"があるくらいですから、奥行きのあるひとつの世界を伝えるものだと思っています。 「こういう本をつくりたい」というお客様の意図をくみながら、構成や装丁、文章表現を含めてより完成度の高いものに仕上げていくプロセスが楽しいですね。 ひとつのテーマについてじっくり取り組むので1冊終わるたびにその業界や分野について詳しくなれるところもありがたいです。 とりわけ道内企業の社史などに関わらせていただくと、それはそのまま北海道経済の歴史を知ることと同義なので、道外出身の自分にとっては大変勉強になります。
書店ナビ …というまじめな話から始まりましたが、フルコースのテーマは「飲みすぎた男たち」です(笑)。
伊藤 「列車」や「温泉」でもつくれそうだったんですが、身近にある本を見渡したら自然とこのテーマになりました。
[本日のフルコース] 出版プロデューサーが一緒にグラスを傾けたい 「飲みすぎた男たち」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

居酒屋ほろ酔い考現学 橋本健二  毎日新聞社 日本の酒場を愛する大学教授の居酒屋民「酒」主義論的エッセイ。居酒屋だから《前菜》というよりも、「突き出し」かな。戦後のヤミ市に端を発する盛り場の成り立ちやモツに串を刺すようになったのはいつからか、など硬軟とりまぜた日本の飲酒文化について肩のこらない文章で論じています。

伊藤 筆者の橋本さんは早稲田大学の教授で社会学、特に格差の問題を研究している方です。ブログ「橋本健二の居酒屋考現学」もまめに更新されているので、そちらものぞいてみると本の雰囲気がよくわかると思いますよ。
書店ナビ 居酒屋には職業も年齢も立場も関係ない酒飲みたちが集まる。そこから透けて見える日本社会独特の構造や食文化があるんですね。
伊藤 自分が東京にいたときは本書で紹介されているような渋谷や新宿、新橋でよく飲んでました。横丁の5、6人しか入らないような小さな店の壁に半世紀前の首相の色紙が飾られていたり。そこも酒場の面白さだと思います。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ブコウスキー・ノート チャールズ・ブコウスキー  文遊社 アメリカの飲んだくれ作家ブコウスキーを知る格好の一冊。《スープ》というには、少しアルコールの効きすぎたスープ。1960年代にロサンゼルスのアングラ新聞に連載していた小説やエッセイをまとめたものです。原題は"Notes of Dirty Old Man"、自ら『薄汚れた老人のノート』といってしまうタイトルからも気合いを感じます。

伊藤 僕はブコウスキーの遺作である探偵小説『パルプ』も大好きで、立て続けに3回読んだほどなんですが、本書の帯のセリフがブコウスキーの精神をよく表しているのでちょっと引用します。 「孤独だったことなんかない。オレはオレが好きだ。オレの持てる最上の娯楽はオレなんだ。二、三杯飲ませてくれたら全世界をやっつけてやるぜ。…やっつけたいんだ!」 ね、すごいでしょう。彼の作品の大前提はかっこわるい自分に対する自虐なんだけれども、そこに奇跡的にスタイリッシュな文体とわずかな男くささが共存していて、現実の厳しさややりきれない社会風刺を含めて"洗いざらい"書いている。ブコウスキーにしか書けない世界です。
書店ナビ 本書の表紙に写っている男性こそ、そのブコウスキー。サングラスを上下逆にかけてドヤ顔しちゃうあたり、ハードボイルドな高田純次のようにも思えますが、もしブコウスキーが酒場にいたら一緒に飲みたいですか?
伊藤 どうかなー(笑)。《前菜》の著者、橋本さんならカウンターで一緒に盛り上がれそうですが、ブコウスキーはきっと孤高のオーラに気圧されて声もかけられないと思う。読んでいるだけで満足です。 彼を主人公にした映画『酔いどれ詩人になるまえに』もオススメです。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

その男ゾルバ ニコス・カザンザキス  恒文社  《魚料理》は地中海風味で。ギリシア人作家カザンザキスによる豪快なゾルバという男の物語です。気は優しくて力持ちの大男ゾルバですが大酒飲みで、それがために鉱山開発に大失敗。なのにその失敗さえも憎めない。酒飲みはちまちましていてはならぬ、と思います。   

書店ナビ 本作は名優アンソニー・クインゾルバを演じて映画化もされており(1964 年のイギリス・ギリシャ・アメリカ合作映画)、助演女優賞や撮影賞、美術賞アカデミー賞も受賞しています。 映画史上に残るダンスの場面が最高です。
伊藤 ですよね! 人生のどん底のときでもつねに祝祭的な空気をまとっているゾルバの愛すべきおおらかさを見ていると、古代ギリシア人とはこういう人々だったのではないかと思えてきます。 酒の神であるディオニソスは半獣半人の姿をしており、酒とまつりは日頃理性的、知性的であろうとする人間の内面から原始的な祝祭性を引き出してしまう。そんな人間の本質を讃歌している作品です。

ゾルバと飲んだら? "飲め飲め、オレがおごるから"とか言ってくれそうだなあ」

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

第三帝国 ロベルト・ボラーニョ  白水社 メイン料理には、牛肉とワインの国チリに生まれ、スペインに住んだ鬼才が構築した奇妙なボードゲームの話にしましょう。ドイツ人ボードゲーマーのウドはスペインの避暑地で第二次世界大戦を模した「ウォーゲーム」に興じるも、じきに遊び仲間のドイツ人が水死し恋人も帰国、旗色が悪くなっていきます…。

伊藤 著者のポラーニョ(1953~2003)は亡くなったときはほとんど無名でしたが、没後カフカを引き合いに出されるくらいの高い評価を受け、いま世界中から注目されている作家です。 彼が生まれたころのチリは非常に抑圧的な政治が行われており、軍事クーデターを機に海外へ移住したという経歴もあって、彼の作品には「世界の背後に潜む不気味な暴力性」がつねに蠢いています。 本作もボードゲームの盤上の世界と現実を往復するうちにいつしか境が曖昧になり、飲みすぎた男たちは弱くなっていく…。
書店ナビ さっきまであんなに楽しかったのに、気がつけば救いがたいほど気持ちが悪くなっている"悪酔い"の感覚でしょうか。
伊藤 そうですそうです、我々読者はポラーニョが描く作品世界に悪酔いする一方で、現実を見る目が更新されていく。そこがいま、世界的な評価を受けている理由なのかもしれません。 ポラーニョが酒場にいたら声をかけるか? タバコを吸うところがいただけませんが、互いになげやりなグチとかをこぼしながら静かに長~く飲めそうです。

伊藤さんの「マイブーム」ボラーニョ。他では味わえない奇妙な読後感にはまっているのだとか。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

あまりにも騒がしい孤独 ボフミル・フラバル  松籟社 《デザート》代わりの一杯は甘いお酒が通例ですが、苦味のあるビールに戻ります。ミラン・クンデラと並ぶ20世紀のチェコ人作家フラバルが書いた地下室で働く故紙業者の物語。彼の主著のひとつ『私は英国王に給仕した』も傑作。2006年に映画化(邦題は『英国王給仕人に乾杯!』)されています。

伊藤 主人公の仕事は毎日2トンもの本を(多くの言葉を、つまりは言論を)水圧プレスで「つぶす」こと。けれども密かに何冊か抜き取って、その本の思想を蜜さながらに吸い取っていく。 そんな毎日ですからもちろん飲まないとやっていられないわけで、この主人公はいつもチェコ産の黒ビールを飲んでいます。やりきれない現実に対して飲むことで自分をなぐさめる主人公の哀しみに多くの方が共感できるのでは。

ごちそうさまトーク 人生を肯定する小説の力に乾杯!

書店ナビ 《前菜》は居酒屋で頼むホッピーのようなライトさがあり、《スープ》のブコウスキーは強烈なバーボンさながらのインパクト。 《魚料理》はギリシアのリキュール、ウーゾのようなクセがあり、《肉料理》はチリワインのコク、そして《デザート》の黒ビールで余韻を楽しむ…。 さすが、伊藤さん!どんな剛の者も確実に酔いがまわる、飲みっぱなしのフルコース5冊、実にお見事でした。
伊藤 恐縮です。実は主人公が飲みすぎ、のほかにもうひとつ気づいたことがあって、それはどの主人公もかっこよくないんですね。 酒に飲まれたり社会的には負け組だったりする。それでもそれぞれが、そんな自分の人生を引き受けながら生きている。その人生を肯定するさまを描き出すのが小説の力なのかなあと思いました。 ひるがえって自分はというと、毎日晩酌しているうちにだんだん小さくまとまろうとしちゃってダメですね。あと一杯飲んだら明日に残るかなあ、とか考えちゃう(笑)。たまにゾルバみたいに祝祭的に飲みたいなあ。
書店ナビ そのときはぜひ呼んでください。同席させていただきたいです。猛烈にお酒を飲んで語りたくなるフルコース、ごちそうさまでした!
伊藤哲也さん  1962 年東京生まれ。京都大学文学部哲学科卒業後、25 歳のときに北海道で酪農アルバイトをすることになり、その後札幌で結婚、出版業界に就職。フリーのライター時代を経て2014年に株式会社リテラクルーズを起業。企業史や伝記を中心に単行本づくりを手がける。
(株)コア・アソシエイツ
〒065-0023
北海道札幌市東区東区北23条東8丁目3−1
011-702-3993
お問い合わせ