おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第222回 MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.1 MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店 菊地 貴子さん

MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店 菊地 貴子さん [本日のフルコース] 没後50年、湯葉づくしならぬ…谷崎潤一郎づくし!  5冊文庫で「いただきます!」大谷崎本 没後50年、湯葉づくしならぬ…谷崎潤一郎づくし!  5冊文庫で「いただきます!」大谷崎本 新潮文庫の表紙は加山又造。中公文庫は棟方志功が表紙と挿絵をしている作品が多い。岩波文庫の「蓼食う虫」(品切)はあの小出楢重。

[2015.5.18]

書店ナビ 新企画を始めるなら「ぜひこの人のフルコースから聞いてみたい」と思っていました、MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店文芸担当の菊地さんです。送られてきた回答シートを見て、「ああ、やっぱりお願いしてよかった」と感動しきり。とびきりのフルコースを用意してくれました。

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

猫と庄造と二人のおんな

猫と庄造と二人のおんな 谷崎潤一郎  新潮社

菊地 猫に嫉妬し追い出そうとする女と猫を溺愛する男、男への未練から猫を引き取ろうとする女。勝手気ままな猫をよそに、男の身勝手さや前妻と後妻の女の駆け引き、そこに加わる姑の思惑を軽妙な関西弁で見事に描き切った佳作。わずか数日間の出来事から見えてくる人間関係と三者三様の痴態に、人の営みとは古今東西を問わず変わらぬものなのだと思わず笑ってしまう。タイトルの順番そのまま、三人の最上位に鎮座するのが猫であるという事が何とも皮肉。    「前妻が 後妻から猫 ネコババし」

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

刺青・秘密

刺青・秘密 谷崎潤一郎  新潮社

菊地 浮世絵師だった刺青師の清吉が、町で見初めた娘の背中に施す女郎蜘蛛の刺青。宿願が達成されたその時、清吉の魂は抜け落ち、女は一人の毒婦として立ち上がる。「刺青」は、江戸言葉で描かれた12ページに満たない短編ながら、谷崎の世界観が凝縮された作品。恐ろしくなるのは作品を読み終えた時。男という男がこの女の肥しになるという、物語が終わった後に始まるであろう物語に戦慄を覚える。全7編の最後には、「母を恋うる記」も含まれており、意外や意外、母性崇拝が垣間見れて谷崎の多面性に改めて舌を巻く。    「感じ取る 皮膚感覚で 谷崎を」
菊地 貴子さん

「“全てを裏切る”のが谷崎作品の魅力です」と語る菊地さん

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

春琴抄

春琴抄 谷崎潤一郎  新潮社

菊地 盲目の三味線師匠、春琴に幼少時より付き添い、後年弟子となった佐助の献身的な愛を描いた中編。美しくわがままな春琴がその顔を弟子に傷付けられるや、佐吉は両目を突 いて盲人となる。終盤、佐吉が失明したいきさつを側近者に語る件で、黒眼を縫針で突いて水晶体を壊すシーンがあるが嫌悪感は無く、むしろ佐助と少なからず同化している自分に気付いて驚いた。句読点を極力排し一行が長いのにも関わらず、三人称で事実を積み重ねる語り口で、文章にリズム感が生まれている。至高の純愛小説。    「佐助には 盲いてこその 調べかな」

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

細雪

細雪 谷崎潤一郎  中央公論新社

菊地 戦前の大阪船場、関西上流階級に生を享けた蒔岡家の美しき四姉妹の物語。結婚している本家の鶴子と分家の幸子と自由奔放な末娘の妙子。姉妹のうち、一番美しいが三十過ぎても独身でいる三女の雪子の縁談話を軸に物語は進んでゆく。姉妹の返事は「うん」ではなく「ふん」。鼻に抜けるような船場言葉が心地よく、着物の衣擦れの音や、お花見や蛍狩りなど古き良き日本の生活と情緒が嫌味なく描かれている。終盤で35歳になった雪子は貴族出の男と縁談が決まり、妙子は同棲相手の子供を死産。明暗を分けたまま物語は終わるのだが、人生は良し悪しで語られるものではなく、逆に四人四様の物語に連綿と続く人の営みと生命の豊かさを感じて余りある。936ページというボリュームがするりとお腹に収まる感じは、読んでみないとわからないが、胃もたれなしの太鼓判!この作品に限っては、洋画家、田村孝之介が当時の風俗を活写している挿絵ありの中公文庫版を是非お奨めしたい。    「四人には 四様肩で 融ける雪」

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

陰翳礼讃

陰翳礼讃 谷崎潤一郎  中央公論新社

菊地 「壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい」。障子からほのかに漏れる明かりのあたたかさや、畳の隅のほの暗さが醸し出す安心感…衣食住から東洋と西洋の暮らしの本質的な違いを見極め、日本人である私を再認識する一冊。しかしながら当の本人は、和洋折衷のモダン建築で椅子で暮らしていた。その見事なまでのクソジジイっぷりに脱帽。表題作の他、特筆すべきはトイレに小さな宇宙をみる「厠のいろいろ」。解説は吉行淳之介とこれまた豪華。    「陰翳を 称賛せしも 洋間より」

ごちそうさまトーク 8割を描き、2割を想像に委ねる作品観

菊地 今回どっぷり谷崎本に浸かってみて、谷崎潤一郎は、ともすれば通俗的ともとれる作品世界を、作品ごとに異なる他に追随を許さぬ流麗な文体で、見事に純文学に昇華せしめた作家だと思いました。主題はスキャンダラスな内容であっても、行為そのものは描かない。8割を描き、残す2割を想像に委ねるというような。そこに読者それぞれの作品観が生まれて、今読んでも充分に新しい。壮年期書店ガールの谷崎行脚は、これからまだまだ続きます!最後にひとひねり。「谷崎を読んで 市井の徒と なりぬ」。お後がよろしいようで。
書店ナビ 谷崎潤一郎、というと「名前も作品名も知っているけど実は一度も読んだことがない」作家群に入りそうな一人です。その谷崎ワールドの真髄を流れるようなフルコースで紹介してくれた菊地さん。大人になった私たちがいまこそ再び谷崎と出会うフルコース、ごちそうさまでした!
菊地 貴子さん

「《大谷崎》は中高生の皆さんが今読むと、きっと腑におちるところがあると思う。 新潮文庫は文字のポイントがおおきくなって読みやすくなりましたし、中央公論新社からは、全26巻の全集刊行が始まったばかりです」


書店川柳

書店歴 二十云年 壮年期

プロの書店員に会えるとうれしい。それが本好きの偽らざる実感だ。「二十云年」のたくましさに続いて「壮年期」という人としての厚みも続く。この人のいるあの本屋さんに行こう、そう思える書店員さんが札幌にいるのがうれしくなる一句。

2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんにお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。 《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。 読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。
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