おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第480回 氷室冴子青春文学賞オンラインイベントレポート《前編》

f:id:syoten_nav:20200708114916j:plain

「…トリがいる?」と思ったあなた、いいのです。そのままお進みください。その方が主役です。画像協力:栗林千奈美さん、高橋純子さん

[イベントレポート]関東地方・岩見沢市・砂川市からオンライン!
第1回氷室冴子青春文学賞大賞受賞作
「虹いろ図書館のへびおとこ」櫻井とりお氏トークライブ《前編》

[2020.7.13]

4刷に突入!普及の名作に触れるブックガイドの側面も

"本の本"であるブックガイドはつねに「こんな本があったんだ!」という楽しい発見に満ちている。

2019年に刊行された第1回氷室冴子青春文学賞の大賞受賞作『虹いろ図書館のへびおとこ』も、ジャンルは小学6年生の「ほのか」を主人公とする児童文学だが、作品を大きく特徴づけているのは上質なブックガイドにもなっている優れた構成力にある。

巻末の「この本に登場する作品」は本とDVDを含めて約50タイトル。『どろんこハリー』から始まり『ドリトル先生シリーズ』や『指輪物語』など不朽の名作が物語に沿って登場し、いじめや家庭の事情に悩むほのかの成長をそっと後押ししていく筋立てだ。

虹いろ図書館のへびおとこ

虹いろ図書館のへびおとこ
櫻井とりお  河出書房新社
いじめで学校に行けなくなった小学6年生のほのか。たどり着いたおんぼろ図書館で顔の右半分がみどり色の司書や謎の少年、たくさんの本に出会う。第1回氷室冴子青春文学賞大賞受賞作を大幅に加筆修正して単行本化! 

決して押しつけがましくない選書は、ほのかだけでなく読者の心もほどいてくれる。現在、本書は2019年11月に刊行以来、4刷目に突入。
北海道学校図書館協会や岩手県読書感想文コンクールの課題図書にも選ばれ、大勢の子どもたちに読まれるのを待っている。

2020年7月4日土曜の夜9時からはNPO法人氷室冴子青春文学賞実行委員会が「氷室冴子青春文学賞オンラインイベント」を企画。
「第1回大賞受賞作「虹いろ図書館のへびおとこ」櫻井とりお氏トークライブ ようこそ 虹いろ図書館と本の世界へ」が開催された。
ここではその模様を前編・後編の2回に分けてレポートする。

300冊以上販売!一万円選書&いわたま選書にラインナップ

オンライン会議ソフト「Zoom」を使った本イベントは、ネット環境がある人ならば誰でも視聴できる無料講演会のようなもの。
事前にログイン名(視聴に必要な名前)とメールアドレス、著者である櫻井とりおさんへの質問を所定のアドレスに送ると、申し込みが完了する。

7月4日当日は予定どおり夜9時のオンタイムにスタート。櫻井さん(関東地方)と進行役のNPO法人氷室冴子青春文学賞事務局長の栗林千奈美さん(岩見沢市)、そして「一万円選書」で知られるいわた書店の及川昌子さん(砂川市)の3人が画面に登場して生配信が始まった。

f:id:syoten_nav:20200708104017j:plain

進行を務めた栗林さん。氷室冴子氏と同じく岩見沢東高校出身。2018年には北海道書店ナビで「氷室冴子本フルコース」を作ってくれた。

Vol.138 氷室冴子青春文学賞実行委員会 事務局長 栗林 千奈美さん [本日のフルコース] 没後10周年に再評価! 故郷・岩見沢で文学賞創設 コバルト文庫で一時代を築いた氷室冴子本フルコース

www.syoten-navi.com

青いセキセイインコのお面をかぶって画面に登場した櫻井さんは、現役の図書館司書の顔も持つ。10年間公立図書館に勤めたことがあり、いまも執筆のかたわら関東地方の公立図書館でパートタイムで働いている。

いわた書店の及川さんは2020年4月20日から父・岩田徹さんの「一万円選書」の姉妹企画として「いわたま選書」を立ち上げた行動派の書店員。
開口一番、「『虹いろ図書館のへびおとこ』は社長の選書と私の選書どちらにも入っているので、店内で在庫の奪い合いが起きています」と明かして笑いを誘った。
いわた書店の『へびおとこ』販売実績はなんと300冊以上! 日本で一番売っている本屋からは「北海道関連本だから」というご当地びいき以上の強烈な"推し"が読み取れる。

事前に募った質問を栗林さんが代読する形で始まったトークの最初の質問は「作品のアイデアはどこから浮かんできたのですか?」。
これはやはり実際に司書である櫻井さんの実体験が下敷きになっており、フルタイム勤務時代に出会った数々の「個性的な先輩がた」が、物語に登場する「へびおとこ」こと司書のイヌガミ像を形作っているという。
「すべての所蔵本を暗記しているようなすごいひとがたくさんいて、イヌガミはそのひとたちのいいとこどり。私が思う理想の司書像も入っています」

主人公のほのかはささいなことからいじめのターゲットになり、気がつけばおんぼろ図書館に足が向いていた。
 
「学校に行かずに図書館に来ている子どもたちに"学校はどうしたの?"と聞くのはダメ、と教わったのも私の実体験です。図書館は利用者の秘密を守るということ以前に、人間として目の前にいるひとの気持ちに配慮しなくてはいけないということを教わりました」

 イヌガミさんの左側のほっぺは赤く、右のほうはどす黒く見えた。あごがふるえているのが、ここにいてもはっきりわかる。
「問いただしたら、その子はここに、もう来られない。次はどこへ行くんですか? そうやって、子どもの行き場をなくし、追いつめろというのですか?」
 織田先生は青白い顔で、立ちつくした。

『虹いろ図書館のへびおとこ』より

へびおとこのユニークフェイスと《真理がわれらを自由にする》

ほのか同様に読者を惹きつけてやまないイヌガミは、からだの右半分が緑色という特異な設定も引き受けている。
私たちの現実世界にも少なくない、あざ・まひ・傷跡など外見上の理由で生きづらさを感じている《ユニークフェイス》と言われる人たちに該当する。

「体の半分に赤いあざがある人が身近にいたことがあり、ユニークフェイスに関する本を読んで差別の苛烈さにビックリしました。特に子どもの頃にみなさん、ものすごいいじめにあっている。
コブのようなあざがある大人の方が小学校で講演会をしたあとは決まって、子どもたちにコブを触らせているんだそうです。ほのかがイヌガミの顔に触ったときのように、それが"あったかい"肌だと知った子どもたちは差別する気持ちから解放される。
国立国会図書館の壁には《真理がわれらを自由にする》という図書館の精神が掲げられていて、まさにこの言葉に呼応する出来事だと感じました」

ユニークフェイスに対するいじめや差別も"知ること"で偏見を脱ぎ捨て、自由な心を手に入れることができる。
この物語が図書館を舞台にしている必然性が著者の口から語られた。

 イヌガミさんは、フードをとった。
 みんなはいっせいにぎくっと、目をそらせた。
 騒いだり、悪口をいう人はいない。だけど、中の空気ががらりと変わってしまったのは、あたしにだってわかった。
 あたしのほっぺはひりひりした。まるで、朝、教室に入ると、おしゃべりしてたみんなが急にだまったときみたい。

『虹いろ図書館のへびおとこ』より

執筆中、ユニークフェイスの当事者たちが読んだらどう思うだろうかという問いかけはつねに自分の中に持ち続けていたという櫻井さん。
「"お化粧を薄くしてみようと思った"という感想をいただいたときは本当にうれしかったです」と振り返る。

タイトルについてはこんなエピソードがある。氷室冴子青春文学賞に応募した当時の作品名は「へびおとこ」だった。だが言葉のインパクトが強すぎるため、単行本化にあたっては著者自身も変更を覚悟していたところ、版元である河出書房新社のトップから「『へびおとこ』を使ったほうがいい」という一声があり、皆を驚かせた。 さらに担当編集者から多様性を象徴する「虹いろ図書館」という言葉が提案され、現在のタイトル名に決まったという。

「さすが、エラい人は考えることが違うと思いました」という著者の一言に全員が破顔した。

氷室冴子青春文学賞オンラインイベントレポート《前編》はここまで。
次週の《後編》は櫻井さんの読書歴や図書館トークが繰り広げられます。お楽しみに!

氷室冴子青春文学賞

seisyun-bungakusyo.com

(有)いわた書店

iwatasyoten.my.coocan.jp

注目記事
(株)コア・アソシエイツ
〒065-0023
北海道札幌市東区東区北23条東8丁目3−1
011-702-3993
お問い合わせ