5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.122 脚本家・作家 小川智子さん

取材場所は札幌市中央区の「俊カフェ」。詩人の谷川俊太郎さんは札幌出身の小川さんの母校、開成高校の校歌も作詞している。
[本日のフルコース] "もし映画が存在しない世界に連れて行かれるとしたら?"脚本家小川智子さんが必ず持って行く映画本フルコース
[2018.4.9]

書店ナビ | 今回のフルコース選者は、2017年に瀬々敬久監督と共同脚本を執筆した映画『最低。』が公開され、ノンフィクション『女が美しい国は戦争をしない 美容家メイ牛山の生涯』も出版された脚本家・作家の小川智子さんです。 小川さんは札幌出身で、藤女子大学文学部国文学科のご卒業。「大好きな映画の世界で働きたい!」と卒業式を待たずに上京して周囲を驚かせた行動派です。 |
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小川 | 上京後はビデオ雑誌や映画パンフレットの編集を経て、長谷川和彦監督が立ち上げた監督たちの制作集団「ディレクターズカンパニー」に入りました。 何もできなかったんですが、とりあえず助監督になれば現場にずっといられると思って助監で映画の現場を体験するかたわら、過去の名作を見たり映画脚本の専門誌『月刊シナリオ』を読んだりの独学で脚本を書き始めるようになりました。 初めは深夜ドラマやVシネに参加させてもらい、徐々に映画(『イノセントワールド』『天使に見捨てられた夜』)やテレビドラマ(『スカイハイ』『恋して悪魔』)にも声をかけていただくようになりました。 2017年公開の映画『最低。』は、オムニバスの原作をどうやって1本の物語に落とし込むかが大きな課題でしたが、瀬々監督のアイデアもあり、ああいう形に仕上がったのは自分にとってもいい経験になりました。 |
女が美しい国は戦争をしない 美容家メイ牛山の生涯
小川智子 講談社
戦後の焼け野原から六本木に東洋一のサロンを立ち上げ、年齢にとらわれない女性美を追究した美のマエストロ、メイ牛山の一代記。膨大な資料と証言をもとにメイ牛山のエネルギッシュな生き方が鮮やかに浮かび上がってくる。
書店ナビ | 2017年には没後10年を迎えた美容家メイ牛山さん(1911年~2007年)の本格的な評伝も書き下ろされました。本書270ページに96歳になったメイ牛山さんが社員に書いた訓示十箇条がありますが、「前向きで仕事をする」「技術者は健康で生き生きしてゐること」「時間を無駄にしないこと」などの本質的な教えに思わず襟を正したくなりました。 小川さんが特にお好きな項目はどれですか? |
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小川 | 「明るく本気で相手に入り込む」でしょうか。「本気で」というところがメイ牛山さんらしいと思います。 関係者の方々に貴重な資料をたくさん見せていただき、時代や状況に屈しない彼女の強さ、美しさに驚いてばかりでした。 |

メイ牛山は自分にも「結婚生活の五箇条」を課していた。「家庭では良き母になる」「仕事を持っているからには良い師匠になる」など家庭と仕事を両立しようとする固い決意が読み取れる。
書店ナビ | 頭に映像が浮かんできて、一気に拝読しました。読後、同じ女性として大先輩から厳しくも温かいエールをいただいた気がします。 それでは小川さんが選んでくれた映画本フルコース、一緒に見てまいりましょう! |
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脚本家小川智子さんが必ず持って行く映画本フルコース
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
めし
林芙美子 新潮社
著者は『放浪記』の林芙美子。朝日新聞の連載途中で亡くなり、絶筆となった本作を成瀬巳喜男監督が映像化し、1951年に公開。出演は原節子、上原謙、島崎雪子。
書店ナビ | 主な登場人物は、結婚5年目で子どもがいない夫婦と夫の姪っ子。「このごろの自分の気持ちが、とげとげして来ている」妻の三千代と、その女心には鈍感な夫の初之輔、三千代とは対照的に天衣無縫に生きる姪の里子。林芙美子が得意とする女の哀しみ、諦観が描かれています。 |
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小川 | 私が駆け出しの頃、何を勉強すればいいのかもわからないような時からずっとよりどころにしてきたのが、成瀬監督の作品です。成瀬監督は林作品を5本映画化していますが、初めて成瀬作品を観る方にはぜひ、これをお勧めします。 脚本は井手俊郎さんと田中澄江さんの共同脚本。女性脚本家の水木洋子さんも林芙美子原作では『浮き雲』、他に『あにいもうと』など多数の成瀬作品を手がけています。 原作では登場人物ごとに視点が切り替わるんですが、映画では三千代の目線に絞り込んで物語を進めていくことで、映画ならではの盛り上がりを生んでいる。 原作の映像化は、原作を忠実になぞっただけでは決していい映画にはならないんですよね。その点、この『めし』は映像化独自の脚色を経て、なおかつ原作の世界観を損ねない、お手本のような作品だと思います。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
竜二漂泊1983
谷岡雅樹 三一書房
1983年に公開された金子正次主演・脚本の自主制作映画『竜二』とは、いったい何だったのか。その系譜を「俺たちの旅」「とんぼ」に辿りながら、83年という時代の熱気を描いた著者渾身の書き下ろし。巻末に『竜二』のシナリオも収録。
書店ナビ | いま40代、50代の方は長渕剛主演のテレビドラマ「とんぼ」を覚えておられる方も多いと思います。あのドラマの主人公は「英二」というやくざで、その源流には実はこの映画『竜二』がありました。 やくざ映画でありながら、いわゆる"ドンパチ"の場面がなく、家族のために足を洗おうともがく男の苦悩を描き、話題になりました。 |
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学生時代は仲間と一緒に8mmフィルムの自主制作映画を作っていた小川さん。「さっぽろ映画祭」にもスタッフとして参加していた。
小川 | 私が初めて『竜二』を観たのは、さっぽろ映画祭で上映されたとき。ビックリしましたよね。奥さんが「野菜が高いわね」とこぼしただけで、「うるせえな、この野郎!」と主人公がキレる場面とか、見たこともない日本映画に出会った衝撃がありました。私の人生を変えた一本です。 その後谷岡雅樹さんが書かれたこの本を読んで、ものすごい熱量に再び圧倒されました。単なる評論ではなく、本が映画を補完している関係だと思います。 谷岡さんも私と同じ札幌出身で、映画を真剣に見て真剣に怒っている谷岡さんの文章に、いつも気持ちを奮い立たせられています。 |
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魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
日本シナリオ名作シナリオ集 上・下
日本シナリオ作家協会
「日本シナリオ大系」所収の日本映画史に残る珠玉の名作シナリオ全127篇から、さらに厳選した作品を掲載。各シナリオに日本を代表する現役脚本家による解説も収録。
書店ナビ | 小川さんも所属されている日本シナリオ作家協会から2016年に出版されました。上巻には『無法松の一生』『羅生門』『東京物語』、下巻には『少年』『幸福の黄色いハンカチ』『鬼畜』など、日本映画史上に輝く名作が脚本で楽しめます……と言いつつも、シナリオを読むというのは慣れている人でないとちょっと難しそうですね。 |
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小川 | ですよね。おすすめは、自分が観たことがある映画のシナリオから読み始めること。映像が浮かんでコツがつかめるようになってきます。 札幌は札幌国際短編映画祭もあって、短編制作が熱心な土地ですよね。脚本に興味がある方は、10分の脚本が書けたのなら次は30分と、どんどん長いものに挑戦してみてください。この名作シナリオ集を読むと、"脚本の肝は構成にあり"ということがよくわかります。 その構成力を磨くためにはたくさん観て、たくさん読むこと。それに尽きると思います。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
ラスト、コーション
アイリーン・チャン 集英社
中国の小説家アイリーン・チャンの短編集。表題となった「色・戒」は1942年、日本占領下の上海を舞台にした、抗日グループの女スパイと日本軍の傀儡政権のスパイのスリリングな愛と運命の物語。2007年アン・リー監督により映画化され、第64回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。
小川 | 私、アン・リー監督の作品が大好きで、この作品も先に映画を観ました。私の創作の原点は、家庭という小さな世界にいるのにわかりあえない男女の物語を描く成瀬監督作品にありますが、その真逆にあって惹かれる設定が、完全に非日常的な緊張状態に置かれた男女の究極の選択。 映画では原作にはない激しい性描写が話題になりましたが、あのエロチシズムがなければこの映画は成り立たない。 原作を読んだとき、1行1行から映像が浮かび上がってきて、これはきっとアン・リー監督もそうだったんだなと納得しました。原作には明確に書かれている登場人物たちの心情を、セリフなしで、人物の動きや前後との構成で伝える。理想的な映画化作品だと思います。 |
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デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
シネマトグラフ覚書 映画監督のノート
ロベール・ブレッソン 筑摩書房
職業俳優や音楽を使わないなど独自の作風を確立したフランス現代映画の巨匠ロベール・ブレッソンの断想集。自らの作品群を「映画」と呼ばずに「シネマトグラフ」と総称し、「映画とは何か」を作品を通して問い続けた。
書店ナビ | ブレッソンと言えば、『スリ』『ジャンヌ・ダルク裁判』『やさしい女』『ラルジャン』……DVDで観れる作品も多いですよね。 |
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小川さんが持参してくださった私物の本書には付箋がいっぱい!
小川 | 東京に出たばかりの20代の頃、映画館でよくかかっていたブレッソン。本書では、映画だけでなくものづくり全般に通じる箴言を残してくれています。毎回読むたびに発見があって、久しぶりに読み直して「二つの死と三つの誕生について」という一節が心に残りました。 私の映画はまず最初に頭の中で生まれ、紙の上で死ぬ。それが甦るのは、私の用いる生きた人物や現実のオブジェによってである。これら人物やオブジェはフィルムの上で殺されてしまうが、或る種の秩序の中に置かれスクリーンの上に映写されるとき、まるで水に浸した水中花のように生を取り戻す。 きっと、詩人の松浦寿輝さんの翻訳もすばらしいんだと思います。映画を観るとき、自分はどこにいるのかを再確認させてくれる大切な一冊です。 |
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ごちそうさまトーク 置き去りにされているものをすくいあげたい
書店ナビ | 今回のフルコース、取材シートを返信していただいたときはまだタイトルがありませんでしたが、こうしてお話しているうちに小川さんご自身で「映画が存在しない世界に持っていく5冊かも」と見事に決めてくれました。 |
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小川 | ……よかった、まとまって(笑)。どの本もページをめくるだけで頭の中が映像でいっぱいになる、私の映画人生に欠かせない5冊です。 今後の執筆予定は、いま浮かんでいるアイデアを具体的な形にしていきたい。私にとって大切にしていきたいことは、"置き去りにされているものをすくいあげる"こと。孤独や貧困を抱えている、社会から本当に見捨てられていくような人たちについて考えていきたいです。 |
書店ナビ | 今回は小川さんが札幌に里帰りされたところを、大学時代からのご友人であるライターの伊藤由起子さんのご仲介によりフルコースにご協力いただきました。お二人ともありがとうございました。 これを読むと映像とシナリオの距離感が気になり始めるフルコース、ごちそうさまでした! |
●小川智子さん
脚本家。北海道札幌市生まれ。主な脚本作品に映画『イノセントワールド』『天使に見捨てられた夜』『最低。』、テレビドラマ「スカイハイ」「恋して悪魔」、著書に『ストグレ!』『女が美しい国は戦争をしない 美容家メイ牛山の生涯』が(いずれも講談社刊)ある。日本シナリオ作家協会会員。大阪芸術大学映像学科講師。
