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第509回 映画監督・脚本家・俳優 佐藤 佐吉さん

Vol.188 映画監督・脚本家・俳優 佐藤 佐吉さん

映画監督・脚本家・俳優 佐藤 佐吉さん

3月中旬、東京の佐藤佐吉監督にZoom取材でお話をうかがった。

[本日のフルコース]
3月23日(火)満島ひかり主演「怪人二十面相」放送!
NHK BSプレミアム「シリーズ江戸川乱歩短編集」脚本・演出
佐藤佐吉監督が選ぶ「江戸川乱歩」フルコース

[2021.3.22]

3月23日(火)満島ひかり主演「怪人二十面相」放送!NHK BSプレミアム「シリーズ江戸川乱歩短編集」脚本・演出 佐藤佐吉監督が選ぶ「江戸川乱歩」フルコース

書店ナビ2016年に始まったNHK BSプレミアムの「シリーズ江戸川乱歩短編集」「シリーズ横溝正史短編集」をご覧になったことはありますか?
前者ではジェンダーレスな魅力を放つ満島ひかりさんが名探偵明智小五郎を演じ、後者は優しい眼差しの金田一耕助を池松壮亮さんが演じています。

毎回のゲスト共演者も菅田将暉、若葉竜二、門脇麦らの若手実力派に加え、嶋田久作、宮藤官九郎とくせ者揃い。
そこにシリアスな演技を求められるレイザーラモンHGや永野、ハライチの岩井勇気らお笑い芸人も加わって、日本探偵小説界の二大巨塔、乱歩・横溝の世界を「ほぼ原作通り」30分間の短編ドラマに再構築する。
非常にチャレンジングかつ濃密な人気シリーズです。

2021年3月23日(火)からは"満島明智"が帰ってくる最新作「シリーズ江戸川乱歩短編集IV 新!少年探偵団」が3夜連続放送!
そのトップバッターを「怪人二十面相」で飾る演出の佐藤佐吉さんに「江戸川乱歩」フルコースを選んでいただきました。

NHK BSプレミアム「シリーズ江戸川乱歩短編集IV 新!少年探偵団」は2021年3月23日(火)19時から3夜連続放送。第1回は佐藤佐吉演出「怪人二十面相」。

佐藤Twitterで取材の声をかけていただき、ありがたいお話に驚きました。
はじめに自己紹介しますと僕は大阪出身で、映画の脚本を書きたくて上京し、キネマ旬報の名物編集長だった黒井和男さんの運転手兼秘書役を数年間務めていました。
北海道は昔「さっぽろ映像セミナー」という未来の脚本家や監督を発掘するイベントの事務局をしたご縁で、札幌に何度も来たことがあります。
そのセミナーからは後に『月とキャベツ』というタイトルで映画化された篠原哲雄監督のデビュー作も生まれましたから、それなりの結果は出せたと思います。

ただ、自分が本当にやりたいことは自分で脚本を書いて映画を作ること。
ある時、黒井さんに「すみません、今年は事務局できません」「どうして?」「ペンネームで自分も作品を応募しちゃいました」とクビを覚悟で打ち明けて、そこから本腰を据えて書くようになりました。
その時に応募した脚本を気に入ってくださった犬童一心監督の『金髪の草原』、続いて三池崇史監督の『殺し屋1』の脚本を書かせてもらい、脚本家デビューできたという流れです。

書店ナビスキンヘッドが目印の佐藤佐吉さんのお顔を「どこかで見たことが…」と思う方もいるかもしれません。
役者としては『キル・ビルVol.1』にご出演。日本のドラマでは大杉蓮さんの笑顔が懐かしい『バイプレイヤーズ』で松重豊さんのマネージャー役で登場していました(佐藤さんは松重さんが所属する芸能事務所ザズウに所属している)。

『キル・ビル』では、ユマ・サーマンが演じる主人公"ザ・ブライド"とルーシー・リュー演じるオーレン・イシイが壮絶なバトルを繰り広げる青葉屋で働くサキチ役。「チャーリー・ブラウン、あんたもだよ」とオーレンに言われ、黄色い着物を翻して脱兎のごとく逃げ出します。

佐藤『キル・ビル』を撮る前に真夏の東京にいらしたタランティーノ監督に『殺し屋1』の脚本家として急きょお会いできることになりまして、慌てて短パンにシャツ姿で会いに行ったら、タランティーノ監督が「君はチャーリー・ブラウンに似てるって言われないか?」と何度も言うんです(笑)。

それでそのまんまの役で映画に出ることになり、その他大勢なのできっと一日で帰って来るんだろうなと思っていたら、どうも自分だけ「チャーリーはまだいて」と言われて、結局バトルが始まる直前まで出させてもらいました。

書店ナビ乱歩&横溝シリーズを演出するようになったいきさつは?

佐藤自作の『半分処女とゼロ男』がカナダのトロント映画祭で上映されたときに現地にいらしていた映像制作会社テレコムスタッフの淵邉恵美さんと知り合いになりまして。
その淵邉さんが乱歩&横溝シリーズのプロデューサーで、シリーズが動き出す時に「佐吉さん、『心理試験』でお願いします」と声をかけてもらいました。
これまで乱歩シリーズは『心理試験』『何者』『お勢登場』の3本を演出しています。

[本日のフルコース]
3月23日(火)満島ひかり主演「怪人二十面相」放送!
NHK BSプレミアム「シリーズ江戸川乱歩短編集」脚本・演出
佐藤佐吉監督が選ぶ「江戸川乱歩」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

幽霊塔

幽霊塔
江戸川乱歩著・宮崎駿カラー口絵  岩波書店
明治時代の作家・黒岩涙香(くろいわ・るいこう)の同名翻案探偵小説を江戸川乱歩がリライトした『幽霊塔』。本書は、中学生の頃からその世界に耽溺していたという宮崎駿監督によるカラー解説口絵16ページ付き。

佐藤乱歩シリーズを撮る以前は、僕にとっての乱歩は読むものではなく、"見るもの"だったんです。小さい頃は特撮ドラマ「少年探偵団BD7」を見てましたし、大人になってからは天知茂さん主演の明智小五郎シリーズや実相寺昭雄監督の映画を夢中になって見ていました。

なので今回の乱歩シリーズの演出を機にきちんと原作を読もうと最初に手に取ったのが、この本です。

佐藤さんが手にしているのは講談社の『明智小五郎全集』

佐藤さんが手にしているのは講談社の『明智小五郎全集』。演出した「心理試験」の他、有名な「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」、2本目に演出した「何者」も収録されている。

佐藤これを読む前に『大槻ケンヂが語る江戸川乱歩 私のこだわり人物伝』(角川書店)や、この宮崎駿さんが表紙を描いた『幽霊塔』も読んでいましたが、正直にお話しすると、前者は「あの大槻さんをそこまで夢中にさせる乱歩の世界って?」という気持ちのほうが強かったし、後者は完全に宮崎さんのカラーページ目当て(笑)。名作『カリオストロの城』は宮崎版『幽霊塔』だったことがよくわかりました。

こうした寄り道もしましたが、僕にとっての本格的な"読む乱歩"の入口はやはり『明智小五郎全集』で、この中には今回映像化した「怪人二十面相より」も収録されています。
明智小五郎と怪人二十面相が火花を散らす、いわば少年探偵団シリーズのメインディッシュのような場面が描かれていて、これを読んで初めて「二十面相、めちゃめちゃかっこいいな!」というイメージが僕の中に膨らんできました。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

繁栄の昭和

繁栄の昭和
筒井康隆  文藝春秋
筒井康隆は26歳の時に父と弟とで作ったSF同人誌「NULL」(ヌル)を発表。それが乱歩の目に止まり、筒井の文壇デビューにつながった。本書は2014年発刊の短編集。乱歩にオマージュを捧げた「大盗庶幾」を含む11篇を収録。

佐藤「いつか少年探偵団シリーズを、二十面相を映像化する日が来るかもしれない」という思いを募らせていたときに、人から教えてもらったのがこの本です。
ネタバレにならないようあらすじは省略しますが、「大盗庶幾」(だいとうしょき)には筒井さんのものすごい乱歩愛が詰まっていて、物語もまるで乱歩自身が書いたかのように破綻がなくて面白い。
金城武さん主演で映画化もされた北村想さんの『怪人二十面相・伝』とも違う、筒井さん流の大盗賊像が描かれています。

今回僕が演出した「怪人二十面相」で一番こだわったのは、二十面相の《変身》シーン。従来であれば「ははははは!」と笑いながら正体を明かす《変身》シーンですが、最新作では北村想さんとも筒井康隆さんとも違う、僕なりの考察を盛りこんだ最高にかっこいいシーンが撮れました。
NHKのこのシリーズは「ほぼ原作通り映像化」と謳っているので、原作既読派の方もどうぞ楽しみにしていてください。

書店ナビ原作が短編とはいえ30分の尺に入れ込むには相当なご苦労があるのでは?

佐藤とにかく時間が短いので、まずどこを削れるかという作業から始まります。セリフも時には本筋に影響がない範囲で削りつつ、物語のエッセンスを残すように心がけています。

書店ナビ30分と言えば、横溝正史シリーズで渋江修平監督が演出された長編原作の「犬神家の一族」、あの大胆な演出には度肝を抜かれましたね。

佐藤あれはすごかった。あのやり方なら今後どんな作品も30分にできます。衝撃でした。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

孤島の鬼

孤島の鬼
江戸川乱歩  春陽堂書店(新装版)
「私」こと箕浦は同僚である初代と恋仲になるが、箕浦に好意を寄せていた諸戸道雄が突如彼女の婚約者に名乗りを上げる。初代の家系図や謎の出生、素人探偵の登場、思わぬ悲劇に導かれるように箕浦と諸戸は郷里の島へ旅立ったーー。

佐藤原作乱歩を読み始めてからどんどん、その面白さにハマり、今ではネットや古本屋で全集や関連本を見つけては買うのが半ばライフワークになりました。
でも読めば読むほど乱歩は複雑怪奇で、つかみどころがなくてフワフワしている。そう思っていた世界観が一気にピシッと絞り込まれたのが、この『孤島の鬼』です。
これまでに読んだ乱歩が全部この一冊に詰まっている。
 
作品が書かれたのは昭和4年から5年にかけてですが、あの時代に同性愛をベースに謎の家系図や素人探偵、怪老人、マッドサイエンティスト、奇怪な島、双生児、人外境からの便り、埋もれた宝探し……と消化しきれないほどの要素を詰めこみ、何が何だかわからない世界が展開されていくにも関わらず、僕たち読者はぐいぐいと引き込まれていく。
 
『パノラマ島奇談』もすごいですが、僕の中ではこの『孤島の鬼』をどうにか映像化したいという考えが頭から離れない。頭の中で脚本はすでに出来上がっています。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

蟲(「陰獣」収録)

蟲(「陰獣」収録)※出版社によっては「虫」表記もある。
江戸川乱歩  角川ホラー文庫
厭人病者の柾木愛造は親の遺産もあり、誰とも会わない土蔵暮らし。唯一の友である池内光太郎に誘われ、高等小学時代に秘かに憧れていた女性、現在は女優になった木下芙蓉と再会する。その日から柾木の異様な執着が始まった……。

佐藤2005年に公開された乱歩原作4本のオムニバス映画『乱歩地獄』の中に、漫画家のカネコアツシさんが監督された「蟲」があるんです。
4作に共通する主演の浅野忠信さんがとても素晴らしくて、撮影監督は山本英夫さん、衣装は北村道子さんという『殺し屋1』と同じチームで、映像的にも美しい、非常にスタイリッシュな作品でした。
 
こんなに素晴らしい映像作品が既にあることはわかっていても、この「蟲」を読めば読むほどヤバイ場面が気になって「ここまで映像化できたらすごいよな」という衝動が湧き上がってくる。
現在進行形で深まっていく登場人物の狂気が克明に描かれているので、読む側のシンクロ率も高く、想像力が豊かな人ほど読むのがおぞましい作品。これほどの狂気を書いた乱歩もまた、狂気だと思います。

書店ナビ怪奇ものや性的倒錯、異形を書く作家は他にもいますが、乱歩の何がこんなにも映像作家たちを魅了するのだと思いますか?

佐藤乱歩さん自身、日本でもいち早く海外作家の推理小説を読んでいたりして非常に読書家じゃないですか。彼の中で面白いストーリーはいくらでも出てくると思うんです。
ただ、そこに彼の自覚的なフェチシズムが入ってくる。ここが乱歩たるゆえんだと思います。
彼自身もきっと「これ以上、主人公の独白を続けたらヤバイことになる」とわかっていたんじゃないですか。
それでも異常な執着や男色、SMを物語のベースに据えて話を進めていく腹の括り方というか、そこがないともう、乱歩じゃない。
これは褒め言葉ですが、やっぱり、この人は本物の変態なんだと思います。だから何を読んでも面白いし、映像化したい何かが必ずどの作品にもある。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

乱歩の日本語

乱歩の日本語
今野真二  春陽堂書店
明治27年に生まれ昭和40年に没した江戸川乱歩。本書は日本語学者の著者が時代の変遷とともに編集・校訂を加えられた乱歩のテキストを比較検討。独自のキーワードやオノマトペについても豊富な用例から掘り下げていく。

佐藤今回ご紹介した本の中でこれが一番新しくて、2020年の6月に出たばかりです。乱歩の作品は、同じ作品でも単行本化あるいは文庫化されるごとに出版社によっては表現が異なる部分が少なくありません。
 
我々NHKの短編シリーズチームが言っている「ほぼ原作通り映像化」の「原作」とは春陽堂書店版のこと。春陽堂版は生前の乱歩から「これが定番だ」というお墨付きが出ていて、一方、桃源社版は乱歩さんが亡くなる前にもう一度全てのテキストを自分で見直したもの。
現在、春陽堂さん以外の出版社から出ている乱歩作品はほぼ全て、桃源社版を底本にしています。

左ページ、初出と春陽堂版、桃源社版の表現の比較表を見せてくれる佐藤さん。

左ページ、初出と春陽堂版、桃源社版の表現の比較表を見せてくれる佐藤さん。「例えば初出と春陽堂版では"近づいていつた"と書いているところを、桃源社版は"近づいていった"になっています」

佐藤乱歩さんは明治に生まれ、大正、昭和を生きた人ですが、代表的な作品を次々と生み出していった大正から昭和初期にかけてはちょうど日本が近代的に変わりゆく端境期。亡くなる直前は時代も1960年代に突入し、言葉も現在の我々が使っているものと地続きになっています。
 
そう考えると春陽堂版の和洋折衷な言葉遣いは、僕たちが作る作品の世界観にちょっとした趣を与えてくれているんじゃないかなと感じます。

ごちそうさまトーク 役者もスタッフも派手に遊ぶ真剣勝負

書店ナビ乱歩&横溝短編シリーズの意外なキャスティング、毎回面白いですね。

佐藤プロデューサーとはよく「最近、誰が面白い?」みたいな話をしています。お笑いの方やモデルの方を呼ぶと、皆さんすごく真剣にやってくださいますので、役者さんたちも刺激を受けて化学反応が起きる。
「この現場はそんなに安心できる現場じゃないぞ」という意味でも異分野枠が活きているんだと思います。

書店ナビ性別や時代にとらわれない衣装・ヘアメイクもいつも楽しみです。監督とスタッフさんたちの間ではどういう話し合いをされるんですか?

佐藤最初の打ち合わせでは皆で作りたい世界観を共有しますが、僕からは「黒ですね」とか「エロいんだけどギリギリエロくない感じ」とか一言二言程度。
メイクさんや衣装さんたちは特別な感性を持った方々ですから、任せたほうがいい。衣装合わせもしますが、僕がOKを出しても本番では全然違う衣装になってたこともありますから(笑)。それで腹を立てているようではこのシリーズの監督は務まらない。役者にもスタッフにも、みんなに遊んでもらっている感じです。
 
以前演出した「お勢登場」では、お勢という人物の無邪気さを視聴者に見せたくて、玄関のかまちに腰をかけて足をぶらぶらさせてるお勢に女中が金色のポックリを履かせる足元のアップから撮り始めました。
「怪人二十面相」でもファーストカットは「絶対これを撮る!」と決めていて、流す音楽も決めていました。3月23日(火)19時からの放送をぜひご覧ください!

NHK BSプレミアム「シリーズ江戸川乱歩短編集IV 新!少年探偵団」は2021年3月23日(火)19時から3夜連続放送。第1回は佐藤佐吉演出「怪人二十面相」。

3月24日(水)放送の第2回は渋江修平演出「少年探偵団」。

3月25日(水)放送の第3回は古屋蔵人演出「妖怪博士」。

書店ナビ放送が待ち遠しいですし、見終わった後でも何度でも楽しむことができる江戸川乱歩フルコース、ごちそうさまでした!

佐藤佐吉(さとう・さきち)さん 

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1964年大阪府出身。99年『金髪の草原』(犬童一心監督)で脚本家デビュー。以降『オー!マイキー』(05~10/TV)『殺し屋1』(三池崇史監督/01))など話題作の脚本を執筆するかたわら役者としても活動。カンヌ国際映画祭に招待された脚本作『極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU』(三池崇史監督/03)はブリュッセル国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。05年浅野忠信・哀川翔主演『東京ゾンビ』で劇場長編映画監督デビュー。対戦型番組『Eテレジャッジ』では脚本・演出『谷グチ夫妻』で初代優勝。現在はNHK満島ひかり主演「シリーズ江戸川乱歩短編集」、池松壮亮主演「シリーズ横溝正史短編集」の脚本・演出を手がける。

早く映像化したい乱歩作品がありすぎる!

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