9月17日に開催された札幌・小樽の古書店主3人とSeesaw Booksオーナー神輝哉さんによるトークセッション。左端の女性がイベントの主催者であり進行を務めた「古本と肴マーブル」(東京・東陽町)の蓑田沙希さん。
[イベントレポート]
「Seesaw Books」クラファンの「イベント開催権」で実現
古書店主たちのトークセッション「SAPPORO BOOK TRAVEL」
[2022.9.26]
2018年に開業した東京の本屋仲間が「イベント開催権」をポチッ!
2022年9月17日、東京・札幌・小樽の古書店主たちが集まるトークイベントが開催された。
会場は、札幌市北区北18条西4丁目の新刊書店「Seesaw Books」。10月30日に開店1周年を迎える同店といえば、開店資金を募ったクラウドファンディングの成功譚が記憶に新しい。
ゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」(アンタップトホステル)代表の神輝哉さんが2021年8月に立ち上げたクラウドファンディング[札幌に、カルチャーと公共の境界線を溶かす「書店+シェルター」をつくりたい!]の当初の目標額は150万円だった。
だが人望が厚い神さんの友人知人たちにより情報は瞬く間に拡散され、結果は500%近くの達成率で終了。ゲストハウスの別館が、新たな形で生まれ変わった。
第530回 UNTAPPED HOSTELが作る新刊書店「Seesaw Books」 - 5冊で「いただきます!」フルコース本 北海道書店ナビ
1階に新刊書店・2階に生活困窮者を受け入れるシェルターの実現に共感したクラファンの支援者は、総勢580人。
リターンコースは幅広く、お礼の手紙やオリジナルグッズの受け取りに始まり、ゲストハウスの宿泊プランや関係者の選書セット、新しくできる書店の棚オーナー権などなど、どれにしようか迷った人も多かったのではないだろうか。
その中で5人の支援者が支援の最高額5~6万円にあたる「イベント開催権」をポチッと押している。
もちろん、「神さんたちを応援したい!」という気持ちの尊さに大小はないが、その人たちには純粋に「すごいなあ」という感嘆の思いも湧いてくる。
その5人の中のおひとりが、今回「古本」をテーマにしたイベント「SAPPORO BOOK TRAVEL」を開催した蓑田沙希さんである。
「SAPPORO BOOK TRAVEL」は古本フリマとトークセッションの2本立て。蓑田さんの親友あやちゃんが出店した「ipeko.」のスパイスカレーも大人気だった。
北海道滝川市に生まれ、小学校から高校まで札幌で過ごした蓑田さんは、2018年5月に東京・東陽町で「古本と肴マーブル」を開業した。
ということは新刊と古書の違いはあれど、Seesaw Booksにとって3年先輩の本屋仲間にあたる。その同業者が一体なぜ、イベント開催権という思いきったリターン枠に手をあげたのかーー。
理由を知りたくてイベント開催後に蓑田さんにメールでいくつか質問をお送りし、丁寧な回答をいただいた。
以下、当日の模様とあわせてお届けする。
イベント主催者「古本と肴マーブル」蓑田さんインタビュー
「あの場所の力に導かれた一日でした」
書店ナビ:Seesaw Booksのクラファンを知ったきっかけや「イベント開催権」を選んだ思いを聞かせていただけますか。
蓑田:飲食店を運営しているため(「古本と肴マーブル」では古本と蓑田さんお手製の肴・酒を提供している)、コロナ禍の時短協力金をもらいました。
そのお金を何か有意義なことに使えないかと思案していたときに、インターネット上でSeesaw Booksさんの試みを知りました。
私自身、北海道のホームレスの方々の問題は〈見えにくいけれど確実にそこにある事実〉として気になっていたので、神さんたちの趣旨にすぐに賛同できましたし、好きな地元でもある札幌で何かできたらうれしいなと思ってはいたけれど、そもそも札幌でもいろいろな面白いイベントが行われているなか、東京から急にやってきて何かをやらせてもらうというのは失礼なんじゃないかとか、ハードルが高いとか……色々考えあぐねていたところに、「クラウドファンディングのリターンなら、やらせてもらう大義名分が立つのでは?」と思い立ち、参加させてもらいました。
書店ナビ:初めてSeesaw Booksを訪れたときの印象は?
蓑田:風通しのよい、深呼吸できる場所だと感じました。神さんのお人柄だと思いますが、押しつけがましくない、人と人が真心をもって交流できる場所だと。そして選書がとにかく面白いので、人に好かれる求心力のある場所なのだということがすっと腑に落ちました。
書店ナビ:夜のトークセッションでは、札幌から「古本とビール アダノンキ」の石山府子(あつこ)さんと「旅古書シャンティブックス」の溜(たまり)政和さんが、小樽からは「古本屋FREEDOM BOOKS」山岡大さん、そしてSeesaw Books神さんと蓑田さんの5人が集まりました。古書店主3人の人選はどうやって決めたんですか?
蓑田:今回のイベントはもともと「旅」に関することをやりたくて、本も心のトリップだと考えると本屋の意味って何だろうとか、そこで人と人が会うことにどんな意味があるんだろうとか、そういうことを話し合えたらいいなと考えた時にパッと頭に思い浮かんだのが、この3人でした。
書店ナビ:イベントを終えた今のお気持ちをお願いします。
蓑田:一番は、本のたくさんある場所に集う人たちがニコニコと楽しそうにしてくださって、それだけでも開催してよかったと思いました。いたらないことも多々あったと思いますが、多くの方に足を運んでいただき、本当に感謝しています。
フリマ出店者の方々もそれぞれ工夫を凝らした楽しい空間を作ってくださって、皆さんの創造性と本に対する愛情に心を動かされました。
トークでは発見も多く、特に新刊書店と古書店との棚の作り方の違いについての話題に、改めてそれぞれの良さと役割の違いを再認識することになりました。
主催をしたのはマーブルですが、Seesaw Booksさんにとても似合う景色をみることができて、これぞまさにクラウドファンディング冥利につきると思いました。あの場所の力に導かれた一日でした。
テーマは「旅」×「本」
古書店主たちのトークセッションレポート
もう一度トークのゲストを紹介すると、上の画像右端がSeesaw Booksの神さん。その隣にいる「古本とビール アダノンキ」(札幌市中央区)の石山府子(あつこ)さんは、今年開業14年目。店では早くから国内外のクラフトビールを扱ってきた。
古本とビール アダノンキ (@adanonki) / Twitter
中央の男性は、2017年4月から小樽運河沿いの路上でトランクケース一つに古本を詰め込んで販売している「FREEDOM BOOKS」山岡大さん。
山岡さんは小樽市稲穂町で定員10名のゲストハウス「山小家」も運営しており、神さんとはゲストハウス仲間でもある。
古本屋FREEDOMBOOKS (@ontharoad2017) / Twitter
その左隣は、札幌市東区北18条で「旅」をテーマにした本を取り扱う「旅古書シャンティブックス」の溜政和さん。新刊から古書へと書籍販売経験10年以上の実績をもとに2012年にネットショップを開業し、2014年から実店舗をオープンした。
旅古書 シャンティブックス買取強化中 (@shantii_books) / Twitter
バックパッカー歴の長い溜さんに左端の蓑田さんが「店を持つと人が来るのを待つことになり、(自分が動く)旅とは対極になる。どうしてお店を開こうと?」と聞くと、「長く旅を続けていると旅が日常になってくるんですが、最後は"じゃあ自分はどこに住むの?"という問いに突き当たる。自分の居場所だと思えたところで店を開いて今に至ります」と回答した。
小樽でゲストハウスを営む山岡さんは「宿でじっとしていられなくて、外に本を売りに行く。でも店を開いたといっても、自分はトランクの横で本を読んでいるだけなので、道行く人によく「おにいさん、これで食ってるの?」と不思議がられます(笑)。実は宿にも本を置く一室があるんですが、そこで本屋を開こうとは思わないんです」。
トランク一つで、という形がまさに旅であり、「山ちゃんのは"商売"というよりも"生き方"」という神さんの指摘に皆が頷いていた。
シャンティブックスは皆を吸い込むブラックホール?
続けて、じきに開業1年を迎える神さんへの蓑田さんの質問「本屋を始めて変わったことは?」に対して、神さんは「間口が広がりました」と即答。
「宿はもともと外の人をお迎えするもので、多い方でも年に1、2回のご利用でしたが、本屋を始めたことで週1ペースの常連さんや札幌市内の方々をお迎えするようになりました」
本屋に人が集まることの意味について話が及ぶと、盛り上がったのはシャンティブックスで溜さんと話しているうちに時間が経ってしまう「シャンティ=ブラックホール説」だ。
会場にいたシャンティの常連客も「店の品揃えも行くたびに何か買いたくなる"沼"感があり、気がつくと溜さんと話し込んでいることが多々あるので、それをよく表してるパワーワードだなと思いました」と教えてくれた。
同業の石山さんでさえ「業務連絡に行ったはずが気がつけば3時間」を過ごし、神さんも「コンビニで溜さんの分と自分の分のコーヒーを買って行ったことがあります」と打ち明ける。
当のご本人はそれらのエピソードを聞いて笑いながら「本屋が心の置き所になっているお客さんはいますよね」と語り、蓑田さんも「本を介してなら会話のハードルが低くなる。今日のフリマを見てもそう感じました」と同意した。
翌日の9月18日には芥川賞作家の李琴峰(り・ことみ)さんと『愛と差別と友情とLGBTQ+』の著書北丸雄二さんのトークイベントが開催された。
「今だから」の新刊と「いつか読まれる」古書の魅力それぞれ
最後の話題は今後の展望について。
神さんに「心は旅人」と言われた山岡さん、実は拠点を小樽の隣まち、余市に移す計画が進んでいるという。
「余市は海と山がすごく近くて。今年5歳になる子どもの子育ても考えて引っ越しを決めました。今は車検が切れた廃バスを本屋に改装中です」
そんな"旅人を待つ古本屋”計画も視野に入れているそうだ。
今回のゲストの中で最も開業年数が長いアダノンキ石山さんは、ちょっと考えて「石に齧りついてでも続けること」を展望にあげた。
「"えっ、あの店まだやってるの?"と言われるくらいやる(笑)。お客様が来ても来なくても店を開け続ける。そこに意味があるんじゃないかなと感じています」
実際、アダノンキのTwitterは日々「開店のお知らせ」をつぶやいている。タイムラインに流れるそれに「ああ、今日もやっているんだ」と安心感を覚える人も少なくないはずだ。
石山さんの言葉に何度も頷くシャンティブックスの溜さん。
「この仕事がすごく好きだから続けないと。理想の本屋に近づくためにも」
この回答に会場の参加者から「理想の本屋ってどんな本屋ですか?」という質問が飛んできた。
これに対する回答が、蓑田さんのメールインタビューにあった「特に新刊書店と古書店との棚の作り方の違いについての話題」に該当するので、長くなるが記載する。
「シャンティは買い取りがメインですが、実は古本屋にとって買い取った本全てが店主である自分の趣味嗜好にフィットすることはほぼなくて、あっても年に1、2回くらい。そこが新刊書店と古書店の違いで、(店に置きたい本を仕入れ先に指定して注文する)新刊書店はやろうと思えば理想の本屋作りがしやすく、かたや古書店は何年経っても理想の本屋への道は遠い。店を開ける毎日が常にそこにつながる過程なんです」
こうしたやりとりをじっと聞いていた蓑田さん。
「新刊が"今だから売れる!"という興味や刺激を喚起するものだとしたら、古書は並べ続けていればいつか売れるかもしれないと思う本もある。時間軸の違いはあっても、どちらもあり続けてほしいもの。この2種類の本屋さんがあるまちが、豊かなまちなのかもしれないと感じました」
そう述べて、「本」と「旅」が交差するこの日のトークイベントを締めくくった。
新刊と古書、同じ書店でもなんとなく「別物」と考えられることもあるが、北海道書店ナビが情報を集めた範囲では、近年は浦河の「六畳書房」や大樹町の地域おこし協力隊長谷川彩さんが経営する移動書店「つきのうらがわ書店」、そして2022年8月にオープンした室蘭の週末型書店「KITSUNE BOOKS」など、古書と新刊両方を扱う書店が増えている。
この日の参加者にも聞いてみると、「新刊書店は目的があって買いに行く感覚、古書は何があるかわからないワクワクを買いに行く感覚が多めです」とどちらの魅力も感じ取っているようだ。 両者の境が溶け始めた書店のあり方も考えさせられるトークであった。
それぞれの「こんな未来が待ってほしい」が実現した1日に
イベント翌日、Seesaw Books神さんにも感想を伺った。それを紹介して、この記事を終わりたい。
2021年。先が見えない状況の中、「こんな未来が待っていてほしい」という想いでクラウドファンディングを募り、書店をオープンしました。
そのクラウドファンディングで「書店でのイベント開催権」というリターンを購入してくださったのが、東京は東陽町の「古本と肴 マーブル」の蓑田さんです。
蓑田さんとは面識がなく、それでもこの企画の趣旨に賛同してくださったということに驚き、「こんな遠方から応援してくれる人がいるんだ…」と身が引き締まる思いだったことを覚えています。
その後ようやく初顔合わせを済ませ、イベントの内容を詰めながらお互いに影響を受けた本や音楽について話す時間はとても楽しく(こうした話はいつだって楽しいし、お互いの理解が深まりますよね)、きっと良い日になるだろうという確信のもと、当日を迎えました。
絶えずお客さんが行き交い、終始良い雰囲気の中、蓑田さんが言った一言が印象に残っています(少々表現が異なるかもしれませんが)。
「すごく良い雰囲気だけど、予想外ではないというか」
その言葉はすっと僕の中にも入ってきました。その日はきっと、僕たちの心の中にあったそれぞれの「こんな未来が待っていてほしい」が実現した1日だったんじゃないかなと思うんです。
想いで繋がる人の縁は尊く、このまま進んでいこうと思えた日でした。
蓑田さんには心より感謝を伝えたいと思い、11月にマーブルに飲みに行ってきます。
Seesaw Books 神輝哉