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第560回 ありがとう札幌弘栄堂書店メモリアル・レポート

2022年9月30日で閉店した札幌弘栄堂書店パセオ西店

2022年9月30日で閉店した札幌弘栄堂書店パセオ西店。9月4日には桜木紫乃さんによる一日店長イベントが行われ、小さな店内が取材陣で混み合った。この日の撮影はクスミエリカさんにお願いした。

[メモリアル・レポート]
2022年9月30日、屋号とともに一時代に幕
「札幌駅の本屋さん」札幌弘栄堂書店、閉店までを追いかけて

[2022.10.17]

札幌駅にあったからこそ日常の一部・旅の1コマに

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「札幌駅」で商売させていただけたからこそ、ある方にとっての日常の一部に、またある方にとっての旅の1コマになれたのでないかと思います。(中略)皆様に支えられた幸せな店でした。ありがとうございました。

手元にあるA4サイズの「弘栄堂だより」最終号には、書店員坂胤美さんのこんな言葉が綴られていた。駅の本屋さんを表現する、これ以上の言葉は見当たらないだろう。
2022年9月30日、北海道新幹線延伸工事により札幌駅のショッピングモール「パセオ」全館が終了。これに伴い、札幌弘栄堂書店パセオ西店も閉店し、約四半世紀にわたる営業を終了した。

「弘栄堂だより」全バックナンバーを展示。

閉店までカウントダウンの9月、壁に「弘栄堂だより」全バックナンバーを展示。手書きの味わいがたまらないこのフリーペーパーは2011年4月から2014年4月にかけて石川店長とスタッフの坂胤美さんが発行していた。

札幌弘栄堂書店の前身である「弘栄堂書店」はもともと、国鉄時代の鉄道弘済会が全額出資していた本屋さんだった。
1987年に国鉄が民営化され、北海道札幌エリアの書店事業をJR北海道子会社の北海道キヨスク株式会社(現・JR北海道フレッシュキヨスク株式会社)が継承。店舗名を札幌弘栄堂書店(以下、弘栄堂)に変更した。

2018年2月にトーハン子会社の株式会社スーパーブックスに事業譲渡されてからも、弘栄堂を「JR北海道の本屋さん」と思っていた方は案外少なくないのではないだろうか。
かつては札幌国際ビルの地下にも「地下鉄店」があったが、そちらは2008年7月に閉店。スーパーブックス時代の弘栄堂は地下のアピア店とパセオ西店、そして北郷店の3店舗を展開していた。

パセオ西店は「スタッフの記憶によると」

パセオ西店は「スタッフの記憶によると」1995年開店。「当店累計売上1000冊突破!」のポップが伝えるように数々のビッグヒットを生み出した。その代表格が吉村昭著『赤い人』。

右の『死刑執行人サンソン』も売り切れた

画像の『女は太もも』は最後1051冊の売上を記録。右の『死刑執行人サンソン』も売り切れた。

最初で最後のイベントだった「桜木紫乃一日店長」

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アピア店は2022年7月18日に、北郷店は店舗建て替えのため8月31日に閉店した。とりわけ前者はスタッフにとっても急な閉店だったようだ。

覚えずしてトリを務めることになったパセオ西店の閉店は9月末。27年間の幕を下ろす前に「お祭りをするよ!」と声をかけてきた作家がいた。
北海道出身の直木賞作家・桜木紫乃さんである。

地下街にあったアピア店

地下街にあったアピア店。婦人誌やファッション誌隆盛の時代には平台にタワーのように雑誌が積み上げられていた。

アピア店スタッフが一人一枚ずつ書き上げた閉店のお知らせ

アピア店スタッフが一人一枚ずつ書き上げた閉店のお知らせ。桜木さんは閉店当日にも店に駆けつけ、スタッフたちを労った。

本を売る人は本の目利き。
(中略)
アピア店もパセオ西店も、いつもいつも人であふれていた。
(中略)
パセオ西店で長く文芸を担当している坂さんは、サイン本を作らせていただく際いつもお店の奥にある小部屋で『すみません、せまい所で』と、申しわけなさそうにほほえんでいた。
(中略)
大切な目利きを失う。
本当だろうか、と思う。
まだ、どこかで、信じていない私がいる。
 

桜木紫乃



(「弘栄堂だより 桜木紫乃スペシャル号」より)

通常は新刊発売を記念して行われる「一日店長」企画だが、2022年9月4日にパセオ西店で行われたそれは、「書店員さんに育ててもらった」と語る直木賞作家から同店に贈られた心尽くしのはなむけとなった。
しかも聞けば、開店以来、同店でゲストを招いたイベントを行うのはこれが初とのこと。当日は朝から整理券を配り、ディスタンスに配慮したオペレーションを皆で考えたという。
そして迎えた当日の14時から3時間、「桜木店長」のお仕事(購入本にサイン、この日のために作った特製名刺を渡して購入者と記念撮影)が遂行された。

「桜木紫乃ほぼ全店フェア」。「一日店長」企画はこの中から購入した本に作家がサインをした

閉店すると本は取次に返本される。その前に在庫全てを売り切ろうという意気込みで始まった「桜木紫乃ほぼ全点フェア」。「一日店長」企画はこの中から購入した本に作家がサインをした。

2020年9月上旬にライターが撮影したもの

この画像は2020年9月上旬にライターが撮影したもの。この頃からすでに「オールタイムプッシュ!」で『ラブレス』推しだった。

北海道に生まれた人々の生き様や男女の性愛を真正面から描く桜木作品は概して大人の女性ファンが多い。
その中でサインの列に並んでいた10代の2人組にお話をうかがった。

2人とも学校では文芸部に所属する16歳。「母親の影響で読み始めた」という彼は『氷の轍』にサインをしてもらったようだ。
「行ったことがない土地でも桜木先生の本を読むと情景が浮かんでくる」と語り、「部活で短編を書いていてうまく書けなくて悩んでいる、と伝えたら『短編は横断歩道を同じ速度で歩くように一定のリズムで書いてみて』とアドバイスをいただきました」と教えてくれた。

その彼に誘われて来たお友達は『ラブレス』と『蛇行する月』を購入。「作家さんって厳しそうなイメージを持っていましたが、桜木先生はとっても明るくて優しかった。これから読むのが楽しみです」と語り、また一人新たな桜木ファンが増えそうだ。

こちらはおそらくこの日の最多冊数(9冊!)お買い上げの女性

こちらはおそらくこの日の最多冊数(9冊!)お買い上げの女性。「道外から札幌に引っ越してきて、雪や湿原の描写が多い桜木さんの世界に改めて浸りたいと思います」

ゴールデンボンバーファンで知られる桜木さん

ゴールデンボンバーファンで知られる桜木さん。ゆかりのTシャツ姿に手書きの看板を持参して気合い十分!

桜木さんサイドが用意したチェキを購入者にプレゼント

桜木さんサイドが用意したチェキを購入者にプレゼントするという優しい計らいも。

自分より上の世代が北海道でどう生きてきたかを強く意識するようになりました

書店員の坂さんを魅了する桜木ワールドは「自分より上の世代が北海道でどう生きてきたかを強く意識するようになりました。繰り返し読んで染み込んでいく、そんな魅力が詰まっています」

私も弘栄堂さんに『ありがとう』と言える場をいただきました

短い休憩を一度とったきり、ずっと立ちっぱなしでサイン&握手に応じた桜木さん。「私も弘栄堂さんに『ありがとう』と言える場をいただきました」

このような既刊本へのサイン会は、そう多くはないはずだ。ファンにとっては自分が好きなタイトルを選ぶことができ、作家にもその喜びが伝わり、もちろん出版社も既刊本が動くという"三方よし"の企画だが、惜しむらくは会場となる書店の最初で最後のイベントだったというところだろう。

それでもイベント終了後、桜木さんは「湿っぽいのは苦手だから明るく終わりたい。9月が終わると書店員ではなくなるスタッフ皆さんの新しいスタートを応援したいです。みんな、強いから大丈夫」とエールを送り、あたたかい拍手に送られて愛着のある書店を後にした。

この日は特別な桜木Tシャツを着用していた石川店長(右)と坂さん(左)

この日は特別な桜木Tシャツを着用していた石川店長(右)と坂さん(左)。

「函文庫」プロジェクトが特製の弘栄堂函文庫をプレゼント!

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弘栄堂の閉店を聞きつけ、「自分たちにできることはないか」と動いた人たちが他にもいた。
アーティストの前田麦さんを発起人とする「函文庫」プロジェクトの面々だ。
同プロジェクトは「日本独自のブックカバー文化を残し、書店への愛着を育みたい」という思いから誕生。各書店のブックカバーを文庫サイズの小箱にリメイクするDIYキットを販売している。

第549回 BOOKニュース 札幌発・書店×デザイン×ハコの三位一体「函文庫」プロジェクト

www.syoten-navi.com</p >

丸善 函文庫ギフトボックス

2022年8月から丸善ジュンク堂書店限定販売バージョンの「丸善 函文庫ギフトボックス」も発売中!北海道は札幌店で取り扱っている。

「閉店が決まった弘栄堂のスタッフさんたちに弘栄堂ブックカバーで作った函文庫をプレゼントしたい」という前田さんのアイデアに、プロジェクトメンバーであるデザイナーの小島歌織さん、ハコメーカーのモリタ(株)近藤篤祐さんも即賛同。

「僕は興部町生まれですから、小さい頃親父が札幌出張に行くと持って帰ってくる本のカバーはいつもこれ(弘栄堂)でした」(近藤さん)「父の書斎で当たり前のように見ていたブックカバーです。なくなるのが本当に寂しい」(前田さん)と、それぞれの思い出を語ってくれた。

函文庫に関心がある方はぜひ、Instagram @hakobunkoからお問い合わせを。

閉店当日、石川店長たちに前田さん(右端)と近藤さん(その隣)から贈呈

モリタの工場スタッフが作ってくれた弘栄堂函文庫。象形文字の効果もあり、格調高い雰囲気に仕上がった。

閉店当日、石川店長たちに前田さん(右端)と近藤さん(その隣)から贈呈

閉店当日、石川店長たちに前田さん(右端)と近藤さん(その隣)から贈呈された。

なくなってほしくない場所に足を運び続ける日常を

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繰り返しになるが、冒頭で引いた弘栄堂だよりの言葉にあるように「札幌駅の本屋さん」は、駅の利用者にとって「日常の一部」「旅の1コマ」であった。 たとえいっときでもそれが途切れてしまうのは非常に寂しいかぎりだが、「書店受難の時代」「紙の本の危機」という、よく目にする決まり文句に思考を止めず、あり続けてほしい空間にはコツコツと足を運び続けるしかないのではないか、とも思う。

2014年10月にはパセオ西店

2014年10月のパセオ西店ではこんなフェアもやっていた。これは"買わさる"!

北海道新幹線の新函館北斗~札幌間の開業は2030年だとされている。その時に駅にどんな光景が広がっているのかは、まだ誰もわからない。
だが閉店が決まってからの弘栄堂を見ていると、駅の本屋さんには単なるものの売り買いだけではない時間が降り積もるのだと、改めて教えてもらった気がする。私たちにできることは本を抱きしめて前に進むことだ。

弘栄堂だより桜木紫乃スペシャル号にも、こんな一文があるではないか。

『それでも生きていく。からりと明るく。次の場所で。』

桜木紫乃著『ラブレス』より

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取材・文 佐藤優子
桜木紫乃一日店長 撮影 クスミエリカ
協力 函文庫プロジェクト

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