おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第561回 旅古書シャンティブックス 溜 政和さん

Vol.201 旅古書シャンティブックス 溜 政和さん

溜 政和さん

店名の「shanti」はヒンドゥー語で平安、平穏、平和の意味。店長の溜さんもご覧のとおり、穏やかなお人柄の奥底に人を惹きつけるスパイスを隠し持つ。

[本日のフルコース]
創業10周年!札幌市東区の古書店シャンティブックス溜さんが選ぶ
「インドに触れる旅の本」フルコース」

[2022.10.31]

「インドに触れる旅の本」フルコース

書店ナビ札幌市東区北18条東1丁目にある「旅」をテーマにした古書店「シャンティブックス」は、2012年にネットショップで創業し、その2年後にこちらの実店舗をオープンしました。ということは2022年で創業10周年を迎えています。
オーナー店長の溜(たまり)政和さんは常連客や同業者から慕われ、皆が時には何時間も長居してしまう居心地の良さから「シャンティはブラックホール」とも言われるほど。

第558回 「Seesaw Books」イベントレポート「SAPPORO BOOK TRAVEL」

www.syoten-navi.com

書店ナビ溜さん、「本のフルコース」に入る前に自己紹介をお願いしてもいいでしょうか。

長くなりますがいいんでしょうか(笑)。僕は札幌出身で、この業界に入ったのは18歳から。高校時代は地下鉄「北24条」バスターミナル裏にあった1/2系列の古本屋「the 1/2」に毎日のように通い、大学に入ってからはそこでアルバイトもしていました。

大学は一度も就職活動をしないまま卒業したんです。まわりの人たちと同じようにそのまま就職するのが自分にとって本当にいいことなのかわからなかったから。
バイトでお金を貯めて、海外旅行をしながらこれからのことを考えようと思い、30万円を資金に中国・上海行きの船便に乗りました。そこからベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマーに行き、そのあたりで「そろそろインドに行かないと」と思ってインド一周後、ネパールを経て3カ月滞在して帰国。2002年後半から2003年のことでした。

書店ナビ日本では70年代から「バックパッカー」と呼ばれる若者たちが、当時の溜さんのように安宿に泊まりながら現地の暮らしに溶け込む個人旅行が流行りましたね。
自我を形成する上で強烈な旅行体験です。帰国後の心境はどうなりましたか?

やっぱり自分は本に関係する仕事がしたいなと思ったんですが、ちょっと他の仕事も経験しておきたくて2、3カ所回りました。そのあと一度、新刊書店の世界も見ておこうと思い、三省堂書店で1年半働きました。
その間も前のバイト先だった古書店とは連絡を取り合っていて、「よかったら店長で戻ってこない?」と声をかけていただいたのが"復帰"のきっかけです。

新刊を扱ってみてわかったのは、古本の世界は無限だということ。新刊書店の魅力や楽しさはもちろんありますが、時代も著者も問わず「こんな本は見たことがない!」という驚きを運んでくれる古書の世界のほうが、僕には合っているようでした。

書店ナビそうしてブックス1/2系列の書店が統合した北十二条書店の店長になった溜さん。独立はいつ頃から考え始めたんですか?

2007年から「シャンティ」の屋号で狸小路ラルズの古本市や本のイベントに個人で出店し始めました。
復帰する前から古書業界にはブックオフの強い波が押し寄せていて、常にこの業界への不安は感じていました。でも同時に自分の人生でここまで愛せる仕事は無いなと思い、復帰後5年ほど経った2012年1月にオンラインの「シャンティブックス」を開き、6月に北十二条書店を退職しました。

シャンティブックスの営業は「大体午後からスタート」

シャンティブックスの営業は「大体午後からスタート」。出張買取もあるのでInstagramやTwitterで確かめてから来店するのが安心。

今の店はもともと「古本のとんちゃく」さんがやっておられたんです。共通の友人から元のオーナーさんが在庫の後始末に困っていると聞いて、その買い取りや片付けをお手伝いしました。
店を閉めてからすでに10年経っていたんですが、記念に最後の再オープンも提案して、それらを全部終えたときに「よかったらここで溜さんの店をやらない?」と誘っていただきました。

書店ナビ人生の節目にいつも人から声をかけてもらえる溜さん、そう言ってもらえるだけの誠実な仕事ぶりを評価されてのことですね。
リアル店舗は初めから持つおつもりだったんですか。

僕は接客業を長くしていたので、基本的に「接客をしたい!」という欲望がありましたし、何より本って中を見てもらわらないとつまらなくないですか?(笑)
もちろんネットショップは便利です。便利ですが、やっぱり本屋さんで実物に触われるってすごいことだと思う。
経営のことを考えると少し悩みましたが、大家さんのご厚意もあって今もこうして店を開けています。

スラムダンク タイ語版

「お、スラダン」と思って中を見たらタイ語版!不意にこんな一冊に出合えるのも古書店ならでは。

書店ナビそれではここから先は、溜青年もハマったインドにまつわるフルコースを見てまいりましょう!

[本日のフルコース]
創業10周年!札幌市東区の古書店シャンティブックス溜さんが選ぶ
「インドに触れる旅の本」フルコース」

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

ガンジス河でバタフライ

ガンジス河でバタフライ
たかのてるこ   幻冬舎
テレビドラマにもなった爆笑につぐ爆笑のインド旅行本。タイトルにある通り「ガンジス河でバタフライ」するという度肝を抜く展開とテンポの良いエピソードが多くて、インド旅のハードルを下げてくれる気軽な感じがお勧めです。  

テレビドラマは長澤まさみさんが主人公でした。原作はたかのさんの人柄もあって、現地の人たちとのコミュニケーションのテンポがすごく良い。最初はおっかなびっくりで英語も喋れない彼女がいろんな人と会話しながら目標の「バタフライ」をするという。本当にジャブみたいな、はじめてのインド体験を楽しく読ませてくれる本です。
とにかくコミュニケーション力が高い「たかの節」が面白い!若い人たちにも気軽に読んでもらえたらうれしいです。

書店ナビたかのさんの本はどれもタイトルがうまいな、という印象です。本書もそうですし、『ダライ・ラマに恋して』『人情ヨーロッパ 人生ゆるして、ゆるされて』とか関西人ならではのベタなところが人の心を掴みますね。

ですよね。実は、今回のフルコースの中で2002年出版のこの本が一番新しいんです。
最近のインド本は僕の好みから言うと、どれも"薄味"。 だからと言っていきなりディープな本ばかりをご紹介しても、読みたくならないですよね。
初心者の方も読みやすいマイルドさをベースにしつつ、そこにどうスパイスをかけていくかが僕らの仕事だと思います。

ダライ・ラマ14世のポスター

シャンティにもダライ・ラマ14世のポスターを発見!

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

インドの大道商人

インドの大道商人
山田和  平凡社
取材期間11年という重み。路上で行われている商いの数々。インドという特殊な国の一端を垣間見る職業に驚かされる。インドにいまだ根づくカーストに付随する職業は日本人の我々には分かり得ない世界を見せる。

書店ナビ皆さんもご承知の通り、インドにはヒンドゥー教の身分制度「カースト」があり、高位から順に「バラモン・クシャトリヤ・バイシャ・シュードラ」ごとに職業や結婚相手、出入りできる場所等も決まっています。
この本はノンフィクション作家である著者がいろんな職業の人たちを紹介する、いわば「インドお仕事ガイド」のよう。ただし路上にいるということは下位カーストの人たちです。

僕たち日本人がすぐに思い浮かべるのはきっと「蛇使い」とかだと思うんですけど、それだけじゃない。爪を切るとか耳かきをするとか、僕らがビックリするようなことも職業が成立している。
世界的に悪名高いカーストですが、実はこういう職業があることで下位カーストの人たちが収入を得られる仕組みになっています。

ウワサの蛇使い

ウワサの蛇使い。昭和世代は東京コミック・ショウの「レッドスネーク、カモン!」でおなじみ。

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"肉声"を伝えようとしたのだろう、文章は本人の一人語り調をとっている。

職業はもちろん世襲制で、もしかしたら日本で言うところの"こんな親のもとに生まれてしまった不運"を嘆く「親ガチャ」と似たようにとらえられるかもしれませんが、日本の湿ったネガティブさに対してインドはそういう運命を受け入れている部分がある。その受け入れ方にインド固有の悟りのようなものを感じます。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

インドへ

インドへ
横尾忠則  文藝春秋
刊行は77年、芸術家の横尾忠則がインドへ74年から数度訪問した記録。当時の時代観や雰囲気が色濃く記されている。インド固有のスピリチュアル的な世界観と芸術家のもつ独特な視点が融合し爆発している。この本にはバックパッカーの間で有名な言葉「インドには行ける者と行けない者がいる」という三島由紀夫のエピソードも載っている。

海外旅行に出る前は不安に駆られて、いろんなインド本を読みました。その時に読んだこの本が、僕が思い描いていたインド像――摩訶不思議な世界観や深い精神性を色濃く出していた、一番インパクトがあった本です。
 
横尾さんがインドに行った70年代はヒッピーやビートルズの時代ですから、皆がすごくスピリチュアリティなものを求めてインドを目指し、そこでインドでしか感じえない死生観を得る…というところまでは、どのインド紀行本でも同じだと思うんです。
この本がすごいのは、そこに横尾さんというアーティストの感性が共鳴してめちゃくちゃ深く入り込んでいるところ。インド旅行記としては役をなさないかもしれませんが、インドの深部を構成している精神性を如実に表現している一冊です。

書店ナビカーストの違いで恋の逃避行をするインド映画についてこんな一文があります。

インドの映画は日本の映画と違って、悲劇を描いてもそのままに終らせず、なんらかの人間的な可能性を与える。インドの現実的な悲劇の中においても、インド映画は、人間は生まれながらに救われているという自覚をうながそうと必死で描こうとしているところがある。

書店ナビアーティストの鋭い感性で看破しているようですね。

僕が行ってたときもインドの人たちは本当に映画が大好きで。大声を出して応援する、拍手喝采するの「応援上映」みたいなことが普通に行われていました。そこで日頃感じているあれこれを解消しているんでしょうね。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

深夜特急 1 ー香港・マカオ

深夜特急 1 ー香港・マカオ
沢木耕太郎  新潮社
旅の本としては有名すぎる誰もが一度は読んだことがある『深夜特急』。デリーからロンドンへ乗り合いバスで行くという無謀の極みといえる話から始まる。色々な出会いと旅のトラブルに合う中で異文化に触れ、常識や倫理観から解放されて純粋に旅が最高にエキサイティングな行動だとわかる最高の旅の本。

書店ナビ溜さんがお持ちになっているのは新潮文庫の1~6巻の内容と"最終巻"にあたる『深夜特急ノート』が収録されている合本版です(上の画像は新潮文庫の1巻)。

もう何の説明もいらないと思いますが、旅本といえば、という傑作です。26歳の「私」が主人公ですが、ほぼ沢木耕太郎の自伝です。

60~70年代は日本人が書いた世界旅行本がたくさん出た時代です。小田実の『何でも見てやろう』しかり、五木寛之の『青年は荒野を目指す』しかり…。
その中でこの本が一番すごいところは、旅の熱量。現地の人たちとのコミュニケーションをはじめ、一般的な観光旅行では得られないような経験をしている。
すごく土臭くて、地べたを歩いているような貧乏旅行。これを読むことで、より人間味のある旅行をしたくなってしまう。
土地を浴びるような熱量で旅をする。それが僕にとっての旅なんだということをこの本から教わりました。

小さい頃からインドとエジプトに惹かれていたという溜さん

小さい頃からインドとエジプトに惹かれていたという溜さん。インドに行く前年には念願のエジプトも訪れたそう。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

印度放浪

印度放浪
藤原新也  朝日新聞社
インド旅本の古典。インドの真髄、死生観を180度変化させるインドの生々しい姿を提示してくる。叙情的かつ詩的な文章に"厨二病"感を擽られ、インドを知った気になり、堪らなくインドを欲したくなる。まさに人生観を揺さぶる1冊として最後にインドの余韻を楽しんでもらいたい。    

書店ナビ甘みたっぷりのマサラチャイのような濃い《デザート本》がきました。写真家藤原新也さんの写真とエッセイを組み合わせた初めての著作です。1972年に刊行されました。

上の解説文に書いた通りなんですが、藤原さんの写真の力で僕が見たままのインドのビジュアルがとらえられています。
それに何より文章がね、今の言葉を使って言うと「エモい」んです(笑)。

その写真を見る者に対するいけにえなんです

「写真というのは、何を対象とするかということであって、花を写すにしても死体を写すにしても、ぼく自身あるいはその写真を見る者に対するいけにえなんです」(一部引用)

こういう文章とともにほこりくさいインドの姿が立ち上ってくる。写真を見ているだけでもいいと思います。

ごちそうさまトーク 「変わらない」インドに惹かれて

書店ナビ溜さんにとってのインドの魅力とは、ずばりどういうところでしょうか。

一言で表すのはとても難しいんですが、世界情勢が目まぐるしく変わっていく現代社会でインドってきっと僕が旅した2002年の時から根本的なところは何も変わっていないと思うんです。
今日もガンジス川で沐浴している人たちはいるだろうし、そこから遠く離れていないところで死者を見送る家族もいるはず。
その変わらなさがカッコいいし、死は決してネガティブではないところにも引きつけられます。

店内

取材中二度お客様が入って来て文庫本を買って行かれた。取材時間が午前だったため「今日は早いね」と言われる一幕も。

常連客のぽやん舎さんのコーナー

常連客のぽやん舎さんのコーナー。2022年10月7日発行の「ぽやん通信#2」は溜さんのインタビューが掲載されている。

ぽやん舎 (@poyansha) / Twitter

twitter.com

書店ナビもしかすると溜さんがインドに感じる「変わらなさ」と、シャンティブックスに来てつい長居してしまう人たちが感じる居心地の良さには通底するところがあるかもしれませんね。

だったらうれしいですね。店名をシャンティ(平安、平穏、平和)にしたのも、古本屋に流れる空気と通じるものを感じたから。
僕のモットーは「くる者拒まず」。同じ北18条界隈のSeesaw Bookさんや古書仲間の書肆吉成さんを含めて、人と話ができる場所はあり続けてほしいですよね。

書店ナビ本当に…。気がつけば取材開始からもう2時間!私たちも思わず長居してしまいました。今年創業10周年を迎えたシャンティブックス溜さんの熱量たっぷりのインド本フルコース、ごちそうさまでした!

溜政和(たまり・まさかず)さん

1978年生まれ。北海道札幌市出身。酪農学園大学卒業後、東南アジア・インド一周旅行を経験。古書店・新刊書店の勤務を経て「北十二条書店」店長を最後に独立。2012年「旅」をテーマにしたオンラインショップ「旅古書シャンティブックス」を立ち上げ、2014年に札幌市東区に実店舗をオープン。

旅古書 シャンティブックス買取強化中 (@shantii_books) / Twitter

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https://www.instagram.com/shanti_books

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www.shantibooks.com

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