Vol.216 小説家 松田 詩依さん
ご本人の近著を持つ松田さん。「笑顔って難しいですね~」と言いながら。
[本日のフルコース]
小説家デビュー7年目、松田詩依さんが選ぶ
「産後の執筆意欲をかきたてる傑作ミステリ」フルコース
[2024.12.06]
書店ナビ:道産子小説家の松田詩依(まつだ・しより)さんはWindows95が発売された年に生まれ、2018年に『ようこそアヤカシ相談所へ』(アルファポリス)で小説家デビュー。
現在まで6冊の単行本が出ており、漫画原作やゲームシナリオも含めた執筆活動を続けておられます。
松田さんが小説を書き始めたのはいつごろからですか?
松田:小学生のときに家にパソコンがきたんです。タイピングの練習しているうちにだんだんと小説っぽいものを書くようになって。
絵が上手な友達がいたので、私が書いた文章を読んで彼女が漫画を描くという文通を小学校が卒業した後も高校までずっと続けていました。デビュー作はその文通の時に書いていた話です。
書店ナビ:デビューのきっかけは?
松田:同人活動はしたことがないんですが、投稿サイト「アルファポリス」で発表していた『ようこそアヤカシ相談所へ』の原型の作品が同社の第一回キャラ文芸大賞優秀賞をいただき、それが文庫化されて2018年8月にデビューとなりました。
アルファポリスから出ている2冊目『霧原骨董店 あやかし時計と名前の贈り物』の方を先に書いていたんですが、文庫化の順番は逆になりました。
書店ナビ:デビューしたもののその後が続かず一作で……という話も珍しくない出版業界ですが、松田さんは7年間で6冊発表。
そのうち2021年発売の小学館文庫キャラブン!アニーバーサリー賞受賞作『東京かくりよ公安局』(小学館)はシリーズが3巻まで続き、2024年2月に出版された遺品整理の物語『サイレント・ヴォイス』では初めて出身地の札幌を描くことにも挑戦、と着実に歩みを進めている印象です。
松田:他の作家さんたちとも話したことがありますが、まずはいろんな出版社が主催している文学賞に応募して、その受賞作を書籍化してもらって名前を売る。
そこでようやく小説家のスタートラインに立ち、自分という存在を広く知ってもらえるようになると「うちで書きませんか?」と仕事が来るようになりました。
もちろんいいことばかりではなく、続編を期待していた作品が思うように売れず編集さんから「(続刊は)ダメですね」と言われたときはものすごくヘコみました。
このときの経験があるので今は一作一作に過剰な期待をこめすぎないようにして、ヘコむときはその日1日だけはとことん落ち込むけれど、翌日から「次、頑張ろう!」と思えるメンタルになりました。
- サイレント・ヴォイス
松田詩依 マイクロマガジン社 - 「マイクロマガジン社さんが出している〈ことのは文庫〉はどの本もものすごく愛情を注いでくれているのが装丁や販促からも伝わってきて"ここで書きたい!"とずっと思っていたレーベルです。知り合いの作家さんが編集部に繋いでくれて、この本が誕生しました」
書店ナビ:これまでを振り返り、松田作品はどこが評価されていると思いますか?
松田:よく言っていただくのはキャラクターがいい、と。『サイレント・ヴォイス』は一度最後まで書ききったんですが、私も編集さんも「なんか違う」となって丸々一冊書き直したんです。その理由はキャラクターを生かしきれていなかったから。
それでちょっとなよなよしていた主人公を思いきって強気な性格に変えてみたら遺品整理という設定にうまくハマって、あとは一気に書ききることができました。
書店ナビ:たくましく成長中の小説家であり、現在は4歳と6カ月の男子の母親でもある松田さん。今回は育児と執筆の合間を縫ってミステリフルコースを作ってくださいました。
松田:子どもを産んだ後はやっぱり子どもが悲惨な目にあう話や読後感が重たいものは読めなくなりました。何より読書に時間が取れなくなるので続きものは難しい。
その点ミステリはほとんどが一冊で完結し、基本解けない謎はないのでスッキリ終わる。それと今年、日本推理作家協会に入会したので今ミステリーを積極的に読んでいるところです。
[本日のフルコース]
小説家デビュー7年目、松田詩依さんが選ぶ
「産後の執筆意欲をかきたてる傑作ミステリ」フルコース
前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書
- ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編
井上真偽 小学館 - Youtubeで小説紹介をしているけんごさんの動画を見て、書店に買いに走りました。Sister編とBrother編に分かれ、同じ事件を内山家3姉妹と木暮家4兄弟がそれぞれ別の視点から見ることでふたつの真実が明らかになっていくという構成が新鮮で面白かったです。
松田:ミステリというと孤島に行くとか血まみれの死体が…といった非日常な設定を思いうかべがちですが、この作品は商店街という身近なところで事件が起きて、例えばお店にトラックが突っ込んできてその保険はおりるのか?みたいなリアルな話題も題材にしつつ、謎が解けるとポロっと泣けたり、鳥肌が立ったりする。
こんな風にうまく日常を取り入れたミステリもあるのかと勉強になりましたし、自分も書いてみたい!という気持ちが湧いてきました。
書店ナビ:Sister編の主人公、内山家3姉妹が上から佐々美(ささみ)、都久音(つくね)、桃(もも)と実家の焼き鳥店にちなんだ名前でした。
松田さんはキャラクターの名前はどんな風につけていくんですか?
松田:『サイレント・ヴォイス』の洲雲(すぐも)さんはパッと思いついたんですが、主人公の柊(ひいらぎ)つかさちゃんはクール系の名前にしたくて、北国っぽくて寒そうな「柊」と女の子なんですが男の子っぽさも感じさせる「つかさ」を組み合わせました。
私は割と中性的な名前が好きで、『東京かくりよ公安局』の青年主人公も真澄(ますみ)くんです。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- 名探偵のままでいて
小西マサテル 宝島社 - 教師の主人公・楓が事件解決を依頼する探偵は認知症の祖父。新感覚の安楽椅子探偵(現場に行かず室内で来訪者から与えられた情報のみを頼りに事件を推理する探偵のこと)に一気読みしてしまいました。2023年の『このミステリーがすごい』大賞受賞作。
松田:今後のために『このミス』大賞も参考にしようと思い、手に取りました。著者の小西さんはラジオの構成作家でもあるようで、小説から映像を想起させる力がすごい。読んでいて次々と頭に映像が浮かんできました。 個人的には私が亡くなった祖母ととても仲が良かったので、孫娘と祖父という設定にもグッときました。それになんといっても探偵役のおじいさんがめちゃくちゃかっこいい!
書店ナビ:恋愛要素のさしこみ方も巧みでしたね。
松田:恋愛小説はふたりがくっついたらそこでもう「ごちそうさまでした」となりますが、こういう「くっつくの?くっつかないの?くっつくとしたらどっちなの!」というキュンキュンくる"匂わせ"が一番おいしいです(笑)。
ちょっとまじめな話をすると、セリフの"間"とか地の文の分量とか、セリフと地の文の繋ぎ方も「こうすると読みやすいのか」とすごく参考になりました。
地の文をダラダラ書き続けてしまうと話がスムーズに進まなくなりますが、この本はすんなり読めて目が滑らない。勉強になります。
いつも持ち歩いているネタ帳。パッと思いついたことを書きとめる。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- 十角館の殺人
綾辻行人 講談社 - 私をミステリ沼に突き落とした傑作。タイトルと「衝撃の1行」によるどんでん返しがあるということだけは知っていましたが、その1行に突き当たった瞬間、人生で初めて本を読んで「うわっ!」と声を上げて驚きました。
書店ナビ:「綾辻行人史上最高傑作」の呼び声高いデビュー作です。綾辻行人さんは1987年に本書でデビュー。謎解きの面白さを追求した「新本格派」の嚆矢となり、本書の後も「館」シリーズと呼ばれる長編ミステリを次々と発表しています。
松田:Huluで『十角館の殺人』のドラマ配信が始まったので先に原作を読もうと夜、子どもたちを寝かせつけたあとに夜中まで読みふけり、例の「1行」を読んだ瞬間「うわっ!」と声が出ました。「嘘でしょう?」と動揺して思わず最初のページに戻りました。
綾辻先生の頭の中は一体どうなっているのか……。この本を読んで、今出ている「館」シリーズを全巻買いました。
書店ナビ:本書は次の《肉料理》とも繋がりがあるのでこのままお話を聞いてまいります。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- そして誰もいなくなった
アガサ・クリスティ 早川書房 - 『十角館の殺人』に出てくる推理小説研究会のメンバーはそれぞれ有名な推理作家にちなんだニックネーム、「アガサ」や「エラリィ」などで呼ばれています。『十角館』を読んだ後、即本作の購入ボタンを押しました。あまりにも有名すぎて触れる機会がなく、ようやく読めた一冊。
松田:私の母の妹である叔母とは小さい頃から歳の離れた姉妹みたいな関係で育ちました。その叔母が読書家なのもあってクリテスィの名前もずっと前から知っていたんですが、ようやく自分ものめりこむときがきた…!という感じです。
古典中の古典なので、つい読んだ気になってしまっていたのが反省です。「ミステリの女王」さすが、の一言でした。
書店ナビ:クリスティは1890年生まれ。30歳のときに『スタイルズ荘の怪事件』でデビューし、何度も映像化されている『オリエント急行殺人事件』がイギリスで出版されたのはクリスティが44歳、『そして誰もいなくなった』は49歳のときでした。
そして1973年発表の遺作『運命の裏木戸』("Postern of Fate"/日本語未訳)まで半世紀の長きに渡り書き続けたという事実に圧倒されます。
松田:まだまだひよっこの私はもちろんクリスティの足元にも及びませんが、書き続けることの厳しさは自分なりに感じます。
デビュー7年間のうちには燃え尽き症候群になり「仕事もないし、このまま書いても意味があるのかな……」と落ち込んだこともありましたが、母校の高校に遊びに行ったときにお世話になった先生の娘さんが『東京かくりよ公安局』の大ファンで、自分の学校を休んでも私に会いに来たい!とまで言ってくださったのを知って感動しました。
よく考えると、その先生が産休に入る前に大きかったおなかを高校生の私は触ってるんですよね。そのときの赤ちゃんがそうやって大きくなって私のファンだと言ってくださったことにすごく励まされて「頑張らなきゃ!」という気持ちになりました。大変だけど大事ですね、書き続けるって。
大学時代の友人たちと毎週一本映画を観る会を継続中。「お題を決めてそれぞれ配信で見て感想をシェアしています。ジョニー・デップが出てる『オリエント急行殺人事件』も観ました」
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
- 営繕かるかや怪異譚
小野不由美 KADOKAWA - 家に起こる怪異を「営繕」で解決していく新感覚ホラー小説。犯人やトリックを暴くTHEミステリという感じではありませんが、怪異の謎が解け、住人が穏やかな生活を取り戻すさまが"スッキリする"のでミステリーということに。想像力をかきたてる怖さ、おすすめです。
書店ナビ:小野不由美さんの代表作といえば、1991年から読み継がれる日本ファンタジー界の不朽の名作『十二国記』。『十角館』の綾辻さんとは京都大学推理小説研究会仲間であり、学生結婚した作家夫婦です。
松田:信じられないようなご夫婦ですよね。この本は初めから小野先生の作品だとわかって読んだのではなく、また叔母の話で恐縮ですが彼女から「ほら、表紙が『蟲師』の漆原友紀だよ。『蟲師』好きでしょ。じゃあこれも絶対好きだから」と布教されました(笑)。
短編6話が収録されていて、さまざまな家にまつわる怪異について相談された営繕屋・尾端(おばな)さんが淡々と解決方法を見出していく。そのあっさりしたところが、ホラーが苦手な私も最後まで読めた理由だと思います。
それでも怪異の描写はとにかく怖い。夜中に読むと後悔するレベルです。梅雨の季節に読んだんですが、窓から陰気な雨の音が聞こえてくるじっとりとした暑さの真夜中、文字だけでここまで読者を怖がらせることができる小野先生は間違いなく天才です。
ごちそうさまトーク ミステリにアンテナを張りながら次回作も執筆中!
書店ナビ:上質のミステリを読んでいるとご自分も書きたくなりませんか?
松田:なります!密室や孤島に死体を転がすようなことはできませんが、『ぎんなみ商店街』や『営繕かるかや』みたいな作品にこれから挑戦したいと思っています。
書店ナビ:お子さんがまだ小さいですから執筆タイムはやはり家族が眠ったあとですか?
松田:夜8時に寝かしつけ始めてふたりとも寝てくれたのが2時間後、とかも普通にありますが、そこから暗い部屋でコソコソとパソコンに向かってます(笑)。
実は年内に引っ越しもあり、ちょっとバタバタしていますがプロットにOKが出たものもあるので書けるときにどんどん書き進めています。
書店ナビ:日本推理作家協会のメンバーにもなられて、今後ますますのご活躍を応援しております。松田さんが育児に追われつつ夢中になって読み耽ったミステリフルコース、ごちそうさまでした!
松田 詩依(まつだ・しより)さん
北海道札幌市出身。2018年『ようこそアヤカシ相談所』(アルファポリス)で小説家デビュー。2020年「第1回魔法のiらんど大賞」小説大賞、2021年「小学館キャラブン!アニバーサリー賞」受賞。代表作『東京かくりよ公安局』(キャラブン!)、『サイレント・ヴォイス~想いのこして跡をたどる~』(ことのは文庫)。