おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第321回 株式会社柏艪舎 企画・編集 山本 基子さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.87 株式会社柏艪舎 企画・編集 山本 基子さん

日本語教師18年のキャリアをお持ちの山本さん。

[本日のフルコース] 札幌の出版社、柏艪舎の山本さんがリコメンド! 「アメリカ文学翻訳」本フルコース

[2017.4.24]

書店ナビ 札幌の出版社、柏艪舎(はくろしゃ)さんは2001年に設立。以降、文芸翻訳を柱にノンフィクションの発行や自費出版など300タイトルを超える本を出版してきました。 代表である山本光伸さんは河出書房を退社後、プロの文芸翻訳家としてキャリアを積むかたわら、休みになればツーリングで何度も訪れていた愛着のある北海道で翻訳のプロを育てようと決意し、1995年に文芸翻訳家養成校インターカレッジ札幌を開校します。 ところが懸命に翻訳ノウハウを指導しても、修了した教え子たちは活躍の場を求めて上京してしまう。 教え子たちが力を発揮できる出版環境が北海道にあれば。その土壌づくりになればと、自ら立ち上げた海外翻訳本の出版社が柏艪舎でした。 今回フルコースをつくってくださった山本基子さんは、山本代表の奥様であり、同社の企画・編集を担当されています。 やはり語学がお得意で、神奈川県の米軍基地内にあるメリーランド大学の日本語教師として18年間勤務された経験もお持ちです。
山本 ときどき装丁をすることもあり、三島由紀夫・森田必勝の没後35年追悼で出版された当社の『火群のゆくへ』では、元楯の会会員の方からお借りした本物の制服を撮影して使いました。

三島由紀夫の死後、元楯の会会員たちはどう生きたのかを追ったルポルタージュ。帯のことばは瀬戸内寂聴が書いている。

山本 フルコースの5冊はやはり当社らしいものをと思い、アメリカを描いた文学作品で考えてみました。
[本日のフルコース] 札幌の出版社、柏艪舎の山本さんがリコメンド! 「アメリカ文学翻訳」本フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

オーギー・レンのクリスマス・ストーリー ポール・オースター 柴田元幸訳 『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(新潮社)収録 「ニューヨーク三部作」をはじめ、ブルックリンを舞台にした作品が多いポール・オースター。ニューヨーカーと思われがちだが、メキシコやフランスにも住んでいたことがあり、人間を見つめる視野が広い。

山本 《前菜》はまず軽めに、読みやすくてオチがある短編を選びました。新潮文庫の表題にこそなっていませんが人情とウィットに富んだ作品で、物語の最後もとてもいいんです。映画化されたのにも納得です。
書店ナビ 確かハーヴェイ・カイテル主演の『SMOKE』でしたね。街角の葉巻店を舞台にしたオムニバス・ストーリー。
山本 ポール・オースターを日本に紹介したのは、翻訳家の柴田元幸さんです。柴田さんと村上春樹さん共著の『翻訳夜話』(文藝春秋)には二人が別々に訳した「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」が収録されており、翻訳者によって文章がこのように変わるのかという違いがわかります。 巻末に原文『Auggie Wren's Christmas Story』も収録されているので、とても勉強になりますよ。
書店ナビ 山本さんから見て柴田訳・村上訳の特徴はなんですか?
山本 春樹さんはね、柴田さんより文章が長くなる傾向があります(笑)

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

老人と海 アーネスト・ヘミングウェイ 中山善之訳  柏艪舎 人生で何度も読み返したいアメリカ文芸の傑作。ヘミングウェイは本作発表の翌年(1953年)ピュリッツァー賞、その翌年にノーベル文学賞を受賞。本作は1958年にアメリカでスペンサー・トレイシー主演で映画化された。

山本 アメリカ文学の最高峰とも称される作品ですから翻訳本も多く、福田恆存、野崎孝といった大御所の訳もありますが、当社の「シリーズ・世界の文豪」からも出しています。 (ここで山本代表、登場)

ロバート・ラドラム『暗殺者』やアルフレッド・ランシング『エンデュアランス号漂流』他、多数の訳書を手がけてきた山本光伸代表。

山本代表 本書の訳を担当された中山善之さんは北海道出身で、僕にとっては翻訳業界の先輩です。インターカレッジ札幌を立ち上げたときに、その豊富なキャリアを活かしてぜひとも指導の仲間になっていただきたいとお願いしてからのご縁が現在も続いています。 北海道で文芸翻訳の仕事で食べていくのは本当に難しい。でもこうして僕らがなんとか頑張って、「北海道でも文芸作品を訳せるチャンスがある!」という希望を若い人たちに持ってもらうためにもこの「シリーズ・世界の文豪」は続けたい。 今度、同シリーズの最新作としてインターカレッジ卒業生がシャーウッド・アンダーソンの『嘘は貫き通せば嘘でなくなる』(仮)を訳します。彼の翻訳デビュー作になります。
山本 応援、どうぞよろしくお願いします。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

グレート・ギャツビー スコット フィッツジェラルド 村上春樹訳  中央公論新社 大恐慌以前の狂騒的なアメリカ・ニューヨークを舞台にした不朽の名作。一途な夢を叶えようとする男の強さともろさ。映画は個人的にはロバート・レッドフォード版をおすすめ。

書店ナビ これも有名すぎるくらい有名な作品で、各出版社から翻訳が出ています。古くは1950年出版の坂口安吾から野崎孝、大貫三郎、小川高義…。 村上春樹ファンの山本さんはやはり村上訳推し、ですか。
山本 実は春樹さんが訳した愛蔵版『グレート・ギャツビー』も持ってます(笑)。ファンの欲目というわけではありませんが、村上訳は正直に丁寧に訳している印象です。 1920年代のアメリカの空気感や主人公ギャツビーの夢と欲望をこぼさずすくいあげているようで、ひと夏の物語が心に深く刻まれます。

「愛蔵版には書き下ろしの小冊子『グレートギャツビーに描かれたニューヨーク』も付いています」

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

ロング・グッドバイ レイモンド・チャンドラー 村上春樹訳 早川書房 私立探偵フィリップ・マーロウが主人公のハードボイルド小説。村上春樹が"もっとも重要な本を3冊あげろと言われたら"の回答として『グレート・ギャツビー』と『カラマーゾフの兄弟』そして本作を挙げている。

書店ナビ 日本では「長いお別れ」のタイトルで知られている本作には村上春樹訳と、映画字幕翻訳の第一人者である清水俊二訳があります。清水さんは女性字幕翻訳家の草分け、戸田奈津子さんの先生です。
山本 清水さんの訳は、映画字幕のように訳が意訳を駆使し、かつ短いんです。 また宣伝になっちゃうんですが(笑)、当社の山本が書いた『R・チャンドラーの「長いお別れ」をいかに楽しむか 清水俊二vs村上春樹vs山本光伸』では、原作を数行ずつ掲載し、清水役と村上訳を並べた最後に山本が解説を加えて「自分だったら」の訳を紹介しています。
書店ナビ 翻訳に関心がある方にはとても参考になりますね!

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

花盛りの家 トルーマン・カポーティ 龍口直太郎訳 『ティファニーで朝食を』(新潮社)収録 19歳でのデビュー作『ミリアム』でO・ヘンリー賞を受賞したカポーティはなにかと話題の多い作家。1957年には当時日本で映画撮影中だった名優マーロン・ブランドに会うために来日。ノンフィクション・ノベルという新ジャンルを切り拓いた『冷血』以降、晩年はアルコールと薬物中毒に苦しんだ。本作の訳書は龍口直太朗訳と村上春樹訳がある。

山本 短編「花盛りの家」は、ハイチの首都ポルトーフランスの娼館で働く売れっ子オティリーが主人公。「ティファニー」の主人公ホリーにも共通するところがあり、オティリーもホリーも社会的な階層では下に属する弱い存在です。 一方、著者のカポーティも絶頂期にはニューヨークの文壇をおおいに騒がせた人ですが、実はルイジアナ州ニューオーリンズという南部の出身で、どこかじっとりした闇を心に抱えている。そんなカポーティが彼女たちに向けるまなざしには、身内を思うようなやさしさともの悲しさを感じます。

ごちそうさまトーク 時を越え国をまたいで愛される名作を

書店ナビ 「いい翻訳」の定義とはなんでしょうか。
山本 ずっと前から翻訳家は原文にひたすら忠実に仕えるべきだという"黒子"説と、もっと自分の色や個性を出したほうがいいという主張がありますが、どちらにしても読者が読んだときに絵が立ち上ってくるような文章でありたいですよね。 原語では読めない読者に対する責任を自覚しながら、原文に真摯に向き合う姿勢が大切だと思います。 当社は国内文芸やノンフィクション、エッセイ集などに力を注いでいますが、当初の原点である海外小説の翻訳出版も続けていきます。共通するテーマは「人間を描くもの」。今回の5冊のようにいつまでも長く国を超えて愛読されるような本を出していきたいです。
書店ナビ 翻訳本に対する苦手意識を取り除き、興味を持たせてくれたアメリカ文芸フルコース、ごちそうさまでした!
●柏艪舎 http://www.hakurosya.com/ ●山本基子さん  神戸市出身。東京都出身の夫、山本光伸さんが北海道で柏艪舎を立ち上げたため、15年前に神奈川県逗子市から北海道に移住。同社では企画・編集のほか装丁も手がける。趣味は読書と映画鑑賞と「下手なテニス」。
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