おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第348回 ブックスキューブリック 店主 大井 実さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.108 ブックスキューブリック 店主 大井 実さん

今年1月に上梓された著書『ローカルブックストアである 福岡ブックスキューブリック』も好評発売中!

[本日のフルコース] 福岡の名物書店ブックスキューブリック大井さんから 独立・起業を考えているあなたに送るフルコース

[2017.10.30]

書店ナビ 連続3回にわたってお届けしてきた北海道ブックフェス2017関連レポート。最終回は、福岡市の新刊書店ブックスキューブリックの大井実さんによるフルコースです。

大井さんのプロフィールや北海道ブックフェス2017のトークイベントの様子はこちらからご覧ください!
http://www.core-nt.co.jp/syoten_nav/archives/11506

大井 実家が書店でもない私がゼロから起業して今があることを思うと、ここは素直に「独立・起業」をテーマにしたフルコースとしました。
先にお断りしておきますが、《デザート本》にちゃっかり自分の本も入れています(笑)。
[本日のフルコース] 福岡の名物書店ブックスキューブリック大井さんから 独立・起業を考えているあなたに送るフルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

自分の仕事をつくる
西村佳哲  筑摩書房

「いい仕事ってなんだろう?」という疑問を入口に、「いい仕事」をしている人たちをインタビューした本。仕事本のブームを作ったエポックメイキングな本。 

書店ナビ 著者の西村佳哲(にしむら・よしあき)さんは「働き方研究家」として多数の著書を書いているプランニング・ディレクター。
自分と仕事、仕事と人生の関わり方を考える教育やトークイベント、ワークショップを各地で行っています。
大井 私が若いころは、あとで触れる《魚料理本》=『就職しないで生きるには』を読んで目を開かされましたが、この西村さんの本を読んだとき、21世紀版の新しい働き方を示す本が出たんだなと思いました。
バブル景気以降、若い人たちは景気や企業の意向に左右される就活を迫られ、自分が何をしたいのか、ライフワークってなんだろうという本質的な問いかけは後回しにされがちだった。
そうした風潮のなか、2003年に晶文社から出たこの本は、当時の若者たちにとても大切な指針を示してくれたと思います。
内容も、西村さんが取材相手の仕事現場を訪れる現場主義が貫かれていて気持ちがいい。相手の思考の痕跡を丁寧にトレースしている文章にも引き込まれます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

アルケミスト 夢を旅した少年
パウロ・コエーリョ  角川書店

全世界で1000万部以上売れたと言われるベストセラー。夢のお告げを信じ宝物を探しに行く羊飼いの少年の物語。夢の実現に向けたヒント満載の自己啓発書としても読める大人の寓話。

書店ナビ 大井さんの著書にもこのエピソードが書かれていますが、ご本人の口から直接うかがっちゃいます。
この『アルケミスト』は大井さんが成人後、生まれ故郷の福岡に約20年ぶりに戻ったときに、高校の同級生だった奥様と久しぶりに再会し、翌日のデートのときにプレゼントした本ですね?
大井 本当はカート・ヴォネガットの本を贈ろうと書店に買いに行ったんですが、待てよ、と。文庫一冊だけだとケチくさい男だと思われるかもしれないと思い、そばにあったもう一冊を手に取った。それがこの本だったんです。
ところがカミさんがピンときたのはこっちの『アルケミスト』のほうだったらしい。私はあわててそれから読んで、感銘を受けました。

福岡から持ってきてくださった私物の『アルケミスト』には、当時奥様と一緒に行ったアート展の半券が挟まっていた!

書店ナビ 私もこの取材を前に久々に読み返しましたが、宝物を探す主人公とは対照的に、途中で夢をあきらめたクリスタル商人の存在に改めて目がいきました。「こういう大人こそ、いっぱいいる」と。
大井 主人公が一心不乱に夢に突き進む姿は、独立や企業を前にして神経が張り詰めているひとたちにぜひ読んでほしい。
強く願うと運命の前兆が表れ、人生が開かれていく。他のことはすべて忘れて、無我夢中の状態になってはじめて見えて来る道がある。そのことを教えてくれる一冊です。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

就職しないで生きるには
レイモンド・マンゴー  晶文社

大きな組織や大人の常識に取り込まれることを拒否し、独立・自営の生き方を志向したカウンターカルチャー世代のアメリカの若者の物語。40年近く前の本だが、そのスピリットは現在でも響いてくる。《前菜本》の源流のような本。

書店ナビ 既存の文化・体制に立ち向かうカウンタカルチャーは1960年代のアメリカで盛り上がりを見せました。本書の日本語訳が出たのは1981年です。
大井 私は大学1年のときに読みました。いつの時代も新しい生き方を提案するような本を世に送り出す晶文社さんらしい仕事本だと思います。
石けんを売ったり、著者のマンゴー氏自身が小さな本屋さんを開いたり。大きい組織に魂を売らずにスモールビジネスで自分らしく生きている若者の話が、ロードムービーのように展開されます。
当時の時代背景や社会情勢を知らないと少し読みづらいかもしれませんが、出てくる人たちがとにかく魅力的。
「とりあえず就職」じゃない選択肢がここにあります。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

夜と霧 新版
ヴィクトール・E・フランクル  みすず書房

ナチスの強制収容所を生き延びた精神科医が、過酷な環境で生き残った人と簡単に絶望して死んでいった人の違いを克明に綴ったレポート。厳しい環境で生き延びるヒントを得られるという意味で、一流のビジネス書としても読むことが可能。起業する人の精神的なバイブルにもなりうる書。

書店ナビ 大井さんが江別・美唄で話されたトークイベントでも本書のことを推薦されていました。 原著の初版は1947年、日本語版の初版は1956年。その後著者が手を加えた新版が1977年に出て、日本でも2002年にこの新版が発刊されました。

トークイベントの様子はこちらから!
http://www.core-nt.co.jp/syoten_nav/archives/11506

大井 旧版のほうは強制収容所の写真が多く掲載されていて、なかなか手が伸びなかった方もいるかと思います。
ですが本書の真価は、過酷な描写そのものよりも精神科医ならではの冷静な視点にあります。
収容所生活を詳細に観察・分析する前半から「生きる意味を問う」ことにギアが入っていく後半へのドライブ感がすごい!目が離せなくなります。
絶望的な状況で死を選ぶ者も出るなか、著者は自分もそうならないために収容所を出たあとの人生を想像します。大勢の観客の前で「強制収容所の心理学」というテーマで講演する自分の姿を思い描くんです。
この「イメージ喚起力」ともいうべき力は、私がイタリア滞在のときに知己を得た彫刻家の安田侃さんにも共通しているものだと思います。


そうした力で生き延びた自分には、いったいどんな宿命が課せられているのか。
就活や転職に限らず、自分は何のために、どう生きるのかという問いかけを、ひとは避けて通ることはできません。簡単に答えが出る問いではありませんが、この本がどんな状況においても決して絶望しない知恵を教えてくれます。

フルコースの5冊をすべて持参してくださった大井さん。福岡の小学生や高校生を相手に講演することもある。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

ローカルブックストアである 福岡ブックスキューブリック
大井実  晶文社

ズブの素人から独立開業して書店を開いた私の著作です。このフルコースであげたほかの4冊もしっかり紹介しています。

書店ナビ 読ませていただいて、キューブリックさんが企画するトークイベントの多さに驚きました!書店経営のかたわら、大変ではありませんか?
大井 2店舗目の箱崎店にカフェ&ギャラリーを作ったのも、予算にとらわれず自分たちで自由にイベントをやりたかったから。
「この人を呼びたい!」という自分たちの素直な気持ちに軸足を置き、賛同者を集めてできる範囲で行動に移しています。
スタッフには「できない理由」を探すのではなく、「できる可能性」を探してほしいと伝えています。経験値が高まれば、自分たちがどんどんラクになる。あの手この手が使えるようになります。

ごちそうさまトーク 「奴隷にならないように」本を読む

書店ナビ 一般に、起業・独立本というと綿密な起業計画や資金繰りなどを重視しがちですが、大井さんが選んだ5冊はどちらかというと、気持ち重視。自分が何を大切にするかを問いかける5冊ですね。
大井 私の持論では、人生は解釈ゲーム。ことが起きたときに自分がどうとらえるかで、次の一歩も変わります。
肝心なことは、そのときにいわゆる一般論ではなく、自分の頭で考える力を持っているかどうか。
私がよく引用するイタリアの作家、ジャンニ・ロダーリのことばにあるように、我々は「奴隷にならないように」本を読み、旅をし、人と出会って世界を広げていくことをやめてはならない。そう、信じています。
書店ナビ このフルコース企画初の道外ゲストを大井さんにお願いして、本当によかったです。書店関係者を含め働くひとの前途に灯りをともしてくれるフルコース、ごちそうさまでした!

●ブックスキューブリック  http://bookskubrick.jp/

●ブックオカ  http://bookuoka.com/

大井実(おおい・みのる)さん
1961年福岡市出身。ファッション・イベント関連の仕事や彫刻家安田侃氏の制作サポートなどを経て、2001年に福岡市けやき通りに新刊書店ブックスキューブリックを開店。08年カフェとギャラリー併設の箱崎店をオープン。16年同店内にベーカリーも開設。06年から地元の有志と始めたブックイベント「ブックオカ」実行委員長。

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