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第451回 「ブックディレクターから見た札幌市図書・情報館」トーク

[イベントレポート]
札幌市図書・情報館開館1年目で100万人突破の理由がここに
幅允孝さんと司書たちが挑んだ「本を差し出す」その勇気

[2019.11.18]

《選書の達人》幅さんが札幌市図書・情報館にやってきた!

本を仕事にする人、あるいは本が特集の雑誌を頻繁に手にとる人ならば、この人の名前を聞いたことがあるはずだ。
2019年11月6日、BACH(バッハ)の幅允孝(はば・よしたか)さんが、札幌市図書・情報館にやってきた。

「はたらくをらくにする、課題解決型図書館」をコンセプトとする札幌市図書・情報館は2019年10月7日で開館2年目に突入した。

もとは青山ブックセンター六本木店の書店員だった幅さんは、選書のプロフェッショナル。耳慣れない職業名「ブックディレクター」は、あの『情熱大陸』の取材を機にそう名乗ることになり、そのまま使っている。
屋号の「BACH」は名字の「幅」を逆から読んだもの。無論、同名の音楽家も好きだと教えてくれた。

幅さんに選書を依頼するクライアントはブックカフェや図書館、百貨店を筆頭に、近年では病院や公共施設、企業の記念館等とニーズが増え、全国各地で大活躍。
どの場面でも、その空間にもっともふさわしい選書と方法で「丁寧に本を差し出す」ことをモットーとしている。

その幅さんが、2018年10月7日に開館した札幌市図書・情報館の棚づくりをサポートしていたことは、皆さんご存知だろうか。
前例のない図書館をつくろうと手探りで進む司書たちを「捨て置けない!」と感じた幅さんは開館直前まで手を差し伸べ続け、司書たちもまた幅さんから学ぼうと自分を奮い立たせ、札幌に新しい図書館をつくるという一大プロジェクトに立ち向かった。

2019年11月6日、同館の一周年企画として幅さんをゲストに迎えたトークイベントでは、当事者たちにとっては懐かしい、そして私たちには初めて明かされる棚づくりエピソードがたっぷりと披露された。
選書に限らず、人に情報を差し出すうえでおおいに参考になった2時間を本記事で振り返りたい。

幅さん関連の書籍。幅さんは青山ブックセンターを辞めたのち、編集者石川次郎氏の会社に入社。「そこでの編集経験も現在の仕事に活かされていると思います」

選書の始まりはインタビューから、温泉街のご当地本も出版

トークの前半は、幅さんの仕事紹介から。一般に選書というと、選者の豊富な読書歴が反映されるものだと思いがちだが、幅さんの選書はつねに相手の声に耳を傾けるインタビューワークから始まることで知られている。

iPS細胞を用いた世界初の眼病治療を行った多角的な治療・リハビリ施設「神戸アイセンター」内の「ビジョンパーク」も、その一例。
全盲や弱視などさまざまな眼の悩みを抱える方々に事前に聞き取りをしたという。

その結果、視覚のはたらきを他の嗅覚で補う全盲の子どもたちには、カレーの絵をこすると香りが立ち上る特殊印刷の絵本『おともだちカレー』を用意したり、あるいは後天的に弱視になった中高年層には「見えるものより見たいものを」(幅さん)――青春時代に夢中になったアイドルの写真集や阪神タイガースのメモリアルブックが好評だったりと、リアルなニーズを反映させた選書が実現した。

本そのものを作ることも、幅さんの仕事のひとつ。兵庫県豊崎市にある城崎(きのさき)温泉は文豪志賀直哉の短編小説『城の崎にて』でも描かれている風情溢れる温泉街。そこで出版NPO「本と温泉」レーベルを立ち上げ、『城の崎にて』の本編&注釈セット豆本や、温泉の中でも読めるタオル地カバーの万城目学著『城崎裁判』、蟹の甲羅のブツブツを再現した特殊印刷の装幀が面白い湊かなえ著『城崎へかえる』を出版。ポイントは、どの本も現地でしか買えないところ。この3冊で累計4万部近くを売り上げている。

選書の「おせっかい」を「親切」に変える幅スタイルをお手本に

トーク後半は札幌市図書・情報館の司書、皿井望美さんと小林可奈子さんを交えた幅さんとのクロストーク。
皿井さんと小林さんは2014年ごろから徐々に開館に向けた準備を進めていたという。

同館の基本コンセプト「はたらくをらくにする、課題解決型図書館」が、ジャーナリストの菅谷明子さんがニューヨーク公共図書館を取材した岩波新書『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』から発想を得ていることは、以前のトークレポートでも紹介した。

[イベントレポート] ただいまシアターキノで絶賛公開中! ニューヨーク公共図書館が具現化する「生き残る図書館」像

www.syoten-navi.com

だが本の貸し出しを行わず、レファレンス重視の姿勢を、実際の棚づくりに反映するにはどうすればいいのか。通常、日本の図書館はNDC分類と言われる十進分類法を採用しているが、果たしてそれが新館にもベストな選択肢なのか――。

考えあぐねた司書たちが頼みとしたのが、福岡市にあるビジネスパーソン対象の会員制ライブラリー「BIZCOLI」や、美にまつわる情報を発信する「ワコールスタディホール京都」、福井銀行が運営する働く女性支援空間「WiL」など日本各地でその場にあった、こころに響くセグメント(階層、区分)編集を実践している"幅スタイル"だ。

選書という本来は「おせっかい」な行為を、インタビューワークを通じて「親切」に変貌させる幅さんの誠実さをよりどころにしようと、皆の気持ちが固まった。

左から図書・情報館司書の小林さんと皿井さん、幅さん。2014年の図書館大会で初めて"ナマ幅さん"の話を聞いたことが全ての始まりだった。

図書館を“閉じた空間”にしないために外からの視線を意識

そして面白いのは、淺野隆夫館長が幅さんに選書の参考になるような講演を依頼すると、なんと詳細を聞いた幅さんのほうから「それはワークショップにしませんか?」と一歩踏み込んだ逆オファーがあったこと!  
この瞬間から図書・情報館と幅さんの熱い"師弟"関係が始まった。

2017年に行われたワークショップでは、図書・情報館側はまず自分たちの空間を「測る」ことの大切さを教わった。
棚や什器の高さを試行錯誤し、さらに図書館が"閉じた空間"に見えないように外部と完全に断絶しない"あいまいな境界線づくり"に取り組んだ。

「幅さんからはいつも"外から観てみて"と言われました」(皿井さん)。「図書館関係者じゃない人たちがどう見るか」を意識した。

肝心の棚づくりのほうも「棚にストーリーを持たせたい」と意欲的な意見が司書たちから持ち上がり、「結婚」に関する本の延長上に「離婚」の手続き本も置くが、それを「離婚本」とは区切らずに「出会いもあれば…」という言外を読み解く表記で提示する。利用者にやさしく差し出す姿勢を取り入れた。

このように、ひたむきに"幅スタイル"を学ばんとする皿井さんたちの姿を見た幅さんは、「このまま捨て置けない」と腹をくくったそうだ。
空港に向かう前に「困ったらいつでも連絡して」とプライベートの連絡先を書き残し、北の司書たちを励ました。

司書自作のサインと旬のハコニワで、新旧共存の棚づくり

実際のところ、単発で終わるはずのBACHワークショップだったが、このあと自分たちだけで棚編集を考える段階になり「大混乱期」に陥った司書たちは、再び幅さんを"召還"する。

ワークショップの第2回は「BACHの棚づくりが見たい!」とリクエストし、目の前で「お金」にまつわる棚づくりを見せてもらうことに。同時に自分たちでも実験的に「学び」の棚をつくり、幅さんの評価を受けた。

「お金」の棚づくりを実践する幅さんの画像。通常なら「お金とは」と小見出しを付けたいところだが、「そもそも」(お金ってなんだろう?)と問いかけるのがBACH式。見る人を惹きつける。

そうしてたどり着いた答えが、札幌市図書・情報館は既存の分類を使った配架法と、独自の編集型本棚の共存でいくこと。新旧ミックス型の着地点を見出した。
この決断が札幌市民にどう受け入れられたかは、開館以来1日約3000人が来館、開館1年目にして100万人突破という実績が、答えを指し示していると考えていいだろう。

他方、館全体の統一性を出すために取り入れたのは、視認性の高い「サイン」と、棚の枠を赤色にして特集感を出す「ハコニワ」の考え方。
大中のテーマから小テーマに枝分かれしていくサインはすべて、司書の自作だというからたいしたもの。
例えば大テーマが「学び」、中テーマが「社会学」だとしたら、小テーマは「成熟の時代へ」――下層にいくにつれ、自由度が高い投げかけの言葉を使うというルールにより、棚を追いかけていく楽しさを生み出した。

1周年記念展示の「ハコニワ」(現在は撤去)。「ハコニワ」は2階の各所に設置してあるのでぜひ、ご自分の目で探してほしい。

熱情あふれるチームが手にしたLibrary of the Year 2019 大賞

従来、公共図書館の司書は"わたし"を前面に出すことなく、幅広い本を並べてどの本を手に取るかはあくまでも利用者判断。
だが都心の開発ビルの一角で場所が限られる図書・情報館では蔵書のセレクトが求められ、その選書には"わたし"の色がにじみでる。
「本当にこんなことをしていいのだろうか?」「利用者さんはどう思うだろう?」と自問し続けた司書たちの葛藤は、幅さんという名ガイドを得て、知恵と勇気に変わっていった。

「こんなに熱情があるチームはありませんよ」。クロストークの終盤、幅さんは何度もそう口にした。
全国から引っ張りだこの幅さんが寸暇を惜しんで図書・情報館を訪れたのはひとえに「利用者の方々が気持ちのいい、新しい場所を作ろうという彼女たちの熱情に感動し、惚れ込んだから」。
「本を丁寧に差し出す」幅さんのアンテナと、初の大役に挑む彼女たちの真摯な姿勢が共鳴したからだ。

「(図書・情報館を)いまだに他人事だとは思えない」と一周年を振り返る幅さん。開館直前の皆の笑顔からもその結束力が読み取れる。

「あきらめない粘り強さと、解決策を細部に落とし込む知識。これだけのスキルを持っている彼女たちの選書力にもっと注目してほしい」と願う幅さんの言葉も "親心"から。
最後は「これからも札幌市図書・情報館をよろしくお願いします」と来場者に呼びかけ、一周年祝いの言葉にかえた。

さらにうれしいことに2019年11月13日、札幌市図書・情報館に朗報が舞い込んだ。NPO法人知的資源イニシアティブが毎年授与する「Library of the Year 2019」(LoY2019)の大賞に同館が選ばれたのだ。しかも大賞候補4館のプレゼンを聞いた来場者の投票で決まるオーディエンス賞とのダブル受賞!心晴れやかな2年目の幕が上がった。

Library of the Year | IRI 知的資源イニシアティブ

www.iri-net.org

札幌市図書・情報館 | 札幌市民交流プラザ

www.sapporo-community-plaza.jp

BACH

www.bach-inc.com

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