[BOOKニュース]
絵本『LOVEってなに』出版記念トークレポート
俊カフェ古川奈央さん×絵本作家たちばなはるかさん×森の出版社ミチクル來嶋路子さん
2024年1月28日、俊カフェに作家・出版社の3人が集まった。
[2024.2.12]
2023年12月限定部数出版『LOVEってなに』
美しいアートブックのような絵本が完成した。詩を書き下ろした人は、札幌市で俊カフェを営む古川奈央さん。詩を受け取り、その世界観を蛇腹型の絵本へと展開した絵本作家が、『こどももちゃん』『銀杏堂』(どちらも偕成社)のたちばなはるかさんだ。
タイトルは『LOVEってなに』。大人がストレートに口にするのは、いささか勇気が必要なタイトルだ。
「まさかうちからこういう本が出るなんて!」と岩見沢市の美流渡(みると)に住む森の出版社ミチクルの來嶋路子さんも目を丸くした。
小樽のプリント工房Aobatoさん(後半、シルクスクリーン職人の小菅和成さんの話題でひときわ盛り上がった)による限定部数印刷の本書は2023年12 月19日に発売され、出版記念トークイベントが2024年1月28日に俊カフェで行われた。その模様をお届けする。
俊カフェは詩人谷川俊太郎さん公認のブックカフェ。2017年5月3日にオープンした。画像提供:俊カフェ
トーク当日、たちばなさんが貴重な原画を持ってきてくれた。
蛇腹絵本にひとめ惚れ、「奈央さん、書いてください!」
『LOVEってなに』は、完成に至るまでの"寄り道"が面白い。
2022年9月、たちばなさんは古川さんの運転で岩見沢に向かっていた。長年あたためていた本の出版を相談するためだ。
たちばなさんと編集者の來嶋さんは、來嶋さんが美術雑誌『みづゑ』の編集長だったとき、たちばなさんを取材したことがあるという。
東日本大震災を機に來嶋さんが夫の実家のある岩見沢に移住し、地域密着の出版社を立ち上げたことも知っていた。
「またお会いしたいという思いから、古川さん経由で來嶋さんのアポを取ってもらいました」
その再会の場で、たちばなさんたちは來嶋さんが作った一冊の絵本『Like a Bird』を紹介された。
それは岩見沢の奥地に茫茫と自生するタデ科の植物イタドリが主役、移住者の視点を持つ來嶋さんならではの視点から生まれた本だった。
「北海道に住み始めてから至るところで目にするイタドリは、調べてみると海外では外来種としてすごく厄介者扱いされている。でもイタドリにはイタドリの使い道がたくさんあって役に立っているはずなのに」という來嶋さんの思いをのせた蛇腹式のアートブックに、二人の目は釘付けになったという。
Like a Bird 來嶋路子
どんどんのびるから、
ジャマものって
言われることもありますが……
Many call me a bother.
For I grow taller and taller.
表裏を使える蛇腹の特性を存分に活かした『Like a Bird』を披露する著者の來嶋さん。購入希望の方はミチクル編集工房のFacebook
中面にはなんと本物のイタドリの葉っぱが貼られている!職人の手仕事でなければできない造本だ(画像は筆者私物)。
この『Like a Bird』にすっかり心を奪われたたちばなさん。当初の出版企画は一度棚上げして、同じ蛇腹仕様の本づくりを決意した。さらにーー。
「そのとき、直感で"文章は奈央さんが書いてください!"とお願いしちゃいました」(たちばなさん)。
「はるかさんはご自分で絵も文も描ける方なので言われてビックリ!でもせっかくのお話なので私でよければ、とお引き受けしました」(古川さん)。
イタドリに導かれた本づくりが始まった。
花屋の〈彼女〉と本屋の〈彼〉が織りなす両A面のラブストーリー
絵と詩が出来上がった順番は、古川さんの詩が先行した。コンセプトは大きく二つあったという。蛇腹の表裏どちらからでも独立して読める「両A面」になること、そして〈運命の恋愛〉を描くこと。
「はるかさんからそのイメージを聞いたとき、受け取った感覚が鮮明なうちに書いた方がいいなと感じました。時間をかけてしまうと理屈で書いてしまう。それがいい時もありますが、今回は直感の右脳で書いた方が伝わるものが出来上がるかもしれない、と」
ほぼ一晩で一気に『LOVEってなに』を書き上げた古川さん(左端)、絵とレイアウトを担当したたちばなさん(右端)。
一方、詩を受け取ったたちばなさんはーー。
「なんて素直な文章なんだろう!と感動しました。"LOVEってなに"という問いかけに対して奈央さんなりの答えがちゃんと書いてあるし、それが全然お説教っぽくない。奈央さんの言葉はいつもおいしい水のようにスーッと体に入ってくるんです。
この物語なら、自分が出会いたいものにまだ出会えてない人や"恋愛迷子"の人たちにお守りのように思ってもらえそう。そう素直に思うことができました」
登場人物は、花屋の〈彼女〉と本屋の〈彼〉。それぞれの視点で蛇腹の片面ずつ物語を展開すれば、当初から思い描いていた「両A面」が成立する。
さらにレイアウトも担当するたちばなさんは、左開きの面になる彼女のストーリーの文字を横組みで、反対の右開き面に載る彼のストーリーは縦組みで配置し、表と裏の変化を演出した。「これは自分でもうまくいったと思います」
左開きの彼女のストーリー。右に進むにつれ赤色のボリュームが増えていく。初めてラフを見せてもらった古川さんは絶賛したという。
さらに創意工夫は続き、語りかけてくるような文字は、実はたちばなさんの直筆をフォント化したもの。 文章に登場する言葉をガラスペンやつけぺん等を使って何パターンも書き、その中から古川さんと選んだ本番用文字をテンプレート化してPC上で文字のレイヤーを重ねていくという、根気がいる作業に挑戦した。
左が絵本実物。右の紙はフォント化する前の文字の原本。「作業しながら何度もクラクラしました(笑)」(たちばなさん)
こうして古川さんの詩とたちばなさんの世界がやさしく響きあった原画が出来上がり、二人はいよいよ版元の來嶋さんに連絡を取ることに。
「ある日突然 "出来ました"っていう連絡が来てビックリしました」と笑う來嶋さんも加わり、ここからさらに手製本のディープな工程に突入する。
シルクスクリーン職人のアイデアでさらにひと工夫
絵本『LOVEってなに』は、『Like a Bird』に続く森の出版社ミチクルの蛇腹絵本シリーズに位置付けられる。
となると印刷・製本は当然『Like a Bird』同様、シルクスクリーンの蛇腹両面印刷を手の届きやすい価格で快諾してくれる小樽のプリント工房「Aobato」の小菅和成さん・岩本奈々さんに依頼した。
「Aobato」のシルクスクリーン印刷製本は15冊という少部数から受けてくれる。「作る側には本当にありがたいです」(來嶋さん)
「小菅さんはものすごいアイデアマンで技術オタク(笑)。『Like a Bird』のときに"イタドリの葉を貼りましょうか"と言ってくれたのも小菅さんで、葉っぱを貼る技術まで開発してくれました。
今回もまた、刷る色を決めるときに"グロスという透明のインクを使って色版に重ねたら面白いんじゃない?"と提案してくれて。最終的には濃紺と緑、赤、そしてグロスの4版で刷ってもらいました」(來嶋さん)
上の原画はじょうろで注ぐ水が線で描かれており、下の絵本ではその水の流れを透明インクの版で表現。美しい視覚効果が生まれている。右隣の花のところもよく見ると……。
俊カフェで慈しみ育まれる〈言葉の種〉
「今日は私からも質問があるんです」
トークも後半になり、來嶋さんが両隣に話しかけた。
「今更のようですが、そもそもどうしてLOVEをテーマにしたのか、ずっと聞きたいと思っていました」
詩作した古川さんに皆の視線が集中した。
「一般に"愛"というと、男女間の、と連想しがちですが、私の中では家族でも友達でも二人の関係を大切にしたいと思うことで生まれるものが"愛"だと感じています。それは2017年にオープンして以来、俊太郎さんをはじめとする皆さんに応援していただいて俊カフェをやらせてもらっているからこそ気づけたこと。
お店が大変なときにも、見返りを求めないお客様の心からの応援で6年間やってこれました。これを当たり前だと思ってはいけない。その感謝の思いもこめて皆さんからいただいた愛、〈言葉の種〉を私も大事に育てていきたい。その思いを綴った物語です」
さまざまなイベントが企画されてきた俊カフェ。次の5月3日で満7歳になる。
思えば、「俊カフェ」そのものが古川さんの詩人谷川俊太郎さんへの途切れることのないラブレターのような空間だ。
「谷川さん愛をストレートに世界に発信している古川さんだからこそ、"LOVEってなに"と問いかけることができる。今日はずっと抱えていた疑問が晴れてスッキリしました」という來嶋さんに参加者も皆、賛同のまなざしを送っていた。
「普遍的なことを伝えたい」クレジットはスリーブに
「イタドリの絵本のように誰かへのギフト、宝物になるような本が作りたかった」というたちばなさんの言葉通り、蛇腹絵本『LOVEってなに』は、いろんな愛と工夫が詰まった特別な一冊に仕上がった。
通常は最後に掲載される奥付けのクレジットも、作り手たちがそうありたいと願いを込めた「普遍的なことを描く」この本には似合わない。
蛇腹が広がらないように絵本にかぶせる筒形のスリーブにリボンをデザインし、バックにつつましやかに関係者の名前が並んでいる。
蛇腹絵本シリーズに意欲的な三人。次回作の構想も膨らんでいる。
イベントの最後は朗読家のかとうちかさんを招いて、〈彼女〉のパートをかとうさんが、〈彼〉パートをたちばなさんがかけあいで朗読してくれた。
イベント終了後、かとうさんに感想をうかがった。
「今日の話を聞いて、古川さんがおっしゃった〈言葉の種〉という言葉がすごく心に響きました。朗読も実は〈言葉の種〉を届けることだったんだと気づくことができ、今後活動を続けていくうえでも大事な一冊と出会えたことに心から感謝しています」
北海道の作り手たちが差し出すLOVEのカタチは、手でそっとページを開く感触を慈しむ紙のカタチでもあった。
あなたの大事な誰かに、またはあなた自身のそばに。お守りのような絵本の誕生を、こうしてお伝えできることもまた作り手たちからのギフトなのかもしれない。
『LOVEってなに』は、たちばなさんのHPとミチクル編集工房のFacebookで販売中。一冊4200+税。
札幌市中央区の書店ラボラトリー・ハコでも取り扱っている。
左が朗読家のかとうさん。朗読劇の金字塔「ラヴ・レターズ」のように色々な顔合わせで『LOVEってなに』を読む企画も楽しそうだ。
最後は人気もの3人の撮影会状態に!