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第592回 石田製本 CRAFT ZINE

[本のある空間紹介]
札幌の石田製本が自費出版市場に放つ新サービス
少部数から作れるハードカバー本「CRAFT ZINE」の世界

2023年4月の立ち上げ以降、制作した個性豊かなZINEを見せてもらった。

[2023.12.25]

紀伊國屋書店とCCCと日販が合弁会社を設立、流通革命へ

2023年北海道書店ナビ最後の更新は、札幌の製本会社が取り組む自費出版サービスの話題をお届けしたい。だが本題に入るその前にーー。

北海道の書店や出版社を応援しようと札幌の取次会社コア・アソシエイツが当サイトを立ち上げたのは、2010年10月のことである。
それから10年以上が過ぎ、本を取り巻く環境は皆さんもご承知の通り、多様な変化を遂げている。

2023年の記憶に残る業界ニュースの一つは、紀伊國屋書店とカルチュア・コンビニエンス・クラブ、日本出版販売が合弁会社を設立したことだろう。「書店主導による出版流通改革」を目指すという。
以下にプレスリリースから概要を引用する。

日本全国における書店の数は過去10年間で約3割減少し、全国市区町村のうち4分の1を超える自治体が書店ゼロ市町村です。(2022年9月現在/出版文化産業振興財団調べ)
 書店という、子どもから高齢者まで様々な年代の読者が本と出会う拠点、そして地域の交流拠点が全国各地から失われつつあります。

このような現状に対し、街に書店が在り続け、より多くの人々が読書習慣を育まれ、本を通じた「知」や「文化」との接点を持ち続ける豊かな未来を、書店自らの手で切り拓きたいという思いから、書店主導による出版流通改革に取り組むことを決めました。
(中略)
書店と出版社が販売・返品をコミットしながら送品数を決定する、新たな直仕入スキームの構築を目指します。粗利率が30%以上となる取引を増やすことで書店事業の経営健全性を高め、街に書店が在り続ける未来を実現させていきます。

参照 https://corp.kinokuniya.co.jp/press-20230623/

稼働初年度から何がどう変わっていくのか、その動向が注目されている。

リトルプレスやZINE…個人が作る自費出版マーケットが熱い

2023年11月に発行された『出版物販売額の実態2023』(日販)によると、日本国内の書店数は2023年現在約8100店強(前年比94.5%)。
書店ナビが始まった2010年は1万5000店近くあったことを思うと(参照:日本著作販促センター)、書店数減少の右肩下がり傾向は依然続いているが、その一方で年々賑わいを見せているのが自費出版の世界である。

著者が企画し、制作費を持ち出して作る自費出版物は、東京の国際展示場で毎夏開催される「コミケ」でおなじみの同人誌や、あるいは「リトルプレス」「ZINE(ジン)」とも呼ばれ、主に展示即売会でお披露目されている(自費出版物を置いている書店もあるが、扱ってくれるかどうかは書店側の判断による)。

その熱気は毎回SNSを通して拡散されていたが、今年はコロナが5月8日から5類感染症に分類されたことを受け、リアルイベントに人が戻ってきたことも拍車をかけたようだ。
「出店者が「自分が〈文学〉と信じるもの」を自らの手で販売」する文学フリマは2002年11月の東京開催以降、全国各地の有志によって広がり、2023年7月9日には北海道でも8回目の文学フリマ札幌が札幌コンベンションセンターで開催されている。

文学フリマHPの年表を見ると、コロナ禍当初の2020・21年は中止が相次いだが、2022年からは徐々に全国各地で開催が復活。
2023年は東京で「文学フリマで初めての1万人越えとなる動員数を記録」し、京都・岩手・大阪も「過去最高」の来場者数を記録。
出店者数および申込数も「過去最高となる出店申込が集まり、抽選の結果約20%に出店を見合わせていただくこととなる」(岩手)、「予想を大幅に上回る申込のため、初めてエルガーラホール7F中ホールを追加して開催」(福岡)などの盛況ぶりを見せたようだ。

文学フリマ | 文学作品展示即売会

bunfree.net

自費出版物の中でも同人誌は原作ありきの二次創作物が多い印象だが、リトルプレスやZINEは詩集や短歌集、小説、エッセイ、画集、写真集など内容は作者次第。
自費出版の小冊子を対象にした印刷製本会社も多数存在し、制作費を抑えるために価格をとるか、使ってみたい紙や仕様をとるかで頭を悩ませるのも、楽しい創作過程の一部になっている。

こうした自費出版マーケットに2023年4月、札幌の製本会社、石田製本が新たなサービスを立ち上げて参入した。
同社が長年得意としてきたハードカバーの本作り、その名も「CRAFT ZINE」(クラフト・ジン)という。関係者にお話をうかがった。

CRAFT ZINE HPからは無料サンプル請求も受け付けている。

逆張りを狙って高品質・少部数印刷のハードカバーで勝負

石田製本は1936年に創業者の石田英二の自宅一部を作業場にして誕生した老舗製本会社。
官庁の帳簿作りから始まったという製本技術を磨き上げ、「まごころをこめた本づくり」をモットーに現在も札幌市西区の本社工場で「上製本」といわれるハードカバーを中心とする製本業務を続けている。

「表紙に柔らかい紙を使うソフトカバー(並製本)に比べて、硬くてしっかりした表紙で本文をくるむハードカバーは高級感があり、耐久性も高い。型抜きや箔押しなどの凝ったデザインにも対応できます」。 同社の田中嘉彦さんが解説してくれた。

「本棚に並べても絵になるような一冊を」とうたう「CRAFT ZINE」。
サイズは縦長A5サイズと150mmの正方形の2種類から選べる。

商業的な紙媒体の発行が減少する今、自費出版マーケットに活路を見出す製本会社は少なくなく、2023年から石田製本も市場に参入。
だがすでに安価が人気のソフトカバー製本は同業他社がひしめいており、熾烈な価格競争に飛び込んでしまっては新規事業としての先が見えづらい。
そこであえての逆張りを狙い、提供サービスを出版社が出すアートブックのような高品質ハードカバーに振り切った。
本紙がバラバラにならないよう糸でかがる中ミシン綴じと価格を抑えられるオンデマンド印刷を組み合わせ、さらに作者が在庫を抱える負担が少しでも軽くなるように最小3冊から10冊単位での受注体制を整えた。

「イラストレーターさんやデザイナーさんたちに普段の仕事ではできないような自己表現の場としてハードカバーを気軽に選んでもらいたい。それにはまず実際にどんなCRAFT ZINEが作れるのか、13組のクリエイターさんたちにサンプルを作っていただきました。それを公式サイトにアップして、あとはクチコミやSNS、文学フリマやNEVER MIND THE BOOKSなどの展示即売会にも出店してPRしています」

表紙は基本、上質紙110kgだが有料オプションで好きな紙に変えられる。「左の黒い表紙は経年変化によってノドの溝や四方の角が割れたり擦れたりして白くなるのでPPコート加工をおすすめしました。これなら耐久性も万全です。右は作者の方が手触りのいいアラベールホワイトの質感を重視されて、あえてPPをかけない仕様になっています」

ハードカバーだからできるタイトルの箔押し例。緑の表紙は札幌のプロダクション「寺島デザイン」の作品集。206Pの大作。紫の表紙は東京のギャラリーから受注したアーティストの作品集。布張りに白箔押しが美しい。

左はオプションの表紙空押し加工をしたあとにダイヤ型図案のシールを貼ったもの。右は白い枠に縁取られたイラストを刷ったあとに空押しした。どちらも石田製本の職人たちが一冊一冊手作業で仕上げている。

目的も使い方も作者次第、世界に一冊の本づくり

サービスの立ち上げから8カ月で制作したCRAFT ZINEは30種類以上。
個展や即売会で販売あるいは配布するための作品集やエッセイ集、ワークショップの成果を冊子化したもの、サロンのお客様に読んでもらうコンセプトブック…と内容は十人十色。
ミュージシャンからCDとセット販売するライナーノーツをCRAFT ZINEにしたいという依頼もあった。

発注者との窓口を担当する制作の永瀬茂美さん。やりとりの中で先方から教わることが多々あったという。
「当初は奥付けのフォーマットをこちらで用意していたんですが、クリエイターの皆さんは奥付けまでも作品として考えておられることに気づかされました。見返しの紙も上質110kgでしたらお好きな色を選べるのですが、そこに直筆サインや限定部数のナンバリングを書くことを想定して、あえて白色の紙にしてほしいと指定する方もいて、私たちの方がお客様からCRAFT ZINEの活用方法を教えてもらっています」

オプションで見返しに印刷するという選択肢も。中綴じのミシン糸も7色から選ぶことができる。

左は世田谷区で有志が発行するフリーペーパーの人物写真を抽出した写真集。右はCRAFT ZINEの原点ともいえる「世界に一冊」の本。

CRAFT ZINEがリリースされるまでには、石田製本が先行して手がけてきたハードカバーの「いしだえほん」や卒園アルバムでの実績も構想材料となっているが、「リリース後に製本を頼まれたある本の存在も大きかったです」と田中さんたちはいう。
聞けば、その本は病床の家族に贈る「世界に一冊だけの本」。本人が読みやすいように字のサイズも特別に大きくした、依頼主オリジナルの物語が綴られていた。

たくさん作らなくてもいい。届けたい「あの人」や価値を認めてくれる人に手に取ってもらえるならーー。そんな特別な一冊が求められていることを実感できたエピソードとなった。

「完成したものをお送りすると皆さん、 "こんなに立派なものができてうれしい!"と喜びのメールを返してくださり、それが私たちの励みになっています」と永瀬さんがいうように、同社自慢の製本職人たちによるクオリティーには自信がある。
営業兼広報を担う田中さんは年が明けてからも西に東に忙しくなりそうだ。
「今はまだまだCRAFT ZINEの存在を知ってもらう段階。"こんなことはできますか?"というお問い合わせも喜んで承ります。まずはぜひHPを見に来てください!」

近年の出版業界でひときわ気を吐く自費出版マーケットでも、北海道企業の活躍が聞こえてくる2024年であってほしい。

左から石田製本の永瀬さんと田中さん。「無料サンプルを取り寄せたい」という方も気軽にお問い合わせを。https://i-bb.co.jp/zine/

旧年も北海道書店ナビをご愛読いただきまして、まことにありがとうございました。
2024年も変わらず、北海道の「本」にまつわるヒト・モノ・コトを応援してまいります。
皆さまにとって素敵な本との巡り合わせがある一年になりますよう、心からお祈り申し上げます。

北海道書店ナビ

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