おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第353回 SWAN BOOKS 永堀裕二さん

 

Vol.110 SWAN BOOKS 永堀裕二さん

今年9月に長女が生まれたばかりの永堀さん。掲げているのは昨年発表した作品集『皿の上と下』。

[本日のフルコース] 実在する喫茶店とのコラボ作品も好評連載中! 札幌の文筆家が読み返す「生活と家族」本フルコース

[2017.12.4]

書店ナビ 今年の夏、札幌市中央区の喫茶店RITARU COFFEEさんに寄った際、雑誌と並んでA5サイズ裏表に書かれた数枚の短編小説を見つけました。
タイトルは『夜景の山』。読めば、転職活動中の主人公がけだるい気持ちを抱えたまま喫茶店に入っていく。「…普段は決して用のない円山」で「階段を上って新聞を手に取る」(その1)。2枚目、主人公が変わり、婚活中の女性がやはりカフェに入っていく。「短い階段を昇りドアを開けると(中略)右手には巨大な焙煎機が置かれており、左手のカウンターで忙しそうにしている店員の笑顔に迎えられた」(その2)

…もしや、この小説の舞台は自分が今いるRITARU COFFEEなのでは?
そう、このナゾの連載小説『夜景の山』は、同店のオーナー三上悦史さんと常連客の文筆家永堀裕二さんがコラボしたオリジナル小説!全24回予定で好評連載中なのだそうです。
これは面白いことをしている人たちがいるものだと、早速書き手の永堀さんに連絡を取り、フルコース取材をさせてもらうことに。もちろん場所はRITARU COFFEEさんで。
永堀さん、フルコース取材に入る前に簡単な自己紹介をお願いできますか。

2017年11月末現在8話目が発表されている『夜景の山』。すれ違う2人もいれば、ばったり鉢合わせた2人もいる。続きが気になる!!

永堀 小さい頃から読書好きで、大きな転機は高校のときでした。日直が書く日誌に1人だけ読んだ本の感想を書いていたら、それに担任だった国語の先生が丁寧に感想や日本文学の話を返してくれたんです。文章を書いてリアクションをもらうという原体験でした。
それと自分は音楽を聞くのも弾くのも好きで、大学生のとき、ボ・ディドリーというアーチストのライブに行きました。彼の圧倒的なパフォーマンスを見たら「自分に小説が書けるだろうか」なんていう小さい悩み事がすべて吹き飛んだ。
書きたいのなら書けばいいんだと、B5の大学ノートに長編を1本書きました。以降は働きながら「SWANBOOKS」というレーベルで文学フリマに出たり、行きつけのカフェの周年記念本に書かせてもらったりして地道に自作を発表し続けています。
書店ナビ RITARU COFFEEさんとのコラボ小説『夜景の山』はどういう経緯で始まったんですか?
永堀 焙煎が深い味が多い札幌の喫茶店の中で、きちんと豆本来の味を楽しませてくれるRITARU COFFEEさんが大好きで、最初は客として通っていました。百貨店のバイヤー時代に物産展に出ていただいてさらに距離が縮まり、自分が転職する前に飲みに行ったときにオーナーの三上さんから「なにか一緒にやろうか」と声をかけていただきました。とてもうれしかったです。
三上 店や仕事を通して永堀さんの人柄は知っていたので、このまま関係が続けばいいと思っていました。こういう連載の形だと集客にもつながりますし、何よりずっと書き続けている彼を応援したい。創作の中味については一任して自由に書いてもらっています。
書店ナビ RITARU COFFEEさんで『夜景の山』を読んでいると、一瞬自分も物語の中にワープしたかのようなメタ的な感覚を覚えました。
とてもユニークかつ愛のある試みですので、今後もぜひ続けていってほしいです。それでは永堀さんのフルコースを見てまいりましょう!
[本日のフルコース] 実在する喫茶店とのコラボ作品も好評連載中! 札幌の文筆家が読み返す「生活と家族」本フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

日の砦
黒井千次  講談社

現代の核家族の暮らしと、そこに見え隠れする不安、不穏な空気が描かれた小説。暮らしを破綻させる出来事が起こるでもなく、どこの誰にでも起こりうる、ちょっとした不安の影が描かれている。ライトな文体で読みやすく、一冊の中で緩やかに経過していく時系列も愉しい。

書店ナビ フルコースのテーマが「生活と家族」。永堀さん自身はどういうご家族の中で育ってきたんですか?
永堀 うちは両親と兄と僕で、結構仲のいい家族だったんです。友達と遊んだことよりも家族みんなでどこかに行った記憶のほうが多いくらい。
でも自分が大きくなって家を出て家庭を持ったりすると、"いまの僕"をほぼ知らないまま、血がつながっている両親たちと家族という関係が続いていく。その脆さというか狂気というか、そういうものと穏やかな日常は実は紙一重なのではないか、というところをつねに考え続けています。
『日の砦』の主人公たちも自他ともに認める"幸せな家族"ですが、「でももしかすると…」というギリギリのバランスの上に生活が成り立っている。足下から崩れおちるような恐怖までいかない不安の描写に引き込まれます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

江分利満氏の優雅な生活
山口瞳  新潮社

戦中派のサラリーマン江分利満(えぶりまん)の生き方を書いた作品。エッセイと小説が混在する散文調で進む。戦争体験を経て戦後の高度成長をどのように生きるのか。激動の時代を生きた人間達の経験値を思い知る一冊。1963年に岡本喜八監督によって映画化もされており、主人公を演じた小林桂樹のコミカルな印象が強い。映画も合わせて見てほしい。

永堀 先ほどの黒井千次もこの山口瞳も作家として1本立ちする前は会社勤めをしていた、いわゆる"サラリーマン作家"。世間の感覚とのズレがなく、作家先生的な上から目線でないところが読み手の共感を誘います。
主人公の江分利氏は著者と重なるところがあり、映画では直木賞を受賞して会社で記者会見を開く場面もあります(山口瞳は本作で直木賞を受賞した)。
戦後誰もが"イケイケ"だったわけではなく、"こうせざるをえないから"なんとなく満たされたように生きていく、そのシニカルな視線が秀逸です。
書店ナビ 永堀さんは1982年生まれ。もちろん戦後や昭和レトロの実体験はないでしょうが、それらに惹かれる一方で時代の最先端的なものにも惹かれるとブログに書いてありました。
映画も寅さんシリーズやジム・ジャームッシュ作品がお好きなんですね。
永堀 この『江分利満氏の優雅な生活』も人生のベスト3に入ります。小林桂樹さんの「社長シリーズ」も大好きです。

原作の挿絵は柳原良平。映画にも実写の中に突如アニメーションが挿しこまれるなど実験的な手法がとられている。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

ネクタイの幅
   永井龍男  講談社

1975年出版。永井後期の随筆集。歳時記を生きる感覚や新聞に見る世間の話題など身辺雑記を書いた雑文。永井らしく、作家然とした堅苦しい目線ではなく、くだけ過ぎもしない、あくまで暮らすことを「市井の視点」で見つめた永井節が全開。

永堀 高校2年のとき、大学受験の模擬試験の現代文で、永井龍男の短編『胡桃割り』の文章が一部引用されていました。父の命日を迎えた男の心情を描いた場面で、それを読んだときにあまりにも感動してしまって、そのあと問題を一問も解けないままテスト時間を過ごしてしまいました。
全文を読みたくて本を探しましたが当時住んでいた帯広にはなくて、札幌の古本屋でようやく見つけたことを憶えています。以来、古本屋で永井作品を見つけたときは、たとえ持っている本でも必ず買うようにしています。それくらい憧れの作家です。

「河出書房新社から1964年に出た『皿皿皿と皿』もおすすめです」 

書店ナビ ご自分の作品が影響を受けていると思うところは?
永堀 コラボ小説の『夜景の山』でいうと、永井龍男のような東京出身の作家は作品に当たり前のように地名を出す。それを読者も共通言語のように受け止めて読む関係づくりができている。札幌にいる自分にもそれができないかなという思いもあって、『夜景の山』の中には円山やジャンプ場など地元の描写を盛り込んでいます。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

プールサイド小景・静物
庄野潤三  新潮社

芥川賞受賞作『プールサイド小景』を収録した短編集。人間が暮らしていくうえで切り離すことのできない家族という関係性の明暗を書いた一冊。テンションの起伏が少なく、終始落ち着いた心持ちで読むことができる。

書店ナビ 永堀さん、徹底した選書ですね。こちらも家族の日常をスケッチした物語。『プールサイド小景』の主人公は4日前に会社をクビになっており、しかもその原因はバーの女に貢ぐために会社の金の使い込み。リアルにありそうな設定です。
永堀 自分の中で、「生活」とは激しい喜怒哀楽の集合体というよりも、たとえば朝家を出るときの空気の匂いがよかったり、会議が始まる前の雑談で気持ちがあがったりする小さな感情の起伏の積み重ねで出来ているんじゃないかと感じています。
それは小説も同じことじゃないかな、と。この小説にも事件はあります。ただ、そこにある感情はすごく平らで、それがリアリティなんじゃないかと思っています。そういう意味で《魚料理》の永井龍男と《肉料理》の庄野潤三は、僕が大事にしたい"大きな波風が立たない"生活小説の二大巨頭です。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

お直しとか
横尾香央留  マガジンハウス

「お直し」を仕事にする作者が仕事の周辺にある日常について書いた「ほぼ日」の連載を書籍化した一冊。ドラマチックではなくしかし退屈なわけでもない、ごくごく当たり前の日々のこと。79年生まれという作者の同時代性が、90年代に青春を送った人間にはグッとくる。

書店ナビ どのへんがグッときますか?
永堀 同級生が「Bボーイ」になっていくとかドリカムの歌詞を引用するあたりでしょうか。「お直し」というカッコイイ仕事をしているのに、横尾さんがまったくカッコつけずに等身大の自分のことを書いているところも好きでした。自分にはとてもマネできない独特の文体も魅力です。
書店ナビ 文体のお話、私も同感です。それと、踏切のバーにおでこを派手にぶつけたりするサザエさんチックなところも、ほぼ日チームが横尾さんを好きになる理由なんじゃないかなと思いました。

ごちそうさまトーク 物語の中から答えを見つけたい

書店ナビ フルコースを振り返っていかがですか?
永堀 自分ではいろんなものを読んできたつもりなんですが、見事に似たような本ばかり読んでいることに気づかされました(笑)。
自分はハウツー本が苦手で、「こうしましょう」と言われると「違う!」と思ってしまうへそまがり。答えを教えてもらうよりは、物語をたくさん吸収してそこから自力で答えを見つけたい。だからこんなに家族と生活の物語を読み続けているんだなと実感しました。
書店ナビ 今年9月に新しいご家族が増えて、今後の作風にも影響を与えてくれそうですね。RITARU COFFEEさんとのコラボ小説『夜景の山』の続きも楽しみにしています。「生活と家族」本フルコース、ごちそうさまでした!

●永堀さんのブログ「十八番茶も出花」

●RITARU COFFEE

●永堀裕二(ながほり・ゆうじ)さん 1982年帯広市出身。帯広緑陽高校卒、札幌大学卒。百貨店勤務を経て現在広告プロダクションの営業職。「ギターポップ文学集団SWAN BOOKS」の屋号で文筆活動を継続中(名称の由来はぜひブログで)。

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