本に親しむ人々が思い思いに築き上げていく
トークイベント「本との距離感」atダイヤ書房レポート

2025年10月13日に札幌市東区のダイヤ書房本店でZINE作者、編集者、書店員が集うトークイベント「本との距離感」が開催された。
[2025.10.21]
「自分の本を出す!」入院中ネバマイを目標に執筆スタート
2025年9月から10月にかけて札幌市内でいくつものブックイベントが開催された。北海道の小中学校図書室や絵本に関する勉強会、書店でのゲストトーク、屋外での一箱古本市など内容や規模は様々だが、総じて〈本と主体的に関わる人たち〉の活動が各所で盛り上がりを見せている。
その中でもとりわけZINEイベントは人気が高く、10月5日に札幌市民交流プラザ(SCARTS)・札幌市図書・情報館で開催されたトークイベント「What Is ZINE?」の会場はほぼ満席。
今年で14回目を数えるZINEの祭典「NEVER MIND THE BOOKS」(通称ネバマイ)主宰のグラフィックデザイナー菊地和広さんとネバマイ常連出店者の那珂隆之さんがZINEの魅力について語りあった。

「ネバマイでいろんなZINEを見るのも楽しいけど出店した方が1・7割り増しで楽しい」と語る菊地和広さん。
菊地さんたちがいう「誰でもできるカジュアルさ」と「立派じゃなくていい」「とりあえず作ってみる」というZINE独特の勢いは、作家・出版社・取次・書店の正方形で成り立ってきた本のありように新しい風を吹き込んでいる。
10月13日には東区のダイヤ書房・ヒシガタ文庫で同店企画のトークイベント「本をかくヒト、つくるヒト、とどけるヒト それぞれの本との距離感」が開催された。
最新作のZINE『楽しかったね でも 呪われていたね』をこの日初めてお披露目したラジオパーソナリティの鈴木彩可さんと、東京本社のサンクチュアリ出版に札幌からリモート勤務中の編集者大川美帆さん、ダイヤ書房・ヒシガタ文庫店長の谷尾苑香さん3人の話に参加者は耳を傾けた。

- 楽しかったね でも 呪われていたね
鈴木彩可 - 「40歳の誕生日記念に出したかった」という鈴木さんのZINE最新作。目が離せない表紙とブックデザインはデザイナーししどゆきさんとイラストレーターしげるまつげさんのユニット「2828」(ニヤニヤ)が担当した。
「本をかくヒト」鈴木さんは、2023年秋に持病が悪化し入院したことをきっかけに執筆活動を開始。人生でやり残したことを思い浮かべ、「自分の本を出すまでは死ねない!」と一念発起して書き始めた家族のことが2024年6月に発表した自費出版の第1作『ひとんちのかぞく』と続編『ひとんちのかぞくの夏』、2025年5月に出された3冊目『もっとひとんちのかぞく』に描かれている。
執筆開始時に鈴木さんが直近の目標に選んだのは、2024年10月開催のネバマイに出店することだった。前述の菊地さんたちの言葉を借りると、「まずは作ってみる」実践者の仲間入りをしたことになる(鈴木さんの病状は現在安定しており、ラジオパーソナリティの活動も健やかに続いている)。
鈴木さんの覚悟が読者に届いたのだろう、「かぞく」シリーズは評判を呼び、将来的には商業出版を目指す鈴木さんは次に、長年抱えていた「"私なんか"という呪い」をテーマに最新作を書き下ろした。 不用意な一言で傷ついた10代の頃や、大人になってからも「見えない存在」にされたこと……。「あるある」では済ませることができない心の痛みを率直に綴った、共感を呼ぶ1冊が誕生した。

少女時代『若草物語』のジョーに憧れたと語る鈴木彩可さん。中央がサンクチュアリ出版の大川美帆さん、右端がダイヤ書房・ヒシガタ文庫の谷尾苑香さん
3年間のボツ時代を経て「自分の悩み」企画で30万部超の大ヒット
「本をつくるヒト」である編集者の大川さんは、北海道倶知安町出身。「本を読まない人のための出版社」サンクチュアリ出版に入社し、3年間は企画が一つも通らなかった時期があったと明かす。その苦境から抜け出した1冊が2018年1月に発売された『カメラはじめます!』だった。

- カメラはじめます!
こいしゆか著 鈴木知子監修 サンクチュアリ出版 - 覚えることはたった3つ!? マンガでわかる一眼レフカメラの入門書。発行部数30万部超の大ヒット作。この日の参加者の中にも私物の本書を持ってきてくれた人がいるくらい売れに売れている。
「初めは"売れる本"ばかりを考えていましたが全く企画が通らなくて。最後は"自分が困っていること"から始めようと思いついたのがこのカメラ企画です」。一眼レフカメラを買ったはいいが使いきれていない自分のように「SNS用にいい感じの写真が撮れるようになりたい!けどカメラのことは全然わからない」ビギナー層のために作った本書は、見事狙いが当たって大ヒット。このあとも大川さんは担当本が3冊連続30万部突破を果たすという、業界でも異例のヒットメーカーになっていった。
企画と売上の双方を考える編集者としては常に「売れる本」思考に陥りがちなところを、「自分が読みたい本、世に出したいと思う本」というブレない芯を持つことで自分にも読者にも誠実な本を作り続けている。

大川さんが編集を担当した書籍。「この本も?」と驚くくらいおなじみのタイトルが並んでいる。
スピーカー3人目の「本をとどけるヒト」は、会場であるダイヤ書房・ヒシガタ文庫の谷尾さん。もともとクラフトやマルシェが好きで、ダイヤ書房に雑貨や手仕事に特化したインショップのヒシガタ文庫ができる2015年に入社した。
「書店の店長といえるほどたくさん本を読んできたわけではないんですが」と謙遜しつつ、「今日の鈴木さんのように著者の方をお招きしてお話を聞くことで、ものづくりのときと同じように一冊一冊大切に届けたいという思いが強くなりました」と語り、本に注がれた作者の想いに目を向ける。
鈴木さんの新作ZINEを読んだ谷尾さんの感想は「いつもキラキラしているイメージの鈴木さんが自分に近い存在のように思えて親近感が増しました」。
それを聞いて「わ、嬉しいです!」と喜ぶ鈴木さん。『楽しかったね でも 呪われていたね』というキャッチーなタイトルには、実は最後まで悩んだもう1案もあったという。「周りにもChatGPTにも聞いたらそっちがいいと言うんですが、相談した大川さんだけが"私はこっちだと思う"と言ってくれて。私も内心"こっちじゃないかな"と思っていたので大川さんの一言で心が決まりました」と命名エピソードを披露した。

デザインユニット2828との出会いは鈴木さんが客として足を運んだネバマイで。「同じゴールを目指す仲間がいてくれたのも嬉しかったです」(鈴木さん)
ダイヤ書房創業55周年、地域に必要とされる”本も”売っている場に
今年で創業55周年を迎えるダイヤ書房は「まちの本屋」として地域に必要とされる場作りに力を入れている。今回のようなトークイベントや野菜マルシェ、子どものためのワークショップも随時開催。
「SeesawBooks」オーナーの神輝哉さんが展開する終活サービス会社、株式会社PLOWと連携して始めた「街の本屋の終活倶楽部」https://shukatsu.daiyashobou.com/にも、毎回意欲的な参加者が集まっている。

イベント会場は普段「喫茶ひしがた」のカフェスペース。クロックムッシュやのりトーストなど休日に食べたいメニューにそそられる。
この日の客席を見ると、現役書店員の他に今話題の私設図書館経営者や11月オープン予定のシェア型書店オーナー、ブックイベントの企画者など「本」に親しむ人たちを何人もお見かけした。皆、本のことが、本のある場が気になっている。
「本との距離感」と題したダイヤ書房主催のイベントは、今後も不定期に開催されるという。「本屋にはまだいろんな可能性があると思います」と谷尾さん。本を売っている専門店から、"本も"売っている場となる広がりに皆が引き寄せられている。
ヒシガタ文庫や鈴木彩可さんも出店する2025年のNEVER MIND THE BOOKSは10月25日(土)・26日(日)にさっぽろテレビ塔 2Fで開催される。入場無料なので「まだ行ったことがない」という方はぜひ足を運んでみてほしい。詳細は文末の公式サイトでご確認を。

3人とも子ども時代に夢中になって読んだはやみねかおる作品や宗田理のぼくらシリーズの話で盛り上がった。本の話はやっぱり楽しい!
・鈴木彩可 @ayakasuzuki1014
・大川美帆 @mihokoney
・ヒシガタ文庫 @hishigatabunko
・NEVER MIND THE BOOKS http://nevermindthebooks.com/