おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第424回 札幌市図書・情報館 館長 淺野隆夫さん

Vol.153 札幌市図書・情報館 館長 淺野隆夫さん

札幌市図書・情報館 館長 淺野隆夫さん

両手で抱えないと持ちきれない《肉料理本》を持って。

[本日のフルコース]
いま注目のスポット!札幌市図書・情報館の館長に聞く
「特に読書家ではないあなたにも見てほしい!
私が思わずのけぞった本」フルコース


[2019.4.22]

淺野隆夫さんフルコース本

書店ナビ2018年10月7日に開館した札幌市図書・情報館が、いま大変な人気です。
札幌市中央区北1条西1丁目の札幌市民交流プラザ内という抜群の立地に加えて、「はたらくをらくにする、課題解決型図書館」という新しいコンセプトのもとに整備されたミーティングルームやコワーキングエリアが大好評!
当初は「本は貸出さずに閲覧のみ」という、従来の図書館にはない特徴にばかり注目が集まりましたが、実際に開館してみると、肝心の閲覧できるラインナップ――仕事や暮らしに特化した蔵書類――がビジネス街である大通エリアにベストマッチ。
開館以来、毎日3000人近くの利用者が訪れ、最終的には初年度に掲げた利用者目標数30万人を軽く突破し、100万人にも届く勢いです。

札幌市図書・情報館

札幌市図書・情報館は札幌市民交流プラザの1~2階。1階ではトークイベントも行われている。

札幌市図書・情報館 さまざまなデザインの椅子 ガラスのむこうに黄色いオブジェ

さまざまなデザインの椅子が並ぶ2階はまるでショールームのよう!

札幌市図書・情報館 グループ席 赤い椅子

2~4人で利用できるグループ席。窓際に面したリーディング席はキーボード使用を控えた静かな読書空間。どちらも予約席。

書店ナビ淺野館長、大変な人気ですね。先ほどフロアをひとまわりしてきましたが、ほぼ満席でした。

淺野皆様にここまで支持していただけるとは予想していませんでしたが、これもひとえに「本が面白い」からだと思うんです。
ネットやスマホで情報を得ることはできても、やはり本という一つの形をとったものに囲まれて過ごす豊かな時間、しかも自分だけの時間を過ごすことができる喜び――。そこに共感いただけたのではないかと感じています。

書店ナビ「はたらくをらくにする」という大人に特化した呼びかけも、あたりましたね。小説や絵本を置かないかわりに、起業や資格などのビジネス本、暮らしやアート本が充実しています。

淺野ご利用の傾向を見ていると、1日に2つのピークがあることが見えてきました。1つめは午後6時から8時までのお勤め帰りの方々で、もうひとつは午後1時から3時までのそれ以外の大人の方々。ここにもうひと山できたことが、うれしい想定外でした。
 
当館では食のコーナーひとつにしても、いわゆる"きょうの晩ごはん"的なものとは違いプロ向けの内容が多く、飲食店のオーナーさんが新メニューを考える参考にしていただけるようなイメージを抱いています。
趣味の本にしても「これはいい」と思った新刊や話題本を取り揃え、利用者さんたちが探している本に囲まれて「大人が大人らしくいられる空間」になりつつある。そう、実感しています。

書店ナビ確かに利用されている皆さん、飲食やおしゃべりが許されているにもかかわらず、目の前の本に夢中で、本の力を再確認できました。
 
さて、ここから先は淺野館長が約4万冊の蔵書の中から「思わずのけぞった!」というフルコース本の紹介をお願いします。

[本日のフルコース]
いま注目のスポット!札幌市図書・情報館の館長に聞く
「特に読書家ではないあなたにも見てほしい!
私が思わずのけぞった本」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

衛星画像で読み解く 日本の温泉82 北海道から九州までの天然温泉を探る

衛星画像で読み解く 日本の温泉82 北海道から九州までの天然温泉を探る
福田重雄  日本評論社
人工衛星や航空機から地表の画像を獲得して解析するリモートセンシングの教材として作られた「温泉本」。北海道から九州まで82の源泉地をNASAの資源探査衛星ランドサット画像で読み解く。

書店ナビこれは実際にページを見てみないと何を言っているかわからないと思うので、まず北海道の温泉から「支笏湖(しこつこ)温泉・恵庭岳(えにわだけ)・風不死岳(ふっぷしだけ)」のページをチラリと見てみますと…す、すごい!素人にはわけがわかりません(笑)。

支笏湖(しこつこ)温泉・恵庭岳(えにわだけ)・風不死岳(ふっぷしだけ) ランドサット画像

電磁場を使って地表温度などのデータを集め、色別の強調画像をキャプションで詳しく解説している。

淺野ですよね。当館でも「温泉」の二文字に惹かれた方が、この本を手に取って「えっ?」というお顔をされています(笑)。
 
私が思いもかけず図書館館長という現職をいただいて一番驚いていることは、この世の中には本当にいろんな本があるんだな、という厳然たる事実です。
なかでも「こういう本を出して商売が成り立つのか?いや、むしろ本だから成り立つのか…」というような本に出会うと、本の向こうにいる編集者にも思いを馳せたくなる。
「きっと、どうしても出したかったんだろうなあ」とか「よく社内で企画を通したなあ」なんて考えたりすると、それを実現した編集者の矜持にぐっときます。
 
というわけで本書もぐっとくる本のひとつです。一般的な温泉ガイド本とは天と地ほども違いますが、この一見無機質な画像を見て「ここが湯元かあ」「あれ、ここも掘削したら温泉が出るのかな?」と想像が膨らむ、この本にしかない楽しみ方が詰まっています。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

第13次業種別審査事典(第8巻)

第13次業種別審査事典(第8巻)
一般社団法人金融財政事情研究会  きんざい
全国の金融機関やシンクタンクたちが融資や経営アドバイスの際に読む業界本。業界動向や業務・商品知識のほか、最新のデータも満載。各業種の冒頭にある「審査の着眼点」を見ると、審査ポイントが一目でわかる。

書店ナビ初めて見ました!この8巻には「美容・化粧品・医薬・医療・福祉・商品小売・ペット分野」が掲載されており、巻ごとに掲載分野がまとまっています。
これも具体的にページを見てみますと…。

そば打ち教室 審査の着眼点

定年退職者が関心を持ちやすい「そば打ち教室」も掲載。「卒業生にそば店開業者がいる場合には、その成功度合いが授業内容の充実ぶりを表すことが多い」。納得。

淺野もし、そば打ち教室を開きたい人が資金の融資を銀行に頼みに行くと、向こうの担当者はこの辞典をもとに融資していいかどうかの質問をしてくるわけです。
つまり融資してほしい側はこの辞典を読めば、審査されるポイントが事前にわかる。作戦が立てられます。
他の業種を読んでいるだけでも融資交渉の生々しいドラマが想像できますし、目次を見ても「こんな商売があるんだなあ」と勉強になります。

書店ナビこういう辞典類を単巻で買うこと自体、あまりないですよね。読みたいけど買えない。そういうときに図書・情報館に行けば、知りたい情報だけが手に入ると。

淺野ええ、本書の値段も約2万円です。個人ではそう簡単に手を伸ばせないものを当館で読んで、必要な情報を手にしていただければ、と思います。
 
こう言うと、まるで図書館が本屋さんのお株を奪っているように聞こえるかもしれませんが、それは全くの誤解です。
先日当館で開かれたセミナーで紀伊國屋書店札幌本店の石堂聡店長から、当館に一番近い紀伊國屋書店オーロラ店さんの売上が当館の開館以降、下がるどころか上昇し、「従来はいなかったビジネスマン層も獲得できた」と聞いて、本当に嬉しかった。
だって、我々は立場は違っても、同じ「本」を扱っている仲間じゃないですか。
当館で調べ物をして「やっぱりこれは手元にあったほうがいい」と思う1冊を本屋さんで買ってもらう、図書館と書店の両者がwin-winの関係を築けつつあることが、私どもにとっても励みになっています。

[イベントレポート]図書館・書店・出版関係者が集結 一般社団法人北海道デジタル出版推進協会(HOPPA)セミナー 市内の出版社22団体が加盟する「HOPPA(ホッパ)」とは?

www.syoten-navi.com

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

cook

cook
坂口恭平  晶文社
建築家であり作家、音楽家の顔も持つ著者がうつ病治療のために始めた毎日の料理。本書はその写真付き料理日記であり、料理の根源に行き着くエッセイ「料理とは何か」も掲載。レシピはないが希望はある新しいタイプの料理本。

淺野この表紙を見てください。手触りのいい紙やシンプルなデザイン、素朴な装丁を見ていると、中味はきっと「ていねいな暮らし」を描いている本なんだろうなと思いますよね。
でも全然違うんです。各ページの料理を見ていくと、けっこうザツなんです(笑)。レシピも計っているわけじゃないし、器や盛り付け、写真の撮り方が美しいわけでもない。
 
でもご本人はうつ治療に始めた料理に、どれだけ必死だったかということが積み上がっていく雑な料理からとうとうと伝わってきて、最後は「すべての創造の源が料理」「三食作れば、うつが治る」の境地にまで達した流れが、とても自然に見えてきます。

書店ナビ味や栄養がどうという話ではなく、「これをつくって、食べて、生きた」という有無を言わさぬ説得力を感じますね。

淺野料理レシピが知りたいだけならスマホを見れば解決する話ですが、この本は明らかに違いますよね。 それってwebと本の違いのような気がして、前者は次々と情報が流れていき、流れていくそばから忘れたり、あとから都合良く編集することもできる。
 
でも本というものは、そんな流れ去る日常や時代性に「くさびを打つ」ように出すものなんじゃないかなと思うんです。
その作り手が打ったくさびに読者も同様に時間を止めて共感する。だから昔読んだ本をもう一度読み返すと「このとき、あんなことを考えていたなあ」なんていろんな記憶がよみがえってくるのかもしれません。

朝ごはんと昼ごはん(カレーライス)の写真

著者の坂口さんは他に『坂口恭平 躁鬱日記』も書いている。Twitterで携帯番号を明記し、死にたい人のための相談電話「いのっちの電話」を開設している。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

THE ROLLING STONES

THE ROLLING STONES
Reuel Golden  Taschen
2014年にドイツの出版社から出たローリング・ストーンズ50周年を記念した大判オフィシャル・フォトブック。522ページで、厚さ約7cm!版元のタッシェンのサイトで販売したサイン入りの限定版は約54万円だった。

書店ナビきました!さきほどから気になっていたヨコ35.6cm×タテ40.6cmの大判写真集。
大人の男性でも片手ではゼッタイ持てない!このサイズ感から来る迫力はやはり紙の本ならではですね。
しかも中に写っているオトコたちも迫力満点です。

淺野もうね、どのページもミックやキースたちのドヤ顔の連続です。しかも人気絶頂期の若い頃だけじゃなくて、60歳70歳になってもドヤ顔をキメているところがすごい。
こういう写真集を言葉で説明するのはヤボのような気がしますが、ひとつだけ言わせてもらうと、ロック史に残る名盤『ヤギの頭のスープ』(1973年発表、原題"Goats Head Soup")の印象的なジャケット、見たことがある方も多いと思います。

スマートフォンに写した山羊の頭のスープジャケット写真(ローリング・ストーンズ)

淺野館長がスマホで検索して見せてくれた。薄いヴェールに包まれたメンバーの顔だ。

淺野これね、実は別バージョンがあったんですよ!しかも「えーーーーこれーー?」とのけぞること請け合いの別カットが!
それを折り込みページで見ることができるのも、やはり紙の写真集ならでは。ページを開く喜びが倍増します。

書店ナビここではお見せしないので、気になる方はぜひとも札幌市図書・情報館に行って閲覧してみてください!(別カットを見た取材班も館長と一緒にのけぞりました)

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

全国きのこ新聞

全国きのこ新聞
プライアース
大分県大分市にある株式会社プライアースが毎月2回、第一・第三土曜に発行。郵便で発送。契約は6カ月7,500円(税込)または1年15,000円(税込)の2種。版元は、きのこに特化した健康食品も発売中。

淺野当館で閲覧できる雑誌は約600種類。新聞は全国紙のほか専門誌など約90種類を取り揃えています。
そのなかでも一番エッジが立っているのが、この「全国きのこ新聞」。ほぼ、しいたけの専門紙です。「どれだけ自由でおおらかなんだ、出版の世界」と気づかせてもらいました。
しいたけ、これから、くるかもしれません。ご注目を。

きのこ新聞紙面

紙面には「かんぶつマエストロ上級」(日本かんぶつ協会が認定)なる資格を持つ方のコラムも掲載。そんなマニアックな資格があることを教えてくれるのも専門紙の魅力。

ごちそうさまトーク 思い出す父の一言、「宿場町」のような図書館に

書店ナビ長らくIT分野を歩いてきた淺野館長が、図書館という新世界に入って感じたことは、何ですか。

淺野先ほどの「全国きのこ新聞」もそうですが、本の世界を見ていると、他の人はやらないようなことに妙に夢中になっている人がいっぱいいることがわかりました。
今回ご紹介した5冊はどれも、その意味で「そんなことやっているの?」と驚きと感動でのけぞるようなものばかり。
そういう本の作り手たちが打ったくさびを、読み手は自分なりの受け止め方で自分のものにしていく。それが読書の魅力だと思います。

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ 日経BP社

「もうひと皿」として持って来てくれた私物は『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)。「彼らは今スタンダードになっていることを40年以上前からやっている。私見では、西野亮廣さんはこの本を読んでいるんじゃないかなと思います」

書店ナビ最後に淺野館長の読書エピソードをひとつ教えてください。

淺野僕の父はすごく本を読む人で、家も本でいっぱいだったんです。僕が小さい頃は少年少女文学全集を買いそろえて、暗黙のプレッシャーをかけてきた(笑)。
でも、これから読む本を他人に決められるほどつまらないことはないわけで、当然反発しちゃうんですが、あるとき、父に聞いたんです。うちにある本はどれもちゃんと読んでいるのか、と。
そうしたら返ってきた言葉が「何を始めるにも、まず本なんだ」と。何か新しいことを始めるときの知識はすべて本から得る、本が行動起点になっているんだと言ったことを今も鮮明に覚えています。
 
そう考えると図書館も、何かを始めたいと思っている人たちに本が提供する情報と知識で自信をつけてもらって「さあ、行ってらっしゃい!」と送りだす場所でありたい。
江戸時代にさまざまな人と情報が交錯し、旅人たちが再び笑顔で次の目的地に向かう宿場町のような存在になれたらうれしいですね。

書店ナビ「はたらくをらくにする、課題解決型図書館」という新コンセプトで大人の好奇心を育んでくれる札幌市図書・情報館に通いたくなるフルコース、ごちそうさまでした!

札幌市図書・情報館

www.sapporo-community-plaza.jp

淺野隆夫(あさの・たかお)さん

東京生まれ、札幌育ち。IT関連の部署や札幌市電子図書館立ち上げを経て、2018年度から札幌市図書・情報館館長に就任。総務省の地域情報化アドバイザーも。

淺野隆夫さん「グレイトフル・デッドはアメリカ西海岸では「神」なんですが日本ではあまり人気がないんですよね」
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