5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.125 藤女子大学 人間生活学部 食物栄養学科 准教授 隈元 晴子さん
2016年に出版した共著『居場所のない子どもたちへ 「食」と「教育」で支える大学・地域・NPOの挑戦』を持って。
[本日のフルコース] 「麻生キッチンりあん」で子どもたちの食と学習を支援!隈元先生の「すべての命が愛おしくなる」フルコース
[2018.4.30]
書店ナビ | 今日は藤女子大学の花川キャンパスに来ています。人間生活学部の准教授隈元晴子先生は藤女子大学の卒業生。2017年には博士(医学)号も取得されました。 大学院進学は社会人になってから決められたとか? |
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隈元 | 実を言うと学生のときは栄養士の仕事にあまり関心をもてなかったんですが、社会人になってから周囲の方々が私の背中を押してくれました。 「栄養士の資格があるならそれを活かせる職場に」と言われて病院に勤め、病院では「これからの栄養士は修士を持っていないと」と言われ、大人しく大学院に通い、そこでも博士号取得を勧められて素直に従って現在に至ります(笑)。 |
書店ナビ | 隈元先生のご専門は栄養教育で、研究テーマは「地域におけるコミュニティカフェの役割と可能性に関する研究」と「ひとり親家庭および児童養護施設の子どもに対する学習および食生活支援に関する研究」。 札幌市北区にあるコミュニティカフェ「麻生キッチンりあん」は、隈元ゼミの学生さんが「商店街再生事業学生アイデアコンテスト」で準グランプリを受賞したことから誕生しました。 |
隈元 | 「麻生キッチンりあん」は、私も理事のメンバーであるNPO法人Kacotam(カコタム)と地元のあさぶ商店街の方々と協力して運営しています。 毎週金曜日には藤女子の学生グループ「藤麻人(とまんと)」が作る500円のワンコインランチを提供し、水曜と土曜にはひとり親家庭の子どもたちを対象に学習支援と食事提供をする「へるすたでぃ」を行っています。 子どもたちにも、彼らと接する学生ボランティアたちにも《居場所》をつくり、お互いのレスポンスによって成長しあう。そんな空間になっています。 |
NPO法人Kacotam(カコタム)の活動詳細は公式サイトでチェック!
[本日のフルコース] 「麻生キッチンりあん」で子どもたちの食と学習を支援!隈元先生の「すべての命が愛おしくなる」フルコース
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
A Child is Born ー赤ちゃんの誕生ー
レナルト・ニルソン あすなろ書房
生命の誕生は美しい! 受精してから誕生するまでのヒトの成長のようすを、内視鏡カメラを使って撮影。幻想的で神秘的な色彩で綴られた美しい写真集です。
書店ナビ | 1965年初版以来、改訂を重ねてきた世界的なロングセラーで、2016年にとうとう最終版となる第五版が発売されたとか。 これを見ちゃうと「ヒトってすごい!」としか思えなくなりますね。 |
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隈元 | このフルコースを考えたとき、真っ先に思いついたのがこの本と《魚料理本》です。 初めてページを開いたとき、最後まで無言で見入ってしまいました。生命が生まれ、育っていく過程を解説する文章も含め、「いのち」がどれほど尊く、強いものであるかを伝えてくれます。 この写真集を妊婦さんに見てもらって、ご自分と赤ちゃんの栄養の大切さを知ってもらう場面とかもつくってみたら面白いかもしれません。 |
受精3~4日後の受精卵。はるか遠い銀河の星のようにも見える。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
ロボット(R.U.R.)
カレル・チャペック 岩波書店
人工の生命を介して「生命」を考える1冊。人間に作られたロボットたちは生命を持たないため、死ぬことを恐れない。人間はロボットに労働を任せ、仕事だけでなく子どもを産むこともやめてしまい、やがて滅んでしまう……。
書店ナビ | 著者のカレル・チャペックはチェコの作家、劇作家。戯曲である本書と小説の『山椒魚戦争』はSFの古典的名作と言われています。 |
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隈元 | 生きていると「やりたくないこと」ってたくさんあります。そういう仕事をするために、生命はなくとも魂を与えられたロボットたちに次第に芽生える情動や行動の変化を通じて、生命とは何かを考えさせられます。 あと、人間って働かないとダメだなと実感しました。 |
書店ナビ | 戯曲形式は読みづらくありませんでしたか? |
隈元 | 会話のやりとりとト書きだけで成り立つ戯曲は小説のように気持ちや背景の説明がないので、登場人物はせりふをどう受け止めたかを次の行動で示すしかない。 でもこれって私たちの日常生活そのものですよね。そう思うと親近感を持って読むことができました。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
シナプスが人格をつくる 脳細胞から自己の総体へ
ジョゼフ・ルドゥー みすず書房
「私たち」は何から作られているのか? 私たちの身体(肉体)は「これまでに食べたもの」が材料となっていますが、私たち(人格)は「これまでに何を経験してきたか」が材料となり、脳内のシナプスの接続が変化し続けた結果であることがこの本を読むとわかります。
書店ナビ | 著者はアメリカの神経学者であり心理学者。神経細胞であるニューロンとニューロンをつなぐシナプスが人格をつくると唱えています。 |
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隈元 | ざっくりと要約すると、私たちが生まれたときは無数にあるシナプスがさまざまな体験とともに刈り込まれ、整理されていく。使わない回路は弱く、使う回路はより強固に変化していくという学説です。 |
書店ナビ | よく"楽しい思い出よりイヤな思い出のほうが鮮明に憶えている"というのも、そういうことでしょうか。 |
隈元 | ええ、それもヒトが持つ防衛本能のひとつかもしれませんね。かなり専門的な内容ですが、この手の本には珍しく一つひとつの文章が美しく、流れるように読み進めることができるのも魅力。いつか原書にもチャレンジしてみたいです。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
世界の学者が語る「愛」
レオ・ボルマンス 西村書店
愛は、生命を生み出す「もと」。「人はなぜ、どんなふうに愛し合うのか」というテーマについて、さまざまな専門分野の研究者によって科学的に解き明かされます。
書店ナビ | 世界にはさまざまな専門分野の研究者がいますが、「愛」でも「男女の愛」「親子の愛」「自己愛」などさらに細分化された研究が行われていたんですね。 |
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目次を開いて、気になるところから読み始められる気軽さもいい。
隈元 | 104人の科学者がそれぞれ「愛」の一側面を映し出していますが、「愛」の全体像は誰も知りえることができないという限界に気づかされ、人が誰かを愛すること、愛し合うことの不可解さ、神秘さについて納得させられます。 |
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書店ナビ | 隈元先生が特に気になった研究は? |
隈元 | 17番目の「与えることは、成長と歓びをもたらす」は、なるほどと思わされました。ボランティアもそうですが、人に何かをするということは相手が喜んでくれるのと同じくらい、自分の幸福感が高まると、この研究者は述べていますす。 学生ボランティアを見ていると、自分にも何かができたという肯定感や自信がわいてくるようすがよくわかります。 |
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
抱きしめられたい。 糸井重里 ほぼ日
糸井重里さんのエッセイ集。日常生活に浮かんでは消える私たちの思考と同じようなテンポで「想い」がゆったりと語られ、「生きるってこういうことだよな」と、何でもない幸せを感じさせてくれます。
隈元 | 研究者は専門書ばかり読んでいるようなイメージがあると思いますが、最近エッセイの良さもわかるようになってきました。 私たちは日々何かを見たり聞いたりするたびに何かを考えますが、それらは意味のあることもあれば、遊びごころだけのものもある。 そういう著者の想いが綴られているエッセイを読んで「こいう見方もあるんだ」と共感できれば、その考えを自分の中に取り込んでいく手助けになります。 あと、この企画が本のフルコースなので最後の《デザート本》は、もうお酒がまわっていても気軽に読めるようなやさしい本にしました(笑)。 |
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隈元先生が「装丁買いした」という表紙写真の正体はこちら!
ごちそうさまトーク 幅広い読書フィールドにはコミックも!
書店ナビ | 以前フルコースを作っていただいた藤女子大学の船木幸弘先生が「本学の教員きっての読書家なのでは」と推薦してくれた隈元先生。 「いのち」をテーマに写真集、シナリオ、学術的な専門書、読みやすい評論、そしてエッセイとさまざまなジャンルから選んでくれました。 その広い読書フィールドにコミックは入っていますか? |
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隈元 | 読みます、読みます。タブレットでも読んだりします。一番好きなマンガは小学生のときに買ってもらった『学習まんが 日本の歴史』全20巻。~全20巻。子どもの頃は特に源平の戦いに惹きこまれ、まんが以外にも鎌倉幕府の隆盛を描いた「吾妻鏡」が大好きです。 これを読むと、思いやりって大事だなって思います(笑) |
書店ナビ | 隈元先生のお話をうかがっていると、読書から何かを吸収できるやわらかさがあれば、どんな本も楽しめそうでワクワクしてきます。 「麻生キッチンりあん」にも行ってみたくなる「すべての命が愛おしくなる」フルコース、ごちそうさまでした! |
●隈元晴子(くまもと・はるこ)さん
函館市出身。北海道大学大学院医学研究科神経薬理学博士課程修了。札幌市内病院の管理栄養士などを経て2011年4月より現職。昨年からネコのそらちゃん(2歳)を家族に迎え、毎日「楽しいたたかい」の真っ最中。