Vol.214 AOAO SAPPORO 書籍ディレクター 浦上 宥海さん
札幌・狸小路にある都市型水族館「AOAO SAPPORO」館内に2024年7月2日に誕生した「WONDER BOOKS」を担当する浦上宥海さん。来場者に「水槽を読む」体験を提供する。
[本日のフルコース]
2024年7月、水族館の中に本屋さんができました!
AOAO SAPPORO書籍ディレクターの浦上宥海さんが愛を注ぐ
「知と生物と愛のワンダーがいっぱい!」のフルコース
[2024.7.29]
書店ナビ:2024年7月20日に開館2周年を迎えた都市型水族館「AOAO SAPPORO」の中に本屋さんができたのをご存知でしょうか。
「生命のワンダー みえないものがみえてくる」をテーマとする同館の想いを本という形に変えて来館者に差し出す、その名も「WONDER BOOKS」です。
AOAO SAPPOROの書籍ディレクターで、同店を担当されている浦上宥海(うらかみ・うみ)さんに「本のフルコース」づくりをお願いしました。
狸小路3丁目に建つ「moyuk SAPPORO(モユク サッポロ)」の4~6階を使って展開される「AOAO SAPPORO」。5階のネイチャーアクアリウム(3番目の画像)では海の生命が織りなす"侘び寂びの世界"に引き込まれる。
書店ナビ:名古屋生まれの浦上さん、以前は東京・四谷の株式会社週刊つりニュースの社屋1階にある魚専門書店「SAKANA BOOKS」を立ち上げたという、生粋の魚&本LOVERです。
「宥海(うみ)」さんとは、素敵なお名前ですね。
浦上:海と釣りが好きな父がつけてくれました。子どもの頃から父が釣りをしているのを見ながら無言の時間というか、余白みたいなものを親子で共有していたような気がします。
高校時代は学校にいるよりも映画館にいるか、水族館にいるか、古本屋にいるか。この3つをローテーションしている奔放な学生でした。
このうちのどれかが進路になったらいいなと思い、大学は日本大学芸術学部の映画学科に。在学中からバーテンダーのアルバイトをしていたので2020年に大学を卒業した後もそのままバーテンダーを続けていました。
書店ナビ:AOAO SAPPOROとのご縁ができる前は、北海道にいらしたことはあったんですか?
浦上:はい。中学のときからずっと水族館が大好きで、全国の水族館や水辺を訪ねては地元の本屋さんに寄って、地元の食堂で魚を食べて…みたいなことを続けていたんです。
その流れで2021年に知床旅行に行ったときに清里町にも立ち寄って、ちょうど夏の終わりがけに「さくらの滝」でサクラマスが滝登りをしているところを目撃しました。
あの光景を見てしまったあとはもう「今、"魚"を仕事にしないと、きっと後悔する」と思い、東京に戻ってすぐにindeedの検索ワードに「魚 本」と入力したら、たまたま開業間近だったSAKANA BOOKSの店長募集がヒットしたんです。「これ、わたしじゃん!」って思いました。
書店ナビ:運命的なマッチングですね!失礼ながら、それまで書店員の経験はなかったんですよね。
浦上:おそらく書店の経験というよりは、新しいことを動かせる力やエネルギッシュさみたいなものが求められていたのかなと感じました。あとは父がつけてくれた名前のおかげです。
その後2023年の4月に知り合いの知り合いから「札幌に水族館ができる。本を使った展示を考えているらしい」という話を聞き、AOAO SAPPORO館長の山内將生さんやアートディレクターの堀川綾子さんを紹介してもらいました。
詳しい話を聞くオンラインミーティングで「どんな本を置きたいですか?」と尋ねたら、山内さんが「ここは緑が青々と茂っているとか、今日はとっても天気がいいとか、この食べ物がサクサクしていて美味しいとか、そういうことを共有できるようなライブラリーを作りたい。そういう感覚の延長で生物の魅力を伝えていきたい」というようなことをおっしゃって。
それを聞いた瞬間に「山内さんと仕事がしたい!」と思い、AOAO SAPPOROのために半年後には移住していました。今日は館内にも置いてある私の大好きな5冊をご紹介します!
「もさもさ」や「ぺったんこ」など魚ごとに連想されるオノマトペが観察のガイドになるになるAOAO SAPPORO。5階のライブラリーアクアリウムでは水槽の隣に浦上さんがセレクトした本が置いてあり、自由に閲覧できる。
「にょろにょろ」のコーナーにはご存知、チンアナゴが。チンアナゴを一躍人気ものにした元すみだ水族館の立役者が現AOAO SAPPORO館長の山内さんだ。
[本日のフルコース]
2024年7月、水族館の中に本屋さんができました!
AOAO SAPPORO書籍ディレクターの浦上宥海さんが愛を注ぐ
「知と生物と愛のワンダーがいっぱい!」のフルコース
前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書
- 萩原朔太郎詩集
萩原朔太郎 岩波書店 - 中学3年生のころ「死なない蛸」に出合った日から私の人生は水族館とともにあります。以来、水族館の沼にハマり、これまで約100カ所の水族館を訪れました。水族館という場所の魔力に気づかせてくれた散文であり、詩歌を味わい、自分の気持ちに向き合う「余白」の大切さを学生のうちに教えてくれた作品でもあります。私の一番会いたいひと、萩原朔太郎。
書店ナビ:代表作『月に吠える』『青猫』などで日本の詩壇に口語自由詩の地平を開いた群馬県前橋市出身の詩人・萩原朔太郎。「散文詩」抄の中に「死なない蛸」が収録されています(岩波文庫版p.455)。
浦上:古本屋で手に取りました。中学生の私にはちょっと難しいところもありましたが、言葉の音を目で追っているだけでもすごく心地よくて、生き物が出てくるところだけ拾って読んでいました。
私は昔から「動物が好き」という気持ちと並行して「食べる」「食べられる」ことにもすごく興味がありまして。
「死なない蛸」を読むと、人間と生き物を区別していない感じがして、しかも水族館という場所がすごく特別なものに感じられた。私の始まりの一冊です。
物語と違って詩歌は文章の「余白」が読む人に委ねられている。そういう文章との向き合い方や、わからないものはわからないままに味わうこともこの詩集から教わった気がしています。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- 東大夢教授
遠藤秀紀 リトル・モア - 遺体科学研究者の遠藤先生が東京大学の学生とともに動物の遺体に臨む様子が描かれており、学生たちにかける強く温かい言葉や遺体に向き合う真摯な姿勢、すべてから愛を感じます。拝金主義には立ち向かい学問にまっすぐ突き進む姿が、読んだ当時本屋見習いだった私を何度も励ましました。
書店ナビ:著者の遠藤教授は東京大学総合研究博物館で遺体科学研究室を率いておられます。 どんなことをしているのか、同研究室のサイトがわかりやすいので一部引用します。
「私たちは大量に遺体を収集し、遺体に謎を問い、遺体から新しい真実を発見します。そして、遺体を標本として未来へ引継ぎ、人類の知に貢献します。解剖学の範疇を超えて、ここに、新しい学問体系として「遺体科学」の始まりを宣言します」
浦上:生物の遺体を無駄にしない先生がいると初めて知ったとき、まるで恋に落ちたような感覚でした。遠藤先生のご本はほとんど読んでいますが、その中でもこの本はエッセイなのでどなたでも入りやすいと思います。
税務署の前で事故に遭ったであろうネコの遺体がそこの門に挟まっていた話も載っていて、遠藤先生はその遺体を丁寧に集めるんです。
生物のからだを生と死で区別しない遠藤先生は365日24時間、どんな姿であっても彼らを迎える準備ができている。私の生物に対する思いは遠藤先生の影響を強く受けています。
企業依頼があっても納得できない依頼はすぐに帰すし、思ったことはめちゃめちゃストレートに言う。ご自分の正義感に忠実で、一本筋が通っている先生の姿に「私もそうであろう」と強く思います。
東京都美術館で先生のトークイベントがあり、トーク後に「この本を何回も読んで、そのおかげで本屋を続けられました」とお礼を伝えたら、微笑みながら、しっかりと受け止めてくださいました。
こんなにすごい先生なのにとても丁寧な方で、ちいさなちいさな神様に会ったような気がしました。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- 新装版 世界大博物図鑑 魚類
荒俣宏 平凡社 - 浦上さんが持っている本書は2014年に出版された平凡社100周年を記念した新装版。現在は2021年版のソフトカバー『普及版 世界大博物図鑑 2 魚類』も発売中。電子書籍にもなっています。(本書解説:北海道書店ナビ)
浦上:魚類が人類の知識に組み込まれるきっかけとなったのは「食われたこと」にある、と荒俣先生は話します。
夕食にサバの煮つけが出たとしましょう。食べ終えたら、この図鑑の索引で「サバ」のページを探します。327ページです。
今さっき咀嚼し、嚥下し、胃の中に収めた食糧としての魚。「サバ」と私たち日本人が呼ぶ生物には一体どのような歴史があるのでしょうか?外国人は何と呼ぶのでしょうか?その由来は?この水界にすむ生物が人類との関わりの中でどのような存在だったのか、すべて知りたい。
荒俣先生はその欲を満たし、無知を知らせて知的好奇心を掻き立て、水辺へと読者を誘います。
収録されている魚類図譜のなかには現実離れした、突拍子もない色づかいの魚もたくさん収められていて、妖怪の類かと見間違えてもおかしくない、そんな表情をしています。
はじめてその魚と対面した古代人たちが、得体の知れないものへの恐怖や好奇心を描き残し、今日現代人が興味津々でこの図鑑を読みふける。この状況も含めて最高におもしろい図鑑です。
書店ナビ:AOAO SAPPORO5階の「ライブラリーアクアリウム」には各水槽の横や書棚に関連本が置いてありますが、本書のように個人ではそう簡単に買えない図鑑・辞書系が豊富に並んでいるのがすばらしいなと感じました。
洋書の図鑑も並ぶライブラリーアクアリウムはさぞ仕入れ甲斐があったのでは?という質問に「めちゃめちゃ楽しかったです!」とニッコリ。
新装版の表紙にもなっている紅色の「カエルアンコウ」は、浦上さんが一番好きな魚なのだとか。
浦上:「SAKANA BOOKS」時代に新装版の表紙がカエルアンコウなのは絶対、荒俣先生もカエルアンコウがお好きだからだと思い、平凡社に問い合わせたこともあります(笑)。
その後ある仕事で荒俣先生にお会いしたときに直接「カエルアンコウ、好きです」と聞くことができ、この図鑑を抱き抱えながらふたりでカエルアンコウの話ができたことは一生の思い出です。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- 大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件
カーク・ウォレス・ジョンソン著/矢野真千子翻訳 化学同人 - 胸騒ぎのする読書がしたいならこちらを。大英自然史博物館から約300点の鳥の標本が盗まれる。犯人が博物館に侵入する様子、心情、盗まねばならない理由、ミュージアムと社会が抱える問題。この一件からミュージアムや生物を取り巻く様々な問題があらわになっていきます。
浦上:冒頭は博物館から実際に犯人が鳥の標本を盗む描写から始まっていて、まるで自分自身が盗み出す張本人になったかと感じるほどでした。
そのあとも犯行の動機になったフライフィッシングの世界や、そもそも貴重な鳥を生息地から採集して博物館に標本を販売するナチュラリストの試練、盗品だとわかりつつそれを売買するマーケットの思惑、事件発覚後の裁判の過程などなど、いろいろな事実がものすごい疾走感で積み重ねられていきます。
380ページ近くの大著ですが、どの章も「こんなウソみたいな話が本当に?」と止まらなくなって一気読みし、最後のページを閉じてひと息ついたときに「…待って。これ、ルポルタージュだから全部本当のことだ!」と思い至って、鳥肌が立つ。
本ってこんなにスピード感を出せるんだと驚いた、はじめての読書体験でした。
書店ナビ:本書にも登場しますが、よく映画に出てくる「サッカー中継を見ていて侵入者に気づかない警備員」が本当にいるんだと驚きました。
浦上:今ミュージアムで働いている身としては、同じ標本収集でも《スープ本》の遠藤先生みたいな方ばかりではないという事実も突きつけられましたし、収蔵品がたくさん集まっているがゆえに見落としがちな博物館の警備や管理体制の課題も勉強になりました。
ぐいぐいと進んでいく物語を誰の立場で読み進めるかでも、感じ方が大きく変わります。がっつりこってり、ミュージアムのリアルを知る一冊です。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
- Act of Love愛は、行動するもの
上田恵介・小宮輝之・大渕希郷監修/Act of Loveプロジェクト編集 Human Reserch - あの相模ゴムが出した動物の求愛ばかりを集めた世界で唯一の求愛図鑑。そもそも「求愛」って何でしょう。愛を求めてはいけないのではないか…?と現代人の私はたびたび思ってしまうのですが、動物たちにそんな躊躇いはほんの欠片もないようです。愛は、行動するもの。ただただまっすぐに命をつなぐ、彼らの生き様に人間は学ぶことがたくさんあります。現代人を動物にかえす本です。
書店ナビ:コンドームメーカーの相模ゴム工業株式会社が取り組んだオリジナルキャンペーン「Act of Love 愛は、行動するもの」から生まれた求愛図鑑。WEBでも一部を見ることができます。まさに生き物のワンダーに彩られた一冊ですね。
浦上:この図鑑を見ていると「人間ってまだまだだな」と思います。
世界中を冒険して求愛を撮ってきた写真家やBBCなどから提供された貴重な画像に、「心も体もあなたの奴隷」(オニアンコウ)とか「相手に合わせて性転換」(クマノミ)といったドラマチックな解説が付いている。
そう思うと、この大冒険といのちの営みが8000円台で手に入っていいのかという気持ちです。
オリジナルの可動式書棚で構成される「島」ごとにテーマが異なるWONDER BOOKS。
「人間も生き物である」というメッセージと共に、本書を軸に構成された「求愛の島」。
ごちそうさまトーク AOAO SAPPOROの思い出を持ち帰ってもらいたい
書店ナビ:WONDER BOOKSは「ハタタテハゼ」や「ペンギン」など島に生き物の名前がついているんですね。
さらに「ハタタテハゼの島」なら「はたはた」「シュパッ」「めらめら」などのオノマトペ・キーワードも添えられている。
浦上:WONDER BOOKSを始めるとき、「生き物が暮らしている水族館だから作れる本棚があるな」と思いました。名前や生息地を暗記して帰るような観察体験ではなく、本とともに、見たままの生物たちの姿とちょっとした感動や発見を心にとどめていただきたいです。
館内には生物たちがいますので、水槽の前でなぜこれらのオノマトペが選ばれたのか一緒に考えてみてくださいね!(編注:ハタタテハゼの実物画像は一番下に掲載されています)
「もしゃもしゃ」「ふらふら」からウミシダへの想像が膨らんでいく。
一般書店では見られない別タイトルの本を積み重ねたレイアウトは「自然の中で岩をどかしたり枝をかき分けたりして、探し物を見つけるイメージです」
グッズも豊富に取り揃えているペンギンたちはAOAO SAPPOROの人気者。
6階のペンギンコーナー。「ナナエ」「ピップ」など一羽一羽に北海道のまちの名前がついているキタイワトペンギンや世界最小のフェアリーペンギンに会える。
都心のビルの中でペンギンが悠々と泳ぎ、その周りにはおしゃべりやカフェメニューを楽しみながら思い思いの時間を過ごすヒトがいる。
2024年4月7日に生まれたフェアリーペンギンのヒナ「ラムネ」。愛称を募集し、応募総数5,799件の中から決定した。
書店ナビ:どのフロアも大変フォトジェニックですし、スタッフが働いている姿もその光景に溶け込んでいる。AOAO SAPPOROにいると「渾然一体」という言葉が浮かんできます。
浦上:生物チームのスタッフがWONDER BOOKSを担当している日もあったりして、みんなの愛が詰まった空間です。
私からは、本を通じてみなさんの「なぜ?」を引き出したり、その日の思い出を連れ帰ってもらえたらうれしいです。
2023年10月から札幌暮らしが始まった浦上さん。フリーランスで活動しながら「ここに来ると幸せになれます」とAOAO SAPPOROライフを全身で満喫中。これからやってみたいことは?「200個くらいあります(笑)。そのうちの一つが、自然の中でちいさな本屋さんをやってみたい!山の山頂とか、森の奥地とか、海の上とか、湖のボートでとか」
書店ナビ:札幌に久しぶりに誕生した本屋さんは水族館の中にありました。「読む」と「生きる」のつながりを改めて考えたくなる浦上さんのフルコース、ごちそうさまでした!
浦上 宥海さん(うらかみ・うみ)さん
名古屋市生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒。スパイスや発酵に興味を持ち、在学中に始めたバーテンダーを卒業後も継続。全国各地の水族館や水辺を訪れる中で2021年に北海道清里町でサクラマスの滝越えを目撃。衝撃のあまり「今、魚を仕事にしなければ後悔する」と感じ、東京都四谷三丁目にできた魚専門書店「SAKANA BOOKS」の店長に。2023年春、「AOAO SAPPORO」開業の話を紹介され、前職を辞して同館の書籍ディレクターへ。現在はフリーランスで個人や企業から依頼された選書や企画等も手がける。