おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第378回 Maltheads 店主 坂巻 紀久雄さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。

おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。

好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.127 Maltheads 店主 坂巻 紀久雄さん

2018年7月7日・8日にさっぽろばんけいスキー場で開かれる「サッポロクラフトビアフォレスト」の運営メンバーでもある坂巻さん

[本日のフルコース]
麦酒(むぎしゅ)でノドをうるおし知も磨く
坂巻SPECIAL!「この麦酒本に、この一杯」フルコース

[2018.6.4]

書店ナビ 札幌のビール&ウイスキーの専門店「Maltheads(モルトヘッズ)」といえば、札幌にいながらにして各地のクラフトビールが飲みたいビール党やウイスキー談義に花を咲かせたい強者たちが集まる人気店。
そのカウンターに立ち、深い知識と豊富な経験でトークを盛り上げているのがご店主の坂巻紀久雄さんです。
2013年、14年には「合格率5%」といわれる日本ビール検定1級に2年連続合格! 当時、この2年連続合格者は全国にたったの2名という驚愕の事実からも、その博識ぶりがわかるというもの。
北海道のビール生産者からも信頼を集め、生産者と飲み手を正しい情報でつなぐ橋渡し役を務めています。

フルコースのテーマは「麦酒(むぎしゅ)」。ビールだけではない、ということですね?
坂巻 ええ、モルト(麦芽)を使った蒸留酒であるウイスキーも含めて「麦酒」です。うちは両方の専門店ですから、その魅力をたっぷりとご紹介できるように本ともうひとつ、「あわせて飲みたいお酒」もご紹介しています。
書店ナビ それはすごい!マッチングの理由をうかがうのも楽しみです!
 

[本日のフルコース]
麦酒(むぎしゅ)でノドをうるおし知も磨く
坂巻SPECIAL!「この麦酒本に、この一杯」フルコース

[2018.6.4]

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

もやしもん 第8巻
石川雅之  講談社

一世を風靡した菌(発酵)マンガの第8巻は「ビール編」。当時働いていたビール店で講読していた「イブニング」をリアルタイムで読んでいました。冒頭の「ビールとはなにか」の説明が正確かつ明解で、我々にとっては副読本のようなもの。切り取って同僚に読むように勧めたほどです。


書店ナビ 今ではコンビニでも並んでいるクラフトビール。大手メーカーも出していますが、クラフトビールの明解な定義はあるんでしょうか。
坂巻 本場のアメリカでは「small, independent and traditional」といった定義がありますが、日本国内はそこまで厳密ではないですね。
1994年に酒税法が改正され、年間の最低生産量が60kl以上という小さいロットでもビールづくりが許されるようになったのが、日本のクラフトビールの始まりです。
書店ナビ 8巻のクライマックス「農大版オクトーバーフェスト」の場面、作者が実在するメーカーのロゴや商品ラベルを登場させようと誌面で募集したところ、全29社が集まったとか。北海道では帯広ビールが出ています。
坂巻 自分も、当時から知り合いだった江別市の「ノースアイランドビール」を推薦すればよかった! 北海道きっての実力派ブルワリーを誌面に残せたかもしれないのに。そう思うと応募しそこなったのを今も悔やんでいます。

実際の誌面では新潟の「エチゴビール」や名古屋の「金しゃちビール」が登場する。

坂巻 ラストの「ビールはね、笑顔が一番似合う飲み物なんだよ」というフレーズは、今も全国のブルワリーやビアバーで使われています。この巻を読んで感激してこの業界に、という人も少なくありません。
クラフトビール人気に拍車をかけたビール史に残る一冊です。

《この本に、この一杯》

ノースアイランドビール ピルスナー

というわけで、おわびも兼ねてこちらを。丁寧なつくりでクリーンな味わい。フルコースの一杯目に最適なおいしさです。

 

 

 

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ビールの世界史こぼれ話
端田晶  ジョルダン

日本ビール界で「碩学」といえば、この端田晶(はしだ・あきら)さん。サッポロビールのご出身で、日本ビール検定の顧問も務めておられます。落語がお好きで、本書の語り口もまさに軽妙。「こぼれ話」どころか、一滴もこぼすことができない圧倒的な情報量の《スープ本》です。


坂巻 以前、どうして日本では昔から一定の割合で黒ビールがつくられてきたのかが知りたくなって自分なりに調べたことがあるんです。
そうすると日本初の黒ビールは明治23年に札幌麦酒が出した「札幌エアランゲア」だということがわかりました。当時の醸造長だったドイツ人、マックス・ポールマンの出身地「エアランゲン」にちなんだ命名だそうです。

そこまではわかったのですが、どうして黒ビールにその名前を付けたのか?は謎のまま。
その後、端田さんにお会いした時にその話をしたところ、「他に記録がなく、現状ではそこまでが限界なんだ」と言われました。
端田さんがそこまでおっしゃるのならば、そこから先は現地に行って郷土史を研究しなければならないレベルの話なんだと思いいたり、きっぱり調査終了です(笑)。
書店ナビ 本書によると、クラフトビールの代表格、香りと苦みが強いインディアペールエール(IPA)は1827年に難破船から回収された輸出専用IPAがイギリスのリヴァプールで競売にかけられ、それが予想外においしかったことで一躍世に広まったとか。
面白くて誰かに言いたくなる話ばかり。ちょっとずつ読んでいっても楽しく学べそうです。

端田さんの激励メッセージが見守るMaltheadsの常連には日本ビール検定受験者も多い。試験前には勉強会が開かれることも。

《この本に、この一杯》

フィッシュテイル ホジソンズ ビターズエンドIPA

このラベルがまさに難破船から脱出した水夫がIPAをやけくそで飲んでる図。遊び心がいいですよね。「ホジソン」とはIPAの原型となるビールを初めて造ったといわれる人名。名前も歴史を踏まえています。

 

 

 

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

ビア・コンパニオン 日本語版
マイケル ジャクソン  日本地ビール協会
ビールとウイスキーの世界で「MJ」といえば、「踊らないマイケル・ジャクソン」のこと。イギリス人の酒ライターです。本書は彼の持てる知識をすべて体系立てて綴ったビール全書の決定版。1997年の本ですが今も内容がまったく古びていないことに驚かされます。


書店ナビ 業界では"ビア・ハンター"とも呼ばれる「踊らないマイケル・ジャクソン」。坂巻さんはご本人に会ったことがおありだとか。
坂巻 2005年に札幌の麦酒停にお忍びで来ることを教えてもらい(笑)、この本を持って行ってサインをいただきました。
このときはウイスキーの仕事で日本に来たそうで、「久々にうまいビールを飲むとホッとするよ」とおっしゃっていたのが印象的でした。

左がそのサイン本。右の《魚料理本》にもサインが。「『ビア・コンパニオン』は訳者である日本地ビール協会会長(当時)の小田良司さんからもサインをいただきました」

坂巻 この業界でMJの影響を受けていない人間は世界レベルでいないと思う。今もわからないことがあると、まずこの本を開きます。この本が頭に入っていれば、当店でお出ししているほぼ全てのビールを取り扱うことができます。

《この本に、この一杯》

アサヒスタウト

MJは日本の黒ビールにも着目し、誌面を割いています。「ドライスタウトというよりはジャパニーズインペリアルというべきか?」という鋭い指摘も。

 

 

 

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

モルトウィスキー大全
土屋守  小学館

日本のウイスキー評論の第一人者にして、ウイスキー文化研究所代表の土屋さん初の大著。私がウイスキーを勉強するきっかけになった本です。注目すべきは巻末の「モルトマスターのための練習問題集」。解答がどこにも載っていないんです。


書店ナビ 解答が載っていないということは、答えが知りたいひとはひたすら勉強せよ、ということですよね。
坂巻 ひたすら勉強しました(笑)。これ、当時自分でつくった解答集です。

本に挟んであった坂巻さん作の解答集!空白も散見するが9割がた埋まっている。

書店ナビ坂巻さんのように、著者からの"挑戦状"を正面きって受け取ってくれる読者がいてくれて、土屋さんも問題集を執筆した甲斐があったんじゃないでしょうか。
坂巻 とにかく全問解きたくて本書をすみずみまで読んだおかげで、いまも通じるシングルモルトの知識が身に付きました。本書は改訂を重ねていますが、2訂目からは問題集が載らなくなりました。土屋さんが2015年に「ウイスキー検定」を立ち上げたとき、この本を書いた1995年ごろからその構想があったんだな、と直観的に感じました。
問題を解いていたのが1997年ごろ。さらにもっとウイスキーのことを知りたくて資格を探していたら、同じ《麦酒(むぎしゅ)》つながりで「ビアテイスター」という資格を知り、そこからビールにハマります。ぼくは、ビールよりウイスキーが先なんです。

ウイスキー検定2級と、ビアテイスターはコンペの審査ができる「ジャッジクラス」を取得している。

《この本に、この一杯》

ブナハーブン

1999年にアイラ島に行き、特製ポアラー付きブナハーブンを買ってきました。ノンピートでも力強い、"真のアイラ好き"におすすめです。 実は僕と妻が行った同じ年の5か月前に、村上春樹がアイラ島に行っていたそうです。その紀行エッセイ『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』が出たとき、書いてあることすべてにうなずけて「この本を出してくれてありがとう!」という気持ちになりました。

 
 
 

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

ウイスキーと私
竹鶴政孝  NHK出版

食後酒はやっぱりウイスキー。2014年の連続テレビ小説「マッサン」でおなじみ、ニッカウヰスキー創業者、竹鶴政孝の晩年の自伝です。"リアルマッサン"はドラマほどダメ男ではなく、大変豪気かつ緻密な人物です。ドラマで描かれていなかった面白エピソードをぜひ、本で。


書店ナビ 朝ドラ初の外国人ヒロイン、シャーロットさんの熱演もあり、日本中があの夫婦に恋をしましたね。
坂巻 ぼくらの仲間内では前から「竹鶴さんの一生は2時間ドラマになってもおかしくない」と話していました。もちろんオンエアーも全部見ています。
本書を読むと、スコットランドの地酒だったスコッチ・ウイスキーがなぜ極東の島国に突如誕生したのか。これほどの大人物がいなければ、ありえない出来事だったのだと痛感させられます。

これ、わかりますか? 若き竹鶴政孝が本場スコットランドでの研修成果をまとめた報告書、通称「竹鶴ノート」のレプリカです。《肉料理本》の土屋さんが2004年に企画した余市蒸留所ツアーに参加したときに参加者全員がいただきました。
このノートをもとに「山崎」「余市」「宮城峡」の3つの蒸留所ができます。ノートの原本は竹鶴の摂津酒造時代の上司であった岩井喜一郎が保管し、それを基に山梨で造られた蒸留所が「マルスウイスキー」となります。
竹鶴ノートは、日本のウイスキーの「聖書」なのです。

一時、原本は紛失されていましたが、マルスウイスキーの本坊酒造で「発見」され、「これはニッカさんのものだから」と返されました。
今、本物の竹鶴ノートはニッカの金庫に厳重に保管されているそうです。

"リアルマッサン"の字の美しいこと!現地で見聞きしたこと全てを持って帰ろうとする気概に満ちている。

《この本に、この一杯》

白州

ここで「なぜ白州なのか?」と思いますよね(笑)。ニッカ、サントリーの4つの蒸留所の中で、ここだけが竹鶴の息がかかっていないところ。スコットランド風の原酒を強く求めたニッカ。日本人の嗜好性に沿ったサントリー。両者の大きな違いがこのウイスキーに強く現れているのです。

 

 

 

ごちそうさまトーク 正しい知識が最高の一杯を運んでくる

書店ナビ お話をうかがっていると、お酒について勉強したくなってきました。もちろん片手にグラスを持ちながら(笑)。
正しい知識がおいしいお酒との出会いを広げてくれそうですね。
坂巻 そうなんです。ビールも第三のビールも発泡酒も単に法制上の区分けが異なるだけで「発泡酒だからまずい」わけでも「クラフトビールだから口にあわない」わけでもないんです。
ぼくにとっては全部が「ビール」。みんなでおいしいビールを飲みませんか、という話なんです。
正しい知識があれば、飲むときにどこに集中して味わえばいいのかわかるようになりますし、間違った思いこみでおいしい銘柄を飲み損ねることもない。
日本ビール検定の入門、3級でも結構です。まずはそこから挑戦してみませんか?

このMORIくんがメインキャラクター、サッポロクラフトビアフォレスト2018のチケットも店頭で好評販売中!

サッポロクラフトビアフォレスト2018

「北海道でアイラモルトを目指すなら、気候・地形ともに現地と重なり合う厚岸でしかありえない」、2018年2月27日に初出荷した厚岸蒸留所にも期待を寄せている。

書店ナビ 5冊に寄り添う「この一杯」のセレクトも楽しませていただいた、「麦酒(むぎしゅ)」で頭がいっぱいになるフルコース、ごちそうさまでした!

●坂巻紀久雄(さかまき・きくお)さん
東京都葛飾区出身。奥様の実家である北海道に来てから飲食業界に入り、2013年にビールとウイスキーの専門店「Maltheads」をオープン。
●Maltheads

maltheads.net


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