5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.70 MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店 佐藤 圭吾さん
さすがプロ!2度目のフルコースづくりも濃厚な5冊を揃えてくれた佐藤さん。
[本日のフルコース] フツーの謎解きではもう満足できない! 「思わず二度見しちゃうミステリ」フルコース[2016.12.5]
書店ナビ | 膨大な読書量を誇るMARUZEN&ジュンク堂書店の佐藤さん。前回は「ハードボイルド」でフルコースを作ってくれました。 「この本が面白そう」という情報はどうやって集めているんですか? |
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佐藤 | 僕はいま30代なんですが、計算すると死ぬまで読める本はあと1080冊しかないことに気がついたんです。そうすると1冊たりともハズすわけにはいかない。面白い本だけを集中して読んでいきたい。 ですから、自分と好みが同じ作家や書評家の方々の情報をネットでチェックしたり、年末に出版される『このミス』を見ながら次に何を読むかを厳選しています。 |
書店ナビ | 確かに10代20代と違って社会人が自分の好きに使える時間は有限ですものね。1冊1冊に対する思い入れにも納得です。 そんな佐藤さんがつくってくれた2度目のフルコース、早速見ていきましょう! |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
まるで天使のような マーガレット・ミラー 東京創元社 山中で交通手段を無くしたクインは、"塔"と呼ばれる新興宗教の施設に助けを求めたが、逆に修道女から人探しを頼まれる。探偵小説と心理ミステリをかつてない手法でつないだ傑作が2015年に新訳で復活!
佐藤 | ミステリには「最後の一撃」(Finishing Stroke)と呼ばれる、最後の一行ですべてをひっくり返すテクニックがあり、本書も最後まで読むと、「えっ? ちょ、ちょっと待って。もう一回言ってくれる?」と前のページに戻りたくなること必須です。 人探しの過程が丁寧に描かれているところはハードボイルド系だともいえますが、ポイントは"塔"という隔離した世界に惑わされないこと。宗教の殻が崩れるような衝撃に待ち伏せされます。 |
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書店ナビ | 《前菜本》からいきなり面白そうです! |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
マーチ博士の四人の息子 ブリジット・オベール 早川書房 犯人はマーチ博士の四人の息子、クラーク、ジャック、マーク、スタークの中の一人。博士の館に住み込みで働くメイド、ジニーと「快楽殺人の衝動が高まるばかり」の犯人の奇妙な交換日記は、やがて衝撃の結末を迎える…!
佐藤 | 長く版元品切れになっていましたが復刊後、東京の有隣堂さんが推して一躍火がつき、以降ロングセラーとなっている傑作です。 ネタバレしたくないので物語についてはあまり言えませんが、たとえるならば"ジェットコースター・ムービー"。最後まで一気に読むことができます。 |
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書店ナビ | よく、犯人を男性だと思いこんでいたら女性だったとか、一人称の「私」が実は犯人だとか、古今東西さまざまなトリックが開発されてきましたが、映像化すると崩れてしまう"謎"もありますよね。 この作品は犯人当ての楽しさを損なうことなく映像化できますか? |
佐藤 | 大丈夫だと思います。おそらく、今回おすすめする5冊とも大丈夫。 |
「映像化して面白いものができるかどうかは、また別の話ですが」
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 麻耶雄嵩 講談社 舞台は京都近郊に建つ、ヨーロッパの古城と見粉うばかりの館・蒼鴉城。首なし死体、密室、蘇る死者、見立て殺人……それに挑むは2人の名探偵。島田荘司、綾辻行人、法月綸太郎三氏の圧倒的な賛辞を受けた著者のデビュー作。
書店ナビ | 著者の麻耶雄嵩(まや・ゆたか)さんは京都大学在学中に伝統ある推理小説研究会に所属。本書の舞台となっている館「蒼鴉城」(そうあじょう)も、同研究会の機関誌の名前です。 麻耶さんは、"玄人好き"されている作家さんのようですね。メジャー度はちょっと低いようですが。 |
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佐藤 | この本の結末を知ったとき、あまりの衝撃に地面がグラッと揺れました。ごくたまにあるんです、そういう本。 あらすじにもある通り、ミステリトリックのオンパレードで、エラリー・クイーンを全作読みこんでいるなど、相当ミステリを読んでいないと犯人当てはおそらく無理。著者も単なる犯人当てではない、別の次元で作品世界をつくりあげています。 |
書店ナビ | ミステリは著者と読者の知恵比べといいますが、佐藤さんもやはり「当ててやろう」と思って読んでいるんですか? |
佐藤 | 僕はひねくれものなので登場人物、特に男性の主人公がえらい目にあっている様子にほくそ笑んでいるほう(笑)。著者と競争してもしょうがないので、純粋に驚かせてくれるのを楽しんでいます。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
厭魅の如き憑くもの 三津田信三 講談社 谺呀治(かがち)家と神櫛(かみぐし)家、2つの旧家が村を支配する神々櫛(かがぐし)村。昭和のある年、一人の怪奇幻想作家の訪れと同時に連続怪死事件が幕を開ける。本格ミステリーと幻想ホラーが入り乱れる圧倒的世界観で迫る「刀城言耶(とうじょうげんや)」シリーズ第1長編。
佐藤 | 本当はこの1冊だけで「二度見ミステリフルコース」といってしまおうかなと思ったんですが、さすがにそれは…と思い直し、残りの4冊を考えた元ネタです。この本こそ、最後の1行で地面が揺れました。 |
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書店ナビ | 横溝ミステリーの世界を想起させる「村」「神隠しやカカシ様などの怪奇」「一族の呪い」「薄幸の美少女」が散りばめられています。 |
佐藤 | 著者が柳田國男のように民俗学的知識も盛り込みたい人なので、一刻も早く先が知りたい読者には読みづらいと思います。 しかも解釈次第で何通りもの犯人が考えられる「多重解決」なので、スッキリするようなしないような…。 ただ、僕がこの本で好きなところは、刀城言耶(とうじょうげんや)という探偵がカラッとしているところ。陰惨な連続殺人とは対照的で、そこが物語全体の救いになっているような気がします。 いろんな本を読んできましたが、真犯人がわかったときの衝撃は、これを超える作品に出会ったことはありません。 |
この取材のあと書店ナビSも本書を読み、佐藤さんの解説にすべて納得! 他にも禍々しい表紙が並ぶ三津田信三ワールドにハマりそう…。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
『アリス・ミラー城』殺人事件 北山猛邦 講談社 『鏡の国のアリス』の世界を思わせる「アリス・ミラー城」に集まった探偵たちが、チェスの駒のように次々と殺されていく。誰が、なぜ、どうやって? 古典名作に挑むミステリ。
書店ナビ | 著者の北山猛邦(きたやま・たけくに)さんは岩手県出身の新本格派推理作家。シリーズではありませんが、他にも『クロック城』『瑠璃城』『ギロチン城』などの城作品を書いています。 |
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佐藤 | 「孤島に集められて一人ずつ殺されていく」というよくありがちな設定ですが、そこをどう料理しているか。コミック慣れしている方だと、すんなり入りこむことができると思います。 《デザート本》なので、一番ふわっとした軽めのものをもってきました。 |
ごちそうさまトーク ピッチャー投げた!メロンだ!
書店ナビ | ミステリフルコース、東野圭吾さんや島田荘司さんのようなヒットメーカー以外にも面白そうな推理作家さんがたくさんいるんですね。 |
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佐藤 | ミステリーという枠組みにこだわって、そこからなかなか出ていかない人もいれば、上手にエンタメやファンタジー、あるいはラノベのほうに移行して名前を知られていく作家さんもいます。ミステリ愛好者の間ではやはり前者の人気が高いですよね。 今回のフルコースは「変化球を待っていたら、よく見ると投げられていたのはボールですらなくてメロンだった」みたいな、規格外のものばかり。読みづらいラインナップですが、自称"ひねくれもの"におすすめです。 |
書店ナビ | ミステリマニアを惹きつける、読み直し必須のミステリフルコース、ごちそうさまでした! |