5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.20 編集者 堀 直人さん
取材は江別市議でもある堀さんのホームグラウンド、江別のコミュニティカフェ「江別港」の一室をお借りした。
[本日のフルコース] 本や雑誌のことだけじゃない! 「編集を編集する」ってなんだ?フルコース[2015.10.12]
書店ナビ | 全国的に珍しいNPOによる出版社の代表として編集者をしていた堀直人さん。2015年春からは江別市議会議員という新しい顔でもご活躍です。 今回のテーマは「編集を編集する」……すみません、どういう意味でしょうか? |
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堀 | 編集と聞くとみなさん、出版の話かと思われるかもしれませんが、実はみなさんの日々の中にも編集が潜んでいる、というのが僕が大事にしている持論です。 たとえば、まちづくりも《まちを編集する》行為だと思っていて、僕がこれまで本づくりでやってきた《関係者の声を丁寧に聞き出して、最適なプランを提案していく》という経験を、今後の議員活動にも活かしていけたらと思っています。 |
書店ナビ | なるほど。日々の中で編集という視点を自覚する。年齢や職種を問わず必要な姿勢ですね。早速フルコースで勉強させてもらいます! |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
エディターズシップ 外山滋比古 みすず書房 われわれが生きていること自体が「編集」であるーー。人がつね日頃行っている知的活動の原理を《エディターシップ》と名づけ、人間が皆もっているクリエイティブな機能について考察した一冊。
堀 | 僕はもともとデザイナーで、2010年に出版社を設立し、編集の仕事をすることになったときに《編集とはなんぞや》を学ぶために真っ先に読んだ本がこれです。 勧めてくれたのは北大CoSTEP(コーステップ)の渡辺保史さん。2013年にお亡くなりになりましたが、渡辺さんからはこの本以外にもたくさんのことを教わりました。 |
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書店ナビ | 渡辺保史さんは元フリーのジャーナリスト。科学技術コミュニケーションについて学ぶ北大の組織「CoSTEP」の客員准教授でもあり、情報デザインや情報コミュニケーションに関する研究で知られている方でした。渡辺さんに薫陶を受けたクリエイターは多く、堀さんもそのお一人だったんですね。 勧められたこの本を読んだ感想はいかがでしたか? |
堀 | 「人は皆、自覚しないエディターである」という言葉に象徴されるように、僕が断片的に「そうじゃないかな」と思っていたことが体系的に整理されていてスッキリしました。 編集を一部の知識層のものだけにするのではなく、もっとこう、編集という行為の地平を開いてくれた。文章もとてもわかりやすくて、内容がどんどん頭に入ってくる本でした。 |
「デザインはこういうものをつくろうというトップダウンの思考ですが、編集は合意形成を積み重ねていくボトムアップ。そこが面白い」
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
編集進化論 ─editするのは誰か? 仲俣暁生編 フィルムアート社 『エディターズシップ』が入門の世界観を教えてくれるものだとしたら、こちらは「具体的にどうすればいいか」を見せてくれる実践編。「デジタル編集」「プロジェクト編集」「日常編集」など、さまざまなケースを例にひもといてくれる。
堀 | 著者は僕と同じく出版社勤務ではない編集者の仲俣さん「マガジン航」というサイトの編集発行人でもあります。 この方も、渡辺保史さんに「一度会っておいたほうがいいよ」と紹介してもらってからご縁ができ、2014年には当時僕が実行委員長を務めていた北海道ブックフェスのトークイベントにも来てもらいました。 |
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書店ナビ | 北海道ブックフェス、今年から市議になってご多忙な堀さんは実行委員長を辞し、フリーのブックコーディネーター尾崎実帆子さんにバトンを渡されたとか。実はいま、尾崎さんにもこのフルコースを依頼しています。 …あの、すみません、素朴な疑問で恐縮ですが、江別の市議会議員になられた堀さんがこうして編集者の副業をもっていても大丈夫なんでしょうか(笑)。 |
堀 | はい、法律には触れてません(笑)。市議会議員は特別職地方公務員で、副業禁止の地方公務員法の適用除外になっています。実際に地方議員の状況によっては、副業がないと生活していくことは難しい場合もあるんですよ。 |
書店ナビ | うわー、全然知らなかった。勉強不足で失礼いたしました。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
編集王(1) 土田世紀 小学館 この漫画に感涙しないヤツとは、友達になれない。そう言ってもいいくらいに、この作品には幾度も泣かされた。暑苦しい漫画である。暑苦しい漫画だが、暑苦しくあらねば前に進んでゆけない者たちの漫画である。それぞれに理由があって、それぞれに信念がある。それを守ったり、捨てたりするたびに、それぞれは対立し、和解し、離別する。濃い漢として登場したカンパチが、周囲のさらに濃い登場人物に押されて、狂言回し的な立ち位置になっていくのも、見物だ。
書店ナビ | 本の紹介文がアツい、激アツです。プロのボクサーを断念した主人公カンパチが熱血漫画編集者として成長していく物語。ここでいう編集は、私たちが想像しやすい出版業界の編集です。 |
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堀 | 一話目からいきなり面白いので少しだけネタバレしますと、煮詰まって描けなくなった人気漫画家の連載をマネージャーが一話だけのつもりで代筆する。ところがそれが思いがけず好評で「もう一度」になり、そのもう一度が…。 |
書店ナビ | 実際にありそう…。 |
堀 | ですよね(笑)。一話目はこの作家とマネージャーをめぐる代筆問題でしたが、出版業界には作家、版元、出版社、書店、読者とそれぞれの立場があり、再販制度や未成年有害図書の規定など、さまざまな課題を抱えています。 個々が満足する「部分最適」をとるのか、業界を包括する「全体最適」をとるのかという編集者的な視点で見ると、課題への取り組み方が変わってくる。 この考えはまちづくりにも共通していて、いろいろな立場にいる方々の声に耳を傾けて、最後は全体最適に収れんさせていきたい。そう考えています。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
2030年 超高齢未来 「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする 東京大学高齢社会総合研究機構 東洋経済新報社 医療、看護、介護、福祉、都市計画、社会学など、あらゆる分野を横断してこれからさらに深刻化する高齢社会への対応を試みる「ジェロントロジー(老年学)」。まちづくりもまた、編集である。まして人口減少時代という支出増収入減の時代に、「前向きな危機感」を共有することで、知恵を絞り最適化を図る「死ぬまで幸せな社会」の実現に向けた挑戦は、改めてそう感じざるを得ない。
書店ナビ | 堀さんが目指すまちづくりとはどういうものですか? |
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堀 | これからの地域における生存戦略の方程式を解く鍵《X》に、経済見通しみたいな曖昧なものを代入するより、人口予測や自然環境など移ろいにくい要因を代入したほうが、確実性が高いのかなと思います。 さらに、より確かな解を得るために時代と風土に向き合い、人口減少時代や北海道の自然環境にあったまちづくりを柔軟に考えていく姿勢を、皆さんと共有することが大切だと思います。 たとえば、よくひとくくりにされますが「少子高齢化」って本当は「少子」と「高齢化」に分けて考えられること。「高齢化」は誰もが年を取るので止めることはできませんが、「少子化」は改善することができる。じゃあどういう対策を取ったらいいのかを極端な感情論に走りすぎず、冷静に考えていきたいです。 |
市議選初出馬、わずか2票差で最後の議員席を獲得した堀さん。「政治不信が濃厚な時代ですが、地方政治だからできることは必ずあります」
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
愛知県漂流 酒井竜次編集長 愛知県漂流編集部 この雑誌は、ヒドイ。ヒドイけど、こんなにも濃密な熱気を閉じ込めた本を僕は見たことがない。編集という、誰もが皆持っている初期衝動が昇華するがごとく、小難しそうに、インテリで高尚そうに編集を衒(てら)う本を尻目に、編集とはアクティビズムである!と宣言した1年間だったのであろう。僕もこの雑誌にあてられ、編集という終わりなき道に足を踏み入れ『北海道裏観光ガイド』を出版し、今(江別市議会議員)に至ります(すげー、はしょったな、これまでの僕の編集旅のルート)。ちなみに編集長の酒井さんは、八画株式会社にて『ニッポンの廃墟』『廃墟という名の産業遺産』『I LOVE 秘宝館』と、あの頃の濃密な熱気はそのままに、洗練されたヒドくない名作を連発し、イケてる『愛知県漂流』とも言うべき理想型『八画文化会館』を年1回ペースで発行しています。
書店ナビ | またもや激アツの紹介文が。ここまで「ヒドイ」と書かれると俄然読みたくなります。ここで堀さんが編集長で出版された『北海道裏観光ガイド』をご紹介します。NPO法人北海道冒険芸術出版のサイトから引用させていただきます。 |
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引用 | (『北海道裏観光ガイド』は)産業遺産、工場夜景、ダム、覆道、団地、路地、商店街、市場、廃線、秘境駅、秘湯、秘宝館、珍スポ、旅人宿、隠れ家カフェ、展望道路、絶景など、北海道のマニアックな魅力をギュッと凝縮し、今までにない観光の「見方」を提案する全く新しい観光ガイドブック。 |
堀 | ご紹介ありがとうございます。僕はもともとはじめての土地や旅先で写真を撮るのが大好きで、酒井さんの『愛知県漂流』を知ったときも「なんだコレ?読みたい!」と思い、すぐに申し込んだらお金を送る前に本が届いた(笑)。「大丈夫か、この出版社?」と心配半分、興味半分で一気にのめりこんでいきました。 酒井さんを見ていると、出版は大手出版社だけのものでなく「自分が偏愛するものでつくってもいいんだ」ということがわかる。もしかすると洗練された味ではないかもしれないけれど、この味はここでしか食べることができない。 僕がいうのもナマイキですが、最近の酒井さんの仕事はどれも味わいが増して、どれもおいしく仕上がっている。僕が尊敬している編集者さんの一人です。 |
「なんかいっぱいしゃべっちゃって(笑)」。畳の上だからか、話すほうも聞くほうもリラックス。堀さんのソックス、かわいいですね。
ごちそうさまトーク 価値を生み出すのが編集者の仕事
書店ナビ | さすが編集者がつくったフルコース、濃い5冊が揃いました。 |
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堀 | 全体の構成は、編集の心構えや実践編を語る2冊の次に、技術以上に情熱が大事であることをコミックで伝え、そこからまちづくり、地域へと話を収束させていったつもりです。 考えてみれば、ライターでもカメラマンでもない編集者という存在って不思議ですよね。なにかを直接生み出すわけではありませんが、それらの素材を用いてそれぞれの機能や領域を拡張する、すなわち《新たな価値を生み出す》のが編集者の仕事である、と僕は考えています。 |
書店ナビ | なるほど。そういう意味では自分の日常に新たな価値を見出していくのも当事者である私たち。人は皆、編集者ですね。 編集という概念をぐっと身近に、自分ごととしてくれた《編集を編集する》フルコース、ごちそうさまでした! |