小樽生まれの作家、朝倉かすみさんの作品を紹介する「朝倉かすみ展」は8月15日まで開催中。休館日は月曜日(8/10を除く)、7/28(火)・29(水)。
[BOOKニュース]
小樽を描いた作品の世界観を「再現」
市立小樽文学館「朝倉かすみ展」好評開催中(~8/15)!
[2021.7.19]
生原稿も取材メモもなし、文学館スタッフの熱意溢れる作家展
作家展に行ったと思ったら、気がつけば仏壇が見える貸本屋のソファに座ってくつろいでいるーー。そんな一風変わった時間が流れている空間が、現在、市立小樽文学館で開催中の「朝倉かすみ展」である。
一般に作家展というと生原稿や取材メモなどの展示物から創作の過程を読み取る楽しさが念頭に浮かぶが、この「朝倉かすみ展」はそうではない。
主に紹介される作品は、「十六になる年の春まで小樽で暮らしていた」朝倉さんが当地を舞台に書いた『てらさふ』『ぼくは朝日』『タイム屋文庫』の3作品。
その物語の舞台や世界観を地図や写真、作中に出てくる印象的なモノ(の実物やそれに近いモノ)で〈再現〉し、『タイム屋文庫』にいたっては作中の貸本屋の空間を本物の家具を使って再構築するという意欲的な展示になっている。
『てらさふ』の主人公、女子中学生二人を描いた本展のポスターが迎えてくれる市立小樽文学館。
一体なぜ、こういう企画が実現したのだろうか。その理由はーー。
「昨年、この企画の打ち合わせで朝倉さんにお目にかかりましたがそのときにお互いに困ったのは、朝倉さんはご自分が書いたものを一切合切残さないそうなんです。作品を書き終えた時点で原稿どころか取材メモも何も手元に残さない。それならばかえって面白いことができるのではないかと、小樽を舞台にした物語の世界観を〈再現〉することに決めました」
本企画を担当する学芸員の玉川薫さんがそう、解説してくれた。
ということは、ここに並ぶ展示物は学芸員や文学館スタッフたちが一から制作し、あるいは実物やそれに近いモノをかき集めてきた、この企画でしか見ることができないものばかり。
2021年の今、小樽でしか体感できない唯一無二の「朝倉かすみ展」になっているのである。
ニコの直筆原稿や卒業アルバム、思い出のプラネタリウムも
最初に紹介される作品は、2014年に『文藝春秋』で発表し2016年に文庫化された『てらさふ』。
架空のオタモイ中学校に通う弥子(やこ)とニコが互いに「離れがたいひと」となり、周囲を欺きながら自分たちの居場所を探す青春小説だ。
物語の冒頭に出てくる、弥子が空想する自分のウィキペディアページが「もし実在したら」という仮定で画面を制作。弥子の通知表も作った。
オタモイ中学校の卒業アルバム。顔写真のイラストはポスターも手がけたイラストレーター玉川ノンちゃんの描き下ろし。
弥子がゆでたまごの「黄身」、ニコが「白身」となって読書感想文コンクールに挑戦する。感想を書いた本『短くて恐ろしいフィルの時代』は実物を展示。弥子がパソコン入力した作文をニコが直筆で"清書"する、その手書き原稿も〈再現〉した。
2つ目の作品は3作品中もっとも新しい2018年刊行の『ぼくは朝日』(潮出版社)。
「主人公の朝日くんは1970年生まれの小学4年生。朝倉さんと同じ年に生まれており、朝日君が毎日見ている小樽の風景はおそらく朝倉さんのご実家のあたりを想定して書かれていると思います」(玉川さん)
朝日の家から小樽市青少年科学技術館までの道のり。ドローン撮影かと思ったら「ネットの地図を3Dにして何枚もつなぎ合わせたら"それっぽいもの"が出来上がりました」と聞いてビックリ!
小樽市青少年科学技術館は1963年に開館し、2006年12月28日に閉館。同館のプラネタリウムは早くに母親を亡くした朝日くんとお姉ちゃんの大切な場所。この椅子はプラネタリウムで使われていた本物を用意した。
実際に上映されていたプログラムを当時勤務していた学芸員さんの監修のもと、7分の短縮版で再現。BGMの順番も作品と呼応している。
あのソファーに座って登場人物気分を体験、講演会は8月7日
展示の最後は、2008年にマガジンハウスから刊行され、2019年1月に文庫化された『タイム屋文庫』(潮出版社)だ。
登場人物の気分になって楽しめる、懐かしの空間が広がっている。
文学館スタッフが図面を引いた『タイム屋文庫』の間取り。すごい!
『タイム屋文庫』は主人公・柊子の亡くなった祖母の家が舞台。住居兼貸本屋の「仏壇が見える三人がけのソファ」で客が"ある体験"をする物語だ。
「もともとあった茶だんすも活用した。(中略)合間に配置したのは、いまはなき北海道拓殖銀行のノベルティグッズだった。ソフトビニールの熊の貯金箱が(中略)マラカスを振っている。」(『タイム屋文庫』より)
「タイムトラベルの本しか置いていない本屋があったらいいな」。柊子の初恋の人、吉成くんの一言を〈再現〉した『タイム屋文庫』の書棚。こちらも実在するタイムトラベル専門書店「ウトウトさん」に監修してもらった。
「こうした面白い展示ができるのも文学の力」と語る玉川さん。「この企画を楽しみながら手を動かしてくれたうちのスタッフたちがいなければ、実現できなかったと思います」
文学館側が独自に作品を再構築することに対して、作家から何かリクエストはあったのだろうか。玉川さんに聞いてみた。
「今回の企画は、朝倉さんが小樽に寄せる思いがとても深いというところから始まったもの。展示内容についても朝倉さんは企画の段階から面白がってくれまして、全て私たちに任せてくれました。ご本人がこの会場をご自分の目でご覧になるのは、8月7日の講演会でお見えになるときです。きっと一番面白がってくれるのではないかなと期待しています。ご来場いただいた皆さんには本展をきっかけに、朝倉さんのいろいろな作品に接していただけたら幸いです」
小説を読んでいない人は本展を楽しめないのではないかという心配は、実際に展示を見てから3作品を一気に読んだ書店ナビライター自身が「大丈夫」と太鼓判を押したい。
無論、既読派はすぐにその世界に没頭できるだろうが、展示を見てから読むと登場人物たちの息づかいや熱量がよりリアルに感じられ、「もう一度展示を見たい」という自然な欲求も湧いてくる。
そうした気持ちになるのもやはり、本展を思いきり楽しんで実現した文学館スタッフの方々の惜しみない愛情が、見る側にも伝わってくるからなのではないだろうか。
心の底から「楽しかった」と言える地元作家の文学展が2021年にあったこともまた、小樽が紡ぐ物語の1ページになりそうだ。
先着30名!
朝倉かすみさんの講演会申し込みは8月1日から電話受付スタート
朝倉かすみ記念講演 「極私的日常生活行動地図(小樽編)」
日時
2021年8月7日(土)14:00~15:30(予定)
場所
市立小樽文学館1階研修室
定員
30名(申込順) 参加費無料
申込
2021年8月1日(日) 9:30から
市立小樽文学館の電話0134-32-2388にて受付
市立小樽文学館
小樽市色内1丁目9番5号(日本銀行旧小樽支店金融資料館向かい)
開館時間9:30 ~17:00(入館16:30まで)
電話0134-32-2388