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第547回 新刊紹介『あの子のことは、なにも知らない』

児童文学作家・栗沢まりさん

2作目の長編を上梓した千歳在住の児童文学作家・栗沢まりさん

[新刊紹介]
「正しさ」に揺れる15歳の2週間を描いた
栗沢まりさん長編2作目『あの子のことは、なにも知らない』

[2022.5.9]

「渡和」はどうしてこんなにだらしがないんだろう?

北海道千歳市在住の児童文学作家・栗沢まりさんが「15歳」という年齢にフォーカスを当てたのは、公立中学校の国語教諭時代の5年間、大勢の彼・彼女たちの心の揺れを目の当たりにしてきたから。

「小学生のように子どもではないけれど、高校生ほど大人びていない15歳は、行動範囲も自宅から半径数キロ以内、学校の決まりも多い義務教育で守られている最高学年なんですよね」
そんな多感な15歳を主人公にした長編2作目『あの子のことは、なにも知らない』が、2022年3月に刊行された。

『あの子のことは、なにも知らない』

あの子のことは、なにも知らない
作 栗沢まり・絵 中田いくみ  ポプラ社
貧困家庭に生きる中学3年生を描いたデビュー作『15歳、ぬけがら』で高い評価を受けた栗沢まりが、再び15歳を描いた2作目。今度のテーマは「他者理解」。卒業まであと2週間。「完璧主義の委員長」美咲は卒業祝賀会のためにクラスメートを鼓舞して、ひた走るが…。

デビュー作『15歳、ぬけがら』では貧困家庭の当事者である麻美を主人公に据えたが、最新作『あの子のことは、なにも知らない』は “外野”である同級生たちに焦点を当てている。
先生からも信頼を集める、しっかりものの委員長・美咲と決して目立つタイプではないが観察力がある哲太、どの学校にもいそうな文武両道の祐志郎たち同級生と、彼らの「あたりまえ」を揺るがす転校生、誰とも目を合わせない「渡和(わたかず)」こと渡辺和也が織りなす卒業祝賀会までの数日間を描いた物語だ。

栗沢まりさん横顔

「自分の知らないところにも人生があるということを伝えたかった」と語る栗沢さん

「アイデアはもともと自分の中にあって、一度短編で形にしたこともありました。そこから長編用に肉付けをして最後まで書き上げた時点で、知っている出版社さん数社に原稿を送って読んでいただき、その中で唯一“本にしましょう”と手を挙げてくれたのが、ポプラ社の編集者・小櫻浩子さんだったんです」

評判だった栗沢さんの前作にも目を通していた小櫻さん。その時の印象をメールでうかがった。
「前作に引き続き、栗沢さんの中に“どうしても書きたい、書かなくてはいけない子どもたち”がいることに胸が熱くなりました。この子たちを本の形にして読者に届けたいと思うと同時に、《正しさ》に向き合うという内容に強く惹かれたことも覚えています」

学校の伝統行事である卒業祝賀会に必要な写真や作文をいつまでたっても提出しない「渡和」は、クラスの取りまとめ役である美咲にとって「どうしてこんなにだらしないんだろう」と映る存在だ。 それが「渡和を知りたい」という哲太の一言で、これまでは気づきもしなかった光景が見え始め、美咲が憧れる学年主任・前田香織先生の言動にも「もやもやしたもの」を感じるようになっていく…。

「渡辺ひとりにまどわされていたら、先に進めないぞ」
「枝葉は切り捨てて、だいじな芯を通せ。(中略)伝統どおり、感動たっぷりの祝賀会にすることだけを考えればいいんだ」

「だからといって前田先生が単なる悪者にならないようには気をつけました」と語る栗沢さん。
教師には教師なりの信念があり、絶対に崩してはいけないと信じている学校側のシステムがある。その描写の公平さを貫いた。

「本の世界と自分の足もとの地面はつながっています」

書籍にする過程で、栗沢さんが驚いたことがいくつかあったと言う。一つ目は「渡和」のモノローグページのデザインだ。
物語は終始、美咲と哲太の視点で描かれ、「渡和」が他者に自分の気持ちを打ち明ける場面はほぼ皆無。
ともすれば一方通行になりそうな展開を、栗沢さんは「渡和」のモノローグを挿入することで回避している。

その原稿を読んだデザイナー、ランドリーグラフィックスの金台康春さんは、「和也の閉ざされた心のつぶやきを表現するためにグレーの地色に白抜き文字にして、文章には段差をつけて心の動きを表現する」プランを提案。登場人物の心情によりそうブックデザインが出来上がった。

モノクロの濃度まで細かく調整したページ

「初めて見た時、すごい!と感動しました。グレーの濃度まで細かく調整してくれて、本当にいい本に仕上げていただきました」(栗沢さん)

本の顔である表紙イラストや挿画には、近年はベストセラー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の表紙でおなじみの中田いくみさんを起用。編集の小櫻さんに起用理由をうかがった。

「『ぼくはイエローで~』だけでなく、これまでの児童書のお仕事も見てきて、いつか仕事をさせていただきたいとずっと思っていた画家さんでした。実際に今回のお仕事を通じて、中田さんが心から登場人物に向き合って絵を描かれる画家さんだということやご本人のやさしさを感じることが多くて感激しきりでした」
栗沢さんも「中田さんのお名前が出たときは、びっくり!もう喜んで、小櫻さんに全てを託しました」とふりかえる。

目次にも中田さんの挿画が使われている

扉や目次にも中田さんの挿画が使われ、世界観を支えている。

一度書き上げてから書籍化まで、実に「7年越しの難産でした」と笑う栗沢さん。『あの子のことは、なにも知らない』が日本全国の書店に並ぶ今は「皆さんがどう読んでくださるのか、楽しみです」と晴れやかな表情で送り出している。

編集の小櫻さん。
「ページを閉じたら読書はおしまい、というのではなくて、この本と自分の生活が地続きであることを感じてもらえたらうれしいです。本の世界と自分の足もとの地面はつながっています。友だちに感想を伝えることでもいいし、話をしたことのないクラスメートに“おはよう”と言ってみることでもいい──そんな風にこの本がつぎの一歩につながったらうれしいです」

春からの新生活とともに初めて知る「正しさ」にとまどう中高生や、そんな10代を見守る大人たちも多いのではないか。
「児童文学」から、私たち大人が教わることはきっとたくさんあるはずだ。

何より、この本はタイトルがいい。
あなたはどれだけ、「あの子のこと」を知っていますか──。

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