おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第581回 秀岳荘 北大店 ウェアマネージャー 橋本 裕さん

Vol.208 秀岳荘 北大店 ウェアマネージャー 橋本 裕さん

ただいま秀岳荘北大店全フロアで好評開催中!自社独自のブックフェア「秀岳荘BOOKS」仕掛け人の橋本裕さん。

[本日のフルコース]
オリジナルフェア「秀岳荘BOOKS」発案者の橋本さんが選ぶ
「土地の記憶を呼び覚ます」本フルコース

[2023.8.7]

書店ナビ北海道の登山・アウトドア好きで「秀岳荘」の名前を知らない人はいないはず。
札幌市北区北12条の北大店と本社機能を持つ白石店、旭川店には、四季を通じて山道具やキャンプ道具を求める人々が足を運んでいます。
今回は創業の地、北大店でウェアを担当する橋本裕さんにご協力いただきました。

先に秀岳荘の歴史をご紹介しますと、戦後進駐軍や官からの仕事でトラックの幌やシートなどを縫っていた創業者の金井五郎さんが、じきに北海道大学山岳部が使うテントやザックなどの山道具を専門に手がけるようになり、1955(昭和30)年に「金井テント」を創業。その7年後に屋号を改め、「秀岳荘」をオープンしました。
現在は五郎氏のご子息である哲夫さん(現会長)に続いて、娘婿の小野浩二さんが2008年に代表取締役社長に就任し、「敬山愛林」の精神を受け継いでいます。

額に入った写真は北13条に創業した当時の「秀岳荘」。この写真を元に手先が器用なスタッフがゴム判を作り、限定50枚のトートバッグを販売中!

書店ナビその秀岳荘で勤務14年、北大店店長補佐も務める橋本さんは東京都豊島区駒込出身。登山好きの両親のもと、幼い頃からアウトドアに親しみ、日本大学でも森林資源科学科に進学。
在学中にバックパッカーでチベットやパキスタン、アラスカを訪れ、北海道旅行も満喫されたとか。

橋本大学4年の夏にシーカヤックで北海道一周旅行に挑戦しました。函館からスタートして2カ月かけて、えりもに着いた時は秋になっていた。
その道中で漁港のそばにテントで寝泊りしていると、各地の漁師さんにすごくよくしていただいたんです。心配して話しかけてくれたり「ほれ、食べな」とカニをくれたり、それでもうすっかり漁師さんに憧れちゃいまして。
内定が決まっていた会社を断って積丹に移住して一年間、定置網漁船の漁師見習いをやってました。基本は本人の意思を尊重してくれる親ですが、この時ばかりは両親に申し訳ないことをしたなと思いました。
その後は真狩村の豆腐屋さんや京極町で林業関連の会社に勤めたりして転々として、最後はやはりアウトドア好きですので秀岳荘でアルバイトを始めて、そのまま社員になり現在に至ります。

書店ナビ海山と同じくらい、小さい頃から読書も好きだったという橋本さん。
聞けば、2023年6月から北大店全フロアで始まったブックフェア「秀岳荘BOOKS」は昨年立ち上げた企画だとか。

6月17日に始まった当初の秀岳荘BOOKSコーナー。マネキンが持っている本や吊り下がっている本は橋本さんの私物を使っている。

秀岳荘は契約スタッフでも社員でも担当者が売り場の仕入れを決めて発注するスタイル。「秀岳荘BOOKSも取次の日販さんに企画書と選書リストを持ち込んで手伝っていただくことになりました」

橋本企画の大元は、家電と本を一緒に並べる蔦屋家電の店頭を見たのがきっかけです。当店にも以前から本コーナーはあったんですが、2021年の店舗リニューアルで売り場が縮小したのと、読書好きとしてはいつかやってみたかったという思いがあり、昨年はまず1階のウェアコーナーだけで展開しました。
登山本で知られる「山と渓谷社」さんの本を100タイトル200冊くらい仕入れたら、予想以上に好評で100冊近く売れたんです。その実績が今年につながりました。

今年は "ヤマケイさん"以外にも選書の幅を広げて200タイトルを全フロアで展開中。

「同じ山本でも秀岳荘に置いてあるなら」と思える安心感は大きい。「不思議なもので本がそばにあると商品も魅力的に映るんです(笑)」。秀岳荘BOOKSは8月13日(日)まで。

[本日のフルコース]
オリジナルフェア「秀岳荘BOOKS」発案者の橋本さんが選ぶ
「土地の記憶を呼び覚ます」本フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

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おおかみのこがはしってきて
寮美千子  ロクリン社
アイヌのお父さんと子どもの何気ないやりとりから、自然の真理に一気に迫ります。狩猟を中心とした生活の中で動物も人間も同じ地平線上にいる生き物であると知っているアイヌ民族。なんの躊躇もなく大地を汚染し開発を進める現在の人間に「つちがいちばんえらい」ということを思い出してほしい絵本です。   

書店ナビ著者の寮さんは本書のような先住民を題材にした絵本から泉鏡花文学賞を受賞した小説『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』、編集を担当した奈良少年刑務所詩集まで幅広い著作をお持ちです。
この『おおかみのこ…』の文章も力強く、説得力がありますね。

橋本男の子が尋ねる「○○は○○よりもえらいの?」という問いかけに、父親が実に明快な答えを返す。「つちがいちばんえらい」なんていう答えは、なかなか言えないですよね。
痛快ですし、自然に深く入り込んでいるアイヌの人たちだからまっすぐに本質にたどり着けるのかなと感じました。

それと、この本は小林敏也さんの絵もまたすばらしいんです。実在する北海道の光景やアイヌの人たちの世界観――太陽を女性と考えるとか、木の墓標にも男女の区別があり、生前にその人が使っていた器もわざと欠けさせて一緒に埋めるとか――が丁寧に描かれています。

鹿追町の然別湖東部にそびえる天望山が湖面に映し出されてできる「くちびる山」も描かれている。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

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パレオマニア
池澤夏樹  集英社
イギリス・ロンドンにある大英博物館の所蔵品を入り口に、それらが作られた土地を訪ねる紀行本。池澤夏樹さんの本はどの本も土地の記憶を呼び覚まさせるものばかりですが、この本はその中でも旅の要素がかなり強く、自分もいつかこんな夢のような旅をしてみたいです。 

橋本本書の中にカナダ篇が2つ収録されていますが、自分もカナダ西部、先住民族ハイダ族のトーテムポールがあるクィーン・シャーロット諸島の海域をシーカヤックで3週間旅をして、実際に朽ちているトーテムポールを見に行ったことがあります。
ハイダ族の集落跡やトーテムポールがある「スカン・グアイ」は世界遺産にもなっていて、大好きな星野道夫さんも行ったことがあるというのを読んで自分も、と。

19世紀末に白人が島に持ち込んだ天然痘が原因でハイダ族は島を出ざるをえなくなり、以来島の環境は最低限の整備で、あとはほぼ自然任せ。トーテムポールも朽ちて倒れたものは倒れたまま。
ハイダ族のトーテムポールはお墓の意味もあり、荘厳な雰囲気でした。木彫りや表現力豊かなアートはアイヌ民族を彷彿とさせます。

書店ナビ池澤さんは北海道立文学館の館長もお務めになったことがあり、その時の講演会で「少年の世界を広げるものが二つある。一つは世界文学全集で、もう一つは自転車です」とおっしゃっていたのを覚えています。旅や移動が好きな池澤さんらしいお言葉だと感じました。

橋本池澤さんはアウトドアもお好きそうですから、いつか秀岳荘に来てくれたらと密かに願っています。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

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アイヌプリの原野へ 響きあう神々の謡
伊藤健次  朝日新聞出版
昨年、秀岳荘北大店でスライドショーをしていただいた岩見沢市栗沢在住の写真家・伊藤健次さんの写真文集です。大雪山、知床、然別湖といった北海道の自然と山、動物、アイヌ文化にまつわる物語が掲載されています。

橋本伊藤さんの文章はやさしい文章なんですが、短い文のなかにものすごい情報量が詰まっています。
この本で言うと、例えば「森に浮かぶツンドラ」という章。北海道の大雪山白雲岳には縄文人の痕跡が見つかっている白雲岳遺跡があり、伊藤さんもある時そこで黒曜石の矢尻を見つけます。

 硬い黒曜石は風雪の中で長い時を経ても形を保つが、それを使った人間の足跡は決して残らない。(中略)

 主(あるじ)の消えた矢尻を手に誰もいない稜線で立ちつくしていると、見慣れたはずの山なみや足元の花が息を吹き返し、新たな表情で迫ってきた。

『アイヌプリの原野へ 響きあう神々の謡』P24~25より抜粋

橋本伊藤さんの文章を読むと、その土地に確かに存在するレイヤーみたいなものを感じて新しい発見にたどりつく。そんな気持ちにさせてくれる話ばかりです。 

それともう一つ、この本に通底しているまなざしとして伊藤さんが生涯のフィールドにしている「環オホーツク文化圏」という視点を持つことができるのもこの本の魅力です。

書店ナビ「環オホーツク文化圏」、北海道北東部のオホーツク海域・サハリン・シホテアリニ山脈が走るシベリア大陸の東部海岸域・千島列島によってぐるりと囲まれた一帯のことですね。

橋本私たちは北海道から南側の日本列島はすぐにイメージしやすいですが、その逆側、北海道から上にも文化圏があることになかなか考えが及ばないですよね。
今は複雑な事情で東京よりも遠い場所になってしまいましたが、実は北海道のすぐそばにかつてアイヌの人たちが自由に行き来していた文化圏がある。

「こうして見ると、北海道が環オホーツク文化圏の一部であることが実感できます」

かもめの卵を狙って島をよじのぼるクマなど、伊藤さんは写真でも「普段は見られないもの」を見せてくれる。

書店ナビ伊藤さんは同じ北大OBである山岳画家の坂本直行さんをとても尊敬しておられるとか。

橋本伊藤さんは北大の山スキー部で、直行さんは山岳部の創立メンバーです。昨年の秀岳荘BOOKSトークで伊藤さんをお招きした時も直行さんについてたっぷり語っていただきました。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

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北の山河抄
新谷暁生  東京新聞出版局
新谷(しんや)さんのことはとても一言では説明できません。冬はニセコのモイワで宿「ウッドペッカー」を経営し、夏は知床でシーカヤックガイド。ヒマラヤなどの登山も経験豊富で、シーカヤックでは南米最南端のケープホーンを2度も周り、アラスカ・アリューシャン列島を76歳になる今もライフワークとして漕ぎ続けています。

書店ナビもし「北海道のアウトドア人物列伝」みたいなものがあるとしたら、間違いなく名前が残る方ですね。

橋本新谷さんは日本のアウトドアそのものの変遷をご存知ですし、北海道でのガイド業についても自分の哲学をお持ちで、それが今もまったくブレていない。本当にすごい方です。
冬場は毎朝ご自分で調べた「ニセコなだれ情報」http://niseko.nadare.info/をスキー場に流して、注意を喚起する。それをほぼボランティアで30年近くも続けておられます。
新谷さんのすごいところは「行くな」「滑るな」とは言わないんです。「行ってもいいけど、こういう時にはこういう場所に気をつけるんだよ」と自覚を促すスタンス。
これはすごく勇気がいることですし、スキー場や行政、いろんな専門家たちとも摩擦を起こしかねない。要は実に面倒くさいことだけれどもそれを自ら買ってでておられます。
「技術は教えることができるが、経験は教えることができない」という言葉は説得力があり、また優しくもあります。
『北の山河抄』は新谷さんの本の中では新しいとはいえ、もう10年も前の発行です。それでも書いてあることはけっして古びてなくて、今の人にもぜひ読み継いでほしい一冊です。

「知床が世界遺産に認定され、今後シーカヤックはどうなんだという議論が起きた時も新谷さんのはたらきかけが大きくて、カヤックが継続できる今があります」

書店ナビ秀岳荘さんと新谷さんとの関係は?

橋本秀岳荘のレジェンド的なベテランスタッフたちとは親しいやりとりがあったと聞いています。ただ秀岳荘にも世代交代があり、新谷さんにしてみると"今の秀岳荘の誰と話したらいいのかわからない"というお気持ちもあるのかもしれません。
実は今、新しいイベントを企画していて、これから新谷さんのところへうかがうことになっています。ここからまた新谷さんと秀岳荘との新しいつながりを築いていきたいです。

橋本さん私物のサイン本。ちょっと字がかわいい。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

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雪原の足あと
坂本直行  山と溪谷社
六花亭の包装紙に使われている花の絵で有名な坂本直行さんは秀岳荘の創業者金井五郎の山仲間であり、「秀岳荘」の名づけ親。本書は傑作と名高かったんですが、1965年発行の茗渓堂版や99年の新版はもはや手に入りづらい状態に。それが2023年5月にヤマケイ文庫から待望の復刊が実現し、誰でも気軽に読めるようになりました。60年も前に書かれたとは思えないほど瑞々しい文章に引きこまれます。

書店ナビ北海道を代表する菓子メーカーの六花亭さんと「北海道で山道具といえば」の秀岳荘さんが、坂本直行さんでつながるとは初耳でした。
直行さんと秀岳荘創業者の金井五郎さんは岳友。六花亭の創業者小田豊四郎さんは広尾町の農民画家だった直行さんの絵を高く評価して、包装紙の絵を依頼されたとか。どちらもその関係性が現代まで生きていますね。
秀岳荘さんと六花亭さんとは、この話題で何かつながりがあったんですか?

橋本昨年秀岳荘BOOKSを展開した時に、五郎さんと直行さんが若い頃一緒に日高山脈に登った時の8mm映像をVHSに変換して店頭で流してたんです。

 それから一月半たったある日、僕は札幌を訪れた。その時、ポロシリ登山の八ミリ大映画の封切が行われた。

 映画館は、隊長(編注:金井五郎さんのこと)の秀岳荘の仕事部屋である。先ず、封切前に、隊員の晩さん会が開かれた。場所はむろん、秀岳荘屋上の物干台である。

(『雪原の足あと』「ポロシリの歌声」P37より抜粋)

橋本その映像を直行さんの番組を作っていたNHK帯広放送局の方がご覧になって「番組で使いたい」と言われお渡ししたところ、その番組は後にEテレの『日曜美術館』で全国放送された。
そうしたら今度はそれをご覧になった六花亭の方が「坂本直行ライブラリーに所蔵したい」とNHKを間に挟んで秀岳荘に連絡をくれて、それ以来やりとりができるようになりました。
その番組は非常に好評で、ヤマケイ文庫から復刻されていた直行さんの本『山・原野・牧場』『原野から見た山』も重版がかかり、そして今年はとうとう『雪原の足あと』が復刻された。一つ一つのことがつながって、すごくいい流れが出来上がったと思います。

直行さんが表紙絵を描いた貴重な秀岳荘初期のカタログも展示されている。

現在店頭でも直行さん関連の映像を上映中。

こちらはケースに入った茗渓堂版。金井会長から橋本さんに贈られた直行さんのサイン入り!

橋本《デザート》とは思えないボリュームになりますが、もう一ついいですか(笑)。
直行さんがつけた「秀岳荘」の命名の由来は、実は僕らスタッフも聞いたことがないんです。それがこの『雪原の足あと』を読むと、「これだったらいいな」という話が出てきます。

「詳しくは、この広尾又吉というアイヌの老人とのエピソードに。アイヌの人とも分け隔てなく接する直行さんの人柄が伝わってきます」 

ごちそうさまトーク 三世代通う山道具家さんの役目はこれからも

書店ナビ秀岳荘BOOKSの評判を聞いて見に来たときに「この担当者さんはずっと本を読んできた人だ。絶対フルコースをお願いしよう!」と思いました。

秀岳荘北大店全フロアで楽しめる「秀岳荘BOOKS」は8月13日(日)まで好評開催中!

橋本昔から登山と本は相性がいいと言われていて、優れた登山家は優れた文筆家であるということも今回の企画の後押しになりました。
秀岳荘って三世代で買い物しに来てくださるお客様もいらっしゃるので、そもそもの目的であるアウトドアのお買い物にも、読書みたいな文化的な面でも幅広い世代にお役に立てる存在でありたいです。

うちは山道具屋さんなのでこういう企画になりましたが、きっといろんな業界でも「ならでは」の切り口があるはず。僕も本好きなので、そういう企画がもっと増えるとうれしいです。

書店ナビ書店以外の場所でトライするブックフェアのお手本のような秀岳荘BOOKSでした。先人たちから山と読書への思いを受け継いでいくフルコース、ごちそうさまでした!

橋本 裕(はしもと・ゆたか)さん 

東京都豊島区駒込出身。日本大学で林業を専攻し、国内外をバックパック旅行。シーカヤックで北海道一周を機に漁師に憧れ、内定していた会社を断って北海道積丹町へ移住。漁師見習いや豆腐屋、林業関連の会社を経て2009年から秀岳荘に勤務。読書好きが高じて2022年から始めた期間限定企画「秀岳荘BOOKS」仕掛け人。北大店店長補佐、ウェアマネージャー。

秀岳荘 - 秀岳荘(shugakuso)北海道のアウトドアとキャンプの店

www.shugakuso.com

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