おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第306回 シミー書房 新明 史子さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.74 シミー書房 新明 史子さん

築35年の家を改築した木とレンガづくりの素敵なご自宅兼工房でお話をうかがった。

[本日のフルコース] 「ホビットの村」の感動を「しらくも村」へ シミ―書房選「大人だからこそファンタジー本」フルコース

[2017.1.9]

書店ナビ 新年あけましておめでとうございます。2017年初回のフルコースは、札幌の新明史子(しんめい・ふみこ)さん・岡部亮さんが2005年から始めたブックメーカー「シミー書房」さんにお願いしました。 手のひらサイズの小さな本はすべて手製本。テキストやデザインは新明さんが、絵と製本は岡部さんが担当し、「生活の中に心地よく存在する作品」を発表しています。

札幌芸術の森や札幌市内のカフェ等で委託販売している(取り扱い店は最後に記載)。

新明 私たちがつくる本は、絵とことばの組み合わせも大事にしていますが、もうひとつ丁寧に考えていきたいと思っているのが、装丁や製本といった〈本のつくり〉です。 ページを裁ち開いて読むアンカット本や屏風のように飾ることもできる折帖など「こういうつくりの本もあるんだ」という面白さもお届けできたらと思っています。

たくさんの選択肢の中から「これしかない」と思わせる製本が光るシミー書房の本。

書店ナビ 今回考えてくださったフルコースは「大人だからこそのファンタジー本」。
新明 私自身、小さいころからファンタジーを読んでいたわけではなくて、むしろ大人になってから「こんなに面白いんだ!」とわかったほう。 私のようにファンタジーを"素通り"してきた方にもぜひおすすめしたい5タイトルを選んでみました。
[本日のフルコース] 「ホビットの村」の感動を「しらくも村」へ シミ―書房選「大人だからこそファンタジー本」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

トムは真夜中の庭で フィリパ・ピアス  岩波書店 少年トムは時を超え、過去の時間に生きる少女ハティと友達になります。大筋はよくあるタイム・トラベルですが、読み終えたとき人生への愛おしさで胸がいっぱいになりました。

新明 わが家では私が本を読んでいるとたいてい、小学4年生の娘が「内容を話して」というので私が少しずつ語り聞かせて、それをなにげなく聞いている岡部もその本を読んだことになっていくという流れになっていまして(笑)。 『トムは真夜中の庭で』の結末を話したときの娘の、驚きと喜びとたまらない気持ちが混ざった「ええっ!」というリアクションは私とほぼ同じ。 こういう読後感を体験したら「良質なファンタジーをもっと読みたい!」と自然に思えるようになると思います。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

クラバート〈上〉 プロイスラー  偕成社 魔法を習うために〈親方〉と邪悪な契約を結んだクラバート。自分自身を取り戻すために友達や恋人の助けを得て〈親方〉と対決します。ドイツとポーランドにまたがるラウジッツ地方の古い伝説を元に創作された物語で、世界中にそこの土壌で育ったこんなにも美しいファンタジーがあると思うとわくわくします。

書店ナビ 作者のオトフリート・プロイスラーはドイツの児童文学者。『大どろぼうホッツェンプロッツ』もこの人の作品です。
新明 宮崎駿監督が『千と千尋の神隠し』をつくるときにこの本からずいぶんインスパイアされたという話も有名ですが、読めば確かに宮崎さんが好きそうな世界だなとわかります。 キリスト教と東欧土着の2つの文化が織り混ざった世界のなかで、いつの間にか自分が歯車の一つになり抜け出せなっていくクラバート。彼を支えてくれる人々が実に魅力的で、なかでも修行仲間のユーロがお気に入りです。

『クラバート』と『大どろぼう』シリーズはプロイスラーの代表作。「『クラバート』はヘルベルト=ホルツィングの挿絵もとてもいい。ぜひカバーをめくってみてください」

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

時の旅人 アリソン・アトリー  岩波書店 イギリスの少女ペネロピーがタイム・トラベルした先は16世紀のイギリス。王位継承権をめぐる史実に巻き込まれていくなか、たった一人歴史の結末を知っているペネロピーと〈今〉を懸命に生きる過去の人々の関わりが細やかに描かれた児童文学の傑作です。

書店ナビ 主人公が実家から離れた親戚の家で過ごす間に古い屋敷で過去の人々と交流するという設定は、《前菜本》の『トムは…』と似ていますね。
新明 ええ、ただこちらは、過去と現在の行き来が主人公の意志と関係なく行われ、ペネロピーと恋心を育むフランシスとの関係を含めて物語がさらに盛り上がります。一般には歴史ファンタジーの児童文学でも、私のなかでは人生の苦みを知った、まさに大人のためのファンタジーです。 作者のアトリーには同じ岩波少年文庫に『農場にくらして』 という自伝的な作品があります。小さい頃に体験した田舎暮らしの愉しさや四季の美しさを綴った本で、その見事な風景描写が『時の旅人』にも活きています。

『農場にくらして』(岩波書店)。話の流れでいろんな本のタイトルが出るたび、離れて取材を聞いていた岡部さんがその本をいつのまにか書棚から出して持ってきてくれる、その姿こそ魔法使いのようでした。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 J.R.R.トールキン  評論社 世界で最も有名なファンタジー作品。映画は観ても本を読んだことがある人は少ないのでは。瀬田貞二さん翻訳の文庫版で全10巻。すべてを支配する力を持つ指輪を永久に葬るためにホビット族のフロドは〈旅の仲間〉たちと旅に出ます。

書店ナビ 『指輪物語』の映像化といえば、ピーター・ジャクソン監督の三部作『ロード・オブ・ザ・リング』。私も1作目の『旅の仲間』を観たあとすぐに原作を一気読みしました。
新明 私も映画を観て、「ああ、本当にトールキンの世界が大好きな人たちがつくったんだ」と思えてうれしかったです。 最後の《デザート本》ともつながりますが、トールキンがつくった世界はいくらでも掘り起こせる魅力が詰まっています。

文庫の10巻目は「追補編」。〈旅の仲間〉たちのその後がわかる。原語での表現が知りたくて「全部読めるわけでもないのに(笑)」原書も揃えた。

書店ナビ 物語の魅力はわかっていても『指輪物語』の1巻目で挫折する人が多いと聞きます。ホビットの描写が延々と、本当に延々と続くから…。
新明 わかります。でもあの徹底した民族学的な設定があるからこそ、登場人物に命が吹き込まれるんでしょうね。
書店ナビ シミー書房さんにも「しらくも村のおはなし」シリーズがありますね。
新明 「ゴンゾウラ写真館」や「石工ゲジゲル」など各話に分かれていますが、このシリーズを始めるときに岡部と2人で「しらくも村」の地図や気候、歴史を考えました。表に出さなくてもそれがあれば物語が揺らがないので。
書店ナビ 物語を生み出す世界を丁寧に描く精神が、「ホビット村」から「しらくも村」へと受け継がれているんですね。

地図は読者の想像を広げてくれる重要な手がかり。「中つ国」の地図だけが載っている本も出版されている。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

農夫ジャイルズの冒険―トールキン小品集 J.R.R.トールキン  評論社 13年かけた『指輪物語』が完成したあとに書かれた短編集。ひょんなことからドラゴン退治になる「農夫ジャイルズの冒険」は逸品です。

新明 私が持っているのは岡部が見つけてきてくれた古本で、いまは新装版が出ています。中世のタペストリーのようなポーリン・ベインズの挿絵と物語と装丁、すべてがひとつになって作り上げる美しい世界が「本」というものだと実感する一冊。「星をのんだかじや」の訳にうっとりします。

新明さんが持っている初期の装丁本。ポーリン・ベインズは『ナルニア国ものがたり』の挿絵でおなじみ。世界中にファンがいる。

ごちそうさまトーク 私たちにはファンタジーが必要です

書店ナビ 5冊の周辺を彩る素敵な本もいっぱい見せていただいて、とっても楽しかったです。それらの本が全部書棚に揃っているシミー書房さんにあらためて敬服します。
新明 『トールキン小品集』の訳者あとがきに「なぜ、私たちにファンタジーが必要なのか」という文章があって、その答えのひとつに私たちには〈回復〉が必要だと、くもりのない視野を取り戻す必要があるとありました。 そう思うと、やっぱり大人になってもファンタジーですね。
書店ナビ 読み返すたびに〈回復〉と発見を繰り返すファンタジーフルコース、ごちそうさまでした!
●シミー書房 shimmy_@khaki.plala.or.jp 取り扱い店 ・札幌芸術の森美術館ミュージアムショップ ・詩とパンと珈琲の店 モンクール(札幌市中央区北3条西18丁目2-4) ・ニシクルカフェ(札幌市南区石山2条2丁目7-33) ・ヒシガタ文庫(札幌市東区北25条東8丁目2-1ダイヤ書房内)
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