5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.75 『怪奇』編集発行人・漫画家 工藤 正樹さん
『怪奇』創刊号とご自分の本を持って笑顔の工藤さん。あ、着ているのは?「お遊びでつくった怪奇Tシャツです」
[本日のフルコース] 北海道漫画家による短編集『怪奇』編集発行人に聞く 「人生に影響を受けた怪奇コミック」フルコース[2017.1.16]
書店ナビ | 2016年11月、北海道発信のコミック誌創刊のニュースが道内をかけめぐりました。北海道在住の漫画家たちが短編を寄稿した年刊誌『怪奇』の創刊です。編集発行人の工藤正樹さんにお話をうかがいます。 |
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瞬時に魅了される美しい創刊号の表紙イラストは森環(もり・たまき)さん作。これが鉛筆画と聞いてさらに驚愕!本誌にも初の漫画作品を寄稿。ほかに根本尚、なで拓瀬、森雅之、池田匠ら総勢17人の作品が掲載されている。
工藤 | 2016年の1月に札幌の漫画同人誌即売会コミティアで漫画家仲間と「こういうテーマでやりたいね」と話が盛り上がり、さらに描き手を募って、タイトなスケジュールでしたがなんとか形にすることができました。 送られてきた原稿からは作家さんたちの気合いがじゅうぶん伝わってきて、作風も十人十色。「これは面白いものが出来上がる!」と確信しました。 |
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怪奇・猟奇漫画の巨匠、花輪和一氏も北海道在住。口絵を寄稿し、創刊号に華を添えた。
書店ナビ | 工藤さんご自身は会社勤めをされながら漫画を描き続け、現在はコミティアやエリシアンで作品集を発表するほか、コミックロケットに4コマが掲載されています。 |
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工藤 | 私もまだまだ勉強中の身で、こうして北海道の仲間と力を合わせた本は今後自分たちを売りこむときに重要なツールになってくれるはず。 作家さんたちにも原稿料が出ない分、原価提供で「好きに売っていいし、その売上も自分たちの取り分にする」という約束で皆が納得してくれました。 |
書店ナビ | 皆さんの《描きたい思い》が完成させた『怪奇』ですね。 それでは、編集発行人という大役を果たした工藤さんの人生に影響を与えた怪奇コミックフルコース、見ていきましょう! |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
魔太郎がくる!!―うらみはらさでおくべきか!!(1) 藤子不二雄A 秋田書店 世代的に藤子不二雄の存在は大きく、なかでもA先生が見せた暗黒面は衝撃でした。いま読み返してみると、魔太郎はオカルト好きの異常者ではなく、内気な普通の少年。最後の復讐劇は誰もが心のどこかで望んでいる「罰当たり」的なカタルシスをもたらしてくれます。
書店ナビK | 私も読んだ世代ですが、子どもの口から「うらみはらさでおくべきか!」ということばが出るって、あらためてすごい設定ですよね。 |
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工藤 | 一生忘れられない決めぜりふです。『魔太郎』の魅力は、一話完結でオチがはっきりしていて読みやすいところ。毎回どんな復讐劇にするか、あの手この手で読者を飽きさせない。非常に完成度の高いストーリーテリングだと思います。手塚先生の『ブラック・ジャック』にも通じるところがあります。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
ブラック・ホール チャールズ・バーンズ 小学館集英社プロダクション 数年前に偶然見つけたアメコミの傑作。白と黒で作り上げる陰影やアウトラインもしっかり描きこむ明快なタッチは見ているだけでも楽しめます。物語はグロテスク極まりないですが、それすらもアートの域に達しています。
書店ナビ | アメリカのシアトル郊外で10代の若者だけにかかる未知の感染症が広がっていく、という設定。物語の起承転結よりも絵のインパクトで読者を引きつけ、「全米の権威ある漫画賞を総ナメにした」そうです。 |
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工藤 | 日本のコミックはストーリー重視で、アメコミはどちらかというと絵柄で作者の個性を主張する。この本に出会うまで私も普通にトーンを使ったりもっと線の細いタッチやかわいいキャラクターを描いていたんですが、『ブラック・ホール』以降は現在のスミベタを多用する怪奇路線になりました。 人の目をひきつけるには、他の人と同じような絵を描いていてはダメ。ときには勝負に出ることも大切だと思います。 |
工藤さんの作品集『現代恐怖館』。「ヒッチコック劇場」を思わせるブラックユーモアもあり、一気読みする面白さ!
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
地獄の子守唄 日野日出志 ひばり書房 中学生の頃にこの1冊を手に取ってから怪奇にとり憑かれたのかもしれません。デッサン無視のゆがんだ絵柄、初期作品に見られる完成度の高い短編モノ、最も影響を受けた漫画家です。本作もそうですが、日野作品に共通するラストのインパクトは憧れです。
書店ナビ | 先に告白しますと、私も学生のころ、この本を読んだことがありますが、大人になったいまも悪夢を見ちゃいそうなので、工藤さんが私物をせっかく持ってきてくださったのに恐くてページを開くことができません…。 |
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工藤 | わかります。胃にきますよね。小さい子どもだったらきっと夜泣きしちゃうレベル。僕の『現代恐怖館』も展示即売会で小学3、4年生くらいの男の子が欲しいと言ってくれて、思わずお母さんに「いいんですか?」と聞いてしまいました。 日野先生の絵がいびつなのに完成されているところは、ピカソや岡本太郎を思わせます。でもそれは最初からこうだったわけではなく、苦しい試行錯誤を経ての到達点だったと、以前なにかで読んだことがあります。こんな大先生でも自分のタッチを見つけるまで苦しみながら、それでも描きたいものを描き続けた姿勢に同じ描き手として非常に勇気づけられました。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
漂流教室 1 楳図かずお 小学館 漫画全般におけるベスト1。長編としてボリュームもちょうどよく、主人公たちに振りかかる災難もバラエティーに富んでいる。悪い大人の象徴ともいえる「関谷」の存在は、この作品を単なるSFから人間ドラマへと昇華させていると思います。
工藤 | 「まことちゃん」も大好きですが、やはり一番はこの『漂流教室』。極限状態の中で必然的に起こる悪と、人の心の理想を体言する主人公、翔ちゃんの対比は、人間という複雑ないきものそのものを表していると思います。 |
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書店ナビ | 生きのびるためにコロコロと態度を変えていく「関谷」でさえも、我々とそう、遠い存在ではない。「もしかすると、この状況下だったら自分も…」と、突きつけてくるものがありますね。 |
工藤 | それに善人や悪人、大人・子どもを問わず、どのキャラクターもセリフが非常に普遍的。親子の絆という根源的なテーマも扱っているので、時を経てもまったく色あせない。まさに時空を超える傑作です。 |
「北海道の漫画家のレベルは高い」と胸を張る工藤さん。『怪奇』創刊の打ち上げでは皆が互いにサインしあうサイン本が何冊も出来上がった。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
伊藤潤二傑作集6 路地裏 伊藤潤二 朝日新聞出版 自分はコミックも小説も映像も短編が好きで、伊藤潤二さんもその好みに存分に応えてくれる漫画家のひとりです。怪奇コミックですがポップなビジュアルで、たまに笑える要素もあるところは、フルコースの5冊全部に共通しているといま気がつきました。
書店ナビ | コミック誌『ハロウィン』で第1回楳図かずお賞を受賞した伊藤さん。映画にもなった「富江」シリーズが有名です。 事前に『路地裏』も読みましたが、一緒に収録されている「モデル」に震えました。あまりにも絵が恐い。夜、ふいに思い出してちょっと眠れなかったです。 |
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工藤 | 伊藤さんの魅力は「絵」なんですよね。僕とは真逆な繊細なタッチ。それと、いかに摩訶不思議な設定を考えるかに長けておられます。『魔太郎』のようにストーリーテリングにすぐれているものと、伊藤さんのように見た目インパクトのもの。短編でもタイプはさまざまです。 |
ごちそうさまトーク 心の奥底を見つめて描く
書店ナビ | 描き手として工藤さんが大事にされていることは何ですか? |
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工藤 | 漫画家とは作品で自分自身を表明することになる。人の顔色ではなく、自分の心の奥底をしっかり見つめて描くことで、物語に血が通うと信じています。 『怪奇』の創刊にあたっても「やりたいこと、やりたい気持ちを大事にしよう」という姿勢を皆で共有しあえてとてもうれしかったです。 一人の漫画家として僕も、生まれたばかりの『怪奇』もこれから頑張ります。応援よろしくお願いします! |
書店ナビ | 上質な漫画こそが次の漫画家を生み出すことがよくわかった怪奇コミックフルコース、ごちそうさまでした! |