5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.63 ライター 長谷川 圭介さん
今年7月に新刊を出したばかりの長谷川さん。
[本日のフルコース]ノンフィクションライターを夢中にさせた 「"小説"を超えた人生と出会う本」フルコース
[2016.9.19]
書店ナビ | 情報誌『北海道じゃらん』やコープさっぽろの広報誌『ちょこっと』など多方面の雑誌で執筆するかたわら、2014年には初の著書『ラーメンをつくる人の物語 ―札幌の20人の店主たち―』(エイチエス)を刊行した札幌のライター長谷川圭介さん。 そのあとも人物インタビューに磨きをかけ、今年7月には3冊目となる新刊が出版されました(新刊はフルコースのあとでご紹介します)。 いま脂がのっている長谷川さんのフルコース、楽しみです。 |
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長谷川 | ありがとうございます。以前、JR北海道の車内誌で北海道の職人さんたちを紹介するコーナーを4年間担当させていただいたことがありました。 いま思えば、あれが自分にとって対象者に深くお話をうかがっていく人物取材の原点。鍛えられました。 今回は、最近読んだばかりのノンフィクション5冊でフルコースをつくっています。 |
ノンフィクションライターを夢中にさせた 「"小説"を超えた人生と出会う本」フルコース
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
敗れざる者たち 沢木耕太郎 文藝春秋 光があれば影ができる。ボクサー、ランナー、野球選手、サラブレッド…。当時まだ30代の入口に立ったばかりの著者がアスリートの影を緻密に描いたノンフィクション短編集。ずっと"食わず嫌い"だった沢木作品を読み込むきっかけとなった一冊です。
書店ナビ | 全部で6篇が収録されています。長谷川さんが特にお好きな作品はどれでしたか? |
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長谷川 | 「長距離ランナーの遺書」、1964年の東京オリンピックで銅メダルをとり、次のメキシコで金メダルを切望されていたマラソン選手、円谷幸吉さん(1940~1968)さんの自殺の「なぜ?」に迫ったこの作品が、印象深いです。 通常の取材であれば、対象に「会いに行き」、信頼関係を築いていきながら話を聞き出すところ、円谷さんは故人ですし、沢木さんも生前に直接会う機会はなかったそうです。 この大きなハンデに屈することなく、丁寧な周辺取材と円谷さんが家族にあてた有名な遺書を通して"死者との対話"を試みようとしています。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
妙好人 鈴木大拙 法蔵館 妙好人(みょうこうにん)とは、浄土真宗の信者のなかでも学が無く、社会的地位も低いが、厚い信仰心を抱いて日々を過ごしていた市井の人々のこと。本書では妙好人とは何者かを問いつつ、具体的なエピソードを紹介。そのエピソードがほほえましくて心に沁みます。
書店ナビ | 仏教本とは、ちょっと意外でした。 |
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長谷川 | この本は取材をさせていただいたロボット研究者の方から教えていただきました。理系の最先端を行く大学の先生が禅や仏教の本を?というところも気になって、手に取ってみました。 本の後半には具体的な妙好人エピソードがたくさん載っていて、自分の家に浸入した柿泥棒を見た妙好人が「落ちたら大変だから気をつけて」と心配したり、梨泥棒に「はしごを貸そうか」と言ったりする(笑)。 損得を超えた大きなものさしで動いている姿に感銘を受けました。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
凍 沢木耕太郎 新潮社 沢木作品2冊目、「凍」(とう)です。東京都在住のクライマー夫婦、山野井泰史・妙子が挑んだヒマラヤの高峰ギャチュンカン登攀を克明に描いており、沢木さんと取材対象者との距離感、強い信頼関係が透けて見えます。
長谷川 | 最近手にしてあまりにも強烈だったので、迷わずフルコースに入れました。 山野井夫婦が挑む山は、生と死のはざまにある、というよりももうほとんど生も死も重なり合っている極限状況に身を置く命がけの山。 ギャチュンカンでも雪崩に直撃された妙子さんが滑落し、泰史さんの体と結ばれたロープ1本で宙ぶらりんになるという大変危険な状況に陥ります。 生きているのか死んでいるのか、互いに声も届かないなか、急にロープが軽くなり、驚いてロープを引きあげた泰史さんが、ロープの末端の8の字結びを見て、「これは外れたんじゃなくて、外したんだ。なら妙子は生きている」と判断する。 ロープ1本で夫婦が会話するさまを、沢木さんは見事に描き出しています。 |
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書店ナビ | 鮮明に憶えている山野井夫婦もすごいですが、そこを聞き出した沢木さんもすごいですね。 |
長谷川 | 成功談ではなく、失敗している話、普通は人に言いたくないような話を聞き出し、語り合える関係が築けている証拠だと思います。 |
血肉の通った失敗談を聞き出すという点では、長谷川さんの2作目『愛しのはんかくさい人物語』にも通じるところがある。「はんかくさい」とは、ばかげた、あほらしいという意味の北海道弁。愚直なまでに自分の信念を貫く「無名有力」の人々の生き様を綴った。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
猟師の肉は腐らない 小泉武夫 新潮社 著者は発酵学の第一人者。渋谷の飲み屋で知り合い、いまは茨城県と福島県の県境にある八溝(やみぞ)山地で暮らす友人、"義(よ)っしゃん"こと猪狩義政さんを訪ねたときの記録です。猪を狩り、蜂もマムシもご馳走というワイルドな山野暮らしを独特の筆致で描いており、料理の描写がとにかく味わい深い!
長谷川 | 現代人の価値観とはまったく異なるところで、自然のままに知恵をめぐらせて生きている"義(よ)っしゃん"。とにかくワイルドの一言です。 |
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書店ナビ | 私も読みましたが、誌面からありとあらゆる匂い・臭いが立ち上ってくるようでした。草花の匂い、獣の臭い、食べ物のにおい…。 |
長谷川 | わかります。例えばオオナマドジョウの蒲焼きのくだりなんて、こうです。 …口に入れた瞬間、(中略)噛み出すと、サクリとして、タレの甘じょっぱい味が口中に広がり、さらに噛み続けると、次第にジュルリ、ネトリとした感触で蒲焼きが崩れはじめた。(中略)そしてさっぱりとしたうま味と深みのあるコクとがジュルル、ビュルルと湧き出てきて(中略)美味しさは絶妙であった。… この擬態語のオンパレード! じっくりと鑑賞している筆者の恍惚感が伝わってきます。 義っしゃんのように何があっても生き残っていける人たち、憧れます。 |
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
スタンド・バイ・ユー 岡根芳樹 エイチエス 『便利屋タコ坊』を起こした3人の若者の物語。最初から最後まで抱腹絶倒、ハチャメチャエピソードが続きますが、すべて著者の「実話」というのがミソ。まさに「人生は一度きりのドラマ」なのです。
書店ナビ | 著者の岡根さんは『便利屋タコ坊』解散後、ソーシャル・アライアンスという企業を立ち上げ、現在は企業研修や人材育成のプロとして活躍されています。本書は彼の青春ストーリー。 |
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長谷川 | 若いころに劇団を主宰されていたそうなので、もともと人を魅了する「ドラマ」がお好きなのかもしれませんね。 本書も、おばあちゃんの入れ歯を探すとか、そういうたくさんのおもしろエピソードを読んでいくうちに「人生、自分のやる気次第でなんとでもなるんだな」という前向きな気持ちや元気をもらえます。 |
ごちそうさまトーク 迷いやためらいを切り捨てない
書店ナビ | 長谷川さんが「この人に会いたい!」と思う人はどんな人ですか。 |
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長谷川 | やはり自分にないものがある人には憧れます。それを一言で言うと「生きる力」に近いのかも。 |
2016年7月に出版された『ラーメンをつくる人 東京』(エイチエス)は、「ラーメンに人生をかけることになった20人、そして偉大なる2人の巨星の物語」。
書店ナビ | 長谷川さんの3冊目の新刊『ラーメンをつくる人 東京』にも、長谷川さんにしか聞き出せないお話がいっぱい詰まっています。 新刊に限らず、執筆の際に心がけていることはありますか? |
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長谷川 | 僕もまだまだ勉強中ですが、取材対象者が迷ったり揺れたりするところは可能なかぎり、略しちゃいけないなと思っています。 往々にして文章って美しくまとめがちなんですが、それはあくまでもこちらの都合。相手の迷いや逡巡も含めてご本人の"肉声"を誌面に落としこんでいきたいです。 |
書店ナビ | その真摯な姿勢が取材対象者に「この人なら」と思われるゆえんですね。次の新刊も楽しみな長谷川さんの心をつかんだノンフィクションフルコース、ごちそうさまでした! |