Vol.158 全国SLA学校図書館スーパーバイザー 佐藤 敬子さん
取材は佐藤さんが「前から来たかったの!」と喜ぶ俊カフェで。オーナーの古川奈央さんと谷川俊太郎さんの詩「がっこう」トークで盛り上がっていた。
[本日のフルコース]
北海道の学校図書館に詳しい佐藤敬子さん選書
「若い人におススメしたい古典文学」フルコース
[2019.7.1]
書店ナビ:きたる7月7日(日)に札幌のかでる2・7で開催される北海道図書館研究会で「北海道学校図書館 実状と取組み」というテーマで70分間の講演を依頼されている佐藤敬子さん。
[イベント紹介]今週末開催!「北の出版人」トーク& 今年7月に初開催、話題の「北海道図書館研究会」
書店ナビ:中学校教諭歴36年中30年間、学校図書館の現場に立ち続けた実績から「北海道の学校図書館のことなら佐藤敬子さんに」と言われるほど、同業者から厚い信頼を集めています。
佐藤:いえいえ、そんなたいしたものじゃないんですけどね。在職中は中学の国語教諭として札幌市内を7校まわったかな。2015年3月に退職しました。
今はお声をかけていただいて全国SLA学校図書館スーパーバイザーとして活動するほか、2019年4月からはNPO法人学校図書館実践活動研究会の理事も務めています。
書店ナビ:フルコースのテーマは「古典」です。
佐藤:私の高校時代の古典の先生がそれはすばらしい先生だったんです。授業は面白いし、知識も豊富。テストはいつもありがちな問題じゃなくて、テキストの片隅のほうから出たりしてね。
それで古典が大好きになって、将来は国語教師になって古典を教えるのもいいなと思いました。
中学3年生になると、教え子たちは受験で古典文学史の知識も必要になってきますから、日本文学史の流れの中で古典の話もしていました。
このフルコースであらためて古典の面白さを皆さんにお伝えしたいです。
書店ナビ:佐藤さんは「出版社はどこでもいいと思います」と言ってくださいましたが、こちらで幅広い出版社の本を紹介できるようにピックアップしました。それでは、見てまいりましょう!
[本日のフルコース]
北海道の学校図書館に詳しい佐藤敬子さん選書
「若い人におススメしたい古典文学」フルコース
前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書
- 竹取物語
作者不詳/星新一訳 角川書店 - 絵本や映画でおなじみ、中学1年生の教科書にも載っている『竹取物語』。かぐや姫は宇宙人かも知れないし、空飛ぶ車はUFOかも?宙に浮かんで立つ天人も、すごい超能力。絵本だけ読んで「知ってるよ」と言うのは惜しい!
書店ナビ:9世紀から10世紀にかけて成立されたとされる"国内の現存最古の古典文学"が、この『竹取物語』。言われてみれば確かに細かいところまで読んだ記憶がありません。
佐藤:この角川版は《ショート・ショート》でおなじみの星新一さんの訳。彼らしいとぼけた味わいがあって実に面白いんです。原文もついているので、訳を読んでから原文にチャレンジしてもいいですよね。
書店ナビ:かぐや姫といえば、覚えているのは5人の求婚者に無理難題をふっかけるところ。結構ワガママですよね、かぐや姫。
佐藤:そうそう。そのうちの一人、中納言石上麻呂足に燕の子安貝を頼むんですけど、結局、石上麻呂足は子安貝を持って帰ってこれなくて、これが由来で思い通りにいかないことを「貝なし」、転じて「甲斐なし」と言うとか、ダジャレなんです!
しかも石上麻呂足、このときの落下が原因で死んじゃってます。恋愛沙汰で死人を出すなんて、かぐや姫、これはいけません。
…という感じで、実は竹取物語は全篇ダジャレやとんでもないエピソードが散りばめられているSFファンタジー。原文を読むととても美しい場面もけっこう多いので、これを機会に手に取ってみてください。
挿画はイラストレーターの和田誠という実は豪華な顔ぶれの角川版。ちなみに佐藤さんの私物の表紙には、かぐや姫に扮した沢口靖子が登場。購入年が市川昆監督による映画が公開された1987年だったことを物語る。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- 日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08)
今昔物語:福永武彦訳 河出書房新社 - 古典というと「古臭い」とか「難しい」いう声を聞くけれど、『今昔』は何でもあり!「仏教説話集」なので文字通り仏教のお話もあれば、今で言う週刊誌のゴシップネタも盛りだくさん。古典のイメージを払拭してくれます。
佐藤:「古典は原文から読まないとダメ!」なんて言う気は全然ないんです。私がおすすめしたいのは、現代教養文庫にある『若い人への古典案内』シリーズの『今昔物語』。これで話の概要をつかめば『今昔』がいかに世俗的な内容であるかがわかります。
もちろん「どうして月にうさぎがいるのか」といった道徳的なお話もあるんですが、なかには 「これは有害図書なのでは?」と思うほどの、いわゆる「下ネタ」とか、気持ち悪くていやらしい話も多いので、国語教師の現役時代、そういう話もあるんだよと言うと、ほとんどの男子が食いつきます(笑)。
でも学校図書館に置いてある『今昔』は大抵そういう話を省略しているので、「読みたかったら大学に進学して専門的に勉強するように」とそそのかしました。
それでも『今昔』の授業をすると必ず一時的に、図書館の古典コーナーに男子が群がるの。
書店ナビ:あきらめきれない男子たち(笑)。
佐藤:古典だからマジメな話ばかりだと思われがちですが、むしろ「昔の人も今の人もたいして変わらないのねえ」とため息をつきたくなるところも、古典の見落とされている面白さだと思います。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- 平家物語 池澤夏樹 個人編集 日本文学全集
作者不詳/古川日出男訳 河出書房新社 - 「平清盛は悪い人」、そう思っていた中学生の頃の私。でも少し知ってみると、人間の欲望のまま思い切り生きた人という感じがしました。今聞くところでは海外貿易に関心を持ったりして、先見性を持つ政治家らしい面もあったとか。
佐藤:これもね、先ほどの『若い人への古典案内』シリーズで先に読んで、それが面白くて原文を読むようになりました。教科書やテストで読む以外の話を知ると、平家物語の世界がぐっと広がります。
書店ナビ:佐藤さんが特に心惹かれた登場人物は誰ですか?
佐藤:一般に『平家物語』というと男性が力強く描かれていますが、私が気になるのはやはり女性の生きざまかな。 平通盛の妻の小宰相という人が、愛するひとの死を知って身重なのに身を投げて死んでしまうんですが、初めて読んだときは「赤ちゃんがいるのに?どうして?」と衝撃を受けたことを覚えています。
でも私も年を重ねて何度も読み返すうちに「もしかして彼女はマタニティブルーだったのかな」とか「他に選択肢がないのが当時の女性の生き方だったんだな」と、読み方が変わってくる。これが古典の魅力です。
書店ナビ:読み手の変化や成長に応じて書かれている人物たちとの新たな接点が生まれてくる。だから若いうちに一度触れておいてほしいと。
佐藤:ええ、それに中高生って世の中のこと、自分のことで頭を悩ませる年頃でしょう? 今も昔も激動の時代であることに変わりはなく、その瞬間、瞬間を人間らしく生きた先人たちのことを知っておいてほしいな。
奈良旅行も大好きな佐藤さん。「今は足を悪くしてしまってリハビリ中ですが、元気になったらまた出歩きたいです」
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- 方丈記
鴨長明/蜂飼耳訳 光文社 - なんといっても私の一番は『方丈記』。美しい文章と無常観に惹かれ、高校1年の夏休みに初めて原文で読んだ古典がこの本でした。当時の私は「大人なんて、人間なんて、世の中なんて!」と内心荒れ狂う疾風怒濤の時期。鴨長明の無常観に共鳴して、実に衝撃的でした。
書店ナビ:「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」で始まる『方丈記』は、鎌倉時代の随筆集。著者の鴨長明が晩年、京の郊外に一丈四方(方丈)の小庵をむすび、そこで世間をつまびらかに観察し書き残した記録であることから「方丈記」と名づけました。
佐藤さん、ずばり『方丈記』の魅力を一言で言うと?
佐藤:"世の中めちゃくちゃ"かなあ。執筆当時はまさに激動期で、大火や地震といった天変地異が起こり、世の中は乱れ…と、ついこの間まで平成だった現代と何も変わりがないんです。
そんな世の中に生きながら我が身は無常を貫きつつ、見たことを克明に描いて後世に知らせようとしている長明に感動しました。
今の世の中に疑問を持ち、怒り狂う心ある若い人にぜひ読んでみてほしい!
佐藤さんが『方丈記』で特に印象に残っているのは、地震で6、7歳の子どもが亡くなるくだり。「東北の震災や熊本の地震を彷彿とさせる描写に心が震えます」
佐藤さんの私物、右が角川書店、左が講談社。「買った時期は同じくらいなんですけど講談社のほうが黄ばんでない。紙がいいんでしょうかねえ」
佐藤:ちなみに私の大学時代の卒業論文は、同じ鴨長明が編んだ『発心集』で書きました。鴨長明研究の第一人者である簗瀬一雄先生が自分の大学に集中講義にいらしたときは出席しましたし、お手紙を書いて御指導をあおいだこともあるんです。
(…という話をうかがいながら書店ナビが、佐藤さんが持って来てくださった『発心集』をぱらぱらめくっていたら…)
書店ナビ: …手紙、出てきました。簗瀬先生からのおハガキが!
「えっ!本当に?」と驚く佐藤さん。読めば、佐藤さんの質問に答える内容で「これを読むように」とおすすめの資料も明記してあった。
佐藤:あらー、こんなところにあったんだー。懐かしいですねえ。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
- 万葉集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典角川書店
- 「令和」の元号で沸き返った最近。その出典が万葉集です。恋愛と死に関する歌が多く、当時の人々の暮らしや考え方に触れられます。古本ですが歌人たちの人物像に迫った文春文庫の『よみがえる万葉人』もおすすめです。
佐藤:万葉集初期の頃の歌は朗唱が基本。額田王が宴席でうたって聞かせたりして、書き言葉というより伝えるための「うた」。
日本文学者の故・犬養孝さんがご自身で旋律をつけて万葉集をうたってらしたのは、伝統にのっとった正しい手法だったわけです。
それと五・七・五に限らない自由な形式が多いのも、万葉集の特徴の一つ。万葉集以降の古今集や新古今集のような「美しい芸術文学」にまだ収斂されていない、「うたう」喜びや悲しみに没頭する純粋な心がたくさん詰まっている歌集です。
人生や恋愛に悩むあなた、ぜひぱらぱらとめくってみてください。心にピッタリくる歌が見つかって身近に感じること請け合います!
ごちそうさまトーク 押しつけじゃない古典と出会ってほしい
書店ナビ:佐藤さんの解説を聞いてると「十代のときにこういう授業を受けたかった!」と思いました。
佐藤:あら、うれしい。現役時代を振り返ると、赴任したどの学校でも図書館に古典コーナーを作って歩きましたね。
歴史オタクの生徒がいたりすると、熱心に棚づくりを考えてくれたりしてね。私もフェアとかを企画するのが大好きでした。
中学生や高校生は受験のためにも幅広い古典を知っておくと自分が助かる、ということもありますが、やっぱり古典は面白いから読んでほしい!
マンガやダイジェスト版など入口はどこからでもいいので、関心を持ってくれたらうれしいです。
書店ナビ:既に定員になったと聞きましたが、7月7日(日)の北海道図書館研究会には北海道書店ナビも取材で入る予定です。佐藤さんのお話も楽しみにしています。
古典大好きの佐藤さんが一気に苦手意識を払拭してくれたおススメ古典のフルコース、ごちそうさまでした!
佐藤敬子(さとう・けいこ)さん
熊本生まれの北海道育ち。滝川高校を卒業後、北海道教育大学札幌分校教育学部を卒業。中学校の国語科教諭や図書係、兼任司書教諭として札幌市内7校に赴任。2015年3月に早期退職し、現在は全国SLA学校図書館スーパーバイザー、NPO法人学校図書館実践活動研究会理事。