2023年9月25日、札幌市豊平区のブランチ札幌月寒に出店時にお話をうかがった。平塚真実さん自作の絵本『あっち こっち ほんやさん』(いしだえほん)を持って。
[本のある空間紹介]
2022年4月、公務員から「いどうほんやKOKO」店主へ
アトラスロコを走らせて「ここからここへ」本を身近に
[2023.10.16]
「誰かがやってくれたら」の「誰か」は「自分」でもいい
お店の名前「KOKO」は、「今日はここ、明日はここ」という移動書店の特性と「個々」からつけたという。 「本を読むことは、自分自身に出会うことと言ってよいくらい、とても個人的な営みです」。そう、自身のnoteに綴る平塚真実さんが「いどうほんやKOKO」をスタートしたのは2022年4月1日から。
札幌で車を使った移動書店は他に例が聞こえてこない。気になる冬季は「車はお休みですが、本棚がわりにりんご箱を使って屋内でのブース出店をしています」
ラインナップは絵本が中心。常時50~60冊で、若者が多いフェスやファミリーイベントなど客層を見ながら変えていく。
平塚さんは増毛町出身。北海道教育大学を卒業後公務員になり、役所独特の異動を多数経験し、勤務10年を超えたあたりであのコロナ禍に突入した。
在宅ワークが続く中、久しぶりに顔を合わせ、まちづくりを考えるミーティングに参加したときのことだ。
「自分はこれからどんなところに住みたい?」と問われた平塚さんは間髪を置かず「本のあるところに暮らしたい」という回答が浮かんだという。
「本のある空間が好きで、夫も私が追いつかないくらい読書好き。二人の子どもたちにもたくさん本を読んでほしいと思っています。その時のまちづくり会議では他に、“キッチンカーが来てくれたら買い物に出られない人も助かる”とかいろんな意見が出ていて、“ああ、本屋さんも移動販売があればいいなあ。誰かやってくれたらいいなぁ”くらいに思っていたんです」
複合商業施設「ブランチ札幌月寒」には書店がない。同施設で行われた親子イベントに出店している時に関係者から声をかけられ、月に2回の出店が決まったという。
その「誰か」が「自分」でもいいのではないか、と思い始めた時に相談した夫は「やってみたら?」と背中を押してくれた。
土日は仕事になるし、収入も変わる。「むしろ色々心配したのは私の方で、本人よりも私のやりたい気持ちを大切にしてくれた家族にとても感謝しています」
そこから先は前進あるのみだ。職場に退職届を出し、関東で移動書店を展開するBOOK TRUCK主催の「移動式本屋のはじめかた」ワークショップを受講して、起業のノウハウを習得。
肝心の車探しも、本がたくさん入りそうでフォルムが可愛い日産アトラスロコの中古車が見つかった(「一目惚れでした」)。
本の仕入れは独立書店の強い味方である「子どもの文化普及協会」やトランスビューに依頼するなど、平塚さん初めての本屋づくりが進んでいった。
カフェの移動販売だと間違われないように看板を設置。カンナ屑など建築端材を使ったものづくりメーカー「アップサイクルホッカイドウ」に依頼した。
元は検診車だったらしく奥の壁に身長測定用のメジャーが貼ってあったのでそのままに。椅子を取り付け、書棚がわりにりんご箱を活用している。
今日ここで、この瞬間だから出会える本を届けたい
2022年4月に開業届を出し、まずは販売の経験を積もうと、つどーむで開催された「札幌ハンドメイドマルシェ」に車を使わずブースで初出店。
その後、ブランチ札幌月寒に出店が決まり、今も忘れられない6月の移動本屋デビュー当日、初めて売れた絵本は『かわいいことりちゃん』だった。
「開店準備で一番大変だったことは、実は自分の決意を固めること。子どもたちもまだ小さくて、転職後に生活が成り立つかどうかもわからない。本当にやっていけるのかな…と及び腰になってしまう自分が逃げられないように、車を買ったり本を仕入れたりして外堀を固めていきました。なので初日が終わった時は“自分にもお店ができた!”という嬉しさと安心感で胸がいっぱいになったのを覚えています」
- かわいいことりちゃん
コナツ コウイチ(イラスト)・コナツ マキコ(著) ことりちゃん - 小鳥を愛するイラストレーター・コナツコウイチさんが描く本作の主人公はオカメインコのことりちゃんですが、絵本に登場する小鳥たちはなんと総勢150羽!鳥好きにはたまらない一冊。2020イタリア・ボローニャ国際絵本原画展入選。
五味太郎さんの『ジャズソングブック』(オークラ出版)。1988年に出版された同名絵本のリメイク版。ジャズ好きの五味さんが選んだ名曲を絵に落とし込み、自身による日本語訳の歌詞も併記。THE大人のための絵本。
『わゴムはどのくらいのびるかしら?』(ぽるぷ出版)も1977年の改訂新版。どこまで伸びるのか、絵本をめくるたびに子どもたちは大喜び!ライターは右隣のイラスト集『Same Pose』を購入。出版社の名前は「さりげなく」という。
公務員から移動書店のオーナーに。転身を遂げて1年半が過ぎた。本屋を始めると同時に学校司書の勤務も始め、週4日間は中学校に出勤する。
「本屋を始めて改めて、本が人と繋がるツールになることを実感しています。うちに並んでいる絵本を見て“ずっと探していたんです!”とか、“今日誕生日なんです”と誕生日の絵本を手に取る方もいて、みなさんが今日ここで、この瞬間だから巡り会えた本を見つけていく。その姿がとても嬉しいです」
ちなみに公務員時代と大きく仕事スタイルが変わったのでは?と質問すると、「役所勤めの時は何をするにしても一つずつ書類を交わして確認していましたが、個人で活動する今は時にはチャットでやりとりしながら仕事が進んでいくのが新鮮です」と笑う平塚さん。
移動範囲は札幌中心。書名を伏せた「くるみ文庫」など思いついたことはどんどん試し、1周年の時には子どもが一歳の誕生日を迎えた時に「一升餅」を担がせる日本の伝統行事にならって、一升餅約2kgと同じ重さになる絵本7冊と風呂敷を届ける「一升本」もスタートした。
古本の文庫をオリジナルブックカバーでくるみ、書名は見てのお楽しみで販売する「くるみ文庫」。ヒントとして本の一節がタグに書かれている。
「お誕生日お祝いセット」はお祝いの絵本と子どもの成長を記録できる『BIRTHDAY BOOK 20歳のあなたへ』にオリジナルのハンドタオルを添えて。
開業前に心配していた小学4年の長女と5歳の長男は、おかあさんが本屋さんになったことが嬉しそう。週末出店の時は夫と一緒に遊びに来てくれることも多いという。出店の様子を見たり手伝ったり、いろいろなイベントを体験することも「育児」に含まれる。「私たち夫婦はそう考えています」
家族の応援を受けて、「誰か」ではなく「自分」が始めた移動書店。本格的な冬になれば車の出店は休むが、引き続き屋内での出張出店は続けていく。
「うちにも出してほしい」という方は、どうぞ「いどうほんやKOKO」のインスタやnoteまで。
小さなお客様をお迎えする準備は万端。
「今後は公園にも出店してみたい。みんなの身近なところに本があるといいですよね」
お店を訪れたイラストレーター江湖さえみさんが描いてくれた。