おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第314回 猫の事務所 髙橋 明子さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.81 猫の事務所 髙橋 明子さん

3匹の猫社員さんがいる小樽の出版プロダクション「猫の事務所」。1階では「あとりゑクレール」も経営している。

[本日のフルコース] 猫は愛、猫は人生そのもの 「猫にありがとう!自費出版の奇跡本」フルコース

[2017.3.6]

書店ナビ 小樽の梅ヶ枝町にお住まいの髙橋さん、出版プロダクション「猫の事務所」を始められたのは1999年からとうかがっています。 宮澤賢治の作品にも同名の童話がある事務所の名前は、あらかじめ決めていらしたんですか?

猫社員の「珊瑚ちゃん」。取材後にお昼寝から起きてきてくれたところをパチリ。

高橋 ええ。はじめて飼ったコンマ以来、私の人生はいつも猫たちと一緒です。自宅隣の空き家を買い取って出版とギャラリーを始めようと思ったとき、迷わずこの名前に決めました。 いま、うちにいる"猫社員"はオンナのコの「珊瑚(さんご)」とオトコのコの「慎吾」、そして一時預かりのつもりがうちの猫になった「ちぐら」というオンナのコ。 今回のフルコースは猫本を中心に、たくさんの奇跡が詰まった自費出版本をご紹介させていただきますね。

取材後日、新しく家族に加わった「ちぐら」ちゃん。ロシア映画『こねこ』のヒーロー、チグラーシャに似ているからそう名付けられた。

[本日のフルコース] 猫は愛、猫は人生そのもの 「猫にありがとう!自費出版の奇跡本」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

チャトやお呼びですか? はた・さきこ  小学館 編集から製本まで当所で手作りしていた本が人から人へと伝わり、ついに小学館の猫好き編集者の目に。メジャー作品として全国の書店で店頭発売! 

書店ナビ 札幌にお住まいの出版当時75歳のはた・さきこさんが飼い猫チャトへの愛を綴った本書ですが、もとは猫の事務所さんから出版されていたんですね。
高橋 あるとき、うちに興味を持ってくださったはたさんが、A4・8ページを折りたたんだ手描きの猫マンガを送ってきてくださいましてね。 私、「面白いからどんどん送ってください!」とお返事しまして、それ以来、次々と送られてくるマンガを大勢の方に見ていただきたくて1冊にまとめることにしたんです。 その自費出版本を、ネコ好きでペット住宅の設計に熱心な一級建築士の清水満さんにさしあげたところ、人づてで小学館の編集者さんの目にとまり発行にいたったという流れです。 まったく無名の、しかも独学でイラストを描き始めた70代の女性の本がメジャー出版されるなんて! 本当に夢のような出来事です。

猫の事務所で出した自費出版本は6版を重ね、2000冊も売り上げた。小学館版は単巻だが、自費出版本は現在6巻まで。後半は、はたさんが愛読する夏目漱石や東西古典文学の中の猫が中心になっている。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

猫たちをよろしく・1~9 猫の事務所  高橋明子 在職中に暑中見舞いのつもりで作り、知人に送りつけたところ、「次号も楽しみにしております」というお返事にそそのかされて9集まで作成してしまいました。売れ行きもよく、600部近く出たものもあります。現在(8)と(9)の在庫あります。

書店ナビ 副題は「小樽猫小路からのメッセージ」。家猫もノラもよそのおたくの猫もすべての猫を愛する髙橋さんだから描ける《猫》エッセイ集。 一緒に暮らした猫との思い出や「飼えないのに拾ってしまったら?」など猫との正しいつきあい方を執筆。添えられている写真やイラストからも愛がにじみ出ています。
高橋 ありがたいことに1冊700円でも読みたいと言ってくださる方が多くて、初期の号は私の手元にも在庫がありません。たまに古本屋で見かけると買い戻したりしています(笑)。 書きためた原稿はまだいっぱいあるので、それらも形にしていきたいです。

あちこちに登場する、髙橋さんの初めての猫家族コンマちゃん。『猫たちをよろしく・8』は21歳まで長生きしたコンマちゃんの追悼号。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

一葉のめがね 高山美香  猫の事務所  偉人や映画スターの「ちまちま人形」に、イラスト入りエッセイを添えて文学館などで展示。当猫の事務所で出版したところ、新聞などに取り上げられ全国に広がり、5000部を売り切る。これも信じられない出来事でした。姉弟編『鴎外のやかん』も好評販売中です。 

書店ナビ 高さ10~20cmのミニチュア粘土人形「ちまちま人形」の作者であり、イラストレーターとしても活躍中の高山美香さん。市立小樽文学館にも小樽にゆかりのある文豪たちのちまちま人形が常設展示されています。
高橋 知り合いに展示を教えていただき、実物を見た瞬間に圧倒されました。この才能が世に埋もれたままではもったいないと思い、高山さんご本人に出版を提案しました。
書店ナビ 人形を作るには生い立ちを含めた人物像を知ることが大事と考え、「(一人につき)だいたい30冊」関連書を熟読する制作姿勢もすばらしいですよね。 本書には偉人たちの猫エピソードも満載です。

「ちまちま人形」となる偉人・文豪たちは"有名どころ"だけではない。このページは札幌に生まれ、同様に小樽新聞社の記者になった口語歌人、並木凡平(なみき・ぼんぺい)。

高橋 この並木凡平の人形を見たときね、私、高山さんに「このヒザに座っている女の子、えつこちゃんって言わない?」って聞いたら「なんでわかったんですか?」って驚かれたんです。 えつこちゃん一家がね、うちの隣の隣に住んでいたの。 私が小学生だったころ、えつこちゃんは確かもう制服を着てましたけど。
書店ナビ うわー、並木凡平と高山さんと髙橋さんがつながりましたね!
高橋 私、自分が応援したい人や仲良くしてくださる人とは大抵どこかでつながっていることが多くて、このときもすごくご縁を感じました。 高山さんには映画人形の制作もお願いしていて、年内に展示会をする予定です。みなさんもぜひいらしてくださいね。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

モンタンの微苦笑 今江祥智  印刷:同朋舎 今江氏が心酔する、フランスの偉大なシャンソン歌手・俳優そして社会活動家でもあったイヴ・モンタンへのオマージュ。僅か300部限定発行で、著者が友人などに送った贅沢・豪華本。入手不能と思っていましたが、沖縄の古本屋さんで見つけました。

高橋 自分のところの本ばかりだと気がひけるので、一冊お気に入りの本を入れました。こちらも私家版なので、同じ自費出版本になります。 私がモンタンを知ったのは、「シャンソン・ド・パリ」という旧ソ連でのライヴ映画を見てからです。 私が20代のころにモンタンの札幌公演がありましてね。当時お給料が2万円くらいだったところ、チケットは3000円。何カ月も前から考えるのはモンタンのことばかりで、やっと迎えた当日はサインも握手もしてもらい、一生忘れられない日になりました。 このときの感想をもとに後日、ワープロで40ページの粗末な本を17冊作って、友人に送ったりしたこともありました。本の発行日は1993年11月9日、モンタンの命日でした。 本人に会ったのはもう半世紀近くも前だけれど、今も彼への気持ちは同じです。

本のデザイン・装画は宇野亜喜良が担当。「芸達者で格好よくて、生き方も亡くなり方さえも完璧だった。あんなひとは世界にふたりといないです」

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

猫のいない国 石上佐紀子・高橋明子  猫の事務所 『猫たちをよろしく・9』に書いた私の童話を石上さんがすてきな本にしてくれました。「本」というものの楽しさにあふれる装丁が友人たちの間で好評です。手製本で大量生産ができないため、いまのところ発行は30冊。プレゼントにいかがですか。

高橋 もとは「野良猫の減少という現象」という私の駄文童話なんですが、いつか絵本にしたいと思ってまして、石上さんのどこか懐かしいタッチのイラストを見たとき、ぜひお願いしたい!と声をかけました。 そうしたらしばらくして、石上さんが「こういうのはどうでしょう」と蛇腹タイプの裏表で楽しめる楽しい製本にしてきてくださって大感激。 また、イラストがとてもすてきでしょう? てらいがなくてやさしいタッチ。私のつたない文章のイメージを豊かに広げてくれました。

2016年10月13日初版。猫たちの表情もご覧のとおり、実にのびやか。1部2500円。お問い合わせは猫の事務所まで。

ごちそうさまトーク読む 猫なしの人生は考えられない!

書店ナビ 不定期発行のミニコミ誌「猫の事務所通信」(年間購読料1500円)は、2017年1月1日でめでたく101号を迎えました。 講読者も300人を超えており、単発の出版以外にもおひとりで通信を継続されている髙橋さんのエネルギッシュな行動力には、「脱帽」の一言です。

猫社員さんと猫グッズが心地よさそうに共生する「猫の事務所」さん。

高橋 私を出版や展示会企画に駆り立ててくれるすべての原動力は、やはり猫たちです。猫ってね、本当にいいんです。いろんなことを教えてくれて、私にとって猫なしの人生はありえない。 猫は奇跡をくれるもの、人生を何倍にも豊かにしてくれるもの。このコたちがいてくれるから、私もがんばる気力がわいてきます。
書店ナビ 小樽にいる猫たちも猫好きさんたちも、髙橋さんが地元にいてくれて幸せですね。猫ラヴァーならずともハッピーな気持ちになれる自費出版&猫本フルコース、ごちそうさまでした!
●あとりゑ・クレール(猫の事務所) http://nekonojimusyo.blog.fc2.com/ 小樽市梅ヶ枝町21-2 梅ヶ枝団地入り口 TEL.0134-22-1354 ●髙橋明子さん  東京都出身。戦災を逃れて父の故郷である小樽に移住。文章を書くのが好きで、会社員時代はボーナスの大半を自費出版の制作費に充当。定年後「猫の事務所」を開業し、同時に「あとりゑ・クレール」の運営もスタート。スロヴェキア・オペラをサポートする活動も熱心に行っている。大好きな旅行中も「必ずその土地の猫を探します」
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