5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.82 喜久屋書店小樽店 店長 金田 憲治さん
小樽築港のウイングべイ小樽5番街2階にある喜久屋書店。SF好きの金田憲治店長にご協力いただきました。
[本日のフルコース] 海が見える本屋さんの店長が選ぶ 《共感》がいっぱい!SF本フルコース[2017.3.13]
書店ナビ | 全国でもめずらしい"店内から海が見える本屋さん"の喜久屋書店小樽店さん。小樽築港に面した窓際のベンチは、ちょっとした休憩のベストスポットですね。 札幌からもお客様はいらっしゃいますか? |
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金田 | はい、毎月手稲方面から見えるお客様もいらっしゃいますし、ウイングベイにあるイオンシネマの"映画とセット"でご来店くださる方も少なくありません。 当店では本を通してお客様に新しい発見を提供できる空間づくりを目指しており、今回のSFフルコースも根底に流れる考えは同じです。 SFはまだまだ誤解されているところが多く、難解なジャンルだと思われがちですが、実は誰もが共感できる要素がいっぱい詰まっています。 そんなSFの多彩な魅力を知っていただきたくて、切り口が異なる5冊を選んでみました。 |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
夏への扉 ロバート・A. ハインライン 早川書房 主人公のダンは冷凍睡眠(コールドスリープ)の技術を使って30年後、2000年の未来に目覚める。眠っていた間に世界は変わり…。SFの名手ハインラインが1956年に発表した青春SFの金字塔です。
金田 | 20代後半のころに読みました。SFというと荒唐無稽な仕掛けや設定を想像しがちですが、この『夏への扉』はどちらかというとタイムトラベルを楽しむジュブナイル小説。 主人公がコールドスリープする動機が失恋や裏切りの末の現実逃避だったり、目覚めた先が100年後200年後ではなく「30年後の未来」という、まだちょっと過去が追いかけてくる設定がリアルで、物語に対する親近感が自然とわきあがってきます。 文庫の表紙に描かれている猫のピートも大活躍!どんなことがあっても明日はまたくる、という人生の希望を教えてくれます。 |
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スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
万物理論 グレッグ・イーガン 東京創元社 「ハードSF」という文脈でマニアックに語られることが多いグレッグ・イーガンですが、ストーリー展開は実に明快で、日本でも人気が高いSF作家の一人です。冒険小説だと思ってぜひトライしてみてください!
書店ナビ | 東京創元社のサイトにあるあらすじを一部抜粋引用すると、 「2055年、すべての自然法則を包み込む単一の理論"万物理論"が完成寸前に迫っていた。3人の学者がそれぞれ異なる説を発表する予定だが、正しい理論はそのうちひとつだけ。 映像ジャーナリストである主人公アンドルーは、3人のうち最も若い女性学者を中心にこの万物理論の番組を製作するが…」。 む、難しそうですね。でも面白そう! |
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金田 | 「ハードSF」とはSFの中でもハードコアなジャンルで、耳慣れない専門用語の羅列や長い説明を必要とする難解な世界観で構築されていますが、このグレッグ・イーガンは優れたストーリーテラー。 物語の主軸、学者3人の中で誰の理論が「万物理論」なのかという一点を追うことに集中すれば、きっと結末までたどり着くことができるはず。読み終えたら、もう一度今度は細部を読み直す"二度読み"も楽しめます。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
ニューロマンサー ウィリアム・ギブスン 早川書房 1984年のネビュラ賞とフィリップ・K・ディック賞、1985年のヒューゴー賞を受賞。電脳世界、電脳空間という異世界をものの見事に構築したサイバーパンクの代表作。テンポの速い展開で、西部劇さながらに未開の地へ進んでいくような魅力にあふれた長編です。
金田 | 物語は「財閥(ザイバツ)」「ヤクザ」が暗躍する電脳都市「千葉(チバ)」で始まり、主人公のケイスはコンピュータ・カウボーイと呼ばれるハッカー。 その彼を女サムライ、モリイが訪ねてきて謎の男アーミテジに引き合わせるところから物語が動き出します。 世界中で大ヒットした映画シリーズ『マトリックス』は皆さんもよくご存知だと思いますが、本作ですでに「マトリックス」という電脳空間にジャック・インして情報を盗むという表現が出てきて、この他にものちにさまざまな映画に使われるSF上の基礎概念を最初に構築したのが、本書なんです。 |
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書店ナビ | キアヌ・リーヴスや北野たけしが出演したSF映画『JM』(1995年日本公開)は同じ著者の短編『記憶屋ジョニー』が原作であり、本書と通じる世界が描かれています。 キアヌの『マトリックス』の公開がそれから4年後であることを考えると、ギブスンがSF史に残した功績は大きい。その源流にどっぷりと浸かれるのがこの一冊というわけですね。 |
「SFの主人公は基本、巻き込まれ型が多い。本人の思いも寄らない人生が始まるところが読んでいて面白いんだと思います」。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
ねじまき少女 パオロ・バチガルピ 早川書房 疑似世界・疑似空間で物語が進む「スチームパンク」は、サイバーパンクの兄弟姉妹のようなもの。市民を救うため困難に立ち向かわざるをえなくなる主人公。人間を信じることの大切さがにじみ出てくる大作です。
書店ナビ | 再び、早川書房のサイトから抜粋引用します。 「石油が枯渇し、エネルギー構造が激変した近未来のバンコク。遺伝子組替動物を使役させエネルギーを取り出す工場を経営するアンダースン・レイクは、ある夜、クラブで踊る少女型アンドロイドのエミコに出会う。彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。」 著者のパオロ・バチガルピ氏はまだ44歳。2009年に発表した本作で海外のSF賞を海外のSF賞を総ナメにし、日本では2012年に星雲賞(海外長編部門)を受賞しています。 |
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金田 | 本書は表紙にも描かれているねじまき少女を軸とする「エコSF」なんていう呼び方もされていますが、基本は自分たちの生活で当たり前だと思っている"暮らしの動脈"が実は違うものだったら?という置き換えを小説内で実験している「スチームパンク」の傑作であり、権力と反権力がぶつかりあうクーデター小説の魅力も詰まっています。 上下巻でちょっと大変だと思いますが、最後には読み通したものだけにしか味わえない特別な余韻が待っています。 |
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
あなたの人生の物語 テッド・チャン 早川書房 粒ぞろいの8篇が並ぶ短編集。いずれも静謐さを保ったまま物語が進んでいきます。
金田 | 最後は《デザート》なので気軽に読める短編集をセレクトしました。例えば「顔の美醜について――ドキュメンタリー」なんていう気になるタイトルの作品は、《カリー》といわれるある行為についてさまざまな登場人物にインタビューするという体裁。 学生、大学関係者、企業の研究者…各自の思惑や心の変化を読んでいくうちに徐々に《タリー》の正体が、その先にある著者の問題提起が浮かび上がってきます。 こういう世界も受け入れちゃうのがSFなんだということをわかっていただけたらうれしいですね。 |
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ごちそうさまトーク 世界の広さを教えてくれる、それがSF
書店ナビ | 《前菜》から《デザート》まで順に振り返ると、タイムトラベルもの/ハードSF(実は冒険小説)/西部劇にも通じるサイバーパンク/クーデターありのスチームパンク/なんでもありの短編集…と、幅広いSFの世界を紹介していただきました。 |
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金田 | SFというニッチなジャンルではありますが、追求するテーマは人類の幸せや主人公の成長、人を信じる心など私たちが心を寄せやすいものばかり。 自分たちと異なる世界に対して気持ちが寛容になりますし、もしかすると人間に期待する人ほどSFに魅了されるのかも。最近そう思うようになりました。 |
書店ナビ | あまり立ち止まることのなかったSF本の棚を目指して本屋さんに行きたくなるフルコース、ごちそうさまでした! |