5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.43 みんなのことば舎 編集ディレクター 伊藤 希さん
札幌出身の伊藤さん。出版社勤務、フリー編集者を経て2011年2月、東京より札幌にUターン。翌年みんなのことば舎に入社した。
[本日のフルコース]プロの編集者が楽しみながら読んでいる 「日本語を読む辞典&言葉で旅する辞典」フルコース
[2016.4.4]
書店ナビ | あなたのことばを、みんなのこころへ。――ストレートに伝わるキャッチコピーが公式サイトのトップに表れる札幌の編集プロダクション「みんなのことば舎」さん。編集ディレクターの伊藤さんにつくっていただいた今回は、ことばのプロならではの「辞典」のフルコースです。 |
---|---|
伊藤 | 人生で初めて手にした辞典が、祖父の部屋にあった漢和辞典でした。漢和辞典のレイアウトって他の辞典と違って、たとえば「漢」の項目ならまず「漢」の字が大きく載って、その下に小さい文字の解説が続きますよね。図鑑感覚で楽しんでいた記憶があります。 いまの仕事でも、自分で原稿を書いたりライターさんの原稿をチェックしたりするとき、辞典はつねに大切なよりどころ。WEB辞書や電子辞書を使うこともありますが、根が本好きなのもあり、情報の信頼性が高い紙の辞典を一番頼りにしています。 |
みんなのことば舎から出版されている大島寿美子・木村恵美子著『がんサロン ピア・サポート実践ガイド』。地域や病院におけるがんのピア・サポート情報がこの一冊に。
[本日のフルコース]プロの編集者が楽しみながら読んでいる 「日本語を読む辞典&言葉で旅する辞典」フルコース
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
数え方の辞典 飯田朝子 小学館 タイトル通り、ものの数え方についての辞典です。日本語の助数詞の豊かさが感じられます。この辞典を収録している電子辞書もありますね。現代の生活の中から消えてしまったもの、普段なかなか数えることのないものを引くと「へぇ…」と思いますよ。
伊藤 | 辞典の魅力はことばの意味を知ることができるだけでなく、教養書として読んでも面白いところ。この「数え方辞典」は現代の私たちの身のまわりにないものが多数収録されています。たとえば博物館に展示されている古民具なども本書を読めば数え方がわかりますし、よく調べていくと「蓋のあるものは合(ごう)と数える」といった昔ながらのルールもわかってきます。 |
---|---|
書店ナビ | ひとつふたつや1個2個ではない多彩な数え方があるんですね。 |
伊藤 | ここ数年の間に登場したものは1個、1枚のような汎用性の高い助数詞や「1アイテム」などのカタカナの助数詞でくくられることが多くなってきた一方で、昔からあるものは状態によって数え方が変わる――糸は1本や1筋と数えますが、束になったら1束や1把になるなど、豊かな助数詞によって表現されてきたことにも感動を覚えます。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
てにをは辞典 小内一 三省堂 日本語のコロケーション(よく使われる組み合わせ、結合語)辞典です。用例が豊富で、多様な表現を知ることができます。巻頭の活用例に記載されているとおり、頭の体操にも使えます。編者の小山内氏は北海道大学出身の校正者です。
書店ナビ | こちらは言葉の意味を調べるための辞典ではなく、250名の作家の著書をもとに編まれた、日本語の自然な結びつきを知るための辞典です。 |
---|---|
伊藤 | たとえば「入れる」の項目を見ると、「泣きを入れる」などを含め250以上の結合語例が載っている。考えるだけで気が遠くなるような作業を経て完成した貴重な日本語コロケーションの辞典です。 インタビューの原稿を書くとき、インタビューイーの発言はその人らしい口調や言い回しを再現することで表現に幅が出ますが、地の文を豊かにしようとすると、この「てにをは辞典」などを読んで自分の中に引き出しを増やす必要があります。同じ編者の「てにをは連想表現辞典」も出版されています。 |
参照文献には本書で引用している作家・作品リストが掲載されている。これらに全部目を通した編者の熱意が感動モノ。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
江戸語辞典 新装普及版 大久保忠国・木下和子 東京堂出版 江戸市民のことばを収録した辞典。当時の生活や感覚を知る(妄想する)うえで役立ち、読み物としても面白い。時を超えて言葉の旅が楽しめます。時代物に関する仕事はしていないので、普段の暮らしで役立つことはほぼありませんが。
伊藤 | クイズの時間です。「ふたかわめ」、はい、何のことでしょう。 |
---|---|
書店ナビ全員 | ええーと、ええーと……降参です。正解を見てみますね。「二重まぶた」、納得です! 江戸と平成、そんなに感覚が違わないことばもあるんですね。 |
伊藤 | ええ、もちろんいまでは使われていない言葉も満載で、音読すると江戸っ子気分を味わえて楽しいですよ。「たれみそやろう(垂味噌野郎)」なんて罵倒語、ちょっと口にしてみてください。ついついべらんめえ口調になりませんか(笑)。 |
書店ナビ取材班A | 確かに音読すると江戸のバイブスを感じますね。 |
伊藤 | でしょう? ちなみに私が一番気に入っている江戸語は「だりむくれる」です。意味は…調べてみてください。 |
江戸の暮らしから生まれたことばの背景も丁寧に解説されている。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
言海 大槻文彦 筑摩書房 日本初の近代的国語辞典として知られる、夏目漱石も芥川龍之介も使った辞典です。明治期の「普通語」を収録している(と大槻が書いている)ため、当時と現在とでは異なる語の意味や認識(感覚)の違いを知ることができます。
伊藤 | 皆さんが買いやすいものを、と思ってちくま学芸文庫版をご紹介します。はじめにお伝えしておきますが、これ、ものすごく読みにくいんです。 |
---|---|
書店ナビ | 旧かな使いでしかもカタカナ表記。なるほど、これは手強いです。 |
伊藤 | 私たちがこの『言海』を日常的に使うことはまずないと思いますが、読み物としてぜひ読んでいただきたいのは巻頭と巻末の解説です。 巻頭には編者である大槻氏による編集方針が書かれており、これまで日本にあった辞典とは違うものをつくっていることや、西洋の文法の考えを取り入れたことなどが掲載されています。 語の分類にとらわれず全項目を五十音順にする、品詞についても記載するなど、大槻の高い志がこの1冊に見事に結実されています。動植物の語釈も非常に有名です。 巻末の解説には明治8(1875)年当時役人だった大槻が辞書編纂を命じられたいきさつから始まり、予算がないため最後は自費出版になるまでの艱難辛苦の道のりがつぶさに記載されています。 |
書店ナビ | 国家事業のはずが最後は自費出版とは!驚きです。 |
巻末には大槻直筆の校正も掲載。『言海』は明治24(1891)年に出版され、『新明解国語辞典』など後世の辞典にも多大なる影響を与えた。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
北海道方言辞典 石垣福雄 北海道新聞社 タイトル通り、北海道方言の辞典です。今はあまり聞かれなくなったことばも収録されています。各語の「関連方言」を読むと北海道の歴史を感じますし、巻末の方言分布に関する記載も興味深い読み物です。
書店ナビ | 札幌のエッセイスト北大路公子さんの名言に「私がた、なんもなまってないもね」というのがありますが、北海道方言たくさんありますよね。 |
---|---|
伊藤 | 方言はあって当たり前。海側と山側では違うなど、言語地理学的な視点で見ても北海道方言のバリエーションは広いと思います。 残念ながらこの本は古書なので、新刊書店の店頭にはもう置いていないはず。古本屋さんで見つけたら、ぜひお手に取ってみてください。 |
厳寒時に用いられる「シバレル」の使用分布図も載っており、「本州ではより優勢なシミルによってシバレルが劣勢になったものであろうか」という考察も面白い。
ごちそうさまトーク 辞典はグーグルアースである
書店ナビ | 最後は駆け足になり恐縮ですが、伊藤さんが用意してくださったもうひとつのフルコース、目に見えにくいものを「見て分からせる」本フルコースをご紹介します。 |
---|
前菜
『元素生活 文庫版』 寄藤文平 化学同人 「目に見えない《元素》をキャラクター化し、イラストとキャッチコピーで紹介するユニークな本です」
スープ
『絵で見る漢字―KANJI PICT・O・GRAPHIX』 Michael Rowley IBCパブリッシング 「連想やビジュアルで漢字を記憶する外国人向け本。日本人にも発見がたくさん詰まっています」
「酔」はボトルとお酒に飲まれちゃった人たちで構成されている。納得。
魚料理
『哲学用語図鑑』 田中正人 プレジデント社 「つまりこの哲学者が言いたかったことってナニ?という疑問にずばりと答えてくれる入門書」
肉料理
『Information Graphics』 Sandra Rendgen Taschen America Llc 「交通インフラの図解や調査結果のレポートなど、あらゆる情報を一目で、しかも興味を持って見てもらうための参考書」
デザート
『いろは判じ絵 ―江戸のエスプリ・なぞなぞ絵解き』 岩崎均史 青幻舎 「江戸時代のなぞなぞ《判じ絵》を集めたお遊び本。著者が北海道出身です」
書店ナビ | こちらの5冊も「辞典」フルコースと共通しているところがありそうですね。 |
---|---|
伊藤 | ええ、膨大な個々の情報を集めることで江戸なら江戸、哲学なら哲学といった、その本が語ろうとする景色が見えてくる。そういう意味では、辞典はグーグルアースと似ているのかもしれません。 夢中になって読んでいるうちにそれぞれの世界にトリップできる楽しさは、辞典というジャンルのとても大きな魅力だと思います。 |
書店ナビ | 調べたあと、すぐに本を閉じてしまうのはもったいない。辞典を「読む」面白さにいざなってくれた2つのフルコース、ごちそうさまでした! |