Vol.151 医療法人スポキチ トレーニングディレクター 森脇俊文さん
所属は医療法人スポキチ。法人構成組織であり、スポーツ診療に強い新琴似中央整骨院2階のトレーニングスタジオでお話をうかがった。
[本日のフルコース]
札幌の名スポーツトレーナーが解き明かす!
「教えることが上達する指導本」フルコース
[2019.4.8]
書店ナビ:今回のフルコース選者は、札幌を拠点に各地で指導しているスポーツトレーナー、森脇俊文さんです。
一般にスポーツトレーナーというと、テニスやサッカー、野球など特定の種目に専門特化しているイメージがありましたが、Facebookやブログで森脇さんの活動を拝見していると、スキーやダンスなど(ときには、道民のための腰が痛くならない雪かき指導も!)守備範囲が広くて驚きました。
札幌ご出身なのでスキーはなんとなくわかりますが、実はダンスとの関わりは指導者になってからの取り組みだとか。
森脇:僕が本格的にスポーツを始めたのは高校1年のスキー部から。遅いですよね。それも新入生勧誘の説明が一番面白そうだったからという単純な動機です。
ところがいざ入ってみると、当時の札幌西稜高校のスキー部はとんでもない精鋭揃い、同期にはすでにメーカーからのサポートを受けている選手がいて、一つ下にはのちに山岳スキーヤーになった佐々木大輔くんもいました。
そんなすごい仲間と、ハの字で滑るスキー初心者のぼく(笑)。友達に「今の滑り、どうだった?」と聞かれても「…う、うまかった」としか言えないんです。
それが悔しくて、なんとか違うことを言えるようになりたくて、とにかく相手の動作をひたすら観て、どんなに細かいことでも気がついたことを伝える。
それを繰り返しながら、自分自身も少しずつ上達していく毎日でした。
書店ナビ:相手をよく観て、伝えたいことを言語化するというのは、インストラクターの基本中の基本。それを高校時代から自発的にやっていたことになりますね。
森脇:ええ、もし僕が子どもの頃からスキーをやっていて感覚的にスイスイ滑れていたとしたら、自分が上手く滑れる理由を人に理論的に話せなかっただろうし、初心者のもどかしさもわからなかったと思います。
書店ナビ:高校卒業後、森脇さんは体育系専門学校に進学し、ご自身もスキーの大会に出場するかたわら、冬はスキー学校で、オフシーズンはスポーツクラブで指導する日々を送ります。
森脇:じきに指導者に軸足を置くようになると、スキーだけでなくフィギュアスケートをやっている方々からも基本的な動作分析について問い合わせがくるようになりました。
考えてみると、共通点はあるんです。僕が出ていたスキー技術選手権は、フィギュアのように人からどう観られるかが点数に影響し、個人競技としてメンタルがパフォーマンスに直結するものでしたから。
しかもフィギュアの方は、やはり共通点が多いクラシックバレエをやっている方が多くて、それで僕自身もバレエやダンスについて勉強するようになっていきました。
じきに、うまく伝わった時の喜びに魅了されて「教える」「伝える」ということ自体に興味を持ち、ネットで出会った著者の本(後述する《肉料理》本です)をきっかけに、わかりやすく伝えるための試行錯誤を繰り返して、現在に至ります。
今回は、僕のインストラクター人生のバイブルも含めて「教える」立場にいる皆さんに読んでもらいたい5冊をご紹介します。
[本日のフルコース]
札幌の名スポーツトレーナーが解き明かす!
「教えることが上達する指導本」フルコース
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
- カリスマ手品師(マジシャン)に学ぶ 超一流の心理術
スティーブ・コーエン ディスカヴァー・トゥエンティワン - 超一流のマジシャンは「人の心を操る能力」を磨くからこそ魔法にかけることができる! 本書は2007年発行版なので、2015年に改題・再編集した新装版『マジシャンだけが知っている最強の心理戦略』が手に入りやすいかも。
書店ナビ:いきなり意外な本が登場です。
森脇:僕、小さい頃は"おばあちゃんこ"だったんです。老人クラブで手品をして喜んでもらうのがすごく楽しくて、中学2年まで将来の夢は手品師。Mr.マリックさんは、ほとんどライバルのような気持ちで見ていました。
この本を手にしたのは、昔目指していた手品師の、しかも世界最高峰のサービスを提供しているリッツ・カールトンでショーを開けるほどの超一流の手品師であるスティーブ・コーエンさんが書いたと知って手に取りました。
書店ナビ:中を読むと、手品の技を伝授するというよりは、立ち居振る舞いから歩き方、呼吸、話し方まで、ビジネスでの営業やプレゼンにも役立ちそうなことが満載でした。
森脇:そうなんです!僕もまさにそこに感動して、講演会や教室で人前に出ていくときの「見渡しの魔法」や、お客様の視線を自由に誘導できる「ミスディレクション」などのテクニックを実際に練習して見につけました。
僕のスキーレッスンを受けてくださったお客様から「森脇マジック」と呼ばれるようになったのも、この本の影響があるんだと思います。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- 実践! ペップトーク
浦上大輔/著 岩﨑由純/監修 フォレスト出版 - 本書の冒頭に2019年1月、全豪オープンに初優勝した大坂なおみ選手の話が出てくるように、5冊中最も新しい1冊。アメリカのスポーツ業界で始まり、現在日本の職場や家庭でも活用されているペップトークの最新刊。
書店ナビ:ペップトーク(PEP TALK)とは、もとはアメリカのスポーツ界で試合前に監督やコーチなどが選手を前向きな言葉で励ますショートスピーチのこと。前半は負けっぱなしで意気消沈した選手たちが監督のペップトークで後半息を吹き返す…なんていう場面をスポーツ映画やマンガでよく見ます。
森脇:本書の著者である浦上さんは、僕が所属するばんけいスキー学校とスキーチーム両方の先輩なんです。その当時から組織内の仕組みを再構築したり研修を行ったりと、状況を理解して整理するスキルのとても高い人で、かたや監修者の岩﨑さんは日本におけるペップトークの第一人者にして講演のプロフェッショナル。いわば、"最強のふたり"がタッグを組んだ最高の指南書です。
僕がこの本を通じて学んだことは、「思いはあるけど相手の心に届かない」とお悩みの指導者は、的確に伝えることができる思考のフレームワークを知っておいたほうがいいということ。
ペップトークは決して一部の人のためのものではなく、4つのステップを理解できれば、子どもでも実践できるメソッドといえます。本書では、幾つもの成功事例が具体的に紹介されているので、イメージしやすいところも本書の魅力だと思います。
書店ナビ:あのベストセラーになった池井戸潤作品の名場面も、ペップトークの4つのステップと照らし合わせてみるとぴたりとハマって驚きました。
スポーツに限らずPTAや町内会、趣味のサークルでもおおいに役立つ手法ですね。
「なんでも面白がるほうなので」スポーツ界以外にも交友範囲が広い森脇さん。友人のアーティスト加賀城匡貴(かがじょう・まさき)さんの活動も手伝っている。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- 新インナーゲーム
W.T.ガルウェイ 日刊スポーツ出版社 - テニスのインストラクターによるレッスンの解説書にも関わらず、あらゆるスポーツや身体的な習い事に共通する心構えや練習方法が載っている。「教える(習う)ほど下手になる」経験者には目からウロコの指導法がここに。
書店ナビ:本書は1974年初版の「インナーゲーム」(原題は"THE INNER GAME OF TENNIS")の改訂版。著者のガルウェイ氏はプレイヤーの内面を、自我として表に出やすいSELF1(和訳は「自分」)と、本能部分のSELF2(訳は「自身」)に分け、両者をコントロールすることが真の勝利につながると説き、当時のスポーツ界に衝撃とともに新たな一石を投じました。
大事なページには森脇さんの書き込みを発見。「体験が技術を上回る!」
森脇:書いてある事例はすべてテニス関連ですが、自分の手の位置が今どこにあるかを意識する「位置覚」の考えや、いわゆる「ゾーン」に入っている選手に「どうやってるの?」と聞いた瞬間にフォームが崩れていく事例など、どんな話題も皆さんが指導している種目のフィールドに重ね合わせることができるスポーツ時の心の持ちようが書かれている名著です。
ただ、この本に感銘を受ける一方で、僕自身は本書が指摘する"「何を」「どのように」と考えながら動く方法は望ましくない"という部分に関して、そういう指導をしながらも上達へ導く方法があるという現場感覚があり、スキー学校の先生の協力を得た実験でも同様の答えを得ることができました。
それ以降は本書のアプローチを参考にしつつ、自分なりに改良して指導しています。いつかこの本を超えるような本を書きたい。それが現在の目標です。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- インストラクショナルデザイン
島宗理 米田出版 - 経験や勘に頼らずに「鉄則(ルール)」によって誰もが適切なインストラクションができるようになるガイドブック。教えた経験がある人ならば、幾つかの鉄則を無意識にやっているか、もしくは正反対だった!なんてこともあるはず。
森脇:僕がまだ駆出しのインストラクターだった頃、ぼんやりとですが「きっとこの世界には教えることについての明解なシステムがあるんじゃないか」と思っていたんです。
当時はブログが始まったばかりの頃で、思いついたことを連日アップしていたら、あるとき著者の島宗(しまむね)さんが僕をトラックバックしてくれて、それで本書を買って読んでみて…衝撃でした。
僕が知りたかったこと、感覚的に「そうじゃないだろうか」と思ったことが全て体系化されて明確に書かれていたんです!
書店ナビ:出会いましたね、運命の一冊に。特に共感した部分はどこですか?
森脇:鉄則12の《学び手は常に正しい》です。例えば、僕が皆さんに「僕に手をふってください」と言ったとします。
皆さんが当然のように"バイバイ"をするようにてのひらを僕に向けて振ったあと、僕が「違いますよ。どうして手についた水を切るように手のひらを地面に向けて左右に振ってくれないんですか?」と言ったとしたら、皆さん、怒るでしょう?(笑)
書店ナビ:その先生に二度と習いたいと思わないかも(笑)。
森脇:結局のところ、学び手側の「思わぬ」反応はすべて、教える側の未熟さの答えでしかない。我々教える側はこのことを肝に銘じて、自分のインストラクショナルデザインを磨く必要がある。僕が生涯、自分にも誓った教えです。
鉄則12《学び手は常に正しい》。学校でも社会でも新しい後輩ができるこの時期に心に刻みたい教えでもある。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
- あなたが変わるまで、わたしはあきらめない
井村雅代 光文社 - 著者は言わずと知れた日本を代表するアーティスティックスイミング(旧称 シンクロナイズドスイミング)の「鬼コーチ」。本書では指導者の覚悟や具体的な指導法から、場の空気感やオーラを支配するための方法まで説き明かす。審美系スポーツの指導者には特におすすめ。
森脇:箱根駅伝を四連覇した青山学院大学の原晋監督は「やさしく、楽しく」の指導でしたよね。僕もどちらかと言うと、「やさしく、楽しく」教えたいほうなんです。
でもあるとき、「その逆って何なんだろう、鬼コーチ?日本の鬼コーチといえば?」と思って手に取ったのがこの本です(笑)。
正直に打ち明けると、読んでみて思っていた以上の感銘を受けました。彼女は世間一般に言われるような精神論だけじゃなくて、勝ち方も知っている人。
アーティスティックスイミングのように、ジャッジ(審査員)が感覚的に点数をつける審美系スポーツでは、1点でも他国を上回るために「オーラ」が必要不可欠。井村さんは、そのオーラでさえも組み立て方がわかっているんです。
だからと言って、決して厳しいだけの人じゃない。あたたかいエピソードにあふれていて、勝負師である以上に教育者の側面を大切にしている真の"名将"です。
ごちそうさまトーク 徒競走が苦手な子がリレーの選手より俊速に!
書店ナビ:将来はスポーツインストラクターになりたい、という人たちにはどんなアドバイスをしますか?
森脇:セルフブランディングの大切さだとか傾聴力とか、具体的に言えることもありますが、根っこにあるのは「工夫」の一言。北海道ではまだまだ職業として成熟していない仕事なので、働き方や強みとかさまざまな面で「自分ならでは」の工夫が必要だと思います。
書店ナビ:特に思い出に残っている生徒さんはいらっしゃいますか?
森脇:今、ウィーンでバレリーナを目指している女性がいて、彼女がプロになれたら嬉しいですし、一方で徒競走がそんなに得意じゃなかった女の子が数回の走り方の指導でリレーの選手より速く走れるようになったのには、僕も驚きました。
現在はウィンドミルを練習中。Facebookに練習動画を投稿している。
書店ナビ:読書という行為を含め、いつも行動で未来を開いてきた森脇さんの指導本フルコース、ごちそうさまでした!
森脇俊文(もりわき・としぶみ)さん
- 北海道札幌市出身。スキーやダンスなどの動作分析を得意とするスポーツトレーナー。
- 北海道スノースポーツミーティング実行委員長。ばんけいスキー学校研修部長。
- 芸術家のくすり箱プロフェッショナル会員。日本コアコンディショニング協会マスタートレーナー、A級講師。