トークイベントでも紹介した北海道出身の絵本作家、きくちちきさんの絵本『もじもじこぶくん』を持って。
[応援企画]
学校や地域とのつながりを大切に
皆が見守る「かの書房」《オープン2カ月編》
[2019.6.3]
《スタートアップ前編》はこちら!
道内作家や推し作家の本も揃って念願の通常運転
こっちの棚からあっちの棚へ。一度見たと思ったけれどまた戻ってさっきの棚を見返してみる…シニアのご夫婦が楽しそうに棚を行きつ戻りつ、本を物色している。
「ほら、おとうさん、これ」「ん?新作かな…いや、この表紙、うちにあるな」
決めかねている"おとうさん"とは対照的に、奥様は早々に「これ、ください」と加納あすかさんが立つレジに数冊差し出した。
この日、ご夫婦の滞在時間は小1時間。「また来ますね」と言って帰っていった彼らは、中央区からわざわざ店のある豊平区にまで来てくれたのだそう。
「以前いらしたときは2時間くらいじっくりと棚を見てくださったんです
2019年3月18日に札幌市豊平区美園にオープンして約2カ月が過ぎた頃、その後の様子を知りたくて訪れた「かの書房」平日の一場面に立ち会えた。
オープン時には注文した本が一部届かないという不測の事態があり、店の柱である道内作家や推し作家の文芸・文庫本が並べられないという悔しい思いも経験したが、現在はようやく「通常運転」に。
札幌で数十年ぶりの"ひとり新刊本屋さん"の誕生は、新聞やテレビ、ラジオからも注目され、各所で取り上げられたことも弾みになった。
Twitterでは日々、開店・閉店の挨拶や新刊入荷、ブログ更新をこまめに発信。
道内では弱かった書店員同士のつながりも店を休んで行う勉強会を軸にひとつの輪ができつつある。既成概念にとらわれないフェアの作り方や新人教育など、各自が胸に抱えていた問いかけを皆で共有することで集合知に変えていこうとする試みだ。
「棚はつねに触って、通ってくださる方にも新鮮に思ってもらえるように意識しています」
恐い思いをしたときの駆込み場所「子ども110番の店」に
かの書房に注目しているのはメディアだけではない。2019年5月4日、店から徒歩7~8分の距離にある学校法人月寒キリスト教学園黎明(しののめ)幼稚園で、「かの書房にきいてみよう」と題したトークイベントが行われた。
企画は中高生グループの「ねっこアフター若者」。当日の運営も中高生スタッフが奮闘した。
加納さんの自己紹介から始まった1時間のトークは、「昭和の雰囲気を残している今の店が気に入って決めた」という話や、幼稚園帰りにほぼ毎日立ち寄ってくれる親子の常連さんができてうれしいなどの現状を紹介。
その中でも特に印象に残った話題は、かの書房が「札幌市における、地域防犯・地域安全活動に参加する事業者」(札幌市サイトより)札幌市地域安全サポーターズに加盟したこと。
店の入口に「子ども110番の店」ステッカーを貼り、恐い思いをしたときの駆込み場所であることをアピールしている。
手書きで作る「かの書房通信」にも「逃げる先は多いほうがいいですし、私にできる精いっぱいの地域貢献です」と綴っている。
「お子さんだけでなく大人の方も仕事帰りや夜道で"ちょっと恐いな"と思ったときは迷わずかの書房に入ってきてください。緊急通報システムを導入しています」
取材翌日に31歳になった加納さんの年齢も、中高生たちにとっては身近な存在に思えるのだろう。札幌白石高校から取材を受け、他の学校からもコラボ企画の打診があった。
地域社会教育学を専門とする北海道大学の宮崎隆志教授が関わる「つきさっぷプロジェクト」にもオブザーバーとして参加中。
書店に通いづめた自身の少女時代と重ね合わせ、「誰かの居場所となれる本屋さん」像を少しずつ形にしている最中だ。
トークイベントでも引用した故・久住邦晴さんの本『奇跡の本屋をつくりたい』をはじめ道内作家本をプッシュ。久住さんの娘さんでフォトグラファーのクスミエリカさんが開店後、写真を撮りに来てくれた。
立命館慶祥中学校・高等学校の文芸誌「慶」を無料配布中。学生たちが「置かせてください」と持ち込んできたという。
LINEでも注文OK!SNSやe-honを活用し窓口を広く
こうした活動で実績を作っていく一方で、クラウドファンディングで開店資金を募り、2カ所の金融機関から融資を受けている経営に余談は許されない。
開店2カ月後の平均売上は約40万円。企業や店舗を対象とする配達を行い、身元を明かしているTwitterアカウントやLINEからも注文を受け付けている。
全国の書店を結ぶオンライン書店「e-hon」にも会員登録済み。「なかなか店頭に行けないけれど、かの書房を応援したい」という人が「My書店」にかの書房を選択すれば、商品を自宅配送にしてもかの書房に利用料が入る仕組みになっている。
作家とのつながりが強い利点もある。フォロワー10万人を超える病理医ヤンデル氏や北海道作家会代表の萩鵜アキ氏など発信力のある作家たちが「かの書房応援」コメントをつぶやくと、それを見て新たな客がやってくる。
「心配してくださる関係者の方々から見ると頼りない経営者かもしれませんが、売上獲得のためになりふりかまわずの無茶はせず、自分のペースでやっていきたい。開店予定日を延期したという苦い経験から"あわてて走ったら転ぶ"ことも学びました。今後長く続けるためにも、もう二度と転ぶまい、の気持ちで、宅配も自動車事故の危険性が低い地下鉄中心にしています」
鬼つながりで絵本とコミックを並べて紹介するという、従来の書店では見かけない推し方もかの書房流。
道東の上士幌(かみしほろ)町出身の加納さんらしい「十勝コーナー」を展開中。北海道書店ナビで紹介した内山企画会社(帯広本社) の『十勝のアイヌ伝説 The Rich Earth 豊かな大地』も扱っている。
札幌在住のイラストレーター、アカツキさんの大ヒット作『味のプロレス』、発見!
8坪のマイクロ書店だからこそ、お客様の会話から教わることが多いという。
「高校生くらいの娘さんといらしたお母様が"この絵本、小さい頃に読んであげたんだよ。覚えてる?"とか、娘さんのほうが"私には1冊だけ、って言っておいて、おかあさんは何冊も選んでるのズルイ"とか(笑)。本が親子のコミュニケーションツールになれることがわかりました」
「自分の子どもに何を読ませたらいいかわからない」という声も多いという。
やさしい児童書から解読力が求められる文芸書への階段をどう上がったらいいのか。そんな疑問も店頭で聞いたら、加納さんが喜んで回答してくれることだろう。
先日、以前の勤め先だった書店の経営者夫妻が来店してくれた。
当時の店舗とは比べ物にもならない小さな書店を見て、奥様がこう言ったという。
「私、こういう書店をやりたかった」と――。
オープン当初は身内や友人知人の応援、メディアの露出が後押しになるが
その波が引いたときこそが、本当の勝負の始まりになる。
「応援したい」という方はぜひ、上記のSNSやe-honをチェックしてもらいたい。
書店員の勉強会にとどまらず、6月7日・21日には閉店後の夜8時から「本語りnight」も開催予定。詳しくはTwitterやブログで。「やりたいことがいっぱいある」加納さんだ。
かの書房
札幌市豊平区美園3条8丁目2-1
TEL011-376-1856
営業日/平日 12:00~21:00 土日 11:00~21:00 不定休
地下鉄東豊線「美園」駅から徒歩15分
●かの書房 公式Twitter
twitter.com ●加納あすか
上士幌町出身。高校時代に熱気球操縦士ライセンスを取得。当時全国に二人しかいなかった女子高生操縦士として話題を集めた。現在も地元の熱気球クラブに所属。