おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第494回 アトリエ ツキミタイニ 長谷川 彩さん

Vol.180 アトリエ ツキミタイニ 長谷川 彩さん

アトリエ ツキミタイニ 長谷川 彩さん

大樹町の地域おこし協力隊でもあるエディターの長谷川さん。2020年9月に横浜から移住してきた。

[本日のフルコース]
十勝に移住してきたエディターが考える
「美しいって何だろう?自分の顔と向き合う本」フルコース

[2020.11.2]

十勝に移住してきたエディターが考える 「美しいって何だろう?自分の顔と向き合う本」フルコース

書店ナビ2020年9月、北海道の大樹町に「本」にまつわる頼もしい助っ人がやってきました。選書もできるライター兼編集者、「ようは"何でも屋"なんです」と笑う長谷川彩(さい)さん。
札幌に来てくれたタイミングで、本のフルコースを紹介してもらいました。

長谷川さん、まずは自己紹介からお願いします。

長谷川北海道のみなさん、はじめまして!横浜から来た長谷川です。2014年に湘南 蔦屋書店のオープニングスタッフになり、児童書コンシェルジュを4年間担当しました。
途中からブックディレクターの幅允孝が代表を務めるBACHにも所属し、ライブラリーや書店をつくるお手伝いや、書籍の編集・執筆などの仕事をしてきました。BACHの仕事は、北海道に来てからもリモートでお手伝いしています。

25歳のときに富良野のファーム冨田さんで半年間アルバイトをして以来、北海道暮らしは長年の夢でした。この数年は仕事のかたわら、東京都内で開かれていた移住促進イベントを見てまわり、そこで「北海道移住ドラフト会議」のことを知りました。

書店ナビ野球のドラフト会議に見立てた、移住希望者と道内の自治体・企業のマッチングイベントですね。球団にあたる自治体側は希望者の1分間プレゼンを聞いて、指名したいかどうかを決める。
2019年のドラフト会議に出場した長谷川さんは2球団から指名され、抽選会で独占交渉権を獲得した浦幌町の廃校を使ったコミュニティスペースTOKOMURO.Labと契約を結ぶことに。

長谷川TOKOMURO.Labに図書スペースをつくりたいという計画があり、私の本に関わってきた経歴に目をとめていただきました。

TOKOMURO Lab

tokomuro-lab.com

TOKOMURO.Labの図書コーナー

長谷川さんの北海道初仕事、TOKOMURO.Labの図書コーナーが2020年10月に完成!

地元のおかあさんたちが編んでくれたかご

地元のおかあさんたちが編んでくれたかごに入れて、「ワイルドに生きる」「色「とり」どり」などのテーマ別の本を提案。その場の空間にもっともなじむ方法で「丁寧に本をさしだす」姿勢はブックディレクターの幅さん直伝。「からだに染みついています」。

書店ナビ現在はフリーランスのライター・エディターとしてTOKOMURO.Labのような仕事をするかたわら、同じ十勝エリアにある大樹町の地域おこし協力隊としても活動されているんですね。

長谷川はい、大樹町さんのご理解もあり、自分で課題を見つけてくるフリーミッション型の協力隊として3年間の任期を務めます。
これから地元の皆さんと連携しながら大樹町らしいプロジェクトを手がけていきたいです。

書店ナビ今回のフルコースは顔の美醜や見た目について。30代の入口にいる長谷川さんのような若い世代にぜひ一緒になって考えてほしいテーマです。

[本日のフルコース]
十勝に移住してきたエディターが考える
「美しいって何だろう?自分の顔と向き合う本」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

自分の顔が好きですか?

自分の顔が好きですか?
山口真美  岩波書店
目、耳、鼻、口と基本のパーツは同じなのにそれぞれの形や色、大きさの些細な違いで美醜が生まれ、しかもその価値観は国や時代によって全く異なるという不思議。そんな顔の疑問を心理学の視点で多角的にとりあげた入門書。

長谷川なにか強烈な出来事があったわけではないんですが、ものごころがついたころから見かけで人を判断する・されることが気になっていました。
私自身、自分の顔にずっとコンプレックスを持っていますし、「美しい」側の人間ではない、という自覚もあります。
でも、いわゆる「キレイ」とか「カワイイ」「イケメン」ってそのひとを理解するうえで真っ先にくるほど大事なこと? そもそも「カワイイ」「イケメン」の基準って何だろう?と考えずにはいられない。
そういうモヤモヤした気持ちを一度冷静に整理してくれるのが、この本でした。

書店ナビ著者の山口真美さんは中央大学の教授です。心理学のなかでも顔認知、人が顔をどう見ているかということを専門に研究しています。
本書でもさまざまな顔認知に関する実験結果がフラットに記述されていますが、長谷川さんが特に気になった箇所はどこでしょう。

長谷川顔の印象がまわりの環境によって違って見える、というくだりが面白かったです。顔は自分のものだけど、自分だけのものじゃない。そのとき自分がどこにいて、誰と過ごすかで印象が変わってくるという気づきが、新鮮でした。
この本にも書かれていますが、生まれつきの美醜よりもたくさん「いい顔」に出会って、自分も「いい顔」になっていく。自分もそこを目指したいです。

自分の顔が好きですか?

本書194ページより。左の男性に注目!上下の顔を見比べて、あなたはどんな印象を持ちますか?

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ブスの自信の持ち方

ブスの自信の持ち方
山崎ナオコーラ   誠文堂新光社
ジェンダーやルッキズムといった偏見と戦ってきたナオコーラさん。最近のプロフィール欄を見たら性別が「非公表」に。その一文が足されるまでにナオコーラさんがどれだけの理不尽さと戦ってきたか、そのすべてがこの一冊に。

書店ナビ山崎ナオコーラさんは2004年に小説『人のセックスを笑うな』で作家デビュー。そのセンセーショナルな書名が話題になり…というところまでは聞きかじっていましたが、まさかそのときに、こんなにご本人の外見でバッシングを受けていたとは知りませんでした。

長谷川取材などの露出が増えるなかで、ご本人の本意ではない写真がネットでどんどん拡散され、「ブスのくせに」というようなひどい中傷にさらされていたそうです。
ナオコーラさんの主張はすごく明解で、「ブスかもしれないけど、それ、作品の評価に関係ある?」という、ごくまっとうな問いかけから始まり、さらに本質に近づき「ブスは社会がつくった、社会の歪みである」と看破します。

そんな社会の歪みを正していきたいから、男性も含めて見た目や性別に悩むすべての人の苦悩を背負うかのように、次々とある意味センセーショナルで、ある意味誰に対しても平等で優しい作品を発表し続けている。
ナオコーラさんが親になった気持ちを書いたエッセイもあって、私もナオコーラさんのように考えられる親になりたいと感じます。
同じ時代に生きていてよかった作家さんのひとりです。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

ワンダー

ワンダー
R.J.パラシオ   ほるぷ出版
トリーチャーコリンズ症候群という疾患で顔のかたちが変形している男の子が主人公。外見による差別や偏見を内面によって克服しようとする、という「定型」の範囲をやすやすと超えてくる傑作。かんたんに「感動作」なんて言いたくないけれど、涙が止まらなかった。

書店ナビ2017年にハリウッドで映画化もされた傑作です。手に取ったきっかけは?

長谷川2015年に日本語の初版が出たとき、私は書店員で、ほるぷ出版の担当者さんから「この本をできるだけ多くの人に届けたい!」という熱量を強く感じたことをよく覚えています。
主人公のオギーがホームスクーリングから学校に通うようになり、家族や友達、その親や先生たちの間に摩擦や変化がおきはじめます。全編一人称の視点で、章ごとに語りの人物が変わる構成もすばらしいと思います。

私が一番好きなシーンは、オギーが自分の顔がイヤでずっとかぶっていたヘルメットを、「実は自分が捨ててしまったんだ」と打ち明けるある人物の告白場面。そのくだりは何回読んでも胸が熱くなります。

付箋

持参してくれた私物の本にはどれもフセンがいっぱい!「響いたところにつけていったら、とんでもない量になりました(笑)」

書店ナビわたしは校長先生のスピーチが好きでした。今もふとしたときに、あの名せりふを思い出します。

長谷川わかります!ああいう校長先生が、自分の小さいころにいてくれたらと思います。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

きりこについて

きりこについて
西 加奈子  角川書店
一生読み続けていくバイブル。「あなたはあなたであるからこそ絶対的に美しい」という厳然たる事実をシンプルで力強い言葉で教えてくれた。大学生の頃に出会い、人生の節目には必ず読んできた本。読むたびにずっと新しい。

長谷川わたしにとって「同時代に生きていてくれてありがとう!」と思えるもうひとりの作家が、西加奈子さんです。このフルコースもまず、この本を紹介したくて、そこから残りの4冊を考えていきました。

書店ナビ主人公は、誰が見てもぶすと言われる顔立ちのきりこちゃん。その設定もすごいですが、本文中「ぶす」という単語がすべて太文字になっていることにも衝撃を受けました。

長谷川この本を読んだきっかけは、私、お笑いの又吉さんが大好きで、学生時代に彼がすすめる本をかたっぱしから読んでいたんです。
又吉さんが西さんの『炎上する君』の帯の文章を書いたという記事を見て、それを買いに行ったら隣りにあったのがこの本でした。

解説にも書いたように"きりこちゃんはきりこちゃんだからいい"んですよね。きりこちゃんの両親はずっとそのことを彼女に言い続けていたし、はじめはきりこちゃんのことを毛嫌いしていた周囲の人間も徐々にそのことがわかってくる。
近年の#Me too運動に始まる女性発信のムーブメントや、つい先日もフィンランドの女性大統領の素肌にスーツというスタイリングが物議をかもしたという一件も、私のなかでは正直どれも「遅いな」という印象です。
この本がそれらすべてのことに、いち早く答えを提示してくれていると思っています。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

1mmでも可愛くなりたい。

1mmでも可愛くなりたい。
有村藍里  扶桑社
私は程度にもよるけれど整形賛成派(自分がやろうとは思わないけれど)。その人が少しでもポジティブになれるのなら、それが一番。藍里ちゃんはコンプレックスと向き合い、本当によく頑張った。今の彼女は自信にあふれていて、とっても美しくて可愛らしい。

書店ナビ女優・有村架純さんのおねえさんですね。2019年3月にテレビ番組で整形手術を受けたことを告白した彼女が、そこまでにいたった気持ちや現在の心境を綴ったフォトエッセイ集。

長谷川彼女のインスタで発売を知って読みました。読めば、世間一般に流れている情報と実際のところがいかに違うかがよくわかります。
NHKの朝ドラに出るほどの人気女優である妹とつねに比較されるというのは、二重三重の苦しみだったはず。
その暗闇を整形という決断で乗り切った今の彼女を応援しています。

それとこのフルコース全体を通して、小説、新書、エッセイ、児童書そしてタレント本と、本の種類にもバリエーションを感じてもらいたいと思い、セレクトしました。 

ごちそうさまトーク 本とことばに救われて

書店ナビ長谷川さんのフリーランスの屋号は「アトリエ ツキミタイニ」。素敵な名称ですね。

長谷川まだ私が何ものでもないときにルームシェアをしていた友人が「彩ちゃんの書く文章は静謐な月明かりみたいだね」と言ってくれて、それがとてもうれしくて、そこからつけました。
誰かの心を月明かりみたいにぽっと照らすような文章を書いていけたら、という思いもこめて。

書店ナビ山崎ナオコーラさん、西加奈子さんのお話は特に熱くて、楽しかったです。

長谷川西さんといえば、『サラバ!』が発売されたときに初めてサイン会に行って彼女に対面しました。私の番になったときに好きすぎて何も話せなかったんですが、ぱっと目があったときに「すごい目がキレイ!」と言ってくださって、終わってからトイレで泣きました。
思えばこの話を含めて、私自身がいつも本によって救われてきました。これからも自分の仕事を通して、それを返していきたいという気持ちです。

書店ナビ道東のブックカルチャーを楽しく盛り上げてくれそうな長谷川さんの活躍、これから楽しみです。そして今の時代こそアップデートしたい自己肯定感や他者理解を助けてくれるフルコース、ごちそうさまでした!

長谷川(はせがわ・さい)さん

1988年東京生まれ。2014年にオープンした湘南T-SITEの蔦屋書店や、さまざまな空間に選書企画を提案するBACHで本にまつわる経験を積み、2020年9月から北海道大樹町の地域おこし協力隊に着任。フリーのエディター・ライターとしても活動中。

本と同じくらい お笑いも大好きです!

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