おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第495回 俳優 木村 功さん

Vol.181 俳優 木村 功さん

俳優 木村 功さん

取材は2020年10月に独り語りを行った「俊カフェ」にご協力いただいた。独り語りは投げ銭(!)が飛ぶ充実の1時間だった。

[本日のフルコース]
北海道屈指の読み語りの名手に教わる
「自分の声で読んでほしい戯曲」フルコース

[2020.11.9]

北海道屈指の読み語りの名手に教わる 「自分の声で読んでほしい戯曲」フルコース

書店ナビ選書企画「本のフルコース」は通常、選者の方にテーマを一任していますが、ときおり「こういうテーマで作ってみませんか?」とこちらで的を絞ってお願いすることもあります。
札幌在住の俳優、木村功さんへの依頼もこのパターン。
コロナ以降、舞台では少人数の朗読やオンラインでの語りが見る人の心をなぐさめてきました。

こういうときこそ「自分の声で読む」という新しい読書の楽しみ方をプロの語り手に教えていただきたいと思い、独り語りの名手、木村さんに声をかけた次第です。

木村さんは1948年9月30日幕別町生まれ。札幌の陵北中学校時代に演劇の楽しさに目覚め、北星高校・北星大学でも舞台に立ち続けます。
大学卒業後は仲間と演技集団「白戦」を旗揚げ。会社員と役者、二足のわらじを履き続け、大きな転機は三十代半ばのときに訪れたと言います。

木村確か、「札幌芸術劇場」と言ったかなあ。大きな演劇イベントがあり、そこで初めてギリシア悲劇の『オイディプス王』の主役を演じたんです。札幌市民会館で。

そのときに出会ったのが日本のモダンダンスの第一人者、能藤玲子先生です。玲子先生の舞踊団がコロス(合唱隊)として出演されていて、その舞台を機に、ぼくも玲子先生の創作舞踊研究所に通うようになりました。

ぼくは二十歳くらいから故・篠原邦之先生のもとでバレエを教わりましたが、クラシックバレエとモダンダンス、身体の使い方が大きく異なるメソッドを学んだことは、自分の舞台表現の大きな土台になっています。
バレエが身体の美しさやジャンプの高さ・回転の速さ、物語の華やかさだとしたら、能藤先生のモダンダンスは自己の内部を見つめ、取り出したテーマを舞台空間の中で表現し続ける…。

これ以上言うと難しい話になっちゃうのでこのへんでやめますが(笑)、とにかくそのときの『オイディプス王』が初めての大役経験でした。

書店ナビ『オイディプス王』はフルコースの《肉料理》に選ばれていますので、あとでまたお話をうかがいます。
この舞台と前後して木村さんの転機は続きます。東京と札幌の演劇人が互いの地で作品を披露し合う交流プロジェクトがあり、札幌代表に選抜された木村さんはなんと、渋谷ジァン・ジァンという、当時の演劇人にとって"アングラの聖地"のような小劇場で独り芝居を打つことに。すごい経験ですね!

木村お話をいただいたときは「とんでもない!」という気持ちでしたが、よくよく考えて「やらせてください!」とお返事して、別役実さんの著書『虫づくし』を独り芝居でやりました。
中村伸郎さんやすまけいさんも見に来てくださって…そこからが、ぼくの独り芝居の始まりです。35歳から15年間で10作品、別役さんの作品「~づくし」シリーズを脚色したり自分で書いたりして、道外は三重県や富山県にも持っていったかな。

当時のパンフレット

俊カフェの独り語りで読んだ井上ひさしの戯曲『藪原検校』は、かつて劇団「白線」でも演じたことがあるという。当時のパンフレット(手前の紫色)と、古田新太や野村萬斎が主演したステージのパンフレットを持参してくれた。

当時二十代の木村さん

主役の「杉の市」(後の二代目藪原検校)を演じた当時二十代の木村さん。目力がすごい。

書店ナビ引き続き、木村さんの舞台ヒストリーと照らし合わせながら本のフルコースの解説をうかがってまいります。

[本日のフルコース]
北海道屈指の読み語りの名手に教わる
「自分の声で読んでほしい戯曲」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

声に出して読みたい日本語

声に出して読みたい日本語
斎藤孝  草思社
初めての音読体験に最適な一冊。1ページごとに大きな文字で短い名セリフや名文が書かれています。きっと気に入る作家がいるはず。文章を声にすることで前頭葉が活性化して、脳が生き生き。ボケ防止の訓練にもなりますよ。

木村ぼくが朗読を始めたきっかけは、「教えてほしい」と言われたから。先ほどお話した別役作品の上演は、もとは虫や動物に特化した普通のエッセイ集を、あたかもぼく自身がそれぞれの分野の学者になったかのように言葉にして散文を立体化させる舞台なんですが、どうもそれを気に入ってくださった方がいらして「自分もやってみたい。朗読を教えてください」と声をかけてもらったことが、朗読を本格的に学ぶきっかけになりました。

朗読はアカデミックな定義がなくて、ひとつの柱になっているのがNHKのアナウンサーだった杉澤陽太郎さんが立ち上げた「日本語センター」です。
はじめは新人アナウンサーの基礎訓練のためであったけれど、それが一般の方にも応用できることがわかって全国に朗読が広がっていった。ぼくも「人にお教えするからには基本を学ぼう」と日本語センターの通信教育やセミナーを受けました。
個人的には、いろんな朗読の形があっていいんじゃないかなと思っています。

書店ナビ本書は2001年の発売以来、音読の一大ブームを巻き起こし、著者の斎藤さんも一躍時の人となりました。
『平家物語』や『方丈記』、宮沢賢治などの一節が載っていて、教科書を読んでいるような懐かしい気持ちになりました。CD付きもいいですね。

木村まねから始めて見るのもひとつの方法ですよね。ぼくが心がけている朗読は、自分よりも作品が前に出て、物語をしっかりと伝えること。
読み手が完全な"透明人間"になることはなかなか難しいですが、宮部みゆきさんの短編集『幻色江戸ごよみ』の一編「神無月」を読んだときに知り合いから「功ちゃんの姿が見えなくなった」と言われたときは、うれしかったですね。

書店ナビわたしも俊カフェで木村さんの「神無月」を聞いたとき、目の前に江戸の真っ暗な夜が浮かび上がってきました。あのときに木村さんに「本のフルコースをお願いしよう」と思いつきました。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ハムレット

ハムレット
ウィリアム・シェイクスピア   白水社
ご存知『ハムレット』には独り語りの名セリフが詰まっている。女性ならばオフィーリアの「私の手をギュッと握りしめ…私の顔をじっと見つめて…」と恋に揺れる女ごごろ。男性ならばハムレットの「生きるか、死すか、それが問題だ」の深刻な名セリフ。名優気分になること請け合い。

木村ぼくが五十代に入ったころだったかな。北海道出身の演劇人に大野あきひこさんという方がいて、彼がハワイ大学演劇科でテレンス・ナップ先生から学んだ呼吸法を教えてくれるというので、彼のもとに2年間くらい通ったことがあったんです。
テレンス・ナップさんは山崎努さんの舞台の演出を何本も手がけた方で、ぼくは山崎さんの本『俳優のノート』を読んで、「テリーに伝授してもらった」呼吸法を知ったんですよね。
それで大野さんのところでその呼吸法を教わりながら、シェイクスピア作品の長ぜりふが幾つも読み上げました。ハムレットの独白も読んだし、『ベニスの商人』のシャイロックのせりふとかね。

『ハムレット』は悲劇ですが、登場人物が実にリアル。「オフィーリアの父親って心配性な現代人ね」とか、ハムレットの母親には「ちょっと!貞操観念がないわねー。でも分かる気もする」と同情できたりもする。人生を俯瞰する墓掘りの爺の台詞も深いですよ。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

頭痛 肩こり 樋口一葉

頭痛 肩こり 樋口一葉
井上ひさし   集英社
演劇台本であり読み物としてもすすめたい一冊。ト書き(場面説明)があるので舞台を想像しながら読み進めることができる。各場面にタイトル(「借金の申し込み」「明治26年のジャンケンポン」)が付いていて小説のよう。 

書店ナビ今年没後10年を迎えた井上ひさし作品。太宰治や小林多喜二など作家たちの生涯を描いた「評伝劇」シリーズの一作です。

見取り図

あっ、書き込みがありますね。見取り図でしょうか。

木村これは…指導するときに書いたのかな。お芝居の台本は慣れていないとなかなか読みづらいので、こういう見取り図みたいなものを書いておくと「いま自分はここから出て行って、あそこにいるあのひとに話す」と想像しやすくなりますよね。せりふは発する方向を決めて言うものですから。

『頭痛 肩こり 樋口一葉』は、生きている人間と死んで幽霊になった人が同じ舞台に登場する設定がおもしろい。ほぼ全場面がその年の「お盆」の出来事を描いていて、物語が進むにしたがって前幕で亡くなった人が幽霊になってまた登場します。
生きている登場人物には幽霊の姿が見えないけれど、読者である観客には全てが見えている、そのギャップも楽しめます。
井上作品はせりふが身体に入ってきやすくて、声に出しているうちに"その気"になってくる。
翻訳物じゃない日本人の設定だからというのもあるでしょうが、話していて楽しいです。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

ソポクレス オイディプス王

ソポクレス オイディプス王
藤沢令夫訳  岩波書店
物語はギリシャ・テーバイ。国土を覆う疫病の原因を究明しようと神のお告げを頼る若き王オイディプス。証言を集めていくうちに次第にさまざまな証拠が自分自身に矛先を向けてくる。全てを知ったとき、「もう何も見たくない」と自らの目をくりぬき旅に出る。ああ、オイディプス、悲劇の若き王!

書店ナビ30代の木村さんが初の大役に挑んだ『オイディプス王』。後世の創作に多大な影響を及ぼした「父殺し」「母との婚姻」…紀元前5世紀ごろに描かれたギリシャ悲劇の傑作です。

木村初めてのギリシア悲劇に挑んだあのときは、演出家の津川良太さんに相当しごかれました。初の大役だったこともありますが、長年芝居をやっていて、演出家に力不足を失笑されたのはあとにも先にもこのときだけ。
ぼくは津川さんが大好きですけど、あのときは津川さんの前で芝居をするのが怖くて、本当にイヤだった。
いまは東京にいる津川さんにそんな昔話をしたら「そうだったんだ~」とご本人は全然覚えていませんでしたけど(笑)。

物語としての『オイディプス王』は構成が見事の一言。公演時間がそのまま作中の時間と重なって話が進行していく緊張感があり、お客さんは固唾を飲んで見守ります。
疫病の原因という"犯人探し"の意味でもサスペンスドラマや謎解きの要素が全て詰め込まれていて、現代劇に強烈な影響を与えている作品です。
ひょっとして独り芝居にできるかなと考えたこともありましたが、無理でした。神託という運命と人間がぶつかりあう、演劇史上最も重要な作品のひとつです。

馬頭琴奏者の嵯峨治彦さんなど音楽家との共演もある木村さん。

馬頭琴奏者の嵯峨治彦さんなど音楽家との共演もある木村さん。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

森は生きている

森は生きている
サムイル・マルシャーク  岩波書店
ミュージカルや児童劇、紙芝居と装いを変えながら各世代に愛される冬の物語。主人公が原作は「ままむすめ」ですが、お芝居では「マーシャ」と呼ばれることが多いようです。名前がしっかりあったほうが感情移入できますね。

木村最後はかわいらしい作品で《デザート》っぽく。この作品は札幌の共育舎の小川道子さんがミュージカルにしてやまびこ座でかけたときに、ぼくを呼んでくれたんです。六月の精とか、おおかみもやらせてもらったかな。
ぼくが持っているのは岩波少年文庫で演劇台本ですが、読み聞かせでも十分使えるんじゃないかな。
物語は10の場面に分かれています。暖かいココアでも飲みながら読んで、ゆっくりと冬の夜長を楽しんでください。

ごちそうさまトーク あのせりふが言いたくて

書店ナビ木村さんは札幌市北区にある知的障がい者演劇集団「あいのさとアクターズ」の顧問もお務めになっていて、毎年発表を作品し続けた22年間の活動実績が認められ、「あいのさとアクターズ」は令和元年度北海道文化奨励賞を受賞されました。おめでとうございます!

ご自身では今後どういう作品を演じる、あるいは読んでいきたいとお考えですか?

木村宮部さんの「神無月」のように構成がはっきりしている作品に惹かれるかな。同じ宮部作品の『初ものがたり』に収録されてる「鰹千両」も長い話ですが読んでいます。
魚屋の娘の将来を思って大人たちがあれこれ画策するんですが、茂七親分のせりふがいい。ぐっときます。あのせりふを言いたいがために作品を読みたいと思う。
庶民の目線から居丈高なご政道や理不尽なことにぶつぶつと文句を言いながら、きらりと光るせりふがある。そういう作品を大切にしていきたいですね。

書店ナビ取材中、功さんが目の前で次々と朗読してくださって、眼福ならぬ「耳福」の1時間でした。誰かのために、そして自分のためにも読んでみたくなる芝居本フルコース、ごちそうさまでした!

木村功(きむら・いさお)さん 

1948年北海道幕別町生まれ。札幌の陵北中学校時代に演劇の楽しさに目覚め、北星高校・北星大学でも舞台に立ち続ける。大学卒業後は仲間と演技集団「白戦」を旗揚げ。現在はクラシックバレエとモダンダンスのメソッドをベースにした身体表現で独り芝居や独り語りなどの活動を継続中。

俳優木村功の優雅な生活

ameblo.jp

思い出すって つかれるなあ(笑)

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