Vol.194 まちライブラリー スタッフ 古谷 綾さん
ご自宅からのオンライン取材はカメラが大好きな文鳥のブンチャくんも一緒に。
[本日のフルコース]
千歳のまちライブラリー復活を喜ぶ古谷さんの
「食わず嫌いも克服!工芸と人」の本フルコース
[2021.10.4]
書店ナビ:大阪から始まった、誰でも・どこででも私設図書館が始められる民間図書館プロジェクト「まちライブラリー」は現在、全国に約800カ所。
北海道にも18カ所のまちライブラリーがありますが、2021年の夏、1本の朗報が飛び込んできました!
書店ナビ:それは、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたスポンサーの判断により2021年3月に閉館した「まちライブラリー@千歳タウンプラザ」に対し、地元の中高生を中心に2000名を超える再開嘆願の声が集まったこと。
その声は議会をも動かし、今度は市の活動として再開の議決に至ったという嬉しい知らせが北海道を駆け巡りました。
今回の「本のフルコース 」は、その「まちライブラリー@千歳タウンプラザ」時代にサブマネージャーを務め、ただいま再開準備にも取りかかっている古谷綾さんに作っていただきました。
まずは千歳まちライブラリーの復活、おめでとうございます!
古谷:ありがとうございます!閉館が決まったときはすでに三密を避ける状況になっていたので、お世話になった方々とじっくりお話しできないまま、閉館の日を迎えたのがすごく心残りでした。
それがまた、こういう形で皆さんとお会いできる機会ができて、本当に嬉しいです。
書店ナビ:このあとは、工芸が盛んな長野県松本市出身の古谷さんの経歴とからめながら、陶芸愛が詰まったフルコースをご紹介してまいりましょう!
[本日のフルコース]
千歳のまちライブラリー復活を喜ぶ古谷さんの
「食わず嫌いも克服!工芸と人」の本フルコース
前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書
- orange
高野苺 双葉社 - 著者の高野さんは松本出身。物語はすごく切ない青春SFストーリーなのですが、私が住んでいた頃の松本の風景がそのまま描かれていて、登場人物が歩く帰路さえ矛盾なく描かれています。私にとっては自分自身のアルバムのように思える大切な作品です。
書店ナビ:古谷さんの故郷、長野県松本市はクラフトのまち。毎年5月末には「クラフトフェアまつもと」が開催されています(2020年・2021年はコロナで中止)。
学生時代の古谷さんも行ったことがあるのでは?
古谷:はい、会場になっている「あがたの森公園」近くに高校があったので、フェアは遠巻きに見ていました。
あるとき、木のフォークを作っている作家さんとお話しして、そこからクラフトの魅力に目覚め、大学では美術サークルで陶芸を始めました。私の陶芸好きはそこからです。
「『orange』1巻の表紙は、主人公たちがあがたの森公園にいるところ。高校時代、このあたりでお弁当を食べていました」
古谷:私が『orange』を読んだのは、ちょうど大人になった主人公と同じ26歳ごろ。出てくる場所がどこも知っているところばかりで、妹とも「翔(かける)くんの事故現場はあそこしかないよね!」と盛り上がってました。
10代の時は自分たちが住んでいるまちの写真を撮ったりしなかったので、高野さんが代わりにコミックに描き残してくれたように感じます。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- ウォーキング・ウィズ・クラフト
NPO法人松本クラフト推進協会 - 「もの作りの喜びを広める」ために1987年に発足した松本クラフト推進協会は毎年「クラフトフェアまつもと」や「クラフトピクニック」を開催しています。本書はその「クラフトフェアまつもと」30周年記念誌。同会の公式サイトから購入することができます。
古谷:数年前にクラフトフェアに行った時に買った記念誌です。中身は「クラフトフェアまつもとをつくってきた人たちの言葉」や「クラフトフェアまつもとと、クラフトのこれからをみつめる3つの対談」が載っていて、現在まで続くイベントがどうやって作られてきたのかが、詳細に載っています。
読んでいて私が特に気になったのは、クラフトという言葉の定義です。今となっては「こだわり」や「自然派」のような意味合いでコーヒーやスイーツなどいろんな商品名に使われているクラフトですが、本来は「手工業的な」「職人的な」という、主に工芸に用いられる言葉です。
この本の対談集の中ではいろんな立場の方が「クラフトの定義って何なのか」とか「そこはグレーでもいいんじゃないか」とか、いろんな意見を交わされていて、私もその定義について悩んだことがあったのでとても勉強になりました。記念誌ということもあって、大事にしている一冊です。
フレームの外から突然チッチッと聞こえてきたと思ったら次の瞬間、声の主であるブンチャが登場!「多分5、6歳です。オスなので見つけたもので巣作りをします」
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- 越境する日本人 工芸家が夢みたアジア 1910s-1945
東京国立近代美術館 - 2012年の春から夏にかけて開催された企画展「越境する日本人 工芸家が夢みたアジア 1910s-1945」の図録です。この時代の民芸と工芸界の状況が学術的にしっかり解説されています。お客さんがたくさん入る企画展とは別に、こういう研究成果を発表する場としての展示会にも憧れます。
書店ナビ:東海大学の文学部を卒業した古谷さんは、ご実家が先に移り住んでいた千歳市にIターン。学芸員の資格を活かして江別市セラミックアートセンターで3年間、常設展や企画展の開催に関わっていたそうですね。
古谷:センターには日本の釉薬研究の第一人者である小森忍さんを紹介する小森忍記念室があり、小森さんは中国古陶磁の研究もされています。そのつながりで企画展「越境する日本人」のことを知りました。
この図録自体が研究書のようで、読み応えも十分。誰でも楽しめる絵画や彫刻と比べると工芸、特に陶磁器はわかりづらいと思われるかもしれませんが、こうして研究の成果を発表して皆さんにその価値を知ってもらう展示のあり方もとても大切だと思います。
また、特にこの展示は「工芸とナショナリズム」をテーマにしていて、企画された学芸員さんの「これがやりたかったんだ!」という強い意志を感じます。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- 僕らの社会主義
國分功一郎・山崎亮 筑摩書房 - この本ありき、でフルコースのテーマを決めました。哲学者の國分さんと「コミュニティデザイン」という言葉を一躍日本で広めた山崎さん。コミュニティ論と工芸論の重なるところにこの二人がいるんだなと思って、ようやく"食わず嫌い"だったところを攻め始めることができました。
書店ナビ:江別セラミックアートセンターの契約が終了する頃、2016年12月に開館したまちライブラリー@千歳タウンプラザに当初はサポーターとして通っていた古谷さん。
次の就職先を探しているうちに、まちライブラリーに誘われて2018年にサブマネージャーの職を得ます。
古谷:だからといって「まちづくり」や「コミュニティ」の本をたくさん読んでいるわけではないんです(笑)。むしろその逆で、コミュニティに関する本は苦手なほう。でも、この本は國分さんが好きなので手に取りました。
書店ナビ:この本を読む上でキーパーソンとなる19世紀イギリスのデザイナー、ウィリアム・モリスは社会思想家ジョン・ラスキンの影響を受け、壁紙やカーテンだけでなく社会のあり方そのものをデザインしようと「アーツ・アンド・クラフト運動」を提唱します。
國分 ……モリスは産業革命後のイギリス社会において、日用品が非常に作りの雑なものになっていったことを嘆いていた。だから自ら工房を開いて、人々が日常的に使う物の中に芸術的価値が入り込まねばならないと考えた。……
『僕らの社会主義』P31より一部抜粋
古谷:私は大学時代の卒論のテーマが「民藝とクラフト」だったんですが、その時先生に「読んでみたら?」と渡されたラスキンたちに関する論文が英語で、「ダメだ~読めない~」と"食わず嫌い"のまま避けてしまった経験があるんです。
それもあって、ラスキンとモリスのことは「いつかちゃんと勉強しなきゃ…」とずっとどこかで思っていたら、國分さんの著書『暇と退屈の倫理学』でもこの二人について触れられていて、ようやくこの本で、しかもコミュニティ論と一緒に工芸論について勉強を始めることができました。
タイトルにもある「社会主義」と聞くと、なんだか国に抑圧された共産主義的なイメージがありますが、この本を読むと"民主主義的な社会主義"というか、もっとソフトでみんなの意見を反映させていくプロセスを大切にしている。
私が江別セラミックアートセンターでやってきたことや今のまちライブラリーの活動とも重なるところがあって、より自分ごとに引きつけて読んでいます。大学時代の先生には「今、読んでます!」とご報告したい気持ちです(笑)。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
- THE BOOK OF THE BATH
キャサリン・カナー INAX出版 - バスタブや水周りの陶磁器つながりでこの本を。身近なハーブを使ったお風呂の楽しみ方をオールカラーで教えてくれます。配合がレシピのように書かれているのでやってみたくなりますし、実際にお風呂を作っているINAXから出ているところも面白いなと思いました。
古谷:《デザート》というか、もうお風呂に入ってリラックスして寝ちゃいましょう!という感じで選びました。
この本は、江別セラミックアートセンターの図書室で見つけた本。先日、苫小牧のブックカフェ「豆太」さんに行った時に棚を見て「あ、この本は!」と思い出して後日改めて手に入れました。
イラストが多くてかわいいですし、お菓子の本を見ているような楽しさがあります。例えば「シーリャ叔母さんのサンバス」はポットに入れた紅茶を水風呂に注いで、日焼けで火照った肌をケアするそうです。いつかやってみたいです。
隙あらば古谷さんと一緒にいたがるブンチャ。「油断すると鼻の穴を狙われます」
ごちそうさまトーク 10 月10日オンライン&リアルイベントを開催!
書店ナビ:現在、「日本中が本でつながる37日間!」と題した「まちライブラリー ブックフェスタ・ジャパン2021」が開催中です。
10月10日(日)には古谷さんが進行を務めるオンライン&リアルイベント「千歳まちライブラリー 復活の狼煙!」が開催されます(参加者受付中)。
千歳まちライブラリー 復活の狼煙! | イベントに参加しよう! | まちライブラリー
書店ナビ:千歳まちライブラリーが復活したら、古谷さんが楽しみにしていることは何ですか?
古谷:千歳に住んでいながら勤め先が江別だった私にとって、まちライブラリーは職場であり地元の人脈を作ってくれた大切な場所でもありました。
そこで出会った方々と「ゴールデンカムイ女子会」や「着物ティータイム」というイベントを続けていたので、小規模でもまたその続きができたらいいなと思っています。
コロナになり、「人と会う」場所がどれほど大切なものかがわかりました。新しい千歳まちライブラリーも、かつての私のように誰かにとって「あってよかった」場所になれたら嬉しいです。
書店ナビ:千歳まちライブラリーはJR千歳駅前にある「JRイン千歳」のビル1階に場所を移動。再開をたくさんの千歳市民が心待ちにしていると思います。今後ますます活躍が期待される古谷さんの「工芸と人」本フルコース、ごちそうさまでした!