Vol.200 モリタ株式会社 代表取締役社長 近藤篤祐さん
モリタの応接室にはこれまで同社が手がけてきた箱がズラリ。一つ一つにクライアントやデザイナー、そしてモリタの箱職人たちの物語が詰まっている。
[本日のフルコース]
ハコ×デザインの可能性を追求し続けるモリタの近藤社長が選ぶ
「箱プランナー」を目指す人のための本フルコース
[2022.8.1]
書店ナビ:書店ナビの名物企画「本のフルコース」200回目の節目に、2022年に創業90周年を迎えた札幌の紙箱メーカー、モリタ株式会社の代表取締役社長、近藤篤祐さんにご登場いただきました。
商社にお勤めだった近藤さんが縁あってモリタに転職した2007年は、すでに日本経済の低迷期。中でも北海道は1997年に道民を震撼させた北海道拓殖銀行の破綻以降、あらゆる経済活動が停滞し、ギフトの箱を手がけていた御社も苦しいときを迎えていたとうかがっています。
近藤:私たちハコ屋さんは包むのが仕事ですから、何を、どれくらい包むのかで会社の売上が左右します。景気の波を良くも悪くも受けやすい仕事です。
書店ナビ:そこで近藤さんは生き残りをかけて、デザインと機能性が両立するハコづくりに着目されました。
箱に彫刻刀で彫ったようなV字の切れ込みを入れて蓋とのフィット感を高めたVカットボックス加工機を導入し、さらにVカットに適した牛乳パック再生紙「ミルクラフト」を自社で初めてのブランディング製品として開発。
札幌のデザイナーたちと組んだ企画展「ハコマート」も評判を呼び、モリタオリジナルの収納箱「ミニマムスペース」や「ハコのメモパッド」シリーズ、2022年1月には北海道生まれの厚紙エゾマツクラフトを使った箱とラッピングのDIYキット「ハコラピ PRESENT BOX」の販売を展開し、今では「デザインに明るい札幌のハコ屋さん」として全国に知られるようになりました。
最近はアーティストの前田麦さんが発案した新企画、近藤さんとデザイナーの小島歌織さんを含めた3人で活動する、書店のブックカバーを箱にリメイクして保存する「函文庫」プロジェクトも話題を集めています。
そうやってデザインを新機軸に据え、モリタを牽引してきた近藤さんがコロナ禍の2020年10月に代表取締役に就任されました。
第549回 BOOKニュース 札幌発・書店×デザイン×ハコの三位一体「函文庫」プロジェクト
近藤:2020年に入ったばかりの頃はお取引先である百貨店や土産品店が軒並み休業されて、当社も我慢の時が続きましたが、幸い、ECサイト中心のお客様はじきに巣ごもり需要が始まり、そちらのご注文が動いてきて…という流れで回復してきました。
本当にありがたいことですが、Vカットボックスやデザインに力を入れ、東京ギフトショーやTOKYO ART BOOK FAIRにも出展を続けていくうちに少しずつ東京や各地のフード関連の名店から、時には海外で販売される商品の箱などについてもご相談いただくことが増えてきました。
今思えば、15年前にVカットではなく、たとえば大量生産の機械を導入したりしてデザインとは違う方向に舵を切っていたら、こうはならなかったと思います。
書店ナビ:フルコースのテーマに「箱プランナー」という聞き慣れない単語があります。
近藤:コピーライターの池端宏介さんが考えてくれた当社オリジナルの職種です。その説明を含めて箱とデザインに関するフルコースを考えてみました。
[本日のフルコース]
ハコ×デザインの可能性を追求し続けるモリタの近藤社長が選ぶ
「箱プランナー」を目指す人のための本フルコース
前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書
- 箱のデザイン
ジョゼップ・M. ガロフェ(著)/三角和代 (翻訳)
ビー・エヌ・エヌ新社 - 「箱プランナー」とは、ユーザーからのリクエストに応えて最良の紙箱パッケージをつくり上げる仕事です。紙箱やパッケージデザインに興味はありますか?もし、お気に入りのハコやパッケージを一つでも取っておいたりコレクションしているのであれば、あなたはもう「箱プランナー」の候補生です。
近藤:この本はモリタに入ってすぐに書いました。モリタに入るまでは、恥ずかしながら本屋さんにデザインのコーナーがあることも知らなかった。きっと棚の前を通っていても、関心がないので目に入ってこなかったんだと思います。
北海道芸術デザイン専門学校の夜間部に入学し、デザインの勉強を始めてから先生にも勧められて関連本を手に取るようになりました。
箱の本は技術的なことを解説するものもあるんですが、これはご覧の通り、見てハッとするようなユニークなデザインの箱が、しかも展開図まで載っている。
あちこちに近藤さんが貼った付箋がぺたり。「どちらかというと"変化球"のデザインばかりですが、箱でこういうこともできるんだ!という参考になりました」
なんとロイヤルティフリーの展開図のデータが入ってるCD-ROM付き!
書店ナビ:全国の飲食店やメーカーさんから箱のご相談を受けているモリタさんでは、「こんなお客様だと仕事がしやすいなあ」というのがあるんでしょうか。
近藤:理想的なのは自分たちの課題や伝えたいことを明確に自覚しておられるお客様ですが、さすがにそういうお客様はほんの一握りですので、こちらでヒヤリングしながらそこを明らかにしていきます。
逆に困ってしまうのは「なんでもいいから売れる箱を作って」というリクエスト(笑)。
書店ナビ:「なんでもいい」わけないですよね。
近藤:デザインを勉強すると、そこに振り回されてしまうといい結果にならないことがよくわかります。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- ブックデザイナー・名久井直子が行く 印刷・紙もの、工場見学記
「デザインのひきだし」編集部 グラフィック社 - 数々のベストセラーの装丁を手掛けるブックデザイナー名久井直子さんの「紙もの愛」にあふれた工場見学記。箱づくりには紙と印刷の知識が不可欠です。いまペーパーレスが叫ばれていますが、視覚や肌ざわりが感じられる「紙もの」の良さはこれからも残り続けると思います。
書店ナビ:年3回(2、6、10月)発行される「デザインのひきだし」の連載を書籍化したものですね。2021年に出版されたこちらは、本ができるまでの工程を追った構成です。
近藤:名久井さんといえば「紙愛」のひと。この本でも名久井さんならではのマニアックな視点でそれぞれの工場が紹介されていて読み応えがあります。
トップバッターは王子製紙の苫小牧工場から始まっているんですよ。うちが出しているフリーペーパー「CASE」の紙もそこから取り寄せています。
「日本の箔押し加工を支えるツジカワさんにもお世話になっています」
近藤:この本を読むと名久井さんの「紙もの愛」がひしひしと伝わってきて、紙や印刷への興味、愛着が深まると思います。
ちなみに、うちの密かな目標はきっといつか出るであろう、本書の続巻に載ること。次はパッケージも関係してくるテーマだったらいいなあと念じています(笑)。
「デザインのひきだし」にVカットが紹介されたこともある。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- ウラからのぞけばオモテが見える
佐藤オオキ、川上典李子 日経BP社 - 「箱プランナー」にはデザインの視点も大切です。最近はデザイン思考というキーワードもよく耳にします。私は、別にデザイナーでなくてもデザインをきちんと学んでいなくても、デザインやアートに興味を持ち、自分が良いと思うものや他人がおすすめする良いデザインを見るように心がければ良いと思います。
書店ナビ:2013年に刊行された本書は、デザインオフィスnendo代表の佐藤オオキさんの「10の思考法と行動術」を、デザインジャーナリストの川上典李子さんが記述したものです。
近藤:nendoの佐藤さんが手がけた電子式消臭芳香剤「自動でシュパッと消臭プラグ」は、きっとデザインに関わる人なら誰もが「なんでトイレの消臭剤はゴテゴテしたデザインばかりで、カッコイイのがないんだろう」と思っていたモヤモヤを一発で解決しましたよね。
美しく、シンプルなデザインによってみんなの「あったらいいな」を実現してきた佐藤さんの考えが知りたくて、この本を書いました。「違和感を生む」「見せたいものは隠す」といった佐藤さん独自のデザイン思考を知ることができます。
僕ね、告白しますと、子どもの時から図工と美術が大の苦手で、それがものすごいコンプレックスだったんです。興部町という田舎で育ったのもあるし、自分にはいわゆる「センス」なんてないと思っていました。
だけどデザインの学校に通って先生たちに言われたことは「良いものを見なさい」と。良いデザインを見ていくと、そこに共通している美しさやテクニカルなこと、法則がわかってくるよと言われて、いろんな本やデザイナーの講演会も聞きに行きました。
もうだいぶ前になりますが、サントリーウーロン茶やユナイテッドアローズの広告を作ってきた葛西薫さんの講演会に行った時のことです。葛西さんは札幌出身で、室蘭で育ったそうなんです。
確か、車のCMでスコットランドに撮影に行ったときのことを話されていて、自分がいいなと思ってロケ地に決めたスコットランドの空が、実は自分が幼い頃に見ていた室蘭の鈍色の空と同じだった、ということに気がついたそうです。
つまり子どもの頃に見た光景が大人になってもそのまま自分の中に残っていたというその話を聞いて「ああ、センスって天性の感覚じゃないんだ。体験なんだな」と思ったことを、すごくはっきりと覚えています。
という葛西さんの話もあって、この本で語られる佐藤さんのロジカルな解説を読んでいくと、どれもすごく腑に落ちました。なので、この本はかつての僕のように「デザインってちょっと苦手」という方にこそ、おすすめしたいです。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- 「売る」から、「売れる」へ。水野学のブランディング講義
水野学 誠文堂新光社 - 「くまモン」「中川政七商店」などのデザイン・ブランディングで人気のアートディレクター水野学さんの特別講義をまとめた本。「箱プランナー」には「売れるパッケージをつくって欲しい」という要望が多く寄せられます。ですが「売れる」ためには表面的なデザインだけを求めても効果は薄く、中身そのものや作り手の「ブランド力」をいかに相手や世の中に伝えるかが求められます。
書店ナビ:2014年から2015年にかけて水野さんが慶應義塾大学で全4回行ったブランディングデザインの講義録を書籍用に再構成したもの。大学生向けというのもありますが、非常にわかりやすい内容です。
デザインとは「見え方のコントロール」であり、河原でたくさんの小石を積み上げていくようなもの。その石の一つ一つは商品そのものだったり、広告、店舗、パッケージであるという、全ての説明に頷いてばかりのブランディング入門書です。
近藤:先ほどの「センス」の話の続きになりますが、この本でも水野さんは「センスとは、集積した知識をもとに最適化する能力である」とおっしゃっています。
「ぼくだって例外じゃありません。(中略)後天的に蓄積した知識を活かして仕事をしています」
書店ナビ:近藤さんがこれまで「最適解を出せた!」と手応えを感じたお仕事はなんですか?
近藤:アメリカ本社のコーヒーショップの仕事です。パッケージデザインを考えるとき、「どこで売るか」ということも非常に重要で、例えば自店舗で売る場合は販売スタッフが自分たちの魅力を直に相手に説明できるので、一から十まで箱に書く必要はありませんよね。
でもそれが小売店に卸すとなると、伝える人が誰もいない。ということはパッケージに雄弁に語る役割を担わせる必要が出てきます。
そのコーヒーショップのご依頼は前者の方で、箱にいろいろ書きこむ必要はないけれど、その分店舗デザインやブランドロゴとの統一感を出すために極力シンプルなデザインが良いのではないかとご提案しました。
紙の素材も、アメリカ人に好まれるような少しラフな感じを出すために紙の裏面を表にして使っています。先方にも気に入っていただけて、嬉しかったですね。
北海道のデザイナーに仕事を依頼するときは「それぞれの持ち味やこちらのスケジュール、クライアントのデザインに対する理解度などを総合的に考えて、"この人かな"という人に声をかけています」
デザート スイーツ&コーヒーでコースの余韻を楽しんで
- BOX&YOU 箱をたのしむ本
BOX&NEEDLE監修 ビー・エヌ・エヌ新社 - 締めのデザートはやはり「ハコ愛」を感じていただきたいと思います。著者は京都の貼箱メーカーの娘さんで、雑貨好きが高じてオリジナル紙箱雑貨ショップを主宰されている方。世界各地を飛び回って素敵な紙を仕入れ、それを様々な収納箱に仕上げていきます。「包む箱」から「しまう箱」へ。私もここのファンです。ものづくりの楽しさを、コーヒーとともにゆっくりと味わってください。
- 北欧のかわいいデザインたち
pieni kauppa ピエ・ブックス - 北欧の生活にあるパッケージや日用品のデザインの紹介本。ただ眺めているだけで心が和みます。デザインの好き好きはそれぞれだと思いますが、少しずつ関心の範囲を広げられると良いと思います。書店のデザイン本コーナーにはこのような本がたくさん並んでいて、足を止めてみるといつも新たな発見があります。
書店ナビ:《デザート本》、近藤さんはスイーツとコーヒーに見立てて2冊選んでくれました!
近藤:締めなのでビジュアルが可愛い本を。BOX&NEEDLEの本はとにかく代表の大西景子さんの「ハコ愛」がすごい!誰にも真似できない境地で、ご自分の「好き」を形にしています。『北欧のかわいいデザインたち』はタイトルそのままの本。北欧と北海道はやはり相性がいいですよね。ヨーロッパのデザインは勉強になります。
「BOX&NEEDLEの二子玉川店に行くと、決して手ぶらで出てくることはできません(笑)」
「かわいいデザイン」シリーズは西欧、南欧の姉妹本も出ている。
ごちそうさまトーク 印刷・紙加工の仲間と「さっぽろ紙まつり」!
書店ナビ:印刷・加工にまつわる同業者からも信頼を集める近藤さん。石田製本株式会社(絵本製造・製本業)、札幌大同印刷株式会社(商業印刷・デザイン・WEB)、株式会社北海紙工社(印刷加工業)、モリタ株式会社(紙器製造)の道内4社が各自の技術を持ち寄って新たなオリジナル商品を展開するプロジェクト「北紙道hokKAMIdo(ほっかみどう)」も、2020年から始まりました。
近藤:北海紙工社さんが発起人となって声をかけていただきました。皆が知恵を出し合って、一社ではできないことに取り組んでいます。
8月30からの6日間は大丸藤井セントラルさんの創業130周年を記念した企画展『さっぽろ紙まつり』を開催します。
「デザインのひきだし」の編集長津田淳子さんをお招きしたトークやワークショップがあり、新商品も発売する予定です。入場無料です。最新情報はぜひ「北紙道hokKAMIdo(ほっかみどう)」のFacebookをご覧ください。
『さっぽろ紙まつり』紙々とたわむれる六日間
prenseted by hokKAMIdo日程/2022年8月30日(火)~9月4日(日)
開催時間/10:00~19:00(初日・最終日のみ16:00まで)
場所/7階 スカイホール
書店ナビ:現在、御社の箱プランナーさんは何名いらっしゃるんですか?
近藤:実を言うと、昨年入社してくれた新人が第一号です。当社のTwitterやnoteも担当しており、日々情報発信しています。製造ラインにも若手が増えてきて、ベテランの職人たちと一緒に頑張ってくれています。
書店ナビ:書店ナビとしては「函文庫」も応援しています。近藤さんの「ハコ愛」がぎゅうぎゅうに詰まった箱プランナーになるためのフルコース、ごちそうさまでした!
●近藤篤祐(こんどう・あつひろ)さん
北海道興部町出身。商社勤務を経て2007年に紙箱メーカーのモリタ株式会社に転職。「うちのような中小企業が生き残るには今後デザインが重要になる」と考え、北海道芸術デザイン専門学校の夜間部に入学し自らデザインを学ぶ。V字カットボックス加工機の導入に始まり、札幌のデザイナーと組んだオリジナル商品の開発や企画展の開催、ギフトショーやTOKYO ART BOOK FAIR、紙博への出展を積極的に展開。2020年10月には代表取締役社長に就任。2022年、モリタは創業90年を迎えた。
貼り箱・Vカット・打抜加工・紙箱・ギフトボックス・紙器製造販売|モリタ株式会社 | もっと売れるパッケージを。梱包、雑貨、食品、ギフト…紙箱工場直営専門店。オーダーメイドにこたえます。