Vol.204 アートディレクター 岡田 善敬さん
ブックデザインを手がけた錯視の絵本『まほうつかいウーのふしぎなえ』を持って。
[本日のフルコース]
アートディレクター岡田善敬さんが何度でも開く
「眺める本」フルコース
[2023.2.13]
書店ナビ:札幌には札幌アートディレクターズクラブ(以下、SAPPORO ADC)というデザイナーの団体があり、「クリエイターの課外活動」として毎年、作品公開審査会や年鑑の発行を行っています。
今回のフルコース選者はSAPPORO ADCの会員であり、数々の話題にのぼるお仕事を発表してきたアートディレクターの岡田善敬(おかだ・よしのり)さんを、お勤め先である札幌大同印刷株式会社さんに訪ねました。
先に岡田さんの略歴をご紹介すると、岡田さんは帯広市出身。自立したくて札幌デザイナー学院に進学し、札幌大同印刷に新卒入社します。大きな転機は2008年に訪れました。自主制作の「オバケ!ホント?」シリーズで札幌ADCグランプリと松永真賞のダブル受賞を達成。さらに2009年のJAGDA新人賞、そして北海道のクリエイターとして初の東京ADC賞に輝きました。
タイプフェィスの「オバケ!ホント?」シリーズはアレンジも自由自在。「あ、この形は…」と想像を膨らませるのも楽しい。
書店ナビ:以来、企業やショップ等のCIやロゴ、パッケージデザイン、ブックデザインなど多岐に渡ってご活躍。2022年8月には、札幌の紙加工を得意とする4社(石田製本株式会社、札幌大同印刷株式会社、株式会社北海紙工、モリタ株式会社)が集まって開催した「さっぽろ紙まつり」の総合ディレクターに。6日間のおまつりは大盛況のうちに幕を下ろしました。
大丸藤井セントラル130周年記念企画展として開催された「さっぽろ紙まつり」
紙のお神輿や紙のおみくじ、人気ヒーローのお面など、紙で遊び尽くした展示が大評判に。
岡田親子も記念写真をパチリ!
岡田:あれは作り物が多くて、倒れるかと思いました(笑)。でもたくさんの方々に喜んでもらえて本当によかった。関係者一同、頑張った甲斐がありました。
書店ナビ:以前「オバケ!ホント?」シリーズが各賞を受賞した時に、別媒体ですが岡田さんにインタビューをさせていただいたことがあり、その時はクライアントワークのかたわら、仕事ではできないことを試す自主制作についてお話しされていました。
岡田:ありがたいことに今は、仕事でも自分のデザインを求められる機会が増えてきました。
会社としては現在、全ての部門を厚別区の社屋に統合し、僕は企画室dioとWeb開発室Cororuse(コロルセ)を統括しています。物理的な距離が縮まったことでコミュニケーションもさらに密にして、いい仕事につなげていけたらと思っています。
書店ナビ:今回のフルコースは「眺める本」というテーマで5冊を選んでいただきました。それでは一緒に見てまいりましょう!
[本日のフルコース]
アートディレクター岡田善敬さんが何度でも開く
「眺める本」フルコース
前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書
- 時間旅行
和田誠 河手書房新社 - 日本を代表するイラストレーター和田誠(1936年~2019年)。本書は2000年に刊行された和田誠作品集『時間旅行』を基にその後20年弱の代表的な仕事を盛り込んだ増補改訂版。4歳から82歳までの和田誠が見られる「定本」として類を見ないオールタイムベストな作品集。
岡田:僕が感じる和田さんの魅力は、絵がデザインされているところ。タッチも好きだし、何といってもアイデアが面白い。言葉がなくても伝わりますよね。
僕は2人の息子がいるんですが、今、中学2年の長男が小学生の頃から星新一のショートショートの大ファンなんです。その一連の表紙イラストや挿絵を描いているのが和田さんで、この本が親子共通の話題になっています。
書店ナビ:和田さんの没後、2021年に東京で開かれた「和田誠展」では小学生の時に描いた似顔絵や漫画も展示されていて、それがまたびっくりするような完成度でした。この『時間旅行』にもその漫画が収録されていますね。
大好きなディズニーに影響されて描いた漫画。1945年作、和田誠このとき9歳。
岡田:すごいですよね。線がいきいきして。でも、うちの次男、小学4年なんですけど、彼が描く漫画もなかなかのもので、オリジナルキャラクター「かめたん」の漫画を30冊近く描いてるんです。
書店ナビ:すごい!いつかぜひ発表してほしいです。岡田さんファミリーは本を読む家なんですね。
岡田:うちは奥さんが本好きで、家の中で子どもたちの手がすぐに届きやすいあちこちに本を置いてくれている。それがすごくよかったと思います。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
- ブルーノ・ムナーリの本たち MUNARI I LIBRI 1929~1999
ジョルジョ・マッフェイ著・編集 ビー・エヌ・エヌ新社 - 美術家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、絵本作家、教育者と多彩な顔を見せるブルーノ・ムナリが手がけた本を年代順に解説。有名な絵本やアート実験作品、教育書、文学書の他に製品カタログやパンフレットなどの小冊子類も掲載。ムナーリ入門の決定版。
岡田:この本を手にとったきっかけは、グラフィックデザイナーの林規章さんが装幀を手がけていたから。ちょうど絵本の仕事が増えてきた時期で、絵本作家でもあるムナーリの世界が気になっていたので購入しました。 ムナーリと先ほどの和田さんは「多彩な人」という共通点がありますよね。
「アイデアがたくさん詰まっているし、ずっと眺めていられます」
書店ナビ:岡田さんがこれまで手がけた本で一際話題になったのが、北大総合博物館の「ダイナソー小林」こと、小林快次先生が監修を務めた『恐竜骨ぬりえ』ですね。 あれはどういう経緯で関わることに?
- 恐竜 骨ぬりえ
岡田善敬 構成/小林快次 監修 KADOKAWA - 恐竜の全身骨格に色で肉付けして自分だけの恐竜をつくるぬりえ本。子どもの「知りたい」「伝えたい」気持ちを刺激する、まったく新しいワークブック。2022年刊行。
岡田:北大の広報課さんが「何か子どもを対象にした恐竜の企画はありませんか?」と声をかけてくださったんです。たまたま家族が恐竜好きだったこともあり、思いついたのがこの「骨ぬりえ」のアイデア。
小林先生に向けたプレゼンでもすごく助けになったのが、息子が作った「どの博物館にどの恐竜の骨があるか」という資料でした。それをご覧になって、小林先生も「この恐竜の骨ならあそこの博物館にもあるね」と前向きに考えてくださるようになって、「全国の博物館に会いに行ける恐竜」というコンセプトが固まりました。
書店ナビ:なんとも頼もしい応援がご家庭から。
岡田:僕は子どもを対等な存在だと見ているので、家でもよく「これ、どう思う?」と普通に相談しています。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
- グラフィック・コスモス―松永真デザインの世界
松永真 集英社 - 日本グラフィックデザイン界の巨匠の一人、松永真。"半径3メートル"の身辺から掬いあげた明快・単純・多彩なデザインの全貌を集大成した本書は1996年刊行。20代のデビュー作「ブロンズサマー」のポスターからフランスの煙草「ジタン」の国際コンペ優勝作品まで全420点を収録。
書店ナビ:冒頭でご紹介した通り、岡田さんは2008年に「オバケ!ホント?」シリーズで札幌ADCグランプリと松永真賞をダブル受賞されました。会場には松永さんご本人がいらしてたんですね。
岡田:ええ。僕はその頃、この松永さんの作品集をいつもカバンに入れて持ち歩いていて、札幌ADCの審査員として松永さんが来られるとわかった時「どんな作品を出したら自分のことを覚えていただけるだろう」と思って出したのが、着想を温めていた「オバケ!ホント?」シリーズでした。
見事、念願の松永真賞に輝き、「その時に描いてもらいました」というサイン入り!
書店ナビ:松永真さんといえば、タカラカンチューハイや資生堂ウーノなど代表作を絞るのが難しいくらい、皆が知っている商品のデザインを手がけています。
岡田:カッコイイのは「スコッティ」のプレゼンエピソードですよね。有名な話ですが、クライアント側のデザイン条件は「花柄」だったところをあえて、日本の室内になじむシンプルなストライプで提案した。ロゴも既存のものを入れるのではなく作り直して提案し、結局コンペで選ばれた松永さんの「スコッティ」デザインは、会社が山陽スコットから日本製紙クレシアになった今でも使われている。尊敬しています。
本書の後半には松永さんのクライアントワークではない自主制作作品も収録。「夜の松永真、というタイトルで始まって、それもめちゃくちゃカッコイイんです」
岡田:それとちょっと長くなりますが、僕にはもう一人、この会社に入ったばかりの制作部時代に加藤さんという師匠がいて。加藤さんが知り合いのバンド「トカレフズ」のロゴを作った時のことです。
それがピストルの弾丸を素手で掴んでいるデザインで、「なんでこのデザインなんですか?」と聞いたら「それくらいスゲーやつらなんだ」と返ってきた。
僕はその答えを聞いた時に、デザインはこんな風に人に聞かれて即答できるようなコミュニケーションの力があるということと、自分の身近な人の役に立てる仕事だということを初めて知りました。
「トカレフズのライターは、今もお守りがわりに持っています。」
岡田: そのこともあって後日、企画室に異動になった時に社内で誰かバンドをやっているやつはいないか探して(笑)。営業の牧野のバンド「エロチカ」のロゴをデザインさせてもらいました。
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
- まほうつかいウーのふしぎなえ
エド・エンバリー 小宮由訳 文溪堂 - 魔法使いウーの魔法は、黒のインクと白い紙をつかって描かれる不思議な絵。魔女にカエルに変えられてしまった王子の魔法を解くことができるかな? モノクロの絵の中に作りだされる影、色、光・・・不思議なオプ・アート〈錯視〉の絵本。
書店ナビ:エド・エンバリーは1931年生まれのアメリカ人絵本作家。日本では見ているだけでイラストの描き方がわかる「エンバリーおじさんの絵かきえほん」シリーズで知られています。自分の指紋を使ったお絵かきや仕かけ絵本など、ワクワクするような絵本を作ってきた人ですね。
そして2020年10月に刊行されたこの『まほうつかいウーのふしぎなえ』はなんと!岡田さんがブックデザインを手がけ、さらに奥様の綾さんが「日本語手書き文字」で本づくりに参加されています。
岡田:原書の文字が全てフォントではなくエンバリーさんの手書きなので、やはり日本語版もそれにならいたいなと考えて、「誰か、こんな風に書ける人いないかなあ」と見渡したらうちにいました(笑)。
サタンブラックという黒インク一色で刷られたモノクロの世界。まるっとした文字が可愛いらしい。
それを「日本語手書き文字」の岡田綾さんが書くと、ご覧の通り。原書の空気そのままに。
「僕、一カ所だけ自分で書きました」と岡田さん。それがこちら、「ポン」
岡田:この本は謎解きの要素もあるのでネタバレにならない範囲でお話しすると、読者の子どもたちが魔法使いにかけられた謎をどう解くかは、簡単なヒントもあるんです。ところが最後の魔法のヒントだけは、原書の英文がちょっと詩的な表現になっていて「これってつまり、どういう意味だろう?」と皆で頭を抱えちゃいまして。本を置いたり、持ち上げたり、いろんな角度から"眺めたり"しているうちに…「これだ!」という答えが閃き、安心して日本語版を完成させることができました。
書店ナビ:全ての魔法が解けたんですね。そこにも何やら「眺める」というキーワードが…この記事をご覧の皆さんもぜひ、岡田さんが解いた謎に挑戦してみてくださいね。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
- 無印良品キャンプ場 雲の本
株式会社garden - 2009年発行
アートディレクター 新村則人 Norito Shinmura
イラストレーター・デザイナー 庭野広祐 Kosuke Niwano
書店ナビ:この本はどうやら日本に3カ所しかない無印良品キャンプ場(新潟県 津南/岐阜県 南乗鞍/群馬県 カンパーニャ嬬恋)の関連アイテムのようで、一般の書店やAmazonでも買うことはできないようです。北海道で持っている人はかなり少ないかも。
岡田:本書のアートディレクションをしている新村さんのご活躍はもちろん前々から耳にしていましたし、松永真デザイン事務所のご出身だということも知っていました。SAPPORO ADCの審査に新村さんがいらした時にご本人に「『雲の本』、大好きなんです!」とお伝えしたら、後日実物を送ってくださったんです。
今回フルコースのテーマを「眺める本」にしようと思ったのも、この本があったから。眺める距離によって見え方も感じ方も変わって、まさに「眺める」には最高の一冊です。うちの次男もこの本の凄さを感じ取っているみたいで、よくページを開いています。
巻末に載っている「雲ができるまで」。クラフト紙にホワイト印刷という素朴な味わいに癒される。
ごちそうさまトーク ブックデザインワークショップ募集中!
書店ナビ:岡田さんのデザイン観も伝わってくる選書、とても面白かったです。近々の告知情報があれば、教えてください。
岡田:最近はワークショップのご依頼も増えてきて、2023年3月11日には札幌市中央図書館で小学生を対象にした「ブックデザインワークショップ」を開催します。
岡田さんが講師を務める「ブックデザインワークショップ」 参加費無料!
開催日:2023年3月11日(土)
時間:午前の部10:30~12:00/午後の部13:30~15:00 ※各回とも30分前開場
場所:札幌市中央図書館3階講堂 札幌市中央区南22条西13丁目1-1
対象:札幌市内に在住か通学している小学生
定員:各回20人 ※保護者の方も同席できます
申込:図書館ホームページの申込フォームから 申込は2月24日(金)まで
ブックデザインワークショップ(小学生向け)を開催します/札幌市の図書館
発表:当選ハガキの発送にて(2月28日発送予定)
お問合せ:札幌市中央図書館利用サービス課 TEL011-512-7320
2/14~2/28までは休館のため電話はつながりません。
この間はメール libraryservice@city.sapporo.jpまで。
岡田:以前は苦手だったワークショップも、やるたびに子どものすごさを教わって、だんだん楽しみになってきました。
書店ナビ:今後やってみたいことは?
岡田:いつかまたオリジナルの絵本を、とは思っていますが、でも基本は「なんでもやってみたい」かな。デザイナーとしてはやはりAIができないような、そこからコミュニケーションが生まれるようなものをこれからも作っていきたいです。
書店ナビ:素敵なご家族に囲まれ、たくさんのデザインを見つめてきた岡田さんに教えていただい「眺める本」フルコース、ごちそうさまでした!
岡田善敬(おかだ・よしのり)さん
1974年北海道帯広市生まれ。札幌デザイナー学院を卒業後、札幌大同印刷株式会社に新卒入社。2008年に発表した自主制作「オバケ!ホント?」シリーズが札幌ADCのグランプリと松永真賞、2009年のJAGDA新人賞、北海道のクリエイターとして初の東京ADC賞も受賞し代表作に。主な著書に『オバケ! ホント?』(福音館書店)、共著として『NHKノージーのひらめき工房 ノージーのひまつぶしブック』(金の星社)、『恐竜ぬりえ』(KADOKAWA)などがある。