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第611回 新刊紹介 荒井宏明文・写真『北海道建築』

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NPO法人北海道ブックシェアリング代表の荒井宏明さん。今回は取材ライターとして東京の出版社から久しぶりの単著『北海道建築』を出版した。

[新刊紹介]
建築から見る北海道の歴史と風土と人々の暮らし
走行距離2万km超えの取材で完成!『北海道建築』

[2024.11.22]

トゥーヴァージンズ社「建築」シリーズ第10弾の舞台は北海道

「北海道を感じる建築を紹介する」という壮大なテーマに取り組んだ新刊『北海道建築 北の大地に根づく建物と暮らし』が2024年10月29日に発売された。
出版元はトゥーヴァージンズ(東京本社)。『看板建築』『沖縄島建築』『復興建築』『横濱建築』といった同社の「建築」本シリーズの第10弾にあたる最新刊の舞台を北海道と定め、2023年から取材撮影を現地の誰に頼むか、人選に動き出していたという。

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北海道建築 北の大地に根づく建物と暮らし
監修 角幸博/撮影監修 酒井広司/文・写真 荒井宏明  トゥーヴァージンズ
アイヌコタン、石造倉庫、炭鉱遺産…厳しい寒波と積雪の重み、海風による火災、鉱山事故――度重なる試練を耐え抜いた北海道の質実な建物と、それを受け継ぐ人々の思いを紡ぐ。走行距離2万キロ以上の徹底インタビュー&撮り下ろし写真約300点を収録。

本書の制作に関わった北海道のキーパーソンは3人いる。取材・撮影を担当した荒井宏明さんと建築監修の角幸博さん、そして撮影監修の酒井広司さんだ。
ライターの荒井さんは北海道の読書環境の整備を進めるNPO法人北海道ブックシェアリングの代表として知られる。
実直な荒井さんの人柄そのままに、同団体は2020年にNPO法人知的資源イニシアティブ (IRI) による「ライブラリアンシップ賞」を受賞。
「北海道の学校図書館に関する相談ならブックシェアリングに」と言われるほど、関係者から厚い信頼を集めている。

元新聞記者でもある荒井さん。これまでに単著『なぜなに札幌の不思議100』(北海道新聞社)や共著『全国 旅をしてでも行きたい街の本屋さん』(GB)などもあり、そうした過去本の縁で今回、版元であるトゥーヴァージンズから取材依頼が舞い込んだ。
「当初は札幌や小樽、函館に絞りこもうかという案も出ましたが、やはり『北海道建築』という本にするなら全道を回らないと」。その意気込みで2024年3月から3カ月間、単身で走行距離2万キロ以上の取材撮影を敢行した。

江別の北海道ブックシェアリング事務所でご本人にお話をうかがった。

住んでいる人も、よそから来た人も「北海道を感じる建築」70選

書店ナビ『北海道建築』出版おめでとうございます。本書に掲載する建築の選定はどなたが行ったんですか?

荒井編集部からは基本、僕に任せていただきました。お知恵を借りようと監修の角先生にご相談したところ、「掲載基準を決めようとしても(いろんな基準があるだろうから)キリがない。シンプルに"荒井さんのアンテナに引っかかるもの"で進めていいのでは」とご助言いただき、僕自身が「住んでいる人も、よそから来た人も北海道を感じる建築」というところで70件に絞り込みました。

メインで紹介する建築のインタビューのあとにコラムを載せる10章構成やその後にエリア別に紹介するという流れは、既存の「建築」シリーズの流れを踏襲しています。
トゥーヴァージンズの「建築」シリーズは、ゴリゴリの専門書というよりは建築にまつわる物語にも光を当てたご当地本でもあるので、建築の造形そのものがもつ面白さとそこにある物語の2本立てをどう伝えるかというところに一番苦心しました。

書店ナビ「北海道を感じる」という基準に照らして、平取町の二風谷コタンや赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設などが掲載されています。

荒井その2カ所は撮影画像を見た編集部が特に驚いていたところです。本州の人たちはアイヌコタンはもちろんのこと、大抵の都府県の方は炭鉱にもなじみがないですよね。赤平の旧住友赤平炭鉱ヤード(操車場)なんて、見るひとが見たらまるでファイナルファンタジーの魔晄炉ですから(笑)。
それは冗談だとしても炭鉱に関しては2022年にお亡くなりになった元夕張市石炭博物館館長の吉岡宏高さん、空知地方に残る炭鉱遺産の価値を高めようと尽力された吉岡さんへのオマージュの意味もありました。

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3カ月間の取材撮影はときには車中泊もしながら稚内から函館まで全道を駆け回った。

エリア編に載っている旧海軍大湊通信隊 稚内分遣隊幕別送信所庁舎は、太平洋戦争開戦の合図となった日本海軍の暗号電報「新高山登レ 一ニ〇八(ニイタカヤマノボレ ヒトフタマルハチ)」を中継送信したところ。
太平洋戦争における北海道の関わりを語る建築として「本書にはこちらの掲載が絶対に欠かせません」と書いた企画書で先方に打診したところ、撮影許可がおりてとても貴重な光景を撮ることができました。

プロから教わった撮影術、北海道の「当たり前」に四苦八苦

書店ナビ撮り下ろし写真が約300点。見応えがありました。

荒井当初は、北海道で建築撮影といえばすぐにお名前が上がるフォトグラファーの酒井広司さんにお願いしようかと思いましたが、スケジュールや撮影件数の多さを考えると現実的ではなく、僕が酒井さんに"弟子入り"し、何度か酒井さんのところに通って撮影に関する基本を教えていただきました。
おかげで自分が納得できなくて再撮影に行くことはあっても、編集部からの写真のダメ出しはほとんどありませんでした。

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撮影機材はZ5をメインに、サブでD800も。荒井さんが持つこちらの『北海道建築』は掲載建築の一つでもある大型書店コーチャンフォーの限定カバーバージョン!コーチャンフォー店舗で購入するともらえる。

荒井それよりも大変だったのは文章のほう(笑)。これはもう全面的に編集部が正しいんですが、最初の頃は北海道に住んでいるとつい当たり前の感覚で書いてしまった表現が多かったんです。
例えば、「開拓使」という単語も北海道の人はすぐに「ああ、明治にできた北海道開拓の中心になったお役所ね」とわかりそうなところですが、北海道について何も知らない読者が読むことを前提にしたら注釈がいる。勉強になりました。
実働で動いたのは自分ひとりですが、建築監修の角先生と写真監修の酒井さんがいてくださったことが本当に心強かったです。

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11月15日、紀伊國屋書店札幌本店で出版記念イベントが開催された。壇上左の話し手が本書を監修したNPO法人歴史的地域資産研究機構代表理事の角幸博さん。

書店ナビ公立小中学校の図書館整備をしている荒井さんらしく、「図書館探索」という章もありました。

荒井個人的な思い入れで言うと「あそこもいいな」と思うところがたくさんありましたが、本書では現在、北菓楼札幌本館になっている旧行啓記念北海道庁立図書館と江別にある北海道立図書館を紹介しています。
後者は図書館の入口に建っている酪農用の塔型サイロも含めて北海道らしい図書館の光景になったんじゃないかなと感じています。

書店ナビ最後にあらためて『北海道建築』の見どころをご紹介ください。

荒井この本に掲載されている建築は、僕も初めて訪れたところばかり。音威子府村(おといねっぷむら)にある砂澤ビッキの美術館「アトリエ3モア」も、室蘭市の円形校舎、旧室蘭市立絵鞆(えとも)小学校も事前に聞いていた評判以上のすばらしさでした。

北海道を建築でたどっていくと、まだまだ皆さんが知らない発見に溢れています。この本を通じて、観光ガイドブック的な視点からは見えてこない北海道に親しんでいただき、ぜひ現地にも足を運んでもらえたらうれしいです。

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現在、学校図書館に関する論文を書くため、北海道大学の大学院にも通う荒井さん。「自分が何者であるかわからなくなってきました」(笑)

北海道を複眼的に捉える書き手とテーマのベストマッチ

荒井さんへの取材後、撮影監修の酒井広司さんにもお話をうかがった。

「荒井さんにはライティングとかカラープロファイルとか、ごく基本的なことを伝えただけ。"教えてください"と言われて1回ぐらいだろうと思ったら、何回か通ってくるから驚きました。しかも最新のカメラも買っちゃったって言うし(笑)。頑張り屋なんです彼は。

僕は室蘭出身ですから円形校舎の絵鞆小学校の存続に頑張っておられる人たちのことや、どんなに歴史的な意義がある建築でも存続の手立てがなく解体現場を撮影したことなんかを思い出すと、やっぱり建築は人がいてこそ生きるものだと実感します。
今回の『北海道建築』はその意味でも価値がある、なかなかない北海道ガイドになっているように感じます。
建築写真には"プロならこう撮る"的なセオリーもありますが、この本は造形だけでなく物語も撮っている。それを荒井さんが一人で撮りきったということもうまく作用している気がします」

荒井さんのホームである北海道ブックシェアリングのサイトには北海道の公立小学校図書館をとりまく厳しい状況が記載されており、荒井さんはつねにデータや事実に基づいて「他府県と比較すると」という複眼的な視点で北海道を語ることができる数少ない書き手の一人である。

活動する背景 | bookshare

booksharing.wixsite.com

「国連加盟の193か国のうち、約50か国は北海道の3分の1以下の面積である。(中略)ちょっと小さめの国を3つ回るようなもの。」

(『北海道建築 北の大地に根づく建物と暮らし』P143より引用)

こんな記述に導かれる北海道ガイドもそうお目にかかれないのではないか。
北海道を建築で語るといういささかマニアックなテーマとそれにふさわしい書き手のベストマッチが、心ある専門家たちの協力を得て今、『北海道建築』という形を得て店頭に並んでいる。地元の応援で盛り上げたい。

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