おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第232回 ジュンク堂書店旭川店 

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.9 ジュンク堂書店旭川店 副店長 高田 学さん

地元劇団の脚本や演出も手がける多彩な高田さん。書店歴は18年。

[本日のフルコース] クローズドミステリ 〜美味は閉じ込められた中に〜

[2015.7.20]

書店ナビ 高田さんといえば、以前ご登場いただいたときもおすすめ本の中に必ずミステリ本を入れてきた推理小説マニアのおひとりです。フルコースのお題も “クローズド(closed)”ミステリ。クローズというただならぬ気配がするキーワードが、今から気になります。
高田 ただ自分の好きな本を挙げるのではなく、フルコースをつくるために明確な切り口が必要だと思い、考えてみました。クローズドの意味は…おいおい明かしていきます(笑)。
書店ナビ 楽しみです!
[本日のフルコース] クローズドミステリ 〜美味は閉じ込められた中に〜

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

三毛猫ホームズの推理

三毛猫ホームズの推理 赤川次郎  角川書店 え?「三毛猫ホームズ」?いまさら?と思うむきも多いかもしれませんが、この超有名シリーズの第一作目が発表された当時、画期的な密室トリックで話題になりました。読みやすさも含めてシェフ(作者)の力の入った一品を。

高田 長編シリーズは一作目に作家の持つすべての力量が詰まっている、と言われています。多作で知られる赤川次郎氏ですが、この三毛猫シリーズの一作目が放つ輝きは、やはり別格。クローズドサークルと呼ばれる“密室もの”のなかで新しい地平を開いた作品です。
書店ナビ 高田さんは小さいころからミステリがお好きだったんですか?
高田 子ども向けの推理クイズ集で夢中になりました。自力で謎を解けたときがうれしくて。ミステリ作家は読者に対してつねに“フェアプレイであること” を課せられている(読者にはすべての手がかりを提示すること、探偵は偶然や第六感で事件を解決してはならないなどのルール「ノックスの十戒」がある)ので、読み手である僕らも毎回、正々堂々の勝負を楽しんでいます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

生者と死者ー酩探偵ヨギガンジーの透視術

生者と死者ー酩探偵ヨギガンジーの透視術 泡坂妻夫  新潮社 ミステリというか、紙の本ならではの面白さを教えてくれるのがこちら。なにしろ本文の全ページが袋とじになっていて、袋とじのままでも短編ミステリとして成立しますが、袋とじをあけるとさらに別の筋立ての長編ミステリがあらわれる…という、マジシャンでもある著者の稚気あふれる一作です。

書店ナビ こんな本、初めて見ました。全ページが袋とじ!
高田 袋とじは別名「フランスとじ」とも言います。この本自体が“とじられている”ので、これも一種のクローズドミステリかな、と。 著者の泡坂さんは私が大好きな作家の一人で、マジシャンの顔も持っていました。泡坂妻夫(あわさか・つまお)というペンネームもご本名の厚川昌男(あつかわ・まさお)のアナグラムになっています。 この本の表紙に「消える短編小説入ってます!」とあるのは、袋とじを切った時点で違う長編があらわれるから。凝ってますよね。
書店ナビ 袋とじのまま読む短編と切り開いたら出てくる長編、結末というか、ずばり犯人が変わったりするんですか?
高田 ミステリ解説でネタバレはしたくないんですが(笑)…違う物語だ、ということは間違いなくお約束できます。 この本に限っては、古本であらかじめ袋とじを切ってあるものを手にしても面白さが半減しますし、電子書籍でこの二段構えを再現することはできないはず。袋とじという紙ならではの仕掛けを心ゆくまで堪能できます。

袋とじを切るワクワク感と中に詰まった新たな展開。 読者を二度楽しませてくれる前代未聞の仕掛け本!

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

斜め屋敷の犯罪

斜め屋敷の犯罪 島田荘司  講談社 文字通り傾斜して建っている屋敷(もともとそういう設計)を舞台にしたミステリ界の重鎮がおくる一冊。変わった屋敷を舞台にした作品は数々ありますが、本作の斜め屋敷「流氷館」はなんと日本の最北端、宗谷岬に建っているという設定。そんなうれしさもあってセレクトしました。

高田 島田荘司氏は、「館シリーズ」で知られる綾辻行人氏の師匠筋にあたるミステリ界の大御所です。このフルコースにも絶対入れたくて、本書を選びました。 これもネタバレをしないで紹介するには非常に難しい作品ですが、全編にわたって舞台を見ているような感覚。いい意味でけれん味たっぷりの展開に目が離せません。
書店ナビ 奇怪な密室殺人に挑む、天才的な頭脳を持つエキセントリックな名探偵は、御手洗潔(みたらい・きよし)。島田作品ではおなじみのキャラクターですね。『斜め屋敷の犯罪』の前に発表された著者のデビュー作『占星術殺人事件』で華々しく登場しました。
高田 はじめて『占星術殺人事件』を読んだときの驚きは今も忘れません。すべてが明らかになった瞬間、人目もはばからず大声をあげてしまいました。この「そうだったのか!」という驚きがミステリの醍醐味なんですよね。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

匣の中の失楽

匣の中の失楽 竹本健治  講談社 いまは絶版となった講談社文庫の初版が出た1983年以前は「ミステリ三大奇書」(『虚無への供物』『ドグラ・マグラ』『黒死館殺人事件』)だったところを、「四大奇書」にせしめたモノリス的な作品。複雑なマトリョーシカのような入れ子構造で、マニアをも迷路に誘い込みます。

高田 “肉料理”は分厚いステーキのような一冊完結本にしたくて、478ページある本作にしました。ミステリマニアである登場人物たちの推理合戦が続き、じきにすべてが正解であり不正解のような、いつまでも終わらない推理の沼にずぶずぶと…。もしかすると噛み砕く=推理すること自体が目的とも思えてくる、まさにがっつりこってりの肉料理。 上質な肉だけが持つ脂身の後味が残りますが、その後味こそが極上ミステリのおいしさ。読後にあらためてタイトルを読むと「なるほど、本そのものがとじられた匣(はこ)であったか」と二度うなる、傑作です。

フルコースの各要素がより際立つように選書してくれた高田さん。 この構成力、さすがミステリマニアです!

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

名探偵夢水清志郎事件ノート 機巧館のかぞえ唄

名探偵夢水清志郎事件ノート 機巧館のかぞえ唄 はやみねかおる  講談社 初出が児童書専門レーベル「青い鳥文庫」。はやみね氏の書くミステリはお子さんが読みやすいのはもちろん、ミステリ好きが読んでもニヤリとするネタがふんだんに含まれています。後味のいい作品群のなかでもちょっと変わった味付けの本作、大人の皆さんもぜひ。

書店ナビ “デザート”には家族で読めるミステリをご紹介いただきました。
高田 著者のはやみね氏は男性作家で、もと小学校教師。本嫌いの子どもに読んでほしくて書き始めた、というくらいなので読みやすさはピカイチ。 しかも本作には、“肉料理”の『匣の中の失楽』へのオマージュが含まれていたりして、ミステリマニアの片鱗ものぞかせます。 そういう意味もこめて肉料理とデザートはセットでのご提案ですが、難解な肉料理に比べるとデザートのほうは誰が読んでもグッド・エンディングなのでご安心を。児童書らしいさわやかな余韻に包まれます。

ごちそうさまトーク 謎解きの喜びは細部に宿る神の味

書店ナビ 今回のフルコース、ラインナップはすぐに決まりましたか?
高田 いやいや、ぜーんぶ悩みました!あえて洋モノはハズして、日本の作家のなかでも今売れている若手ではなく、定番や古典といわれる名作に絞り込んで…自分が趣味で演劇をやっているものですから、全体的にちょっと芝居がかった設定のものが多くなったかもしれません。ミステリ初心者の読者を意識したつもりでしたが、かなり偏食のフルコースになりました(笑)。
書店ナビ 高田さんが愛してやまないミステリの魅力とは何でしょうか。
高田 よく「細部に神が宿る」と言いますが、ミステリ作家はラストの謎解きに至るまで徹底的に細部に心を砕いて物語を構築していきます。その細部に宿った神の味に近づきたい、というところでしょうか。
書店ナビ なるほど、謎解きという天上の味を封じ込めたクローズドミステリのフルコース、ごちそうさまでした!

書店川柳

この重さ 中は文庫か ムックかな

書店員共通の職業病は腰痛なり。持ち上げた時点で察しがついてしまう梱包の中身。「腰が語る」んだそうです、「重いだろ、これ、ムック本だよ」って。

2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんにお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。 《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。 読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。
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