おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第233回 文教堂書店北野店 

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.10 文教堂書店北野店  若木 ひとえさん

大好きな作家小路幸也さんの代表作『東京バンドワゴン』シリーズを 応援するお手製ポップを持って。

[本日のフルコース]
戦後70年 過去と未来を考える

[2015.8.3]

書店ナビ 文教堂書店北野店の若木さんは、江別在住の小路幸也さんを筆答に、北大路公子さん、桜木紫乃さんら道内作家の応援に力を入れ、出版社からの信頼も厚い、同店になくてはならない書店員さんです。いつも愛情たっぷりの手作りポップで店頭を飾り、お客様を喜ばせています。 今回のフルコース、テーマはすぐに決まりましたか?
若木 8月の頭に掲載されることと、2015年は戦後70年の区切りでもあることを考えて、「戦後70年」をテーマに選ばせてもらいました。
書店ナビ 今こそしっかりと向き合いたい題材です。では早速、解説をよろしくお願いいたします!
[本日のフルコース]
戦後70年 過去と未来を考える
 

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

さがしています

アーサー・ビナード著・岡倉禎志写真  童心社
表紙写真:「鍵束」寄贈者・中村明夫(広島平和記念資料館所蔵)

写真絵本です。1945年8月6日、広島に落とされた原爆。その時、持ち主から突然ひきはなされた「もの」たちがそっと語りかけます。「さがしています」

書店ナビ 主人公はピカドンを体験した「もの」たちですね。
若木 原爆後の広島から見つかった鍵束やワンピース、軍手、ごはんつぶまでがわかる炭化した弁当箱、熱風のあまり階段に焼き付いた人の「かげ」…。詩人のアーサー・ビナードさんがつむぐ「もの」がたりとあわせて「その日」何があったのか、どんな人が持ち主だったのかを考えさせてくれる写真絵本です。 巻末には各写真の詳しい解説があり、漢字にルビがふってあるので小学校高学年のお子さんでしたら親御さんと一緒に読めると思います。 平成を生きる私たちには「その日」を想像することしかできませんが、そのきっかけを「もの」たちが静かに与えてくれます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

八月の青い蝶

八月の青い蝶
周防柳  集英社

1945年と現代の8月が交錯しながら展開する小説。中学生のときに広島で被爆した亮輔は白血病のため、自宅療養することになる。彼の妻と娘が見つけた青い蝶の標本。それは、過去のある一日で無惨に断ち切られた恋の物語を秘めていた。

書店ナビ 作者は周防柳(すおう・やなぎ)さん。1964年東京都生まれ。この本で2013年に第26回小説すばる新人賞を受賞されました。
若木 物語を一気に読ませる力があり、今後が楽しみな作家さんです。なんとなく先が想像できるところもありますが、私たちが写真や映像で知る「きのこ雲」の下に無数の人間ドラマがあったことを思うと、せいいっぱい生きようとした登場人物たちの純粋さに胸がつまります。
書店ナビ 若き主人公が恋した女性や現在療養中の老いた主人公を見守る妻や娘…特に女性の読者はそれぞれの立場に視点を重ねながら読めそうですね。
若木 20代30代の女性が戦争ものを手に取る機会はなかなかないと思うので、こういう切り口からでも関心を持ってもらえたらうれしいです。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

世界の果てのこどもたち

世界の果てのこどもたち
中脇初枝  講談社

戦時中、満州で知り合った三人の女の子たちは、あることがきっかけとなり、強い友情で結ばれる。終戦後、別々の人生を歩む三人は時代に翻弄されながらも必死に生きていく。あの戦争は誰のため?と問いかける物語です。

若木 映画化もされた『きみはいいこ』の作者である中脇さんの最新作です。中脇さんのことは個人的にもすごく応援していて、『きみはいいこ』のときは全国の書店員で応援企画を考え、私たちのコメントをのせたパネルを店頭で展示しました。
書店ナビ 担当編集者さんの公式コメントによると「本書は高知県で育ち、在日のおばあさんに可愛がられた中脇さんが、二十年以上も温めてきた作品です。(中略)著者が自身の作品世界を大きく広げた一冊として、手に取っていただけると幸いです」とあります。
若木 珠子、朝鮮人の美子(ミジャ)、茉莉…戦火に生きた三者三様の女の物語。戦争のコーナーにあってもおかしくない本ですが、あえて文芸の棚に置くことで幅広い層が読んでくれることを期待しています。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

下山事件 暗殺者たちの夏

下山事件 暗殺者たちの夏
柴田哲孝  祥伝社

昭和史を語るなかでとりわけ謎が多いとされる「下山事件」。戦後まもない昭和24年、初代国鉄総裁が礫死体となって発見された。自分の祖父がこの事件に関わっているのではないか、と長年調べていた著者のライフワークともいえる一冊。ノンフィクションのような小説です。

書店ナビ 平成生まれだと知らない人も多い「下山事件」、三省堂の大辞林によると次のように載っています。少し長いですが、引用します。
引用 1949年(昭和24)7月、国鉄総裁下山定則(注:しもやま・さだのり)が常磐線綾瀬駅付近で轢(れき)死体となって発見された事件。当時、国鉄は大量人員整理を発表し、労働組合が反対闘争を組もうとした矢先であり、左翼勢力による他殺説が流された。このため、三鷹事件・松川事件とともに労働運動に大きな打撃となった。事件は他殺説・自殺説ともに決め手のないまま迷宮入りとなった。
若木 真相はいまだ薮の中ですが、著者の柴田さんは「自分の祖父は、下山総裁殺害の実行犯と目された人物なのではないか」という、非常に足元のおぼつかない立ち位置から事件の解明に取り組み、一連の情報を小説という形で本書にまとめあげました。帯のコピー「小説だからこそ、書けることがある」がすべてを語りつくしている著者渾身の「長編小説」です。
書店ナビ 柴田さんは2006年に同じ題材のノンフィクション『下山事件 最後の証言』(祥伝社)で第59回日本推理作家協会賞と第24回日本冒険小説協会賞をダブル受賞されてます。それから10年近く経っての小説化。相当、筆がのって書いたことが想像できますね。
若木 下山事件はノンフィクション作家の森達也さんも書かれていますが、本書からは「事件の真相に近づきたい!」という著者の渇望みたいなものが伝わってきますし、私たちが知らなかった戦後の日米関係がよく見えてくる。読み応えがある“肉料理”としておすすめします。

前職は小学校の司書だった若木さん。 社会見学に訪れた小学生に本屋さんの仕事を解説したことも。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

痛みの道標

痛みの道標
古内一絵  小学館

ブラック企業に追いつめられて発作的に飛び降り自殺を図ろうとする主人公・達希は、15年前に亡くなった祖父の霊に助けられる。祖父の頼みを聞き、人探しのためにボルネオへと向かう…。作者が一年の歳月をかけて取材・執筆を重ねた力作。日本人が知らないさまざまな“戦争”があったことを教えてくれる、反戦を強く訴える小説です。未来へ歩みを進める主人公の変化と成長にエールを送りたい。

書店ナビ 舞台はインドネシアのカリマンタン島。この島を別名「ボルネオ」といい、第二次世界大戦下では日本軍が占領していた、という史実を下敷きにしたフィクションです。
若木 占領先で日本軍がしたことや敗戦が濃厚になったときに真っ先に上官クラスが逃げたこと、残された下士官たちと現地の人々の関係…。戦争という極限下で繰り広げられた行為に目をそむけたくなりますが、現地では毎年慰霊祭が行われ、その記憶はいまに受け継がれているそうです。 私たちもここから学べることがたくさんあるはず。“肉料理”までの4冊は「過去を振り返る」ものにして、最後の“デザート”は「未来を見つめる」一冊をチョイスしました。

ごちそうさまトーク SNSで全国の書店員とつながる

書店ナビ さきほど、“魚料理”のときに「全国の書店員が応援企画を…」というお話がありましたが、全国で展開する文教堂さんの姉妹店で、ということですか?
若木 いえ、TwitterやFacebookなどのSNSで集まった書店員有志が会社の枠を超えて、という意味です。
書店ナビ それはすごい!会社単位では実行しづらいことを現場の書店員さん同士がやっちゃってるわけですね。
若木 店頭でも私を含む全国の書店員が作っているフリーペーパー「はれどく」を置いて、それぞれのおすすめ本を紹介しています。ブログもあります。 それから夏になると、各出版社さん恒例の文庫フェアとは別に、私たち有志でも「ナツヨム」という独自のフェアを展開しています。店頭で配布しているペーパーの他にFacebookでもご覧いただけます。

会社や系列の枠を超えて書店員が作ったフリペ「はれどく」。

かわいいラッコが目印!若木さんも参加している出版業界50人が選んだ50冊「ナツヨム」も展開中。オリジナルの帯も作って巻いている。

書店ナビ 文教堂北野店さん@bun_kitanoはTwitterでもまめに情報を発信していて、作家さんご本人からのリプライも多いですね。道内作家のサイン会の告知もそっとつぶやいていたりして、ファンにはたまらない情報です。
若木 デビュー作から応援している小路幸也さんや北大路公子さん、桜木紫乃さん…お客様に魅力を伝えたい作家さんがたくさんいて、どういうフェアにしようかいつも楽しく悩んでいます。

小路幸也さんの『レディ・マドンナ』の帯にはなんと若木さんが登場! 「イラスト、似てますか?」(笑)

北大路公子さんの日記エッセイ『石の裏にも三年』(集英社)推しの棚。日記の中には北野店が(2回も!)出てくる。「三月三十日 文教堂書店北野店さんで超ミニミニサイン会。(中略)読者の方から「ツイッターで見ましたが、本当に風邪なんですね」と言われる。」

文庫コーナーでは4年前から若木さんセレクトのフリペ「北野文庫ワゴン」を掲示。これを楽しみにきている常連さんも多いはずだ。

書店ナビ 若木さんのお話を聞いていると、出版社や会社の方針と足並みを揃えつつ「自分たちでも面白いことをどんどんやっちゃおう!」というたくましい書店員スピリッツを感じます。そんな若木さんの目線で丁寧に選んでくださった戦後70年を考えるフルコース、ごちそうさまでした!

書店川柳

昨日とは 必ずどこか 変わってる

「いつ見ても代わり映えしない」では、大事な常連客を喜ばせることはできない。映像化作品や売れ筋だけでもつまらない。現場をあずかる書店員の想いが詰まった企画や展示こそが、店頭の温度を上げていく。文教堂書店北野店が放つ、うれしい熱さに身を浸したくなる。

2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんにお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。 《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。 読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。
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